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かねて堕ちたる此岸街  作者: がおがお
第一章『弱虫』の私へ
3/5

03猫の宿屋

「宿はこちらですぅ」


 淡音に連れて来られたのはテレビでよく見るような、木造建築の大きく立派な宿屋。看板は木製というより輪切りに切られた丸太に筆で書いて文字を削ったようにできており、そこには『宿屋猫の手』と書いてある。

 建物のカラーリング的には神社と非常に似ており、もしかすると此岸街にある宿屋という性質上、客の安全も考慮した魔除けも兼ねているのだろう。さすがに本坪鈴(ほんつぼすず)や賽銭箱などは無いが、本来なら本堂があるであろう部分がどうやら出入口らしい。見上げるまでもなく外観は二階建てくらいの高さしかないが、小さな旅館くらいの小規模で経営をしているのだろうか。


「へぇ、いい宿ですね。すごく歴史のある感じ、の……」


 外と中を隔てる扉は一切見当たらず、不用心だなあなんて考えながら暖簾をくぐる。

 内装もまた和で統一されており、古い銭湯によくありそうな番台には三毛模様の招き猫の頭頂部に少し穴を開けて彼岸花を生けた花瓶なのか招き猫なのか、そういう何かなのか謎の物が置かれていた。一応招き猫自体には座布団を用意されているが、大事にしているのかしていないのか、縁起がいいのが悪いのかもよく分からない。

 謎の店主のセンスにややドン引きしながら歩く結を他所に、淡音はさっさと人気の無い番台へと進んで行く。


「そうでしょうそうでしょう、何より(わたくし)のおすすめは」

「にゃんだぁ、淡音のネーチャンか」

「!」


 一見すると誰もいないように思われた番台の中から明らかな猫語が聞こえたかと思うと、淡音の声が聞こえてか結の身長からでもぴんと張った猫耳がぴこぴこと動いているのが見えた。


「そうですよぉ。貴方様ったら、相変わらずサボっていらっしゃるんですかぁ?」

「しょうがにゃーだろ、オレは一日の大半が体力温存なんだ」


 会話の感じからするに知り合いなのだろうが、仮にも客を前に暇そうにくぁあ、と次いで欠伸をする男の声。


「ほんで、今日は湯浴みかァ?」

「いえいえ、本日用があるのは(わたくし)ではないのですよぉ」

「へーへーへー、勤勉だにゃあ。どれ、誰を連れて来たんだァ?」


 よいしょと番台にいた男は身を乗り上げるどころかその身のこなしを持て余し、あろう事か番台に乗り上げて結を視認する。


「ね、ねね、ね、ね……ッ」


 結が動揺するのも無理はない。


「あらあら、まあ」


 淡音が何やら嬉しそうにそう呟いていたが、どうでもいい。


「猫ー!」


 淡音が結を連れてきた宿屋、猫の手。

 その店主はどう見ても、人間にかなり寄っているとはいえ言い逃れしようがない程に、猫だ。


(猫……獣人? 此岸街最高、獣人最高! しかも男の、獣人! 最近出たと思えばほとんど女の子ばっかりでデザインに飽き飽きしていたんだよね〜!)


 獣人、獣……猫。結の頭の中は最早、それ関連の話しかしか入らない。


「猫……猫ちゃん……」

「違いますよぉ結様、彼は店主さんですぅ」


 はぁはぁとつい息を荒くして興奮する結に、淡音はあらぬトラブルになるまいと猫耳男との間に入り宥めにかかる。


「ネーチャンよぉ、この嬢ちゃん大丈夫かにゃ?」

「愉快な方で可愛らしいですよねぇ」

「……通常運転はネーチャンだったにゃ」


 淡音がたまに妙な反応をするので気になってはいたが、どうやらいつもらしい。


「にゃーんだ、拾ってきたのはオスかと思ったがメスか。人間のメスなんて興味にゃーな」

「め、メス……」


 見た目通り中身はやはり猫なのか、しかし性別の言い方は仮にも商売人としてどうかと思う。

 男の言い方からすると淡音がこの宿に誰かを連れて来たのは初めてではないようで、店主はほんほんと結を品定めするように頭の先から足の先まで舐めるように見た。


(猫は猫でも……三毛猫だ)


