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異常と正常の境界  作者: Rile
第1章 入学編
13/44

第13話 ルームメイト

第13話投稿。

今回はちょっと長めになってしまいました。

 入寮日当日 AM8:00

 八代と玲はこれから三年間を過ごすであろう寮の前にいたのだが……

 「時間間違えた……」

 「だろうな……」

 入寮の受付開始時間はAM9:00となっており、2人は一時間も待つ羽目になってしまった。

 大荷物ならば待つのも苦しいのだろうが、生憎(あいにく)と2人に荷物のほとんどは着替えであり、ボストンバッグ1つで運べる物だった。

 そのため一時間くらい待つ事に体力的な問題は無い。

 だが一時間も待つというのは精神的にはあまり好ましくない。

 「玲さん、八代さん。おはようございます」

 受け付け開始まであと20分ぐらいのところに現れたのは昨日も入寮式で同じテーブルに着いていた神楽篠だった。

 彼女は両親と一緒に来ているらしく、父親らしき男性が荷物を持っていた。

 「あぁ、おはよう!」

 「おはようございます」

 2人も挨拶を返す。

 「2人はご家族と一緒ではないんですか?」

 彼女はあたりを見回して2人の家族を探すがもちろん見つけることなど出来ない。

 「俺達は施設育ちだから家族はいないんだよ」

 「施設の園長さんが後見人となってくれていますけど、あの人は忙しい人だからこんな遠くまで来させるのは気が進まないからな。

 入寮許可証さえあれば入寮手続きはできるんだから問題無い」

 「その……変な事聞いてごめんなさい」

 彼女は2人に家族がいない事を聞いて申し訳なく思っているのだろうが、2人にしてみれば幼い頃から両親がいなかった人生を送っていたし、それを不便と感じた事もない。

 彼女の反応にしても2人にとってはいつもの事であった。

 「別にいいよ。

 遅かれ早かれ分かる事なんだし、そういう事で差別される事にも慣れてるから気にしなくていいよ。」

 相手の反応もいつもの事なのだから玲の対応も慣れたものであった。

 「分かりました。

 でも私は2人を差別なんてしませよ。

 入学してからもよろしくお願いします」

 そう言って彼女は両親も許へ戻って行った。

 「もう九時か……

 ちょうどいい時間つぶしになったな」

 気付けば寮の前では受付が始まろうとしていた。

 「そうだな……

 早く並んでさっさと部屋に荷物置いてくるか……」

 「荷物置いたらどうする?

 どっかメシでも食いに行くか?」

 部屋に荷物を置くだけなのでほとんど時間はかからない。

 かかったとしても30分がせいぜいだろうが……

 「いや、さすがにルームメイトにあいさつしておかないとマズイだろ。

 それに任務についての準備もしたいし……」

 「準備ってまだやる事ないだろ?」

 確かに任務は重要だがこちらから仕掛ける任務でない以上、準備する事はあまり無いのだが、

 「準備というよりは調査と言った方が正しいな……

 ともかく八代も目立った事はするな」

 八代には分からないが玲にも何か考えがあるのだろう。

 「じゃあ、俺も部屋でおとなしくしてますか……

 受付も開始したしもう行くか」

 気付けばもう受付は始まっていた。

 「そうだな。あまり人がいない内に済ませとくか。

 じゃあな八代。何もなければ入学式でまた会おう」

 そして2人は別々に受付に向かって行った。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 入寮手続きも滞りなく終了し部屋に荷物を運び込んだ八代だったのだが着替えくらいしか荷物の無かった八代にとって荷ほどきもわずか数分で終わってしまいやる事なくただベッドに横になっていた。

 予想通りではあったがここまで(ひま)になるとは思わなかった。

 「まだ昼にもなってねぇのに何もやる事ねぇな……」


 コンコン……


 いくらか時間が経過した頃、誰かがドアをノックしてきた。

 「はい?」

 (玲が訪ねてきたのだろうか。

 いや、それは無いにしても……

 ひょっとしてルームメイトが来たのか?)

 とにかくドアを開ければ分かる事なのだからとりあえずドアを開けて相手を確認しようとする前にドアが開いてノックした人物が入ってきた。

 「あっ、はじめましてー。あなたがこの部屋に住んでる人ですか?」

 そこにいたのは女子だった。

 同い年にしてはかなり小さい部類に入るであろうし、何と言えばいいのだろう……まぁ、その、発育がちょっと残念だった。

 「住んでるっていうか、これから住むんですけど……

 俺は水無月八代と言います。

 ひょっとしてあなたがルームメイトですか?」

 相手が誰であろうとまずあいさつしておく。相手が小さい女の子なので少しやさしめの口調で話しかけた。

 そうすれば第一印象で嫌われる事はない。

 (こいつ本当に同級生か?

