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かねて堕ちたる此岸街  作者: がおがお
第一章『弱虫』の私へ
1/5

01そんな夢を描いていた

 憧れは所詮、憧れのままだった。


「おおきくなったら、おはなやさんになるの!」


 花屋さんになっても、今時花なんてそう簡単に買える値段じゃない。なれたところで、例え運良く店を持てたって、すぐ客足が途絶えて経営破綻して、憧れの形なんて手放さざるを得ないに決まっている。


「およめさんになりたい!」


 花嫁だってそう、まず相手なんてそう見つかるはずがない。

 この人とならと思えても、ふとしたことから好意は嫌悪にすり替わる。それに、裏切りだってあるだろう。好きな人が変わった、もうお前には愛想が尽きた、あなたより大事な人を見つけたから別れてくれ。そんな風になるに決まっているのに、どうして憧れてしまうのか。


「あいどる!」


 アイドルなんて、数ある中のほんのひと握りがなるものだ。

 まず一番は整った顔。これが無くてはアイドルとして成り立たない。次に歌の上手さ、パフォーマンス力、そして愛嬌、性格……目をつけてもらえる豪運が無ければ、いくら大きな原石でも輝く事は出来ない。

 とはいえ、今は都会に行けば地下アイドルというものがたくさんあるし、皆に見られるテレビじゃなくとも輝く場所はいくらでもある。夢を叶える為、どれだけの若者が田舎から都会に向かい、現実にぶつかって挫折したのだろう。


(ああ……羨ましい)


 羨ましいという感情とずるいという気持ちは、どうやら似ているようで違うらしい。


(羨ましい、羨ましい、羨ましい……なんで、私は)


 もし、と誰もが考えるだろう。


(なんでもっと、良くなれないんだろう?)


 もしも、今より裕福な家庭に生まれていたら?

 今よりいい暮らしをして、良き友人に恵まれて、いい教育を受け、いい会社に勤め、いい給料で自分の為にいい暮らしをし、良い伴侶を見つけ、子宝にも恵まれる。

 勿論その子もまた、自分のようにいい暮らしをしながら成長していく。


(ずるい……)


 しかし、残念ながらそんな家庭はほんの一部。

 一部になれなかったその他は、社会の歯車として平凡な生涯を終えるしかないのだ。


(私だって……なりたいのに)


 宝くじを買ってみた。

 俗説によると、高額当選確率は隕石が頭に衝突して死亡する確率よりも低いらしい。それでもと、藁にもすがる思いで何度懲りずにチャレンジしただろう。

 何度、その思いと金をドブに捨てただろうか。


(私はただ、幸せになりたいだけなのに)


 強欲は七つの大罪のひとつらしい。

 それでも、求める幸せというものに一番近づくには何をするにも金が必要だ。欲しい物も、時間も、何もかも、その大半は全て金だけが解決してくれる。


(今日も最悪だった。セクハラハゲ爺にちょっかい出されて、支離滅裂なクレーム入れられて。あいつら全員、今すぐ机の角に足の小指ぶつけて死んで地獄に落ちたらいいのに)


 はあ、と深いため息をつきバイト先から帰宅するとまず先に手洗いうがいを済ませ、そのまま自室へと直行する。

 業務中は邪魔になるからと結んでいたポニーテールを解けば、一見すると社内規程に従った黒髪のようで特殊な結び方をして上手いこと隠しているピンクのインナーカラーが顔を出す。ああ疲れたとベッドに倒れると、ペットの雑種猫が遊んでくれと髪の毛にじゃれてきた。


