第五章 友愛の羽
女性のハーピィが飛び去ってから、少しした頃、まだ昼間は明るいが、薄い雲がずっと空を覆っていた。
わたしはいつものように朝起きて、自分の部屋を軽く掃除した後、エントランスへと下りて行き、レミさんとの朝食を済ませての掃除へと移る。途中、いつもやってくる白い鳥と戯れれがら少し休憩を取る。もうこの二人での生活が当たり前になっていた。
わたしが正面玄関の掃除をしていると、羽音を一切立てずにわたしと同じくらいの一人のハーピィの男の子? いや、女の子? が滑走路に着陸した。その子が目の前に来てようやく、女の子だとわかった。その子はわたしに対して男の子とも女の子とも取れる中性的な落ち着いた声で話しかけてきた。
「すみません。こちらにお住いの方でしょうか?」
「お住いと言いますか、こちらで泊まり込みでお世話になっている者ですが、何か?」
「そうでしたか。僕は旅をしているのですが、今晩の宿に困っておりまして、良ければ泊めていただけないでしょうか?」
「もちろんです! なんせここは…」
わたしが続けようとすると、扉が開く音が聞こえ、レミさんが出てきた。
「ツバサさん。その先は私の台詞ですよ」
「は、はい……」
押しのけられてしまった。そしてレミさんはいつものように微笑むと、いつものロングスカートを摘み挨拶を始める。
「ようこそ、ホテル『とまりぎ』へ。私は当ホテルの支配人をしている、レミと申します」
「わたしは、ここで住み込みでお世話になっている、ツバサって言います」
「丁度ホテルにたどり着くとは、久しぶりに良いことがあったよ。おっと。僕はハーピィのアサヒと言います。しがない旅人です」
「それでは、どうぞお入りください」
その後は、よくあるただの宿泊手続き。何の変哲もない作業だ。アサヒさんはそのまま部屋へと入り、暫く休憩した後、晩御飯の頃合いになると、部屋から下りてきた。アサヒさんの計らいでわたし達も一緒に食べることになった。そしてわたし達にとってはいつものご飯を食べ終わると、アサヒさんがわたし達に微笑みながら問いかけてきた。
「この食事はどちらがお作りに?」
「わたし達二人で作りました」
「そうなんですね。なんとも微笑ましく、羨ましい。こんなにも美味しいご飯を毎日食べられるとは」
「いえいえ。わたしにとっては毎日のことですから。確かに、レミさんのご飯は一品なのはわかります」
「お二人共、ありがとうございます」
「ハハッ。これがあなた方の当たり前ですか?」
「ええ。わたしはそう思います」
「そうですか。幸せそうですね」
「ええ。とっても!」
「そうですね。私もこの当たり前の日々は感謝しております」
「それはいい」
なんてことのない会話。しかし、アサヒさんの言葉の一つ一つからはどこか重みを感じる。
「そうだ。お代はいくらくらいになっているでしょうか?」
偶にはこっちだけでもわたしが言ってみたい! わたしはそう思って言葉を発しようとした瞬間、一足先にレミさんが口を開いた。
「当ホテルではお金はいただいていません。その代わりに、お客様のお悩みや未練を聞いております。それを代金として当ホテルでは頂戴しているのです」
「なるほど。悩みや未練ですか。それでは、未練を聞いていただけますか? そこの頬を膨らましたツバサさんも一緒に」
え。そんなことしてたの。もしかしていつもしてた? も~。早く言ってよ~!!