 もしそうだとしたら牛乳嫌いなんだろうか……)

 言葉とは裏腹に頭の中では失礼極まりない事を考えていたのだが……

 「はい、その通りです。

 僕の名前は糸井莉々(いといりり)、15歳です」

 (マジで同い年かよ……)

 意外、というより最早驚愕に近い。

 「ともかく荷物を中に運んでください」

 「分かりましたー。

 父さんお願いー」

 彼女の父親らしき中年男性が入って来た。

 その後ろには母親らしき女性も続いて入って来た。

 (やっぱり荷物ってこれ位は持って来るもんなんだな……)

 八代自身も自分の荷物は少ない部類だと自覚しているのだが、莉々の荷物は八代の荷物の4倍近い体積を誇っていた。

 「それと君……」

 八代はなぜか彼女の父親に呼ばれた。

 「なんでしょうか?」

 (荷物運ぶの手伝えって事か?)

 女性の荷物なので八代は気を利かせて荷物運びを遠慮しているつもりだったのだが、

 「君がどこの馬の骨かは知らんが娘に手を出したらただじゃおかんぞ。」

 彼の発言は八代の予想の上を行くものであった。

 (馬の骨って何?

 俺人間なんだけど……)

 八代には「馬の骨」という表現に首をかしげていた。

 いつもなら玲がフォローしてくれるのだが今はそうもいかないので自分で何とかするしかない。

 「手を出したりはしませんよ」

 そう答えるので精一杯だった。

 「それならいい」

 「父さんもそんな事言わないで!」

 そんな父親に莉々が抗議の声を上げる。

 娘にしてみれば父親にそういう事を言われるのは恥ずかしいのだろう。

 「荷物は後でやるから父さんはも帰っていいよ!」

 そういって莉々は半ば強引に父親を部屋の外へ押し出しドアを閉める。

 「ごめんね……父さんも悪気がある訳じゃないんだけど、僕の事となるとちょっと周りが見えなくなる人なんだよね」

 そう言って莉々は誤魔化すように笑った。

 「娘の事を心配してるんだからいい父親だと思うよ。

 先に言っておくけど俺は施設育ちで両親はいないけどそのことで変に同情しなくてもいいよ。

 少なくとも俺は不幸に思ってないからできれば普通に接してもらうとありがたい」

 「分かったー。」

 (これなら寮生活も上手くいきそうだ)

 ブゥゥゥゥン。

 八代がそう考えているといきなり八代のMSTが振動した。

 確認してみると玲からの電話らしいのでとにかく出てみる。

 『おう八代か?』

 「そうだがどうしたんだ?」

 『昼飯、食堂に食べに行かないか?』

 玲の声にいつもの余裕が無い。

 「どうした?何かあったのか?」

 『まぁ、いろいろとな……

 そっちは大丈夫か?』

 「ルームメイトの事か?

 それなら大丈夫だ。それなりに上手くやってるよ」

 玲相手に隠し事しても意味が無いので正直に話す。

 『それならいい……

 それよりも昼飯はどうする?』

 「行くけど本当に何があったんだ?」

 玲の問題は八代にも関わってくるため気になってしょうがないのだが、

 『それは後で説明する……それじゃ』

 プツッ……

 一方的に電話を切られてしまった。

 (これはなんかヤバい予感がする……)

 長い付き合いなので玲がかなり困っているというのがよく分かった。

 「誰と電話してたの?」

 話の一部始終を聞かれていたのか、莉々に興味を持たれてしまった。

 「今のは同じ施設で育った奴で一緒に寮に来たんだ」

 「その人の同じ新入生?」

 莉々の興味はさらに深まっていく。

 「ああ、そいつが食堂で昼飯を食べようって言って来ただけだよ」

 とりあえず事実を言っておくがますます彼女に興味を持たれてしまった。

 「僕も一緒していい?」

 これがトドメだった。

 最早八代に断る術は無かった。

 「いいよ」

 (これが尻に敷かれるってやつなのかもな……)

 普通の学生としては問題ないスタートであるといえるのだが、政府のエージェントとしては不合格な八代だった。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 玲は荷物の整理も済ませ、ベッドに横になっていた。

