第27話 プロローグ
第27話投稿。
新章突入です。
ゴールデンウィーク前日というのはほとんどの学生にとって授業に集中できないものであるがそれは啓莱高校においても同じだった。
「授業受ける気起きねぇ~」
「真面目に受けてもあまり意味無いんだからそれで正解かもな。」
授業が終わり玲奈は机に突っ伏していた。
授業の内容が理解できないであろう玲奈にとっては聞くだけでも苦行なのだろう。
玲奈の家庭教師をするにあたって玲奈の中学時代の成績を見せてもらったのだが、それはもう酷いものだった。 理系のできる八代の方がまだマシだった。
このゴールデンウィークで理系科目だけでもそれなりのレベルまで上げようと考えているのだが正直前途多難と言わざるを得ない。
その上エネルギー変換と物質変換まで教えるとなるとゴールデンウィークだけでは無理だろう。
しかも今夜交渉室から召集命令を受けている。 おそらくは新たな任務を言い渡されるのだろう。
どんな任務か分からないがそれなりに時間を取られてしまう事だろう。
どの道このゴールデンウィークは忙殺される事に違いない。
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「しかし俺だけが召集されていたとは驚きだったな……」
玲は交渉室からの召集でEsconditeの特別ルームで夕食を摂りつつ呼び出した相手を待っていた。
交渉室に入ってまだ日が浅いとはいえ、玲が単独で召集を受ける事は初めてだった。
「いや~待たせたね。
呼び出したのに待たせちゃって悪かったね。」
そう言いながら現れたのは意外にも睦月誠司だった。 前の任務では一緒になったが本来護衛任務を専門とする彼と会う事はあまりなかった。
「何か理由があるのなら構いません。 それよりも何故あなたが俺だけを召集したのですか?」
待たされた理由よりもそちらの方が玲は気になっていた。
「それも含め説明するよ……っとその前に生中ひとつ!」
「おい!」
今から説明する人間がアルコールなんか頼むな。
「いや、冗談だよ。
それよりも君だけに召集をかけた理由だけど前回の任務で君は指揮官適性試験に合格して晴れて僕達と同じ立場になった。」
それは以前にも聞いた。 確かその場で任務についての判断を一任される立場だとか。
「それともう一つ……神楽篠は正式に交渉室のエージェントとして登録された。
そこで交渉室では彼女は八代君とコンビを組んでもらい、君にはその2人の指揮官になってもらう事になった。」
俺は2人の上官になれ、という訳か……
「要は俺が指揮官になったという事を伝えるためだけに呼んだと?」
それだけならメールでも事足りる。 おそらくは他にも何かあるのだろう。
「もちろん、それだけじゃない。
今回の任務についてなんだが、玲君だけ単独任務についてもらう事になった。
八代君と篠君にはコンビで任務を与えてあるし、任務の都合上一人しか送り込めない等、諸々の事情を考慮した上で玲君に決まったという事だ。」
「事情よりも内容を教えてください。」
決まった事に口出しするつもりはないので人選の理由などどうでもいい。
任務の内容さえ教えてくれればそれを実行するだけである。
「その前に八代君と篠君の任務についてなんだが……」
「それは俺に関係あるのですか?」
自分以外のエージェントが遂行する任務の内容など知った所で何の役にも立たない。
「役に立たないかもしれないが上官なら部下の任務を把握しておかなければならないよ。」
「了解。」
上官になったという実感は全くないが業務である以上、蔑ろにする訳にもいかないだろう。
「2人の任務はアイドルの護衛だ。」
「????」
「アイドルというのはテレビに出たりしてる少年少女達の事だが……」
「いや、アイドルが分からなのではなく……というかその説明はかなりアバウト過ぎるのですが。
それよりも何故交渉室がそんな事しなければならないのですか?」
そのアイドルがどれだけ人気だったとしてもその生死を政府が気にかけたりする事はない。
しかもアイドルのように目立つ人物の護衛をするとなれば交渉室の存在がばれる危険性も高まってしまう。
相当な理由が無ければアイドルの護衛などすることは無い。
「本来はそうなんだけど事情が事情でやむを得ず、だよ。
