第12話 誤算
第12話投稿。
まだ本編も始まったばかりなので戦闘シーンがない・・・
入寮式という仰々しい名前だが部屋決めのくじ引きである事に変わりはない。
にもかかわらず、プログラムには寮長や生徒会長のあいさつといった入学式並みに面倒な項目がずらりと並んでいた。
「こんなの入学式だけで十分なのに……」
「全くもって同感だ……」
メインの部屋決めまで約2時間も待たされる羽目になった2人はすでにやる気を失くしていた。
「2人共、静かにしてください。」
「「はい……」」
同じテーブルに着いている篠に注意されてしまった。彼女は見かけどおり優等生タイプらしい。
「ではこれから部屋決めのくじ引きを行う。五十音順にくじを引いていけ」
「「…………」」
予想外の宣告に2人は声を出す事すらできなかった。
五十音順にくじを引く。つまりは受付した順番ではないという事である。
しかも五十音順にくじを引く事になれば2人が呼び出される順番は確実に最後から数えた方がはやい。先にくじを引くのが玲であるというのは当初の計画通りなのだが、先に引く玲が二回目のカードを引いてしまう可能性がでてきてしまった……それも高確率で。
「決まっている事は覆せない。こうなればやってみるだけやってみるしかないな。
それに俺が一回目のカードを引けば問題ないだけの話だ」
「そりゃそうだが……それが難しいから悩んでんだろ?」
玲の順番が後であればある程、一回目のカードの数は少なくなっていく。最悪無い場合も考えられる。
他の人が引くカードを操る事など誰にもできない。
2人が悩んでいる間にもくじ引きは進行していく。
カードの隠し持ちを計画していたのは2人だけではなかったらしい。しかも男女問わず結構な数いた。
(そりゃ、知ってる奴と同室の方がいいからな……
特に女子は男子と同室など嫌なのだろう。俺だって女子と同室なんて嫌だし……
しかし今までだれも成功してないって事はかなりの観察眼を持った奴が見てるみたいだな。)
現在カードの隠し持ちを実行しようとした者達の内、成功した者は一人もいない。しかも見破っているのは箱の後ろに立っている女性だった。
「なぁ玲、あの女……」
「分かってる。要注意だよ」
八代も彼女の気配から危険を感じ取ったらしく警戒していた。
「次、久桐玲君」
とうとう玲の順番になった。
「じゃあ行ってくるか」
「気をつけろよ玲」
何に気をつければいいかはあえて言わない。そんな事は言わずとも分かっている。いかにしてあの女の目を誤魔化すかが作戦の成否に関わってくる。
玲は檀上へ向かって歩いている間にこれまで引かれたカードの番号を確認していた。
カードの隠し持ち以前に一回目のカードを引かなければ話にならない。そういう意味では子の確認作業は重要な意味を持っていた。
(ずいぶんペアが出来てる……
まだ一度も引かれてないカードは12枚。
俺が呼ばれたのは137番目……
啓莱高校の一学年の定員は200名……
つまり箱の中には52枚か……
確率で言えば約23パーセント。4回に1回といったところか……)
檀上に向かいながら玲は計算していた。
23パーセント。
安心するには少なく、諦めるには多い数字。
そんな事を考えているうちに箱の前に来てしまった。
玲は何も考えずに箱の中に手を入れた。
(別に何かしてもカードの番号が変わる訳じゃない。
気合いで変わるならいくらでも気合いを入れてやるさ……)
とにかくカード引く。
「…………」
「何番ですか?」
引いたカードを見せない玲に進行担当者がカードの番号を聞いた。
「71番です。」
「71番は一回目のカードですので、箱の中に戻してください」
玲は引いた71番は一回目のカードだった。
「はい。」
そう言って玲はカードを投げ入れた。
(なっ!?どういうつもりだ玲!)
