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第一章 とまりぎの羽

バサッ、バサッ…


「あぁ、吹雪いてきた。これじゃ~わたし遭難しちゃうよ。もうどっちが上でどっちか下かわかんないし」


バサッ


「どこかとまれるところは……。もう羽が凍りそう……」


バサッ、バサッ…


「あれは? 灯り? しめた! あそこにっ」


……


「って羽が、動かない……。お願い、このまま届いて!!」


ヒュルルル……ドサッ!!!!


「と、とどいた……」


 視界がぼやけ出したと共に、灯りの灯った建物の扉が開いた。

 わたしの記憶があるのはそこまで。

 わたしは目を覚ますと、暖かい部屋の中にいた。灯りは暖炉の炎だけ。その部屋は全体が木でできており、暖炉は流石に石造りだが、温かみがある。昔行った山のロッジみたいだ。

 まだ朦朧とする意識の中でそんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。そこからはランタンを持った一人の人間の女性が入って来た。年齢は……いくつだろう? 二十代にも、四十代にも見えるような、そんな不思議な雰囲気をまとっている。ゆるく波打つ、淡い亜麻色の髪が肩の下まで流れていて、風のない空間なのに、なぜか少しだけ揺れている。その瞳は、まるで湖に空が映ったような灰青色で、まっすぐに見つめられると、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 わたしがその女性に見とれていると、その女性はランタンを扉のすぐ隣にある机の上に置き、そっとわたしが寝ているベッドの隣まで近づいてきたところで、そよ風のような優しい声で話しかけてきた。


「目が覚めたようですね。寒くはありませんか?」


「は、はい。ありがとうございます。ところで、あなたは? それにここは?」


「私としたことが、挨拶を忘れていましたね」


 女性は一歩下がり、エプロンを付けた白いシンプルなロングスカート摘まんでお辞儀をした状態で話し始めた。


「ようこそ、ホテル『とまりぎ』へ。私は当ホテルの支配人をしている、『レミ』と申します。当ホテルの前で凍えて倒れていらっしゃったので勝手ながら、客室に通させていただきました」


「そうだったんですね。ありがとうございます。すみません。直ぐに出ていきますので。いって……」


 羽が激しく痛む。これじゃあ飛べそうにない


「酷い凍傷です。その羽ではとても飛べないと思いますが?」


「ええ。そうですね」


 確かに痛むが手当の跡がある。恐らくレミさんがやってくれたのかな。


「あまりに酷い凍傷だったので、軽い手当はさせていただきましたが、ですが、暫くは安静になさってください」


「ありがとうございます。ですが、その、わたし……」


「どうかなさいましたか?」


「お金がないんです……」


 すると、レミさんは微笑んで話し始めた。


「大丈夫ですよ。当ホテルではお金はいただいていません。その代わりに…」


「その代わりに?」


「お客様のお悩みや未練を聞いております。それを代金として当ホテルでは頂戴しているのです」


 わたしは驚いた。というより戸惑った。悩みや未練を聞いて何になるんだろう。

 レミさんは椅子を部屋の隅から持ってくると、寝てるわたしの肩の隣くらいまで持ってきて目を閉じて座った。


「それでは、意識をはっきりさせるためにもお話していただけますか?」


 さっきまでとは少し違う強引な感じに押されて、わたしは口を開いた。


「わたしは、ハーピィのツバサと言います。しがない旅人です。わたしの旅の目的は母を探すことです。わたしの母は三年前、突然いなくなってしまったんです。母は私や父をとても愛していたんです。休日には家族で買い物に出かけたり、山へキャンプをしに行ったり、とても楽しい毎日でした。それなのに、母はわたしと父の前からいなくなりました。わたしは母を見つけてその理由を知りたい。そして、思いっきり抱きしめて欲しい。それがわたしが母を探す理由であり、悩みです」


 レミさんは閉じていた目を開き、わたしの目を見つめていた。


「あの? 何か?」


「いえ。何もありませんよ」


 そういったレミさんの顔は微笑んでいた。わたしはその瞬間胸の中が温かくなったような気がした。


「お母様を探す旅ですか。失礼ですが、ツバサ様は今お幾つですか? 大変お若いように見えますが」


「わたしは今一五歳です」


「一五歳で旅に出るなんて、正直私は褒めることはできませんね。一二歳でお母さまがいなくなって寂しいのはわかりますが、それはお父様も同じなのでは? それに、ツバサ様までお姿を消しては、お父様はより悲しまれるのでは?」


「いえ。父は母がいなくなってからそれに抗うように仕事に打ち込むようになったんです。そのおかげで、お金で苦労する事はありませんが、ここ一年は特に父の顔を見ていません。母が姿を消して、父は悲しんでいるのか、喜んでいるのか、わたしにはわからないんです。それが怖くて、わたしは押し出されるように旅に出たんです」


「お父様とお話をしようとしたことは?」


「たくさんあります。でも父はわたしには毎回ただ『心配しなくていい』そう言って去っていくんです。わたしの顔を見ようともせずに。わたしはそう言われても、何を心配しなくていいのかもわからないんです。母のことなのか、父のことなのか、お金のことなのか、他に何も言ってくれないんです。わたしにはわからないことがたくさんあるんです。それが不安で不安でたまらないんです。こんな時にお母さんがいてくれたらきっと励ましてくれるのに……」


