第四章 夢の羽
あれからまた一カ月が経った。あれからどうも胸がもやもやする。とにかく、早く凍傷を治して旅を続けないと……。今日もまた雨が降りそうだ。そう思いながら窓の外を見ていると、遠くの方でピカッと光った。その後に雷鳴が響く。うぅ……。わたしの特に苦手なやつだ……。わたしの腕は窓の淵を掴みながら震え始めた。すると、またあの白い鳥がやって来た。最近この子はコウが来た時から部屋の中の良さを知ったのか、よく潜り込んでくる。
「またあなた? いつも来てくれるね」
話しかけても当然話すわけはない。でも、どうもこうしていると安心できる。
ゴロロロロロロロロロロロッッッッッッ!!!!!!
「ギャ――――――――!!!!」
一段と大きい雷鳴に思わず大声を出してしまった。自然と頭を抱えてしゃがんでいるし……。あの子も流石に驚いたようでわたしの頭上を飛び回っている。この瞬間も雷鳴が響き渡っているし、碌に動けない……。
「どうかしたんですか?!」
レミさんが慌ててわたしの方まで来てくれた。わたしは涙目になりながらハイハイしてレミさんの元へ近づく。
「レミさ~ん……。雷怖い……」
「普段元気なツバサさんがこんなに溶けたようになるとは……。やっぱりツバサさんもまだまだ、少女と言ったところでしょうか?」
「あんまり子供扱いしないでくださいよ~」
「それは、雷が平気になってから言いましょうか」
「も~。レミさんの意地悪……」
ド―――――ンッッッッ!!!!!!
雷鳴というより、何かが落ちたような鈍い音が響き渡った。
「今の音は少しおかしかったですね。枝にでも当たったのでしょうか?」
そう言ってレミさんが窓方へと動こうとしていたので、わたしはレミさんの腰辺りに抱き着いたまま共に動いた。レミさんが窓の外を見た瞬間、声を上げた。
「まぁ! 大変!!」
それにつられてわたしも窓の外を見ると、そこには滑走路で倒れているわたしと同じハーピィがいた。もうあの滑走路厄払いとかした方がいいんじゃないの……。
「とにかく、レミさん急ぎましょう!」
わたし達は嵐の中急いで外へと飛び出した。どうやら女性のハーピィのようだ。三十歳ほどに見える。白目を向いて気絶している。流血などはしていないようだ。わたしがその女性を起こそうと近づいた瞬間、その女性は突然私に向かって飛び起きてきた。
「あの子は! わたしの娘はどこ!!!!」
そう叫んだ瞬間、女性は再び気を失ってしまった。わたしはあまりにも突然の出来事に放心状態となってしまった。
「ツバサさん! 大丈夫ですか?! ツバサさん!! 流石にハーピィを二人運ぶのは厳しいのですが……」
…………。
「ツバサさん! ツバサさん!! 大丈夫ですか?」
レミさんの呼びかけが暗闇の中から聞こえてきたと思うと、わたしはハッと目を覚ました。わたしはそのまま体を起こしレミさんにしがみついた。どうやらここは客室の一つらしい。わたしはレミさんに膝枕されていたようだ。よし!!
「れ、レミさん! さっきのさっきの何? お化け?」
「お化けとは失礼ね」
そこにはさっきの女性のハーピィがベッドの上で座っていた。
「ギャ―――――――ッッッッ!!!!!! で、でた!! レミさん出た!!」
「落ち着いてください。ツバサさん。この方は怖い方ではありませんよ」
レミさんがわたしのことをずっと摩りながらあやし続けてくれているが、わたしは離れない。
「失礼いたしました。改めてご挨拶をさせていただきます。ようこそ、ホテル『とまりぎ』へ。私は当ホテルの支配人をしている、レミと申します。このわたしにしがみついているのが、当ホテルで面倒を見させていただいているツバサさんと言います」
コクッ……。
「それで、どうしてこんな嵐の中を飛ばれていたのですか?」
彼女は落ち着いて話し始めた。
「わたしは、娘を探してるの」
その瞬間、わたしとレミさんは顔を見合わせ、その場の空気が一気に張り詰めた。
「あの子は本当にいい子でね。公園に行ったらドングリや葉っぱを拾って来てママにって言って持ってきてくれたりしたの。それにね、一緒にクッキーをやりたりもして、あの子型取るのを失敗して泣いちゃったりして、ほんとあの時は困った子だと思ったけど可愛かったわ~。それにね、それにね……」
尽きることの無い娘さんの可愛いエピソードの暴力により、流石のレミさんも少し困った表情になっている。気づけばわたしも、緊張とか恐怖とか、そんな感情はどこかに行ってしまった。そしてわたしは気づいた。これはめったにない恩を返すチャンス!