 毛先を切り揃えたおかっぱの白髪からぴこぴこと音に反応して動く獣耳に、茶と黒のメッシュの入った毛色を見れば三毛猫だと一目で分かる。瞳は左右が黄色と水色のオッドアイで、此岸街に入る時見たあの猫のようだ。

 服装はいかにも江戸っ子の作業着といった感じの和装で腰には三毛猫柄の手拭いが。首元には首飾りに鈴が付いており、珊瑚色の薄羽織は仕事柄か紐で袖の部分だけ紐で上げていた。


(三毛猫って遺伝子上では九割以上がメスになるようになってて、稀にオスが生まれたりはするけどエラーみたいなものだから病弱だったり何かしら障害があるイメージがあるけど……)


 目の前にいる三毛猫は結の中の常識とは反して健康的で筋肉質。病弱なんて言葉、体躯だけで跳ね除けてしまいそうだ。


「オレはここの宿屋、猫の手をやってる猫蘭(びょうらん)ってンだ。嬢ちゃんは今日この此岸街に来た、で間違いにゃいか?」

「は、はい!」

「ふんふん」


 猫蘭は結をまじまじと見、あれ?と言いたげに首を傾げた。


「おみゃーさん、薄羽織を街の入口で渡されたはずだろ。アレはどこだ?」

「薄羽織、ですか?」

「あれはただ適当に渡してるんじゃにゃーよ。意味があんだよ意味が」

「はあ……」


 薄羽織と言われ、結は淡音と猫蘭を見比べる。

 確か、この街の人々は三種類の薄羽織を着ていたはずだ。自分の薄羽織は淡音に着せられたが、街にいる時咄嗟に脱ぎ捨ててしまった。


「……あ。」


 結の反応から察したのだろう、猫蘭が淡音をジト目で見ているのが分かる。


(そういえば淡音さん、あの時薄羽織は身分証明書とかなんとか言ってたっけ)


 あの薄羽織はまたあの場所に行けば貰えるだろうか。いや、身分証明書代わりというのだから何かしら手続き的なものは必要かもしれない。


「ご心配なく。結様の薄羽織はこの淡音が保管しておりますよぉ」

「淡音さん……!」

「おうおう、ネーチャンの過保護っぷりはどえれーにゃあ」


 猫蘭が何やら茶化してきているが、今そちらを見たら余計に冷やかしをされそうだ。

 淡音は袖からさっと若芽色の薄羽織を取り出すと、結にこちらをどうぞと差し出す。これでいいですかと猫蘭の方を向き直せば、うんうんと猫蘭は満足そうに頷いた。


「あの、ところで私と淡音さんと猫蘭さんはどうして薄羽織の色が違うんですか?」


 この街に入った時から気になっていた事。

 見るからに人ではない者は猫蘭のように珊瑚色を身にしていたが、人間にしか見えない人も着ている人はいた。

 淡音の薄羽織もそうだ。月白色の薄羽織を着ている者はまばらで、何百人のうち一人見かけるかくらいしか着ている者を目にしなかった。比率だけで言えば若芽色が五割か六割、珊瑚色が四割弱、月白色は一割にも満たないだろう。


「ああ、そりゃ身分だにゃ」


 何を当たり前の事を、みたいな顔をして猫蘭が肘をついて言う。結には何もこの世界について知らないのだから、全て当然であるように言わないでほしい。


「まず、若芽色は現世から来たっていう意味があるにゃ。大半は人間、たまに人間以外の……動物なんかも迷い込んだりするが人間より丈夫じゃにゃーから、すぐ彼岸に逝っちまう」


 人間以外というのは結が此岸街入口で見たあの魚や猫の事だろうか。

 確かに、猫蘭の言う通り動物など生き物は脆い。何より、人間には医学というものがあるのだ。最近は犬猫を中心に様々な治療法が出てきてはいるが、それでも動物は仮に保険があったとしても人間より治療費が高額になる。苦痛を和らげる方を優先して安楽死……なんて事も少なくないし、野良で生きるなら尚更毎日が生きるか死ぬかになるだろう。