わたしは少し恥ずかしくなり、もじもじしていると、アサヒさんはわたしに向かってニコッと笑った後、淡々と話し始めた。
「僕は今は一人で旅をしていますが、元々はルナという子と二人で旅をしていたんです。彼女とは本当にいろんなことを話しました。一緒に旅をすると言っても、定期的に会って話をするような仲だったんです。ですから、行った場所も経験したことも違いました。でも、いつも同じ日、同じ時間に、辺りを良く見渡せるところで、二つ並んだ椅子に腰を掛け、お互いの話を聞いていると、僕は彼女と同じ景色を見て、同じ経験をしたような気になっていました。そして次第に、一緒に旅をしている相棒のような気になっていきました。もしかしたら彼女はそうは思ってはいなかったのかもしれませんが、お互いに良い友人だったのは断言する自身があります。僕は彼女がと会うことが、ただ話をすることが、彼女がいることが当たり前だと思っていました」
「素晴らしい友人関係ですね。ここまでの友情は私も中々聞いたことありません」
「ありがとうございます。ルナとの当たり前の日々は本当に幸せでした。ですがある日、彼女がいつもの日、いつもの時間になっても、いつもの場所に現れなかったんです。僕は心から心配しました。旅の途中で何かあったんじゃないか。何かの病気にでもなったんじゃないか。そう考えて僕は待ち続けました。幾ら待っても来なかったので、僕は彼女の無事を祈ってその場を去りました。そしていつもの場所から飛び立った瞬間、そこから少し離れたところで彼女は他の人達と談笑していたんです。当たり前の日々がボロボロと崩れていった音がしました。僕はそれが許せなかった。彼女はただ忘れていただけだと、僕に何度も理由を説明してくれていました。ですが僕はそれを聞き入れず、仲直りするまで時間がかかってしまった。仲直りできたは良いものの、僕は当たり前の日々を守り抜こうと必死になりました。また崩れないように、何処までも続いていくように。ですが、そんな僕の狂気を見て、当然彼女は僕から離れていきました」
アサヒさんは話を一区切りつけると、謝るように頭を下げ、顔を抑えた。
「僕が全て悪いんです。僕が子供だったから。あの時、僕は恥ずかしがって、かっこつけようとして、余計な事を…ただの友達で終わりたくないという一点だけを見てしまっていた。そんなこと言わずに、ただ素直に自分の底にある物を伝えていれば、彼女を傷つけずに、深いな思いをさせずに済んだのかもしれない。ただ『ずっと友達でいたい』って伝えていれば……」
アサヒさんはそのまま泣き崩れてしまった。
わたしはそんなアサヒさんに寄り添いたくて、アサヒさんの隣で彼女の頭を撫でながら語り掛けた。
「アサヒさん。あなたの後悔と、謝罪の念はよく伝わってきました。でも、まだきっと大丈夫。今の言葉をルナさんに伝えに行きましょ! わたしも応援します」
「出来ないんだ……」
「なんで?」
「もう彼女は……」
「ルナさんが?」
「死んだ…………」
「「ッッ!!!!」」
……………………。
その瞬間暖炉目の前が凍り付いた。
「彼女は落下してきた看板から親子を庇って身代わりに……。本当に根っからのお人好しで、優しい彼女らしい最後だよ……」
「そんな……」
「でも僕はもう一度、ルナに会いたい。僕が伝えきれなかったこと全部話したい。そして、人からではなく、またルナからルナのことを聞きたい。また彼女と肩を並べたい」
「それは、無理でしょうね」
ルナさんが予想だにしない冷たい一言を冷静に放つ。
「ちょっとルナさんそんなこと言わなくても……」
「正直誰が言っているのですか? あなたは今どうなんです? ただ人を一人不幸にしただけではないですか? 一方そのルナ様は、人を二人も救って幸せにしている。雲泥の差という言葉でも足りない程の差があります。そんなお方とあなたが肩を並べるですって? 片腹痛いです」
「あぁ。確かにそうだ……。だがその為の旅であって」
アサヒさんが続けようとしたところで、ルナさんが割って入る。
「その為に? "その"とは何のことです? ルナ様とまた肩を並べて話をすることがですか? それはあなたが固執して、ルナ様を不幸へと陥れた"かつての"当たり前の日々じゃないのですか? またルナ様を不幸に陥れたいんですか?」
「そんなことあるわけない!!」