そのアイドルなんだけどとあるヤクザの親分が気に入っていて誘拐まで企んでる。
それだけなら勝手にしてくれとしか思わないんだがそのヤクザが問題なんだよ。
実はそのヤクザ、与党のとある議員に多額の不正献金をしてたんだよ。 アイドルの誘拐なんてすればそのヤクザ親分はあっという間に逮捕されていまう。 そうなれば不正献金もばれてしまう。
最終的に与党全体に損害が及ぶという訳だ。」
「そういう事か……俺達もずいぶんくだらない事に使われたもんだな。」
これではまるで何でも屋扱いだ。
「玲君はまだ入って日が浅いから変に思うかもしれないけどどんな理由を並べても交渉室は……」
「政治家の使いっ走り、だろ?」
「分かってるみたいだね。」
誠司は満足そうに笑ったが玲は笑う気になれない。
「それよりも肝心の俺の任務は?」
このままでは埒が明かないので玲は本題に入る事にした。
「そうだね……まずは象術が使えるようになる薬、って知ってるかい?」
任務に関係ある事なのだろうが正直理解できない。
「象術の才能というのはある種の劣勢遺伝ですから象術が使えるようになる薬となると遺伝子に作用する薬という事になるのでしょうが少なくとも俺はそんな薬は知らないですね。」
「そうかい? 今若者の間で話題になってるって聞いたから玲君も知ってるものとばかり思っていたけど違ったか。」
意外そうな顔をされても知らないものは知らん。
「その薬を売ってる奴らを探して捕まえるってのが俺の任務ですか?」
話の流れから考えて俺の任務は大体こんな事だろう。
「薬を売ってる組織は分かっているんだけど既に警察にマークされているから迂闊に手が出せないんだよ。
だから玲君には新米象出警官として警察に潜り込んで警察よりも先にその薬を入手して欲しいんだ。」
「そしてその薬を解析して他国よりも優位に立ちたい、ってところですか?」
警察が先に薬を押収してしまえば手に入れるのに苦労するが交渉室ならばそんな面倒は無い。
「ご名答。
演じる役が新米象術警官という事で若くて頭のいい玲君が選ばれたって訳だ。 本当は達樹君の方が適任かもしれないんだが、彼は別件で出払っているから除外された。」
なるほど……妥当な人選だ。
「任務に関しては了解した。
ゴールデンウィーク中にはけりをつけるよ。」
そう言って席を立とうとしたが誠司がそれをさせなかった。
「まだ何か?」
任務の説明を終えた以上もうここにいる必要性は無いはずである。
「いや、なんだ……せっかく出世したんだから祝ってやろうじゃないか!」
「ただあんたが飲みたいだけだろ!」
こんな大酒飲みに付き合ってしまえば体がいくつあっても足りなくなってしまう。
玲は誠司を振り切り外へ逃げた。 酒さえなければ理想的な上司と言えなくもないのだがそれだけに実に残念な人だった。
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八代と篠は一足早くアイドルの護衛任務に就いていた。
昼間は芸能事務所の護衛やファンの目があるので八代達の護衛は夜からである。
「夜だけ護衛って……何かストーカーになった気分だ。」
「しかも遠くから見るだけなんてストーカーの上にへタレね。」
八代しかいないので篠も素の話し方になっている。
八代からすればちゃんと仕事さえしてくれれば話し方など気にしないのだが……
「別に俺がへタレだろうが変態だろうがどっちでもいいけどな。
あんたがちゃんと玲の代わりになるかどうかの方が心配だな。
玲と同じくらい役に立ってくれ言わないからせめて邪魔だけはしないでくれよ。」
八代にとっては玲以外のエージェントと組む初めての任務なので多少緊張しないでもないのだが話し相手がいるだけでも有難いと思っておくべきかもしれない。
「それよりも彼女の事について知ってるの?」
「いや全く知らん……知ろうが知りまいがやる事に変わりはないからな。」
その言葉通り八代は護衛対象の顔写真以外の情報はほとんど知らなかった。
施設にいた時からテレビなどほとんど見なかったし啓莱高校に入ってからも同じだった。
「それじゃダメに決まってるでしょう! 彼女の名前は狭霧優香。 YU-KAって名前で芸能活動してるアイドルよ。」
「そう……しかしそのアイドル様が夜道を一人で歩いてて大丈夫なのかね?」