「次に、珊瑚色……これは基本、オレみたいな此岸街に住んでる住民にゃ。たまに此岸街に流れ着いたまま戻るより先に肉体を失って転生する気にもならにゃー変わり者も着ていたりするケドな」


 ちなみに猫蘭も住民用の薄羽織を着てはいるが、正式には元現世から迷い込んだ猫だったらしい。動物は基本的に罪を洗い流す必要も無く彼岸に渡ればそのまま転生コースのようで、猫らしい理由というかなんと言うか、猫蘭はもう現世とかどうでもいいやーと投げ出して宿屋をしているのだとか。


「最後に月白色、これはそこにいるネーチャンだな。この薄羽織を着ているのは人間や動物、あと住民より力のある……わかりやすく言うならそう、カミサマにゃ」

「えっ」 


 思いもよらぬ単語が聞こえ、結は淡音と猫蘭を交互に見る。


「神、さま」

「あらあら、まあ。そういったお話は最後まで内密であった方が面白いのですけれどねぇ」

「いいだろ別に、減るモンじゃにゃーし」


 神様……何度も意味もなく無茶な事ばかり願って、何度も裏切られた空想上のはずの存在。

 だが、これで淡音のあの形容し難い雰囲気については納得がいく。なるほど、これが本物の神様というものか。

 薄羽織の色も、着るのが上位存在というなのなら納得だ。


「……どうして神様が此岸街にいるんですか」


 そんな事より、ここにひとつの疑問が生まれる。

 神様といえば天界にいるというのが通説。地域によっては山には女神、海には男神がいるとも言われているし、逆のパターンもある。だが、どうも神様があの世の境目にいるというのはピンとこない。


「ほらぁ、こうなってしまうではないですかぁ」

「ほらも何も、古い神様はあの世にいるだロ。あの世にいるなら、現世とあの世の境目に神様がいたって不思議じゃにゃーぜ」

「はあ……」


 確かに、というかそれは古事記なんかに出てくるあの夫婦神の事だろうか。

 どこの国の神様も大半は夫婦仲が宜しくない。日本神話のあの神の場合、他国の神々があちこち手を出したり仲間内で揉めたりする中比較的仲睦まじいようであったが、不慮の事故のような形で離れ離れになってしまった。


(結末として、二人は互いに張り合うような会話もしていたっけ)


 それはさておき、だ。


「カミサマだって、ただ身分をひけらかしてふんぞり返ってる奴ばっかじゃにゃーよ。此岸街にいるカミサマにだって役割がちゃーんとある」

「ええ、そうなんですよぉ。とは言え、みんなが皆きちんと役割を果たしているかと聞かれるとそうでもないのですけれどぉ」


 何か物凄く言い方に含みがあるが、まあそのままの意味なのだろう。

 日本の神は八百万。長く使われた日常品にすら付喪神という神様が宿るというのだから、悪意ある神様もいるに決まっている。


「街の治安維持、それから()()()()()のに相応しいか否かを見極める事。それが月白色の薄羽織を着た連中の役割だにゃ」

「現世に?」


 つまり、淡音の役割は。


「淡音さんなら、私を……」

「いや、戻すのはネーチャンには出来にゃあよ」

「そうですよぉ、早とちりは良くありませんねぇ。(わたくし)に出来るのは精々裁定……のようなものですよぉ」


 一瞬見えた希望の光は目の前で呆気なく握り潰された。コネのようなものが使えたらとは思ってたが、そう簡単にはいかないらしい。


「ああ、でもこうして接した相手をどうこうすると決めるのは規約違反になってしまうんですよぉ。ですからぁ、結様の処遇は(わたくし)には決められないんですぅ」

「そんな……」


結はその場にふらふらと膝から崩れるように座り込み、見かねた猫蘭が棚から怪しい色をした和菓子を差し出す。有り難く貰うべきなのだろうが、あまりにも色が毒々しくて口に入れるのすら恐ろしい。

