第18話 失策
何とか第18話投稿。
なんだかんだでもうすぐ20話に届きそうですね。
でも第一章はなかなか入学式から時間が進んでいない。
本気を出す、と言ってしまったが実際に本気を出しては死者が出てしまうためどの道ある程度の手加減はしなくてはならない。
(本当に余計な事してくれたな……
俺まで巻き込むってのが八代らしいけど)
旅は道連れ世は情け、という諺があるが道連れにされる方はたまったものではない。
そのおかげで若干どころではない計画の修正が求められる羽目になってしまった。
(目立ちたがり屋の八代に交渉室の仕事させるってのがそもそもの間違いだったのかもな……)
と考えているうちにいつの間にかステージの上に着いていた。
「よぅ!ちゃんと逃げずにやってきたな!」
「どういたしまして……」
(まさか本当に全員いるなんてな思わなかったな)
ステージには玲に勝負を申し込んだグループの奴らがいた。
最初に玲に話しかけてきた男子生徒を含め全部で9人。ステージの広さからしてあまり有利とはいえない人数だった。
頭数を増やすというのは悪くない考えではあるのだが、模擬戦用に用意されたステージは2対2までを想定した広さになっているため、9人という人数はほとんど邪魔にしかならない。
「両者、構えて!」
審判が声と共に相手方はそれぞれ武器を創りだして構える。
ルール上、武器は1つだけならあらかじめ創りだしておく事が許可されている。
それに対して玲は武器を創りだす事もせずただ突っ立ったままである。
「おい! 余裕ぶってんじゃねぇ!」
そんな玲を見て不良グループの誰かが怒声を上げた。
「構える義務は無い。
審判! さっさと始めてくれ!」
そんな怒声にも玲の心が揺れる事はない。
「では、始め!!」
勝負の開始が告げられた。
先に動いたのは不良グループだった。
彼等はナイフを飛ばして牽制し、玲がナイフを防御している隙に接近して袋叩きにしようとしていたのだが……
「なんだ!? こいつ!」
玲は飛来したナイフを防御するのではなく避けた。
しかもただ避けただけでなく前方に回避する事で玲の方から彼等に接近する。
「くたばれっ!」
不良グループの一人が玲目掛けて棍棒を振り下ろすが半身になってこれを避ける。棍棒が背中をかすめるが玲は構わず相手の鳩尾に左拳を叩き込んで無力化する。
そして間髪入れずに右の肘打ちでもう一人を気絶させた。
「ふざけんじゃねぇ!!」
いつの間にか玲の横に回り込んでいた敵が手にしていた剣をフルスイングしてきた。
(当たったら痛そうだな)
無論当たってやる義務はないので近くにいた奴を剣の軌道上に投げ飛ばしておく。投げられた相手にフルスイングされた剣が見事にヒットする。おそらく骨の何本かは折れた事だろう。
味方を殴り飛ばし動揺している敵の顔に拳を打ち込んで昏倒させる。
残るは5人。
ここで玲は相手から距離をとる。
玲としてはこのまま体術だけで勝負を決めてしまっても構わないのだが、象術のレベルを見るための模擬戦で象術を使わずに勝負を決めてしまえば実習の担当教師から文句を言われかねない。
正体を隠し続けるためには教師との接触は出来るだけ控えるべきである。
(でも何使うかは全然考えてないんだけど……)
あまり大規模な事をして周りに被害を与える訳にもいかない。
「俺って恥ずかしがり屋だからあんまりステージに居たくないんだよね。
だから悪いけど一発で決めさせてもらうよ!」
相手に気付かれないように術の準備をする。
まずは敵の頭上にダークマターを集める。
通常の象術はダークエネルギーもしくはダークマターを一度体内に取り込む事から始まる。
だが玲はダークマターを取り込まずに象術を使う。これは遠隔変換という技術で敵の虚を突く事が出来るのだが高等技術であるため出来る象術士はほとんどいないとされている。
そもそも象術士には敵の虚を突く事よりも高い威力や精度が求められるので、この技術を練習しようとする者はまずいないが隠密に長けている神楽流では必須技術の一つであった。
「ふざけた事ぬかしてんじゃねーぞ!!」
そうとも知らずリーダー格の男子生徒が叫んでいるが玲の知った事ではない。
敵は頭上のダークマターにまだ気付いていない。
象術士がダークエネルギーとダークマターを認識する手段は視覚しかないので視界の外にあるダークマターを認識する事はできない。
「実はふざけてないんだよ。
その証拠に……ほらっ!!」
その瞬間に玲は彼等の頭上のダークマターを無色透明な液体に変換する。
当然のことながらその液体は重力に従って落下し、残る5人の敵をびしょ濡れにしてしまう。
「なんだこれ!?なんか甘いにおいがする……ぞ……」
「てめぇ……何しやがった……」
ドサッ。
そんな言葉と共に次々と敵が倒れていき、わずか10秒足らずで5人全員が倒れてしまった。
「何したって言われてもただ象術使っただけだよ」
その言葉を最後に玲はステージから降りていった。
「勝者、久桐玲。」
教官の勝ち名乗りだけがステージに静かに響いていた。
* * * * * * * * * * * * * * *
「ナイス、玲!!」
ステージを降りた玲に真っ先に声をかけたのは意外にもミキだった。
「玲さんってとても強かったんですね」
「ホント意外だったよ」
篠と莉々も口々に玲を褒めたが……
「お前さっき何をしたんだ?
