第29話 孤独な少女
第29話投稿。
なんだかんだでもうすぐ30話を迎えてしまいます。
こんだけやってちっとも成長しない自分に自己嫌悪中。
所変わって都内某所。
夜の歩道を歩きながら八代は猛烈に反省していた。
理由は成り行きとは言え護衛対象に自分達が護衛だとばれてしまった事である。 ばらしたのは篠だが彼女が護衛対象を不良達から助けようとするのを止められなかった自分にも大いに責任はあった。
(本来これは玲の役目なんだがな……)
いつもなら八代出ていこうとするのを玲が制止するというのが常であったため、篠を止める事ができなかった。
「えっと、先程はありがとうございました。」
そう言ってさっきからお礼ばかりしているのは護衛対象の少女――狭霧優香だった。
「別にいいわよ。 私だってあんな不良達許せなかったし……」
「あんたは何もしてないだろ!」
さっきからずっとこんな調子だった。 正体をばらしたり彼女の行動に振り回されっぱなしだった。
「でも私の護衛って本当なの?」
何気なく聞いてくるのだが実は最も聞かれたくない事でもあった。
素直に交渉室の事を話すなど言語道断だし、かといって何も言わないのも不自然。 上手な作り話が出来ればベストなのだが八代には無理な相談だった。
「本当よ。 と言っても依頼主は言えないけどね。」
八代があれこれ考えている内に篠があっさり本当の事を言ってしまった。
「あなたを誘拐しようとしているヤクザがいてそれを阻止するために別のヤクザに雇われたのが私達って訳。 ただそれだけの話よ。」
事実とそう変わらない内容だったが隠したい部分はちゃんと隠れているのでこれはこれで大丈夫だろう。
「なんでヤクザが私を誘拐しようとしてるの? 別に大事な取引を目撃したりとかいうのは記憶にないけど……」
まぁ、そうだろうな。 自分がヤクザに狙われるなんて普通は考えないからな。
「特に複雑な事情は無い。 そのヤクザの組長があんたのファンだってだけだ。」
仕方ないので俺もこの話に乗っかる事にした。 変に考えて失敗するよりいくらかマシだ。
「そんな理由だけで誘拐なんて考えられない! もしそうだったらいろんな人から誘拐されてるじゃない。」
常人の感覚では確かにおかしいのだろう。
幼い頃から神楽流にいた八代と両親がテロリストだった篠にとっては別におかしな事でも何でも無いのだが。
「そんな普通の考え方が出来るならヤクザなんてやって無いでしょうよ。」
「じゃあ、何で私を守ろうとするヤクザがいるの? ヤクザなんだから私がどうなろうと気にしないでしょ?」
篠の説明にも優香は納得できていないようだった。
「別にあんたの事が大事だからって訳じゃない。 ただ相手の面子を潰したいってだけだよ。」
いささか説明としては不格好かもしれないが元々理解してもらうつもりは無いのでこんなものでいいだろう。
「護衛の事は分かりました。
でもいつまで護衛するつもりなの? いつまでもヤクザに狙われるなんて嫌よ!」
とうとうだだをこね始めた。
夜だけとはいえこんな調子では身が持たない。 せめてこのゴールデンウィーク中には終わらせたいものである。
「昼はファンやマネージャーがいるから俺達の護衛は夜だけだ。 できるだけ離れて監視しておくからスキャンダルは気にしなくていい。 もし心配なら篠を傍に置いておく。」
八代ができるだけ離れて監視するというのはスキャンダル回避の意味もあるのだが四六時中張り付いているよりも適度に隙を見せた方が敵を誘い込みやすいという考えの方が大きい。
「分かった。 とにかく私は家に帰るわ。
だから一緒に来てもらっていいですか?」
「なら篠だけ連れて行くんだな。 俺はちょっとやる事ができたから抜けるわ。」
女子の部屋に行くのは気が引けるというのもあるが理由はそれだけではなかった。
「それと早くここから離れた方がいいぞ。 さっきの不良連中が仲間連れて戻って来てるからな。
俺はそれを片付けてからにするよ。 何かあったら連絡してくれ、と言っても大抵は問題無いか……」
篠が一緒なのだから不良が現れたくらいでは大した問題にならないだろう。 篠も交渉室の一員なのだからそれなりに戦闘はできるはずだ。