「だったらあなたはこれからは"一人で"旅を続け、多くの人を守り、大切にしてください。それがあなたの罪を償うことになるでしょう。そうしていれば次第にあなたを認めてくれる人が一人二人とやってくるでしょう。その時に、過ちを繰り返さなかったら、あなたはやっと成長したという事なのです」
アサヒさんは流れるように、椅子を離れ、レミさんに向かって跪いた。
「はい。わかりました」
アサヒさんはこの一連の動きに今気づいたのだろう。目が大きく開いて驚いた様子だ。
「わかったらなら、今日はもう寝てください。明日からあなたは罪を償うための旅に出るのですから」
「わかりました。ありがとうございます。おやすみなさい」
アサヒさんはそう言って頭を下げると、階段を上がっていった。
わたしは未だに呆気に取られている。あんなに威厳のあるレミさんを始めてみた。普段も当然威厳はある。しかし、それは包み込む温かいオーラのようなものだ。しかし、今回のは、突き刺してくるような、荒々しいオーラだった。
「レミさん。一つ聞いてもいいですか?」
「ええ。勿論」
「わたし、最後にはレミさんはいつものように『大丈夫ですよ。"希望"はあります』って言うと思ったんです。その、わたしの母もその言葉を使ってて、わたしを叱った後もそうしてわたしを慰めてくれていたから……」
するとレミさんはわたしを抱き寄せて優しく抱きしめながら答えてくれた。
「私の言う"希望"は、ほんの少しのものです。例えば、あと一秒だけでも生きれる"かも"しれない。一瞬だけでも会いたい人にあえる"かも"しれない。そんな短く、儚く、不確定なものなんです。しかし彼女の求める希望は違った。またあの時のようになれる、いやもっと良い状況になれる! それは私にとっては"希望"ではありません。ただの傲慢です。それは改めるべきだと私は考えます」
わたしはそれを聞いて妙に納得してしまった。確かに、希望と傲慢の違いはわたしにはわからない。実際わたしはアサヒさんの発言を希望だと思ったのだから。
「レミさん。希望と傲慢はどう見分ければいいの?」
すると、レミさんはわたしの顔を見つめて、ささやくように話し始めた。
「簡単ですよ。そこに光があるかです。アサヒさんが話している時、アサヒさんの目はどうでしたか?」
わたしはアサヒさんの目を思い出そうとしたが、どれも目を手で覆っているか光の無い目をしていた。あ。
「気づきましたか? 今までの方はどのお方も目に光があり、鋭いけれど優しさのある目をしていました。そんな人は希望が見えているんです。でも、口だけ笑っているような人には希望は見えていません。希望は"見る"ものです。偽りの笑顔では何も見えていません」
「レミさん。わたしは希望が見えてるのかな?」
「ええ。きっと」
次の日の早朝、わたしとレミさんはアサヒさんを見送るため、滑走路に出ていた。
「大変お世話になりました」
そうお辞儀をしたアサヒさんの口"は"微笑んでいた。
「気をつけてくださいね」
「ええ。ありがとうございます」
「それでは、アサヒ様はあちらへお進みください」
そう言うと、レミさんはまた西の方を指さした。いや。今回は少し違う。西は西でも、北西の方だ。
「わかりました。ありがとうございます。そうだ。ツバサさん。あなたに言いたいことが」
「なんでしょうか?」
「もし、大切な人がいるなら、その人との時間を大切にしてくださいね。もう僕のような過ちを犯す人を増やしたくありません」
わたしはその瞬間、ある人の顔を浮かべた。そして、アサヒさんの目は……。
「わかりました。ありがとうございます」
「それでは、お二人共、お元気で!!」
アサヒさんが去りかけた瞬間。レミさんが微笑んで話し始めた。
「アサヒ様。私も一つ、アサヒ様に言い忘れたことがありました」
「なんでしょう?」
「大丈夫ですよ。"希望"はあります」
「はい! ありがとうございます!!」
アサヒさんは満面の笑みを浮かべて、北西の方へと飛び立って行った。
「レミさん。結局いうんじゃないですか」
「ええ。お情けもありましたが、彼女は確かにあの言葉を掛ける資格がありました」
「また会うときには、もっと立派になってますかね……」
「ええ。きっと……」
うん。そうだよね。もし、わたしがここを去る時も、レミさんはわたしにそう言ってくれるのだろうか……?
わたしは、不安に駆られつつも、この不安は今自分が思ったことへの不安ではないことは理解していた。そして、決心がついた。