 (八代の方は上手くいってるといいんだが……)

 八代はかなり社交的な性格をしているため簡単にルームメイトと仲良くなれるのだろうが、仲良くなりすぎて余計な情報を漏らさないかどうかが心配である。

 (たしか俺のルームメイトも女子だったか……)

 そう考えると気が重くなる。

 玲は女子があまり好きではない。というかどちらかと言えば嫌いだと言える。

 別に女子だからという理由で人を嫌ったりしない。

 玲が嫌いなのはいかにも恋愛に命賭けてます、という感じの女子だ。

 (別に結婚する訳でもない奴と付き合ったりして意味あるのかね……)

 そう考えれば女子と付き合う事そのものが時間の無駄に思えてならない。

 (それに俺達に恋愛なんて意味ないし……)

 内閣府特殊案件交渉室のエージェントである以上、結婚相手も政府が用意すると以前から説明は受けていた。

 無論まだ相手は決まっていないだろうが自分の思い通りにいかない事に変わりは無い。

 

 ガチャ……

 

 いきなり部屋のドアが開けられる音がした。ノックも無い無遠慮な開け方だった。

 「ルームメイトのお出ましかな?」

 ベッドに横になったままでは相手に失礼なのでとりあえずベッドから出る。

 「あんたがルームメイトか?」

 「そうなるんでしょうね……」

 (初対面の相手なのに遠慮ないな……)

 「はじめまして、俺は久桐玲と言います。

 これからよろしくお願いします」

 とにかく当たり障りのない自己紹介から始めてみる。

 「俺は十河玲奈(そごうれな)だ。

 別によろしくしなくていい」

 (俺のルームメイトって事は女、なんだよな……)

 俺、という一人称から一瞬相手は男かと思ってしまった。

 (普通に胸もあるし……女で間違いないんだよな……)

 服装を見ても普通にTシャツにジーンズ。あまり女性らしいとは言えなかった。

 「最初に言っておくがお前と仲良くするつもりはないし、学校でも馴れ馴れしく俺に話しかけたりするな」

 「分かりました」

 彼女の言った事は願ってもない事だったので特に異論は無い。無いのだが……

 (相手側から言われると複雑な気分だな……それに初対面の相手に命令ってのも気に食わないし……

 とにかく俺の方はなんとかなりそうだな。

 八代の方はどうなってるかな)

 自分の方が片付くと今度は八代の方が気になってしまう。

 (むしろ俺より八代の方が不安なんだがな……)

 そう思うと気になって仕方が無くなってしまう。

 玲はMSTを取り出し八代に電話してみる事にしたのだが、

 「お前、俺の荷物に触れたら殺すからな」

 やけに凄みのある声で釘を刺された。

 「別に触れたりしませんからお気になさらず」

 頼まれたって触れません、とは流石に言えない。

 「どうだか……

 お前も心の中では女が同室でラッキー! とか思ってるんだろ?

 それに関わるなって言ったのにさっきから俺の事ばっか見てるだろ」

 「話すときは相手の方を向くのは基本だと思うのですが?」

 「別に俺の方を向かなくても話はできる」

 (…………)

 訂正、俺の方はなんか大変な事になりそうです。

 「ちょっと君、外に来てもらっていいかな?」

 玲は彼女の父親と(おぼ)しき男性に話しかけられた。

 「はい、いいですよ」

 特に断る理由もないので彼に付いて行った。

 「ルームメイトの君には言っておいた方がいいと思うんだけど……

 玲奈はかなりの男嫌いなんだ」

 その一言でなんとなく彼の言いたい事が分かって来たが話を変にこじらせるものよくないので黙っておく。

 「別に全ての男が嫌い、という訳ではないんだが……

 その何というか、初対面の男性を特に嫌う傾向にあって相手を見下した発言なども多いと思うのだけれど我慢してもらえないかな?」

 さすがに玲も絶句せざるを得なかった。

 娘の悪い所を直すのではなく被害を受ける相手を説得しようとする。これでは根本的な解決は見込めない。

 「子が子なら親も親だな……

 別に嫌われる事についてはどうでもいい。見下した発言をするのも構わない。実害が無ければどうこう言うつもりは無い。

 でもなんでそんな娘を啓莱高校に通わせる事にしたんだ? 女子高にでも通わせれば問題無かっただろうに……」

 そこが謎だった。

 そんな男嫌いならば私立の女子高にでも通わせればいい。

 それなのにわざわざ全寮制の啓莱高校に進学させたのかが理解できない。

 (ルームメイトが俺じゃなく八代だったら大問題だぞ)