「りょーかい。 それじゃ行こうか! 家まで案内して。」
「う、うん分かった。 でも大丈夫なの彼?」
「問題無いわ。 軍隊が来たって笑って迎え撃つような奴なんだから心配するだけ無駄よ。」
そんなやり取りが聞こえてきたが早くこの場を去って行って欲しかったのであえて口を挟んだりはしなかった。
「これくらい離れれば大丈夫か……」
八代はすでに戦闘態勢になって敵を待ち受けていた。
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篠と優香は八代と別れて優香の家に向かっているところだった。
すでに八代のいる辺りから不良達の怒号が聞こえており、戦いは始まっているようだった。(八代の戦闘力を考えれば八代の一方的な暴力と表現した方が正しいのかもしれない。)
「本当にあの人大丈夫なの? これで死なれたら夢見悪いんだけど……」
「心配無いわよ。 八代と互角に戦える奴なんて私の知る限り一人しかいないわ。」
と、先程からこのようなやり取りが何回か続いていた。
いくら象術が使えるからと言っても相手が多ければ勝てない、というのが一般人の常識なので優香の心配もおかしな事ではなかった。
「それよりもいきなり家にお邪魔して大丈夫なの? 家の人に何て言うつもり?」
篠の心配は八代の戦闘ではなく自分が家にお邪魔しても大丈夫なのかというものだった。
「それは心配無いわ。 私一人暮らしだから気楽にして……っと、着いたわよ。」
彼女達の目の前にあったのはマンションだった。 しかも頭に高級が付く程の。
「アイドルってそんなに儲かるものなのね……」
「プライベートでも気を使わなきゃいけないんだから割に合わないわ。
こんな所よりも中で話しましょう。」
優香は篠の背中を押して中へとエントランスへと入ろうとする。
「そうだ……八代にメールしとかないと。」
流石にアイドルの部屋に男が入ると色々と問題になるので八代にはどこかで時間を潰しておいてもらう事にした。
「これでよし、っと。 八代には悪いけど楽させてもらいますか。」
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「こんな速く戻って来るなんてご苦労様なこったな。」
八代の前に現れた不良達は軽く20人は越えていた。 後ろの方にいる奴の顔が見えないのだからその数は推して知るべし、と言うところだろう。
「うっせえ! 折角YU-KAとやれるチャンスだったってのに邪魔すんなよ。」
凄んでいるつもりなのだろうが八代相手には効果が無かった。 というよりもかかって来ない不良達への呆れの感情の方が大きかった。
「そっちの事情はいいとして、早くかかって来いよ。 こんなに数がいるんだから結構時間かかるだろうしな……」
「上等だ! フルボッコにしてやるよ!」
それが戦闘開始の合図だった。
不良達は八代を囲むように左右に展開していく。
数で大きく勝る場合は包囲するのが定石だが不良達もそれは知っていたようだった。
だからと言って素直に囲まれるつもりは無かった。
左右に展開しようとしていた不良達を拳の一撃で気絶させていく。 顎、 喉仏、 鳩尾。 人体の急所であるいずれかの箇所に拳を叩き込む事によって八代は不良達を無力化していく。
この間八代は象術を一切使わなかった。
象術を使わない事によって実力差を明確に示すのが目的であり、そうする事によって全員倒さずとも半分くらい倒せば不良達も実力差を悟って撤退してくれるというのが八代の思惑だった。
何か明確な目的がある訳でもない不良達にとって圧倒的な戦力差というものは逃げだすには十分な動機になるのである。
「ちっ、おぼえてろ!」
半分ほど倒した所で八代の思惑通り不良達は捨て台詞とともに逃げて行ってくれた。
(それにしてもおぼえてろ、って……ベタ過ぎだろ。)
もう少し個性的な捨て台詞を期待していただけにちょっとがっかりだった。
「ん? 篠からメール?」
篠からのメールという事は任務絡みの報告なのだろう。
「なになに……私は優香の部屋に泊まる事になったから周辺の警戒よろしく~、っておい!