「あ、あの~。もう娘さんについてはわかったので、そろそろいなくなったことについて教えていただいても……?」
すると彼女はもはや早口過ぎて聞きとれない話をピタリと止め、わたしの目を凝視して甲高い声で叫び出した。
「今娘ちゃんの話をしてるんでしょうが!!!!!!!!!!」
「「ヒィッッ!!」」
やっぱり怖い~。というか、あのグリフィンのコウの威嚇を諸共しなかったレミさんが怯えていただと。母は強しってこと? いや違うか……。
わたし達はそのまま彼女の話を聞き続けるしかなく、うんざりしていたところ、一段落したところで突然彼女の話と動きが止まった。
「それなのに、それなのに、なんでなんでなんでなんでなんでなんで……」
「あの、大丈夫ですか?」
彼女は突然うずくまったかと思うと、わたし達に向かって吠え出した。
「なんでいなくなるのよ!!!!!!!!!!」
「「ヒィッッ!!」」
こればっかりはわたし達悪くないよね……。彼女は、一通り吐き出して少し冷静になったのか、突然泣き始めた。
「あの子がいなくなった日はいつも通りのなんでもない日だった。あたしも娘も特に変わったことは無かった。でもあの子は遊びに出て行ってそれ以降帰ってこなかった……。あたしは探しに行くと言っても旦那は理解してくれなった。受け入れろと言ったのよ!! 実の娘がいなくなったってのに……。あたしは我慢できなくなって飛び出して来たの。娘に関係しそうなもの事以外は何もかも気にせず飛び続けたわ。そこで、雷に打たれちゃったみたい。お礼が遅れちゃってごめんなさい。ありがとうございます」
「いえ。お気になさらないでください。お子さんがいなくなってさぞお辛いでしょう。私共には到底推し量れない程に傷ついておいででしょうが、せめてお身体の疲れだけでも取らせてください。もしかしたらお気持ちの方も少し治せるやもしれません」
「ええ。ありがとうございます。ところで、ここのお支払いはどうしましょうか? 実のところ、もうお金もあまり残っていなくて……」
「大丈夫ですよ。当ホテルではお金はいただいていません。その代わりに、お客様のお悩みや未練を聞いております。それを代金として当ホテルでは頂戴しているのです」
「そうでしたか。でしたら、もう払えているかしら?」
「ええ。十分な程に」
レミさん。それは皮肉だね。安心させようとしてるんじゃなくて、皮肉だね。
「それなら、あたしもあなた方のお悩みを聞かないとね。何かないの?」
普通にしてたらこの人って本当にいい人なんだよな。もしかしたら娘さんがいなくなって精神が不安定になっているのかもしれない。
「私は特にありません。ツバサさんは聞いてもらってはいかがです?」
突然振られて少しびっくりしたが、境遇も少し似ているし、話すことにした。わたしがお母さんを探している事、わたしのお母さんも突然いなくなったことを話すと、彼女は涙をこぼしながら話を聞いてくれた。そして話し終わると、彼女は腕を広げ、わたしを向かい入れようとしてくれた。その姿にわたしはどこかお母さんの面影を感じた。気づけば、わたしは吸い寄せられるように、彼女の懐に飛び込んでいた。わたしは久しぶりに母の温かみを感じ、そのままウトウトしてきた。わたしが目を閉じた瞬間、彼女はゆっくり話し始めた。
「実は、あたしも気が付いてるんです。でも、受け入れたくないんです……」
え? 何の話?
「ええ。わかりますよ。人とはあまりにもつらい現実を見た時、目を背けようとするものです。ただそれは逃げているのではありません。立ち向かうための準備をしているのだと私は思いますよ」
何? 何? 何を話しているの?
「そう言ってくださると、救われます。きっとこの子も……」
誰のこと? 何? 何が起こってるの? 違う。絶対違う。何も起こってない!
「レミさん、でしたよね? この子にもそのように言ったのですか?」
わたし? 違う。絶対違う。他の誰かのことだ。そうに違いない。
「いいえ。ツバサさんにははっきり言うのは辛すぎるでしょうから。でももう、そろそろ受け入れる頃合いでしょうとは私は考えています」
わたし? いまツバサって。違う。わたしのわけがない。でも今わたしの名前が……。いや、絶対違う!!
「レミさんはあたしを許してくださるのですか?」
レミさんが許す? 何を?
「それは私の務めではありません。ただ、当ホテルにいらっしゃったお客様をお世話し、お導きするのが私の務めでございます」
そうだよ。そうだよね。レミさん。
「では、あたしはどこへ飛んでいけばいいのでしょうか?」
布がこすれるような小さな物音がすると、少し沈黙の時間があった。
「西、ですか」
また西だ。レミさんはこのホテルのお客さんをみんな西へと飛んでいくように促す。西に何があるのだろう……。
「西に行けば、あの子は、娘はいますか?」
すると、レミさんはきっとまたいつものように微笑みながら答えたのだろう。
「大丈夫ですよ。"希望"はあります」
「それを聞いて安心しました。これでわたしも憂いなく、いけます」
何? どういうこと……?
わたしはそのまま眠ってしまった。 わたしはその日の晩、お母さんの夢を見た。最後のお母さんを……お母さんが見た景色を……。次に目が覚めるころには、日が昇っていた。わたしはベッドに寝させられており、女性のハーピィも、レミさんもいない。きっともう飛び立ってしまったのだろう。
その日から暫くは、日は昇っているのが見えていた、見えていたのだが、薄い雲がずっと空を覆っていた。