その様子は八代からも見えた。
八代は戻って来た玲に無言で抗議する。
だが玲は席に着くといきなり71番のカードを渡した。
玲は最初にカードを2枚重ねて引き、進行担当者に見せた71番のカードではなく、その裏に重ねておいた別のカードを箱に投げ入れたのだ。
「そうでもしなければあの女の目を誤魔化す事なんてできないだろうからな……
これで当初の計画に戻ったぞ」
「ああ、それにしてもよく一瞬でそんな事考え付いたな」
八代にはあのような芸当はできない。
「一瞬じゃない。抜け道がカードの隠し持ちしかないのは運営側も十分承知しているはずだ。
だから対策を講じてくるのは予想できていた。
予想できていればなんてことはない」
つまり他の新入生達がカードの隠し持ちをする事も運営側がその対策をしている事も玲にとっては想定内の出来事だったのだ。
「水無月八代君。水無月八代君はいないんですか?」
「行ってくわ。玲くれぐれもタイミングを間違えんなよ!」
八代にはカードを袖に隠しながら席を立った。
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(ここまでは玲の作戦通り)
後は檀上でくしゃみをして注目を集めればいい。
「ではカードを引いてください」
「ちょっと待ってください……」
予定通りくしゃみをしようとする。
「はっくしゅん!!!」
その瞬間、一斉に会場が静かになった。
(……それはわざと過ぎやしないか……)
玲も八代の棒読みに呆れるしかなかった。
とはいえ計画を止める訳にはいかないのでとりあえずテーブルの裏側に付けておいた風船に象術で窒素を作り一斉に破裂させる。
(ナイス、玲!)
後は全員の注目が向いている間に袖に隠しておいたカードを引いたかのようにすればいい。
「待て!お前今袖にカードを隠してるだろう?」
(やっぱばれたか……)
思えば八代のくしゃみから玲の計画は狂っていた。
ばれたのは当然と言えば当然の結果だった。
檀上の八代は隠し持っていたカードではなく、箱の中から新たにカードを引かされていた。
引いたカードは13番。
13番という不吉な数字通りその結果は2人にとって不吉な結果となってしまった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「何か申し開きは?」
「ありません……」
現在2人は反省会の真っ最中だった。
といっても玲が一方的に怒っているだけなのだが……
結果としては2人は別々の部屋となってしまった。しかも同室は女子。
「相手の女子がどんなのかは知らんが面倒な事になったのは確かだ」
「はい……」
玲の機嫌は直る気配を見せない。
「でも俺達もずっと一緒にいても意味が無い。
だからこれはいいきっかけなんじゃないか?」
原因となった八代が言っても全然説得力が無いのだが、
「分かった……もう何も言わねぇ……」
とりあえず玲も納得してくれたらしい。
「あっ、八代!まだ居たんだ!」
そこへ八代を見つけた扶桑ミキがやって来た。
「おう、ミキか……
まだ帰らないのか?」
「親がまだ迎えに来てくれないからね。
暇つぶし相手を探してたんだよ♪」
思わぬ乱入者ではあったが八代にはありがたい援軍だった。
「その人は八代の友達?」
「久桐玲です。八代とは長年の腐れ縁ですが……」
玲とは初対面のミキだったが彼女は遠慮することなく聞いてきた。
「あたしは扶桑ミキ。扶養家族の扶に、植物の桑で桑、ミキはそのままカタカナでミキだよ。」
「扶桑か……大昔に使われていた戦艦の名前と同じだな」
八代には分からなかった漢字だが玲には分かったようだ……しかも意味まで理解している。
「よく知ってるね!家族のほとんどは警察関係の仕事に就いてるからね。
そっちはなんて書くの?」
「久しいの久に植物の桐、玲は王偏に号令の令と書いて玲だ。」
玲も特に断る理由が無いため普通に答える。その横では危機を脱した八代が安堵の表情を浮かべていた。
「漢字はよく分かんないけどよろしくね!
それよりも2人共くじ引きでやってくれたね~」
八代の持っていたカードの番号から玲のカード隠し持ちもばれてしまい一緒に怒られる羽目になってしまった。
「でも2人共の同室になる子とあいさつとかしたの?」
「してない」
「顔すら知らん」
ずいぶんと冷たい対応なのだが下手に仲良くなるよりも相手に興味を持たれない方が2人にとっては都合が良かった。
「ひどいね、それ。
まぁ、あたしはもう済ませたけどね。
相手は女子だったし、気が合いそうだから結果には満足してる」
(あんたと気が合わない奴なんてそうそういないだろうに……)
そう思う八代だがもちろん顔には出さない。これも訓練の賜物だった。
「親来たみたいだからもう帰るよ。
次は寮に入る時だからその時またよろしくね~」
そう言うと彼女は去っていった。
「何というか、嵐みたいな奴だったな……」
「お前が言うな!!