自分だけ楽するって事か?」
まぁ、一人で任務に当たれるってのは気楽でいいのだが篠が屋根のある部屋でのんびりというのは何か釈然としない。
「はぁ……俺も持ち場に戻りますか。」
倒れている不良達をほっといたまま八代はその場を後にした。
翌朝、倒れている不良達を近所の住民が見つけ、警察がやって来る事態に発展したのだがそれはまた別の話である。
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八代が不良達を撃退していた頃、篠と優香は仲良く優香の部屋で女子の会話を楽しんでいた。
「私は本名は神楽篠。 さっきの男が水無月八代。 あまり人に言えない事して稼いでるのはご想像の通りよ。」
「そうなんだ……それで彼と付き合ってるの?」
という風に年相応の少女達の会話が展開されていた。
篠も出会って一ヶ月かそこらの相手と付き合うほど恋に生きている訳でもないので実際八代とはただの同僚、としか答える事が出来なかったのだがそこはそんな事無いだろう、とか押し問答みたいなやり取りがあったのだが篠も無いものは無いとしか答えようがない。
「分かった。 そこまで言うんだったら本当に付き合ってないんだね。」
ようやく優香も渋々ながら納得してくれた。 このやり取りを八代が見ていたなら呆れを通り越して無関心を決め込まれる事だろう。 ここに八代がいないのがせめてもの幸いだった。
「でも何で篠はこんな危ない事してお金稼いでるの? 親がいないのはなんとなく分かるけど、私と同い年くらいなんだから普通にバイトでもすれば生きていけるんじゃないの?」
事情を知らないとはいえそれは問題発言だった。
「言ってなかったけど私の両親はテロリストよ……もう殺されちゃったけどね。 私自身は何もしてないけどまともな職になんか就けやしないわ。 残された道は他人を傷つけて生きるか、自分を汚して生きるかのどちらかよ。 潔く死ぬなんて道もあったのかもしれないけど私には選べなかった。 自分が汚れるのも嫌だった。 だから我儘でも自分勝手でもいいから他人を傷つけて生きる道を選んだ。 それが正しいとは思わないし認めて欲しいとも思わない。
だから優香が私の事を非難しても私はそれを受け入れる。」
篠自身両親を失ったのはつい最近の事なので何もしなくてもすぐに生活に困るような事にはならなかっただろうが、もし交渉室のエージェントになれなければ遠からずさっき言ったような事になっていただろう。
「ご、ごめん……気軽に聞いていい話じゃなかったみたいだね……」
「事実だし別にいいわよ。 それに私には象術という人を傷つける才能があったのは不幸中の幸いだったしね。」
この話題は篠にとってもつらいものだった。 半ば強制的に交渉室に所属する事になってしまった篠にはまだこの状況を受け入れる事が出来ないでいた。
(まぁ、両親と違って生きる権利が与えられてるだけでもまだマシ、って思った方がいいのかしら……八代と玲がどのような経緯で交渉室に入ったか知らないけど少なくともあの2人は運命を受け入れてるみたいだった。)
いつか自分もあの2人みたいな心境になる事が出来るのだろうか。 否、無理だろう。
自分はただ今を生きる事に必死になっているだけ。 それ以上それ以下でもない。
「いつかはこういう家業から抜けられれば、とは思ってるわよ。 でも今は無理。 だからどんなに嫌でも私は他人を傷つける。 私一人を生かす為なら千人に恨まれたって構わない。」
「いいよ。 私はそれでもいいと思う。
他人のために自分を犠牲にするなんて簡単にはできないものね。
私だって自分を犠牲にして他人を助けるなんて出来ないわ。 だから状況が違うだけで篠の考え方は間違ってない! 私が保証する。」
優香にそう言われた事で篠の心の靄は少しだけ晴れた。 誰にも言えなかっただけに篠の不安は余計に大きかったのだが、自分の気持ちを知る人が出来た事で迷いは少しだけ無くなった。
「ありがとう……ホントありがとう。」
抱え込んだ不安の大きさからか篠は涙を零していた。 そんな篠を優香はそっと抱きしめた。
「今日はも寝よっ! 嫌な事は寝て忘れるのが一番!」
「そうだね……」
それは優香の気遣いだったのだが篠には効果抜群だった。
日付の変わった深夜に2人の少女の笑い声を聞いていたのは外に控えていた護衛の少年だけだった。
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