俺の見た限り水をかけたようにしか見えなかったぞ」
玲奈だけが玲が使った象術に疑問を持った。
確かにステージの外からはそういう風にしか見えなかったのだろう。
「あれは玲らしい象術だったな」
どうやら八代だけは玲が何をしたのか見破っているみたいだった。
「玲らしいってどういう事?」
ミキの疑問ももっともだった。八代以外はまだ玲の事をよく知らないので何が玲らしいのか分からなかった。
ミキに限らず他の3人も同じ事を思っていた。
「玲は化学の天才なんだよ。
だから物質変換は得意中の得意なんだよ」
自分の事ではないのに何故か得意げに八代は説明したが、
「化学が得意なのは否定しないが天才って程じゃない。
得意なのも昔からやってるってのが大きいし……」
否定するもののやはり玲も嬉しさを隠しきれない。
「で、結局何したんだよ!!」
自慢話に我慢できなくなった玲奈が玲に種明かしを迫った。
特に隠すような事はしていないので正直に話しても問題ないだろう。
「はいはい……そんなにがっつかなくても教えてやるよ。
最初に言っとくけど相手に水をぶっかけた訳じゃないぞ。
あれは無色透明なだけで水とは全く別物だよ。
あれはトリクロロメタンって物質だ。無色無臭だが甘い香りがする液体なんだよ」
玲は実際にステージで使った象術について説明する。
「要はそのトリクロロメタンっていう物質があいつらを倒したって事でしょ?
でも相手を傷つけずに無力化出来る物質ならもっと有名になっててもおかしくないよね?」
象術の種明かしをしたのだがミキには新たな疑問が浮かび上がっていた。
「確かにそんな便利な物質があれば有名になってもおかしくないし、象術においても主力級の術になっているだろうな。
有名にならない理由は簡単だ。
トリクロロメタンはすでに別の名前で有名になってるからだよ」
「別の名前?」
今度は玲奈が首を傾げる。どうやら分からないらしい。
「一度は聞いた事あるはずだよ。
世間じゃクロロホルムって言われてるやつだよ」
「あ~あれか!」
「クロロホルムなら知ってる!」
サスペンスドラマを見たりしているなら一度は聞いた事あるはずの単語に玲奈とミキは納得してくれた。
「それにトリクロロメタンが象術の主力にならなかったのにも理由があるんです」
篠はトリクロロメタンの事を知っているらしく積極的に会話に参加してきた。
「それってどういう事?」
ミキはエネルギー変換を得意とし、物質変換はどちらかと言えば苦手であるため物質変換については詳しくないので素直に篠に尋ねてきた。
「はい。トリクロロメタンの分子は炭素原子1つ、水素原子1つ、塩素原子3つから成り立っています。
象術では原子しか生みだす事が出来ないので分子を生み出すためには必要な原子を個別に生成した上でそれらを適切な組み合わせて分子を生成するのですがトリクロロメタンの構成原子である水素と塩素は光がある所で勝手に化学反応を起こして別の物質になってしまうんです。
そのためトリクロロメタンを生成する事はとても難しいんです」
篠の言った通りトリクロロメタンは生成が難しい。
「それができるって事は玲さんは本当に高い実力の持ち主なんです!」
彼女にしては珍しく語気を強めて言った。
「しかも遠隔変換で……か。
どうやら俺と戦った時無傷だったのもマグレじゃなかったんだな。
それに最初の4人は象術無しで倒したんだから体術の腕前も相当なものじゃないのか?」
「…………」
やばい、化けの皮がどんどん剥がれていく……
最早目立たずになどと言っていられる場合ではなくなってしまった。
「よし! すこし時間は早いが全員の模擬戦が終了したので今日はこれで終了とする!!」