結果は出たんだ俺達も帰るぞ。碧さんへの言い訳を考えながらな……」
* * * * * * * * * * * * * * *
「さて、言いたい事があるなら聞いてあげるわよ」
2人はホテルに戻り碧に事に顛末を話した。
当然というか予想通りと言うべきか碧さんは呆れかえっていた。
そして現在に至る。
「失敗の大半は八代が大根役者だった事です」
「えっ、ちょっ!?」
何のためらいもなく玲は八代を切り捨てた。
「そんな事訓練の時から分かってたでしょ?
なのにどうしてそんな作戦にしたの?
啓莱高校は国の施設なんだから裏工作すればいいだけの話なのに!」
「なら最初からそうしてくれ!!
おかげでいらん事に労力を割く羽目になったろうが!」
「過ぎた事わ考えても仕方ないわ。
そもそも今日は仕事の話で来たのよ。」
「入学前最後の仕事か?」
時期的にいって最後になってしまうだろうが入学後も休日などに仕事をこなしていくというのが2人と交渉室との取り決めだった。
「いいえ、仕事は啓莱高校についてよ。
実は以前倒した乱胴達はあれで全員ではなかったらしいの。
残ったテロリスト達が啓莱高校に狙いを定めているみたいなのよね。
だからあなた達にはそのテロリスト達の対処をお願いしたいの。
これまでの任務とは違って相手の出方を見ながらという受け身の戦いになるでしょうけどもしテロリストからの襲撃があった場合、正体が知られないような状況であれば殺害の許可が出ています。
あくまでも最優先はあなた達の正体がばれない事。テロリストの殲滅は二の次よ」
「人命優先じゃない所が政府らしいな……」
「俺達の正体がばれれば政府の奴らにとっては致命的だからな。
我が身大事の政治家らしい考え方だ」
いくら仕事とはいえ人見捨てるというのは気分がいい物ではない。
だからといって全員を守る事が出来ると考えているほど2人は子供ではない。
だからこそ2人は作戦に異議を唱えたりしない。
「ちなみにこの任務は私と合同で行う事になってるわ。
外の捜査は私がやるから、高校内での守りはあなた達に一任するわ。」
「了解。できれば入学する前に片付くといいんだがな……」
高校内での戦闘はできるだけ避けたい。
「とはいえ俺達はテロリストが来るまで普通に高校生活をしてればいいんだからそれなりに楽な仕事だ。
それよりも俺は寮生活に不安を感じてるよ。」
寮生活において正体がばれないようにするにはかなりの配慮がいる。
そのような事をしながら任務をこなす事ができるかどうか分からない。
「入寮は明日なんだから荷物の準備をしておきなさい。
荷物と言っても着替えくらいしか無いんでしょ?」
彼女の言うとおり2人の荷物は大部分が着替えで占められている。
「あとこれあなた達の武器ね!」
そういって渡されたのは刀の柄の部分だった。
鍔は無く、本来鍔のある部分には何か金具が取り付けてあった。
「刃が無ければ法律違反で捕まる事も無いし、持ち運びに便利でしょ。
だから刃は自分で創ってね。
ちなみに鍔の部分にある留め金みたいなので刃を取り外す事もできるから。
玲君には野立ちの柄で、八代君には普通の太刀の柄を2つね。
あとその武器、名前付けといてね!
じゃあ、私はこれで失礼するわ」
そのまま碧は去って行った。
「名前どうする?」
「いるかそんなもん!
俺は寝る」
そういうと本当に玲はベッドに潜り込んで寝てしまった。
「そう、じゃあ俺も寝るか。
明日荷物を寮の部屋に運んだらどうしよう……」
不安はあるが緊張は無い。
今の2人には寮の事よりも任務の事を考えていた。
「玲とは別の部屋になったんだから面白い事になってくれるといいけどな……」
そんな八代のつぶやきは玲には聞こえていなかった。
この時八代の願いは意外な形でかなえられる事になるのだが、今の八代にはそんな事知る由もなかった。
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