 こう言っては可哀そうだが八代の精神年齢はあまり高くない。もし見下した発言をされれば怒ってケンカになるのは目に見えている。

 八代に限らず大抵の男子ならば怒るだろう。

 「玲奈はあまり学業の成績が良くないし、本人もあまり勉強が好きじゃない。

 だから玲奈の意思を尊重して啓莱高校の通わせる事にした」

 「…………そうですか……」

 (何言っても無駄みたいだな……)

 本人の意思を尊重して。

 聞こえはいいがただ甘やかしてるだけだ。

 「分かりましたよ……

 でも啓莱高校は一応国立なんですよ。

 多くの生徒にとって好ましくないと判断されれば一方的に退学させられる事だってあるんです。

 あなたは生徒全員に同じ事を言っていくんですか?」

 「えっと……それは……」

 当然そんな事は考えてるはずもなく言い淀んでしまう。

 娘を甘やかしすぎたツケが回って来ただけなので同情したりはしない。

 (まぁ、不干渉でいてくれるってのはありがたいからな)

 男嫌い云々に目を瞑ればかなり都合のいいルームメイトである。

 「はぁ……分かりましたよ。

 あまり関わらないよう男子には言っておきます」

 仕方ないので助け舟を出す事にした。

 「本当にすいません」

 そんな思惑など知る由もない父親は何度も何度も頭を下げていた。

 「では俺はこれで……」

 ずっとここにいても仕方ないのでとりあえず部屋に戻ったのだが、

 「お前、父さんと何話してたんだ?

 どうせそいつが娘さんをください、とか言ってたんだろ?」

 

 ……やっぱり上手くやっていける気がしなかった。


 玲は八代に電話する事にした。

 現実逃避の意味も込めて……

 

 トゥルルルルル……ガチャ。


 「おう八代か?」

 『そうだがどうしたんだ?』

 「昼飯、食堂に食べに行かないか?」

 とにかく要件だけを伝える。できればすぐにでも食堂に行きたい。

 『どうした?何かあったのか?』

 「まぁ、いろいろとな……

 そっちは大丈夫か?」

 どうやら俺の気が滅入ってるのを感じ取られたらしい。

 とりあえず八代のルームメイトの事も聞いておく事にする。

 『ルームメイトの事か?

 それなら大丈夫だ。それなりに上手くやってるよ』

 特に困った様子は感じられない。本当に問題ないのだろう……

 「それならいい……

 それよりも昼飯はどうする?」

 『行くけど本当に何があったんだ?』

 八代の事を気にかけての電話だったのだが逆に八代に気を使わせる事になってしまったらしい。

 「それは後で説明する……それじゃ」

 そこで玲奈がこちらに聞き耳を立てているのに気付き電話を切った。

 流石に本人の前で悪口を言う度胸は無かった。

 (ちょっと早いが食堂に行っとくか……)

 今は一刻でも速くここから離れたい。

 そんな思いとともに玲は部屋を後にした。


   * * * * * * * * * * * * * * *


 「おう玲! 先に来てたのか」

 「気にするな……って、何その子……」

 「この人が八代の友達?」

 玲が絶句するのも無理は無い。

 「八代……お前……ロリコンだったのか?」

 親友が小さい女の子と一緒にいれば信じたくなくてもそう思ってしまう。

 「んな訳あるか!

 ルームメイトだよ」

 (これで同い年!?)

 八代が嘘を言っているようには見えない。つまりは本当だという事である。

 「糸井莉々、15歳です。

 どうぞよろしく」

 ここまで言われれば信じない訳にもいかない。

 (成長も人それぞれって事か……

 それにしても八代と並ぶと兄妹にしか見えん……)

 八代の身長は約180センチ。同世代にしては高い方……

 彼女の身長は150センチにも満たないだろう……

 それに成長期も過ぎてこれ以上の成長は見込めない。

 (このままじゃ八代がロリコン扱いされてしまう……)