 そのまま猫蘭に突き返すと、美味しいのにと文句を言いながら猫蘭がそれを食べた。


「説明はまだ終わってにゃーよ。絶望してぇんなら勝手にしてくれていいが、次が一番大事だ。薄羽織はにゃ、亡者の他にも災悪(さいあく)ってのから護る役割があるンだ」

「災悪、ですか」


 その言葉の意味くらいは大体わかる。

災難とか、降りかかってくる不幸だとか、書いて字の如く災いを指す言葉だ。


「亡者は此岸街の連中をあの世に行くしかない己と入れ替えようとする愚かな連中の総称。災悪ってのは言うなれば虚無……無に近い存在にゃ。亡者との違いは亡者は主に現世から来た者を狙うが、災悪ってのは相手が何だろうがお構いなく襲う。それと、ただ消し去る為だけに行動してるって事だナ」

「これ、こんなにすごい代物なんですか? 見た感じすごくペラペラしてるのに」

「ええ。災悪は相手によっては(わたくし)も相手にしたくないですねぇ。それから護るのですから、凄い物に間違いないですよぉ」


試しに薄羽織をひらひらと動かしてみる。特に光の加減で隠された特殊な紋様が見えるといった変化はないが、二人がそこまで言うのならその通りなのだろう。

女神様のお墨付きなら尚更、これを着ずに外出するのは危険という事だ。


(確かに、淡音さんはすぐには帰れないって言ってた。要は、時間を掛かるけど神様に現世に戻っていいって思ってもらえればいいってことかな)


この世界での時間が現世ではどう動いているのかは謎だ。一分が向こうでは一週間位するのかもしれないし、逆に向こうの一週間がこちらでは一分かもしれない。


「……それで、私はどうしたらいいんですか?」

「どうって言われても、それは嬢ちゃん次第だにゃ。戻りたいならこの此岸街で役に立つ何かをしにゃならんし、そのまま楽になりてェんにゃら三途の川を渡っちまえばいい」


随分といい加減な店主、いや猫である。

ここは普通、だから一緒に頑張ろう的な事でも言うのだろうがまさかのそのまま死ぬコースまで教えてくれるのだから、さすがは猫。


「三途の川って、あの三途の川ですか?」

「他になんの川があるにゃ。あの世の川なんてそうポンポンあって困るだけだロ」

「なんかこう……猫蘭さんはもう少しオブラートな感じに話したりは出来ません?」

「猫ちゃんですからぁ、そこは慣れるしかないですぅ」


 なるほど、異世界というのはこんな感じか。

今まで読んできたどのラノベも、アニメも、毎回主人公はありきたりな似たようなやり取りばかりしている。もうその流れは飽き飽きしたと思いながら流し読みをしたり、早送りをしたりもしていたが確かにこれはチュートリアルイベント的な意味でも確認を怠れない。


(あれ……? 今更だけど、これってなんだかすごく主人公っぽいかも)


 とはいえ、結がなった役はというと物語の中心から外れたページの余りやエラー、もしくはもしもの世界的な部分のようなもの。本来目指した夢を何も掴めず、掠めもできず、ただ地に落ちて割れた卵のような存在が、運良く拾われ別の形で再利用されているような、儚く脆い存在にすぎない。


「ま、今すぐに決めろとは言わにゃいが決めるのは早めにした方がいい。なにせ今の嬢ちゃんは仮死状態、あと今はアレだろ? 最近は医療?が進んだとかで、脳ミソが逝っちまってたら内臓盗られるみたいな」

「まあまあ、現世ではそんな野蛮な行為が流行なのですかぁ?」

「そ、それって……」

「あらあら、結様は何かお分かりなんですかぁ?」

「なんとなくですけど、でも内臓盗るっていう解釈はちょっと違……くもないかもしれないです。いや、でもあくまで医療行為であって盗んでるんじゃなく、他のまだ治る希望が高い方に譲り渡すとかの解釈が近いと言うか……その、私には上手く言えないです」


 脳死、臓器……そのふたつの単語が結びつく答えは臓器移植。

 本人の意思に関係なく、家族の承諾があればできるように制度も変わったようで確かに動物である猫蘭からしたら他人を救うというよりも臓器を盗む行為に思えるのだろう。

 淡音に関しては野蛮と言いつつ、なんだか恍惚な表情になっている。……色々大丈夫なのだろうか、この女神様は。


(臓器移植って、された側がもしここにいた場合どうなるんだろう? 脳死だったら多分最初は仮死って事で若芽色の薄羽織を渡されるんだろうけど、肉体を失ったら戻れなくなるのは確定してしまう。そうなると彼岸に行くかこの街に残るかの二択で……)


 つまり、そうなった場合扱い的には猫蘭のように住民として此岸街に留まるという選択も有り得る。


(いやいやいや! 無理無理、見られたら困る物を他の誰かに処分させるなんて絶対無理!)