「ごめん、もう少し……少ししたら、遊んであげるから」


 元は複数いたが亡くなり、今飼っているのはこの猫一匹のみ。仕事のある日は留守番をさせて申し訳ない気持ちもあるが、今は少し戯れより睡眠を優先したい。


「みゃー」


 普段ならもっとじゃれつく猫も空気を読んでかさっとベッドから降り、水を飲んでいるのかぺちゃぺちゃと水を舐める音が部屋に響く。


「ありがと……明日、の……朝は……高い猫缶あげる、から……」


 他人様は一体、この現実をどう思って生きているのだろう。

 高い税金、私腹を肥やしちっとも庶民を理解していない国のお偉いさんたち。ふざけた討論ばかりを繰り返し、善意を食い潰してばかりで何の役にも立たないあの職業、どうしたらそんなに身勝手な行動が許されるのか是非ともご教授願いたいくらいだ。


(私にも、何かやれる事はないのかな)


 なんとなく、絵を描いてみた。

 とりあえず世間一般的な人よりは上手く描けるようにはなったが、イラストレーターなどと名乗れる程の腕前も知名度も、個性的な絵柄や人を惹きつける何かも得られなかった。

 絵がダメならと、今度は小説を書いてみた。

 所謂同人、二次創作というものに手を出しいくつか本として形にもした事がある。サークル参加して、イベントにも出た。けれど、神文字書きと言われる人のようにファンがたくさん付くほどいい物は作れなかった。


(中途半端で、可愛くもない。何をしても上手くできない、皆みたいに完璧に仕事もできない。ただ人に合わせて、なんとなく生きているだけ)


 有名になれなくてもいい。

 なったって、ただ人に注目されただけ行いをあれこれ掘り返されるに決まっている。


(ひとつだけでいいから、私も何かになりたい)


 漫画やアニメの主人公みたいに、強くなりたい。

 何にもなれず、何にもならないまま時間だけが過ぎて死んでいく。そうなることが怖くて仕方がない。


 あなたは何になりたいの?


(決まってる、そんなの……)


 疲労からくる微睡みの中、ただひたすらに願う。

 お花屋さんでも、煌びやかな花嫁でも、人々に崇められるようなアイドルでも、有名な神絵師やイラストレーター、小説家でもない──


(私は……私は、ただ……、でも……これは、願いなんかじゃない)


 結局これらは全て、人に見られたいという形が違うだけのもの。

 じゃあ、仮にそうだとしたら、自分は何になりたくてだらだらと生きているのか?


(幸せに……なりたいの。中途半端じゃなく、何かひとつだけでも……できるように、いい子の私になりたいだけ)


 小さい頃はあんなにいい子だったと、両親は口癖のように叱る時よく言った。それが今はどうだ、あれのせいだ、これのせいだと他人に全ての責任を想像で勝手に押付けて嫌というくらい愚痴を聞かされた。


(楽になりたい)


 死んでしまえば楽になれる。

 でも、それはいけないことくらい理解しているしする勇気もない。

 聞けば自殺した霊は未練からその場に何年も縛られ、成仏も満足にできないとか。死ぬ前も苦しんで、死んでも苦しむだなんてあまりにも滑稽だ。


「にゃーお」


 飼い猫が撫でてと腕と脇の間に滑り込む。

 確かこの子は拾われた子で、それも当日生まれた子か、前日生まれたであろうくらい小さくて、目も開かない仔猫を相手に苦労したものだ。


「大きく……なったなぁ」


 迎えた日、私と同じくらいこの子を前に見るからに動揺していた先住猫たち。

 すっかり年老いてろくにジャンプもままならないくらいだったのに、若者には負けられない!と言わんばかりに張り切って人間よりも甲斐甲斐しく世話をしていたあの子たちは、天国で楽しく暮らしているだろうか。


(天国……、あの世、あの世かぁ)


 私はきっと神様に嫌われている。だから、今まで旅立った愛猫たちと会うことはないのだろう。


 そして、幸せにもなれない。


(死んだら無になる……ただ、それだけ。それだけの、虚しい……)


 神様、仏様。

 私がいつか死ぬ時は、中指おっ立てて会いに行きますから。

 そんなくだらないものばかり考えながら、猫のふみふみ……二ーディング及びミルクトレッドが炸裂し、見事なまでに寝かしつけられる。


『おやおや、元気な子だね』


 その折、家の住民以外のそんな声が聞こえた気がした。



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