 全くもってどうでもいい話なのだが玲は気になってしまう。

 「玲! 何ボケっとしてんだ?」

 玲の悩みなど知る由もない八代は玲の顔の前でひらひらと手を振った。

 「あ?あぁ、そうか。

 俺は久桐玲。八代とは長い付き合いだ」

 とりあえず話を元に戻す。

 「知ってます。

 同じ施設だって事も聞いてるんで大丈夫です」

 大丈夫、というのは特に気にしませんという意味である。

 「それはありがたい」

 同じ事を説明しなくて済むというのはかなり助かる。

 「それよりもはやくメシにしねぇか?」

 「そーしよう!」

 八代と莉々は早くも意気投合していた。

 「そうだな……

 結構席は空いてるし席確保してなくても大丈夫か……」

 全校生徒600名全員が寮生である以上、食堂もかなりの広さだったし、少し早く来たのでそれほど混雑していない。

 「それじゃあ、俺は麺類にするか!」

 「僕も!」

 「俺もそうしよう」

 3人は麺コーナーに向かった。


  * * * * * * * * * * * * * * *

 

 「それで玲はどんな問題を抱えてるんだ?」

 食事を終えてひと段落した所で八代が聞いてきた。

 八代としてはずっと気にしていた事なのだがタイミングが合わなかったため今まで聞く事が出来なかった。

 「あぁ……それか……

 俺のルームメイトがかなりの大の男嫌いで参ってるんだよ」

 事情はもっと複雑なのだが言って解決する訳でもないので黙っておく。

 「別に寮の部屋なんて寝るだけの場所って割りきっちまえばそんな気になる事もないんじゃねーか?」

 「それにいざとなれば僕達の部屋に来ればいし。

 僕は全然問題ないよ!」

 「済まないな……

 本当にヤバくなったらそうする。

 つーか、そんなんで悩んでた自分がばかばかしい」

 莉々の優しい言葉に玲は不覚にも涙を流しかけた。

 八代の方もルームメイトと仲良くなり過ぎなのは気がかりだが概ね問題ない。

 そうなれば残りの懸案事項は啓莱高校に狙いを定めているというテロリストの始末だけだ。

 「そうだ八代、午後から生活必需品の買い物に行くぞ」

 任務の話は莉々がいる所では出来ない。

 「ん?……あぁ、分かった」

 八代も玲の意図を察してくれたのか了承してくれた。

 「じゃあ悪いけど莉々は先に部屋に戻っといてくれ」

 「りょーかーい」

 とりあえず食事会はお開きとなった。


  * * * * * * * * * * * * * * *


 「で何の話だ?

 人のいない屋上に連れて来るんだから交渉室絡みの話だろ?」

 2人がいたのは啓莱高校の校舎の屋上だった。

 授業も始まっていないため校舎にはほとんど人がいない。

 「分かっているなら話が早い。

 俺達の任務を覚えてるか?」

 無論忘れている訳が無い。

 だがなぜそんな事を聞くのだろうか。

 「任務の事を忘れる訳ないだろう。

 一応政府のエージェントって事になってんだからな。

 啓莱高校に狙いを定めてるテロリストの迎撃だろ?」

 「正解。

 ではなぜ啓莱高校を狙う?」

 「知らん」

 即答だった。

 分からない事で変に考え込んだりしないのは八代の長所と言っていいのだろうが玲から言わせれば諦めが早すぎる。

 「その事を伝えたくて呼んだんだからな。

 ちょっと話は変わるが乱胴雅次の事を覚えてるか?」

 八代は首を縦に振る。

 忘れる訳が無い。2人が内閣府特殊案件交渉室などという組織に所属しなければならなくなった原因を作った男である。忘れたくても忘れられないだろう。

 「その乱胴だが、未だに口を割らないらしい。

 たぶん啓莱高校の生徒達を人質にして乱胴の釈放をさせるつもりだろう。

 乱胴も成功すると考えてるから口を割らないんだろうさ……」

 「でもよく考えれば啓莱高校の生徒って全員象術使えるんだぜ。

 乱胴の釈放が目的ならもっと占拠しやすい所なんていっぱいあるだろ?」

 啓莱高校には象術戦闘に長けた生徒も多い。そんな所を襲撃すれば返り撃ちにされる可能性もある。ならばもっと他に狙いやすい場所はいくらでもある。

 「考えられる可能性は2つ。

 一つ目はテロリスト達の啓莱高校襲撃がデマだという可能性。

 だがこれは考えにくい。

 碧さんが明言した以上何らかの根拠があるはずだ。

 そして二つ目だが……

 啓莱高校の内部に共犯者がいるという可能性だ。

 元々乱胴は交渉室のエージェントだった。それがテロリストになったんだ。

 啓莱高校にテロリストがいたとしても不思議じゃない」

 「要は全員を疑ってかかれって事が言いたいんだな?」

 信じて背中から刺されるよりは疑って距離をとった方がいい、という事である。

 「そこまでは言わんが簡単に人を信用するな、という事だ。

 この任務は常に後手に回るものだ。

 だがもしこの協力者を探し当てる事ができたなら後の先をとる事が出来る。」

 「了解。

 でもその協力者が見つからなくてもテロリスト全員殲滅すればいいだけの話なんだがな……」

 八代の発言は余裕の表れなのだろうが安易に相手を格下とみなしてしまうのは八代の悪い癖であった。

 「いいかげん相手を格下とみなすのはやめろ。

 その態度、勝てば余裕と見てもらえるが、負ければ油断と思われてしまう」

 「分かった。

 ところでそろそろ生活必需品を買いに行った方よくないか?