 人ならざる者に囲まれ、動物と喋れる生活はさぞかし動物好きの結にとって恵まれた環境になる事だろう。

 しかし、それはきちんと処分すべき物を全て処分し、十分現世でやり切ってこちらに渡って来た場合にのみ限られる。やり切れていない以上、処分できていない物が数多ある以上、結は帰らなくてはいけないのだ。


「とりあえず、ほとんど説明はできたし空いてる部屋を嬢ちゃんの部屋にしてやるにゃ」

「ありがとうございます、猫蘭さん」

「鍵はこれ。風呂はこの正面を左、時間帯によっては掃除で入れにゃいがそれ以外の時間なら好きに入るといい」


 結の手には宿屋の名に相応しい、猫の横顔を象った銀色の鍵がひとつ。持ち手の部分には部屋の番号が掘られており、一目で自分にどの部屋が用意されたのかが分かる。ここは現世の一般的な宿と同じシステムらしい。

 猫蘭の立つ番台の奥の方を見れば右に藍色、左に赤の暖簾が垂れ下がっておりそれぞれ男女に別れた大浴場のようだ。暖簾にはどちらがどちら用の風呂か間違えないよう大きく達筆な字で書かれ、余程のことが無い限り間違えたりはしなさそうである。


「あと、その服もどうにかしにゃあと。なんだァそのだせぇ服はってずーっと気になって仕方にゃかったんだ!」

「だ、ださ……っ」


 猫蘭に指摘されて結は自分の服装を見直す。

 裸足にジャージ……裸足はともかく、中学時代のジャージをまだ着れるからと部屋着にしているだけで現世ではよくいるタイプの格好なのだが、此岸街の住民視点から言えばこれはダサいらしい。


「……これ、そんなに変ですか?」

「変か変でないかと聞かれてしまうと……まあ、そうですねえ。その、奇抜なご婦人とは思われてしまうかもしれませんけどぉ」

「それってつまり、変って事じゃないですか」

「い、いえいえ! 時代の移ろいを感じられて大変良いと思いますよぉ? 此岸街は変わらず同じような時間ばかり流れていますので、現世の流行を知りたい方々にはいい刺激になるでしょうし」


 悲しきかな、物凄く気を使って丁寧に丁寧に頑張って取り繕う努力はしたけれど、どうにもならない評価にしか聞こえない。


「要は……私、着替えた方がいいんですよね?」


 淡音は困ったように眉をひそめ、猫蘭は逆に何を言っているんだという顔で同時に頷く。


「悪ぃがうちの着替えはオス専用にゃ。浴衣ならあるが、普段着用の着物にゃらネーチャンが今にも飛び出して行きそうになってるから買ってくれるはずにゃ」

「買……」

「はい! (わたくし)、是非とも結様のお着替えをご用意したいですぅ」


 嬉々とする淡音からハートが飛び出しているような気がするが、気のせいではないだろう。

 それより簡単に猫蘭は買うと言ったが、現代での着物は今や高級品だ。浴衣も大体五千円はするし、専門店に行けば下は数万上は何十万何百万ととんでもない桁に化ける。それを、買うというのだ。淡音が。


「でも高いですよね? 此岸街の物価とかは私にはさっぱりですけど、着物って布たくさん使われてますしデザインも色々ありますし……」

「まあまあ、いいではないですかぁ。神様からの貢ぎ物ですよぉ、断らずに受け取ってくださいませ」

「う……」


 貢ぎ物、これは異世界モノのギフト的な枠に入るのだろうか。

 そうこうしているうちに淡音はさっと消えるように買い出しに行ってしまい、残された結は用意された部屋に案内されるしかなかった。


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