 取り乱していたわたしの頭の上に柔らかくて温かい何かが乗かった。


「大丈夫ですよ。"希望"はあります」


 わたしはその言葉を聞いてハッとした。その言葉は、お母さんがわたしにいつも言っていた言葉だった。


「すみません。どこでその言葉を?」


「この言葉ですか? 私が気に入っている言葉なんです」


「そ、それって……」


トントン


 わたしが言葉を続けようとすると、窓の外からガラスを叩く音が聞こえた。レミさんは椅子から立ち上がると、窓の方へと歩いて行った。レミさんはカーテンの隙間に頭を入れると、その瞬間少し明かりが零れてきた。


「どうやら、夜が明けたようです」


 レミさんはそう言うと、カーテンを開けた。その瞬間、部屋の中に朝日が差し込んできた。まぶしい窓の外に目が慣れると、そこには白い鳥が泊まっていた。さっき窓と叩いていた、というより突いていたのはこの子かな。


「おや。こんなところに来るなんて珍しいですね。ダメじゃないですか。まぁ今回は許してあげますよ」


 レミさんがそう話しかけると、白い鳥は飛んで行ってしまった。


「鳥が来るのは珍しいんですか?」


 レミさんは少し間をおいて答えた。


「ええ。あまり来ませんね。ここに来るのはツバサ様のようなハーピィのお客様や、鳥型の獣人のお客様が殆どです。ある時期になるとグリフィンのお客さんがたくさんお越しになったりもしますがね」


「そうなんですね。わたし達のみたいなのが居たら怖いんですかね?」


 わたしは冗談交じりにそんなことを言ってみた。


「そうですね~。偶に食べちゃう方もいますから」


「え?! ほんとですか!!」


 わたしがほんとにびっくりして、ベッドから飛び起きると、レミさんは口元に手を当てて、微笑みながら答えた。


「冗談ですよ。そのようなお客様は今まで見たことありません」


「も~。やめてくださいよ~」


 わたしは力が抜けてまたベッドに横になった。


「とにかく、ツバサ様はしばらく安静にしててくださいね。また様子を見に来きます」


 レミさんはそう言うと、持ってきたランタンを持って部屋から出ていった。

 改めて思う。ここは不思議な場所だ。お客からお金を取らないでどうやって経営しているのかな。それに、あのレミさんは何者なんだ。わたしが飛んでいた高度から察するに、ここはかなり高い場所にあるはず。しかし、窓の外には木の枝が見えている。わたしは気になって体を起こし、窓の外を覗いてみた。するとそこに合った光景は、巨大な木の枝や葉っぱだった。どうやらこのホテルは巨大な木の上にあるみたいだ。正にこのホテルは巨大な鳥小屋だ。ホテルの正面入り口と思われる前には滑走路のような物もある。わたしはあそこに不時着したのかな。

 しかし、レミさんのあの発言が気になる。「"希望"はあります」この言葉は確かに母がよく口にしていた言葉だ。恐らくレミさんは母のことを知っているのかもしれない。旅を続けるためにも、どうにかしてもっとレミさんの話を聞きたい。そのためには、これしかない!! それに、どっちみちこの羽では飛べないし……。

 わたしはベッドから起きて、廊下に出てみた。廊下はそこまで長くはない。しかし、少し薄暗く、妙に静かで気味が悪い。わたしはゆっくり、扉を閉めて、壁伝いに階段の方へと歩いて行った。階段の壁には、二の文字があった。どうやらここは二階らしい。上を見上げると暫く階段が続いていた。わたしはゆっくりと、階段を下りていき、エントランスフロアまでやって来た。エントランスにはお客さんもスタッフを含めて誰もいなかった。静まり返ったエントランスにわたしはまた気味が悪くなった。


「どうかなさいましたか?」


「ヒヤッッッッ!!」


 突然後ろから誰かに話しかけられて思わず飛び上がって尻もちをついてしまった。


「すみません。大丈夫ですか?」


 そこにいたのはレミさんだった。


「なんだ。レミさんか……。も~びっくりしたじゃないですか!!」


 レミさんは手を貸してくれて、引き上げてくれた。


「すみません。驚かせてしまったようですね。丁度朝食の支度をしていたところだったんです。そこのテーブルで召し上がりますか? それとも、お部屋までお運びしましょうか?」


「その、それなんですが、一緒に食べたらダメですか?」


 レミさんは驚いた様子だ。


「えっ?! で、でもホテルのスタッフとお客様が一緒に食べるというのも何か変な感じがしませんか?」


 わたしは手をもじもじさせ、口を少し尖らせながら話し出した。


「な、なら、両方ともホテルのスタッフになれば解決じゃ、ないですか……」


 レミさんは完全にポカンとしている。目が点の状態だ。


「そ、それはどういう?」


「つ、つまりですね。ずっと寝たきりってのも暇ですし、何より罪悪感凄いし、わたしの羽が治るまでここで働かせてくれませんか!!」


 レミさんは驚いた様子だったが、少し間をおいて微笑むと、口を開いた。


「では、よろしくお願いいたします。ツバサ様」


「こちらこそ、よろしくお願いします!! それと、ツバサ様ってのはやめてください。わたしは今日からレミさんに雇われるんですから」


「そうですね。では、ツバサさんでいかがでしょう?」


「ばっちしです!」


 わたし達は少しの間笑っていた。この瞬間から、さっきまで気味が悪かった廊下もエントランスもどこか落ち着く感じがするようになった。

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