第三話:【脆弱性】汚れた村と計算違い
「――環境構築、完了。……いや、劣悪だな」
目を開けた瞬間、肺に飛び込んできたのは、カビ臭い空気と獣の排泄物が混じったような不快な臭気だった。
ケンゴは身を起こし、手元の感触を確かめる。 敷かれているのは乾燥した藁。それも、長い間交換されていないのか、湿り気を帯びて硬い。 視線を巡らせれば、石造りの壁にはひびが入り、天井からは心許ない光が差し込んでいる。
(中世ヨーロッパ風、あるいはファンタジーの定番……といったところか。だが、あまりに非効率な造りだ)
家屋の構造を分析しようとした、その時だった。
『――視界情報のスキャンを開始します』
脳内に、無機質な音声が響く。 直後、ケンゴの視界が変質した。
「……ッ、これは」
視界の端に、半透明のコンソールウィンドウが展開される。 壁のひび割れには**【構造的脆弱性:中】、埃の舞う空気には【浮遊菌密度:高】**というタグが浮き上がった。 そして、自分自身の手を見つめると、そこには――。
【個体名:ウエダ・ケンゴ】 【状態:重度の栄養失調、軽度の脱水症状】 【リソース:魔力残量 12/100】
「これが『最適化』の力か」
ケンゴは唇を歪めた。 目の前の景色が、まるでデバッグモードのゲーム画面のように、数値とテキストで解体されていく。 感情に左右されず、事実だけを突きつけてくるこのインターフェースは、彼にとって何よりも信頼できるものだった。
ギィ……と、建付けの悪い扉が開く。
「あら、気が付いたの? 運がいいわね。あんな森の入り口で倒れているなんて、魔物の餌になりに来たのかと思ったわ」
入ってきたのは、麻の服を着た少女だった。 年の頃は十六、七。赤褐色の髪を無造作に束ね、手には濁ったスープの入った木皿を持っている。
【個体名:ミーナ(仮)】 【好感度:警戒(20/100)】 【懸念事項:慢性的な食糧不足、左足首の捻挫】
ケンゴは即座に情報を読み取った。
「助けてくれたのは、君か。礼を言う」 「礼なんていいわよ。村の長に言われて運んだだけだから。……それより、食べられるうちに食べなさい。貴重なスープなんだから」
差し出されたスープを「最適化」がスキャンする。
【名称:薄めた野菜クズの煮込み】 【栄養価:極低】 【毒性:細菌増殖による軽度の腹痛リスク(8%)】
(……ひどいものだ。この村のリソース管理はどうなっている?)
ケンゴはスープを口に含み、脳内で「最適化」を走らせる。 今の彼に必要なのは、この世界の「システム」を理解し、最短ルートで生存基盤を確保することだ。
「この村、ひどく困窮しているようだが。……不作か?」
ミーナが驚いたように目を丸くした。
「……どうしてそれを? まぁ、見ればわかるか。最近、川の上が濁ってて、畑が全滅寸前なのよ。おまけに、森の魔物まで凶暴化して……もう、詰んでるのよ、この村」
詰んでいる、か。 ケンゴの脳内で、パズルが組み合わさっていく音がした。
川の汚染、魔物の凶暴化、そして村の衰退。 これらは独立した事象ではない。一つの「バグ」が引き起こしている連鎖反応だ。
「ミーナ。その川の、上流にあるものを教えてくれ」 「え? ……確か、古い遺跡があったはずだけど。誰も近づかないわよ、呪われてるって噂だし」
ケンゴはゆっくりと立ち上がった。 足取りはまだ覚束ないが、視界には既に「最適化」によるナビゲーションラインが引かれている。
「呪い、か。言葉を直せば、それは『未発見のバグ』だ」
彼はミーナに木皿を返すと、出口へと歩き出す。
「お、おい! どこに行くのよ!?」 「この村のシステムをデバッグしに行く。……『お詫び』でもらったこの力、さっそく試運転させてもらうぞ」
一歩、外へ踏み出す。 そこには、非効率と停滞に満ちた、美しくない異世界の風景が広がっていた。