実習終了のアナウンスが流れ、生徒達はぞろぞろと更衣室へ向かっていく。
「八代、俺達もさっさと着替えるぞ。
それじゃ、みんなまた後で!」
玲はそのまま八代を引っ掴んで更衣室へ向かって行った。
三十六計逃げるに如かずというがまさにその通りの行動であった。
玲のいきなりの行動に誰も口を挟む事ができなかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
玲が八代を引っ掴んで向かった先は更衣室ではなく体育館裏であった。
この体育館裏は人目につきにくい場所なので告白スポットとして生徒達の間で有名だった。
しかも今は授業中であり、こんな場所に近づく者はいないので密談するにももってこいの場所である。
「こんなとこに連れてきて告白でもするつもりか?」
八代はおどけて見せるが玲の言いたい事は理解していた。
「その様子だと俺が何を言いたいのか分かってるみたいだな。
では答えてもらうぞ。なぜ正体がばれるような危険な事をしたのか」
正体がばれないようにするというのは2人が高校生活をする上で絶対守らなければならない項目の一つであった。
にもかかわらず、自らその危険を冒した八代の行動を玲は咎めていた。
「玲も分かってるはずだけどな……俺達の任務が現在行き詰ってる事に。
だから俺達の実力に一端を見せる事であの女の方からこっちに近づいてきてもらおうって考えた訳なんだけど?」
確かに八代の言った事を考えなかった訳ではない。
八代の言う通り、自分達の強さを示す事でテロリスト達の警戒を向けさせる事ができればあの女――乱胴涼子からこちらに接触してくるだろうという事なのだろうが八代は一つ重大な事を見落としている。
「お前が言ってる事はテロリスト達が俺達の正体を知らないという前提があってはじめて成立する。
そもそもテロリストの親玉である乱胴雅次が俺達の名前をしていた時点でテロリスト達には俺達の正体が知れ渡っていると考えて間違いない。
つまりお前のやった事は無関係な奴らからも注目を集める事でテロリストの絞り込みを邪魔するだけの行動だ」
最早ため息しか出て来ない。八代に策略などを期待している訳ではないのでせめて邪魔だけはしないで欲しかった。
その気持ちは八代にも伝わったようで、八代は罰の悪そうな顔をしている。
「え~と、その、悪かった!!」
八代は正直に謝ってきたが謝って事態が回復する訳ではない。
「過ぎた事をとやかく言うつもりは無い。
何も作戦を考えるなとは言わんが独断でそれを実行するのだけはやめてくれ。
俺だって考えた作戦は大抵お前に伝えてから実行している。
だから八代もこれからはそうしてくれ」
「了解。今度からそうするよ」
気にしてないと言えば嘘になるが気にしても事態が良くなる訳ではないのでこの事についてはもう何も言わない。
「分かったら少なくともクラブ活動の時までは目立った事しないでくれ。
地学部にいる時は好きにしてくれて構わない。
地学部の先輩2人も容疑者だからな」
玲は近づいてくる者全員を疑うつもりでいる。
だから部活中は八代が何をしても見ているのは玲と先輩2人だけなので疑うべき人間は2人しかいない。
「玲ってホント怖い事考えてるよな……」
玲のそんな考え方を知っているからこそ八代のそれ以上は言えなかった。
「褒め言葉ととっておく……
そろそろ更衣室も空いてきた頃だし戻るぞ」
そう言うと玲は八代に背を向けて去っていった。
「やっぱ玲には敵わなぇな……」
結局八代は作戦は玲に一存しようと決めたのだった。
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