第8章 奪われし無銘ノ剣
旅にも少しずつ慣れてきた。ガルドの豪快な笑い声と、リリアーナの軽やかなおしゃべり。それが今や、クライヴにとっての日常になっていた。自分の罪を清算するための重い旅路のはずが、二人の存在によって、時折その重さを忘れさせてくれる。この日も、一行は次の街を目指し、穏やかな街道を歩んでいた。
辿り着いたのは、何の変哲もない小さな宿場町だった。次の武器の情報を集めるため、一行は町の広場に面した食堂に入る。「よし、まずは腹ごしらえだ!ここの名物は何だ!」。早速ガルドが店主に絡んでいる。その時、クライヴはふと、広場で遊ぶ子供たちの影が、一瞬不自然に揺らめいたことに気づいた。
「……罠だ」。クライヴが呟いた瞬間、食堂の入り口に一人の男が立っていた。旅芸人のような派手な服を着た、ひどく痩せた男。だが、その瞳は蛇のように冷たく、粘りつくような視線でクライヴを射抜いていた。「ようやくお会いできましたね、『無名の鍛冶師』殿。貴殿の心の弱さも、我々はよく存じ上げておりますよ」。
「誰だ、てめえは!」。ガルドが戦闘態勢に入るが、男は意にも介さず、広場を指差した。「おっと、動かない方がよろしいかと。あの子供たちに、悪夢を見せたくないのであれば」。男の言葉通り、子供たちの足元に幻術のものと思われる黒い靄が立ち上り始める。「貴殿のその剣さえなければ、誰も傷つかない。実に、皮肉な話ですな」。
黒幕の刺客。クライヴは瞬時に悟った。敵は、自分たちの力を知った上で、最も汚い手を選んだのだ。「お前の剣がなければ、誰も傷つかない」。その言葉が、クライヴの心を鋭く抉る。そうだ、その通りだ。俺の剣があるから、争いが起きる。俺がいるから、人が危険に晒される。「さあ、その聖剣とも魔剣ともつかぬ魂の結晶を、こちらへ」。
「クライヴ、渡しちゃだめ!そいつの幻術よ!」。リリアーナの悲痛な叫びも、今のクライヴには届かない。彼はゆっくりと背中の『無銘ノ剣』を抜き、その場に置いた。抵抗は、しない。できない。自分のせいで、これ以上誰かが傷つくのは耐えられなかった。男は満足げに頷き、音もなく剣を拾い上げると、闇に溶けるように姿を消した。
刺客が去ると、子供たちの足元の靄も消えた。誰も傷ついてはいない。だが、クライヴは、その場に立ち尽くしたまま動かなかった。魂の半分を、無理やりもぎ取られたようだった。光を失った瞳は、ただ虚空を見つめているだけ。「クライヴ……?」。リリアーナが心配そうに彼の顔を覗き込むが、何の反応も返ってこない。
宿屋に戻っても、クライヴは抜け殻のようだった。椅子に座ったまま、瞬きもせず、ただ一点を見つめている。「おい、クライヴ!いつまでそうしてるつもりだ!」。ガルドが業を煮やして怒鳴りつけるが、クライヴの耳には届いていない。「奪われたんなら、奪い返しに行けばいいだろうが!」。だが、その言葉すら、彼には何の慰めにもならなかった。
「また無理してる……一人で背負い込まないで。仲間ってそういうものでしょ?」。リリアーナが涙ながらに訴えかける。だが、クライヴの心は、厚い氷の壁に閉ざされてしまった。自分の存在そのものが罪なのだ。最強の武器を失った無力感と、己の業の深さが、彼の精神を完全に打ち砕いていた。
今の彼に、仲間たちの声は届かない。励ましも、叱咤も、全てが水面に落ちる石のように、何の波紋も生まない。ただ、刺客の言葉だけが、呪いのように頭の中で反響し続けている。「お前の剣がなければ、誰も傷つかない」。その夜、クライヴは一睡もできなかった。リリアーナとガルドもまた、為す術もなく、ただ絶望に沈む仲間を見守ることしかできなかった。
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