第六章 ツバサの翼
アサヒさんが飛び立ってから、一週間後、わたしはいつもの朝のルーティンにとあることを付け加えていた。
そしてそれが終わった後、わたしはレミさんの元へと向かった。手には荷物を持って。
「レミさん。わたし、明日行きます。本当に、お世話になりました!!」
すると、レミさんはいつものように優しく微笑んだ後、わたしを抱き寄せて、これまでにない程強く、優しく抱きしめてくれた。
「わかっていましたが、いざ来ると辛いものですね……」
「そんなこと言わないでくださいよ、そんな事言ったら、わたしも辛く……」
わたしは言葉を詰まらせ、そのまま二人で泣き崩れてしまった。
「いけませんね。ここはホテル『とまりぎ』。お客様は笑顔で送り出さないと!! そうだ。今日はご馳走ですよ!! 待っててくださいね。とびっきりのを作りますから!」
「だめですよ。レミさん。わたしもレミさんにお礼がしたいんです。だからわたしもご馳走を作ります! なので二人で作りましょ!」
「それはいいですね!」
わたしとレミさんは一日かけて、とびっきりのご馳走を二人で準備した。チキンの丸焼きに、鯛のカルパッチョ、思いつくご馳走を二人でふざけながら作った。そしてそのまま二人でお腹がはち切れそうになるまでご馳走を食べた。暖炉の前で最後のティータイムを過ごしていた時、わたしは重々しく話し始めた。
「レミさん。わたし、全部思い出したんです」
「そうですか」
「母はもう、三年前のあの日に亡くなっていました」
「そうだったんですね」
「母は、仕事でのストレスが溜まっていて、常に爆発寸前だったそうです。でも、それを家族に悟られないように、仕事を時間を無理やり家族の時間にして、その穴埋めに自分の睡眠時間や休みを犠牲にしていたそうです。そしてある日、母は限界を迎え、川に身を投げたそうです……」
「なるほど」
わたしは思わず涙を流し、もう何を言っているのか自分でもわからなかったが、最後に伝えたいという気持ちから必死にレミさんへと話しかけた。
「最後までわたしも父も気づきませんでしたよ……。何か言ってくれていれば、変わったかもしれないのに……。母は最期まで家族のことを思っていました。残された遺言書も、わたしと父への謝罪が少しと、わたしと父への願いと"希望"が多数書いてある本当に明るいものでした。そして最後に、『大丈夫だよ。"希望"はあります』そう書いてあったんです……。なんで自分に言わないんですかね……。なんでわたしは母に言えなかったんですかね……。それが、悔しくて悔しくて、母の死を受け入れたくなくて、現実を見ないようにしてたんです……」
するとレミさんはわたしをそっと抱きしめてくれた。
「大丈夫ですよ。あなたの想いはよく伝わっています。安心してください」
わたしはそのまま一晩中泣き続けた。寝ながらでも泣き続けた。そしてそんなわたしに、レミさんは寝るときもずっと付き合ってくれた。あぁ、お母さん……。
翌日、遂に飛び立つ時が来た。
滑走路に出るわたしとレミさん。二人は互いに言葉は交わしていないが、約束したことがある。絶対にお別れでは泣かない事。
「レミさん。本当に今までお世話になりました。あなたとの思い出は決して忘れません」
「こちらこそ、ありがとうございました。ツバサさんとの思い出は私とホテル『とまりぎ』にとって最も重要な記憶の一つです」
「そう言っていただけて本当に嬉しいです」
レミさんは改めるようにスカートを引っ張ると、明るく話し始めた。
「それでは、ツバサさん。大丈夫ですよ。"希望"はあります!!」
わたしはその言葉を聞いて、思わずレミさんに抱き着いた。
「も~。ツバサさん」
「これが最後だから……。それに、レミさん」
「なんですか?」
「レミさんも、大丈夫ですよ。"希望"はあります!!」
わたし達は抱きしめあいながら、大笑いした。やっぱりこうでなくっちゃね。
「まさか言われる側になるとは思ってもいませんでした」
「二人とも笑顔になったからいいでしょ?」
「そうですね」
わたし達が一通り笑い終わった後、わたしは西に体を向けた。
「わたしもこっちですよね?」
「いえ。ツバサさんは反対、東です」
「えッ!!」
わたしは驚いて声が出てしまった。
「ツバサさんは特別サービスです。本当は怒られるんですが、まぁ、今回は受け入れます」
「そ、そうなんですか?」
わたしは訳がわからなかったが、とにかく、東に体を向きなおした。
「では、いきます」
「ええ。それではツバサさん。行ってらっしゃいませ。ホテル『とまりぎ』でまた会いましょう」
「はい!! また会いましょう!!」
わたしはそう言って東の方へと飛び立った。
あぁ、振り返りたい。だが振り返れば、いきたくなくなるのはわかっている。だが確かに感じる。お母さんの、温もりだ……。
わたしは目を瞑って必死に飛び続けた必死に必死に羽を羽ばたかせた。
………………
わたしは目が覚めると、病室のベッドで仰向けに寝かされていた。そして、羽ではなく、腕に凍傷の跡がある、というかそもそも羽が無い。いや、元々無い。よく覚えていないし、良く分からないが、お母さんを追って川に飛び込んだ気がする……。だがこれだけはわかる。眠っていながらも、わたしの手をしっりと握っている、お父さんの温もりだ……。
「さぁ、これからどうやって飛び立とうか……」