八代の言う通り護衛対象の少女は暗い夜道を一人で歩いていた。
「大丈夫な訳ないでしょう! ほら何か不良っぽいのが近づいてきてるし。」
篠の言う通り少女にいかにも不良といった感じの男達が近づいていくのが見えた。
「ありゃただの不良だね。 俺達の任務には関係ない。」
篠には不良達の声は聞こえないだろうが、人並み外れた五感を有する八代には不良達の話している内容を聞き取る事ができていた。 それによれば不良達はついさっき彼女がアイドルであるという事に気付いたようであり、問題になっているヤクザとは無関係である。
「どうして助けに行かないの? 彼女の護衛が今回の任務でしょ?」
篠にとっては助けに行こうとしない八代は任務放棄しているとしか思えなかったが、
「勘違いしてるみたいだけど俺達の任務の目的はヤクザの政治家への不正献金が明るみに出ないよう事だ。 その手段として彼女の護衛がある。
関係なければ彼女を助ける理由なんて欠片も無いんだよ。」
突き放した物言いかもしれないが交渉室の意向としてはそれが正しかった。
だがそんな事情は篠には通用しなかった。
「そんなもの知らないわ! 目の前で女の子が困ってるなら助けるのが男でしょ!」
そう言って篠は八代を連れて護衛対象の少女へ向かって行った。
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護衛対象の少女――狭霧優香は現在不良グループに囲まれているところであった。
「ねーねー、君ってひょっとしてアイドルのYU-KAじゃね? こんな所で会うなんて奇遇じゃん!」
「えっと……人違いです!」
そう言って不良達の包囲網を抜けようと試みるが、
「いや、そんな訳ないって! 絶対YU-KAだよ!」
体格で勝る不良達をかき分けて通る事などできるはずもなかった。
万事休す。
彼女にとっては今まさにこの時がそれだった。
「折角出会ったんだからどっか遊びに行かない?」
このままでは連れ去られてしまう。
今すぐ走って逃げだそうとしたが足が上手く動いてくれない。
恐怖で体がすくんでしまいもう自分ではどうにもできなかった。
「ちょっと待ちなさい! 女の子が嫌がってるんだから止めなさい!」
少し離れた所から自分と同世代の女性の声が聞こえてきた。
「ほら、八代も何か言いなさい!」
「さらっと俺の名前をばらさんでくれ。
えーっと……あんたらに恨みは無いんだけどこれ以上はやるならこのお姫様が怒りだすぞ。」
続いて同世代の男性の声も聞こえてきた。 味方かどうかは分からないが一人の時よりも安心するのは気のせいではなかった。
「おいおい……俺達が先に声かけたんだからお前達はすっこんでろ!」
そう言って不良グループの一人が男性の胸倉を掴もうと手を伸ばしてきたのですが、その男性は逆にその手を掴んで投げ飛ばしてしまいました。 しかもあの飛距離はあきらかに人間の筋力の限界を超えていました。
(ひょっとして象術士……?)
考えられる可能性はそれしかありませんでした。
「こ、こいつ象術士だぞ!」
不良グループの方でも彼が象術士だと気づいたらしく動揺が広がっていました。
「お察しの通りだ……ケンカ売るなら買ってやるぜ!」
男性はにやりと笑って不良グループを見回していましたが、
「ちっ、やってられっか!」
そう言って不良達はこの場を去って行きました。
どうやら私の危機は回避されたみたいです。
「大丈夫? 怪我してない?」
彼と一緒にいた女性が私を気遣って駆け寄ってくれました。
「大丈夫です。 どこも怪我してません。
それよりもあなた達はどちら様ですか?」
助けてくれたのはとても有難いのですがタイミングが絶妙過ぎてちょっと奇妙だとは感じていたが、
「ストーカー。」
「えっ……」
男性の言葉に私の思考は停止してしまいました。
「何言ってんの!
私達はあなたの護衛として雇われた者よ。 雇い主はあなたの所属してる芸能事務所じゃないけどね!」
彼女の言った事はほとんど理解できませんでしたが私に理解できたのはこれからの私の生活がこれまでと違う物になるであろうという事だけでした。
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