 手ぶらで帰って疑われるのはいやだぜ?」

 玲はともかく八代が手ぶらで帰れば莉々に疑われる可能性がある。

 「やれやれ……

 正体を隠すってのも楽じゃないな」

 玲のつぶやきは八代には聞こえていなかった。


  * * * * * * * * * * * * * * *


 「大体こんなもんか……

 あと玲、明日の入学式って何時から?」

 「入学式が始まるのは九時から、審査は昼からだな」

 「なんでまあ、こんな行事が続くのかね……」

 入寮式、入寮、入学式。この三つを三日間で行うのだから(いささ)かハードである。

 しかも入学式の後には新入生の能力のアピールの場である象術審査がある。

 入試結果は秘匿されているため部活などの勧誘を行う上級生達はこの象術審査で新入生達の腕前を確認するのである。

 「別に審査は手抜きでいいじゃん……」

 2人が本気を出せば同世代で(かな)う者などいないのだろうがもちろん本気を出す訳にはいかない。

 「何もしないのもかえって目立つから適当に象術使ってればいい。

 どうせエネルギー生成か物質生成のどちらかしかできないんだろうし……

 その2つにしても威力や精度をかなり落とさないとダメだろうがな……」

 ダークエネルギーやダークマターを媒体として発動しているという事が象術の定義なのだからその2つ以外にも象術が存在するのだが高校生でも出来るものなどいない。仮にいたとしても最上級生の中でもトップクラスの生徒ぐらいだろう。

 そんな希少な象術を新入生が使えば注目どころの騒ぎではない。

 「問題は勝負を申し込まれた時だ」

 「本気を出すなって事だろ? 分かってるって」

 新入生の中には象術戦闘を得意としている者も多い。

 となれば実力を見せる象術審査で勝負をする者が出てきてもなんら不思議ではない。

 玲が危惧しているのは八代が勝負を申し込まれた時本気で戦ってしまうのではないかという事である。

 とにかく八代は自分が自信を持っている物、特に象術戦闘に関しては異常なまでの負けず嫌いを見せる。

 その八代が勝負を申し込まれた時に果たして冷静でいられるかどうか……

 (十中八九無理だろうけど……)

 一応忠告しておいたものの、八代が冷静になるとは考えていない。

 いざとなれば玲が自分で八代を抑えるつもりだった。

 「信じてないな?」

 「当然だ。

 何回それで失敗してると思ってるんだ?」

 過去八代は勝負事に本気になり過ぎて問題を起こした事が何度もある。

 そんな八代を信じるほど玲も馬鹿ではない。

 「それじゃ明日は頼んだよ……」

 そう言って八代は自分の部屋に戻って行った。

 「結局俺頼みって事か……」

 八代の言った「頼んだ」というのは明日自分が熱くなってしまったら止めてくれという意味である。

 「しかし八代の負けず嫌いは最早病気の域だな……」

 玲も負けず嫌いな性格である事は自覚しているのだが八代のそれは常軌を逸している。

 おそらくは玲も知らない八代の過去が原因なのだろう。

 「しょうがないから助けてやりますか……」

 八代の失敗は玲にも影響する。

 流石に助けない訳にはいかない。

 「面倒な事にならなければいいが……」

 気付けばもう空が薄暗くなっていた。

 「俺も部屋に戻るか……気が進まないけど……」

 部屋にはあの女がいる。

 だからと言って帰らない訳にはいかない。

 「これ以上問題を増やしてくれるなよ?」

 遊戯(ゲーム)はまだ始まったばかり。多少の不利は勝利の付加価値(オプション)に過ぎない。

 どんな道を辿ったとしても最後に勝てばそれでいい。

 「俺もそろそろ帰ろう……」

 打てる手は全て打った。後はその場(アドリブ)でどこまでできるか……

 その結果はまさに神のみぞ知る世界である。

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