婚約者の妹は兄を舞台から引き離す。
「悪役令嬢は舞台から離脱する。」の別視点短編(同一世界線)です。
単体読み可ですが、前作の展開に軽い言及(※ごく小さなネタバレ)があります。
十二歳の春、ある日突然、唐突に前世の記憶を思い出した。
なるほど、これが異世界転生かぁ、なんて。思いのほか冷静だったのは、自分の顔や名前が、よくある前世で馴染みのある作品に登場するキャラクターではなかったからだ。
よくあるラノベ展開では、単なる異世界転生だけではなく、主人公に転生、悪役令嬢に転生の他にもモブに転生とかもあったが、まぁ、さすがに知っている作品の世界に転生だなんてことはないだろう、そう判断した。
そして、その判断した直後、兄と顔を合わせて「あ、ここ、知ってる世界だった」と認識を改めた。
タイトルは思い出せないけれど、乙女ゲーの世界だ。
制作費が潤沢ではなかったのか、立ち絵はもちろん、スチルの数も少ないし、ボイスもフルボイスではなかった。何よりも特徴的なのは、どの攻略キャラのルートに入っても、婚約者として登場する悪役令嬢が共通だったことだろう。
主人公が誰のルートに入っても、必ず【アイリス・アランセア】が登場するのだ。
黒髪赤目で、勝気そうな猫目が特徴な超絶美少女。それにアイリス、【悪役令嬢】として登場はするものの、その言動はあまりにも正当すぎて、むしろ主人公よりも人気のある悪役令嬢だった。
前世の記憶では、主人公がアイリスになったバージョンが販売されるとかいう情報が解禁されて、SNSでは異常な盛り上がりを見せていたのは覚えている。悪役令嬢を主役にしたってなんだ、とか。値段もフルプライスだったので、最初からそれを本編として売り出せばよかったのでは? と、散々と語り合ったものである。
といっても、相互フォロー間での盛り上がりなので、多分、世間的にはそれほど認知はされていないと思うけれど。メーカーもマイナーだし、売上本数はそれほど多くはないからね。
そもそも、例え主人公だとしても、婚約者のいる男と関係を持つ略奪女とか、正直、あり得ないと思う。よく、このシナリオでGOサインが出たものだ、と一消費者として思ったものだ。
とはいえ、実際にプレイした記憶はないので、おそらく、発売前に私は死んだのだろう。
「ディディ? どうした?」
「……ううん、なんでもないよ、お兄様」
デイジー・アッシュベル。私はどうやら、ゲームには影も形も登場していない、攻略対象キャラの一人である【セージ・アッシュベル】の妹に転生したようだ。
しかも、思えば兄の婚約者の名前はアイリス・アランセア、アランセア侯爵令嬢だ。会ったことはないけれど、ゲーム公式曰くの【悪役令嬢】である。
つまり、お兄様は、ゲーム主人公――聖女に攻略される、ということ?
……え、略奪女が義理の姉になるとか、ごめんなんですけど? ふっつーーーーに、嫌ですけど??
しかしゲームでは、攻略キャラの固定ルートに入ると婚約者として【アイリス・アランセア】が出てくるのだから、そう考えるのが自然だろう。
もし、お兄様に婚約者がいても、それがアランセア嬢ではなかったら、「ここはゲームの世界だ!?」なんて思わなかったかもしれない。
しかし、現実にお兄様の婚約者がゲームにも登場してたアイリスとなると、やはり、ゲーム通りの展開になるのか、と身構えてしまうのは、無理がないかと思う。
ゲームの情報だけを鵜呑みにするわけではないが、ゲーム主人公は両親ともに平民だ。ゲーム攻略対象にも平民の商人キャラが登場するが、こちらは両親が元貴族であるため、血筋だけを見れば高貴な血を引いているし、その両親もそれぞれの実家から縁切りされているわけではない。
営んでいる商会は、両親の実家の伝手を使い、貴族相手に手広く商売をしている。その結果、国内でもかなり有名な大規模商会へと成長した。
他にも、純粋な貴族とは言えないが、騎士爵を持つ家の子息も登場するが、騎士爵も騎士爵なので、平民ではない。
しかし、ゲームの主人公は、少なくともゲーム上では間違いなく「平民」として描写されている。両親も平民だし、親戚にも貴族がいる描写はない。もし貴族と縁があるのであれば、聖女として覚醒したタイミングで、養子縁組をしていただろう。それだけ、身内から聖女が出た、というのは貴族にとってのステータスになる。
……うーん、ゲームとは言え、平民出身の聖女が王子と結ばれるとか、あり得なさすぎる。
私たちは、貴族として領民を守り慈しむために厳しく育てられているというのに。貴族の何たるかも理解せずに、王妃として国母になる可能性を考えると、ぞっとしない。
不思議なことに、前世では身分制度なんてなかったごく普通の日本人だったのに、その記憶が戻っても現世の意識が強いのか、貴族の血に平民の血が混ざるとか……嫌悪感がすごい。
血液は血液でそこに違いはない、というのが前世の知識であるが、この世界では魔力がある関係上、貴族と平民の血に差異はあるのだ。
聖女は魔力の代わりに聖力を宿すもの。そして、その身は神殿に所属する。
仮に王子と結婚して、その子供に聖力が宿ってしまえば、王族を神殿に預けることになる、なんてことになるのた。
聖力が遺伝するとは限らないが、可能性が僅かにでもあるならば、最初から除外すべきである。
別に、貴族至上主義だとか、平民を下に見ているとか、そういうわけではない。ただ、社会に求められる役割が異なるというだけの話である。
前世の記憶に照らし合わせるとちょっと人でなしになった気分もちょっとあるけど、この国の貴族としては真っ当に育ったのではなかろうか。
わー、私、立派な貴族に育ってるのでは!?
◇
あまり必要性のなさそうな前世の記憶を思い出してすぐ、家族での食事の時間で兄が留学するかも、という話が出ているということを知った。驚いてお兄様の顔を見ると、お兄様本人は特段驚いてはいないため、すでに話は聞いているらしい。
「え、でも、国内の貴族って、王都のリフィリア学院に通うのが義務なのでは?」
「誰がそんなウソをお前に教えたんだ? もちろん、リフィリア学院に通うのが推奨されているが、義務ではなく、単なる慣例だ。俺たちみたいに王都にめったに行かない貴族は、そうでもしないと他の地域の貴族との縁ができないからな」
な、なるほど!? 確かに!!?
お兄様の言葉に、脳みそをフル回転させる。
ゲームでは当然だが主人公はリフィリア学院に通っていたし、そこには王子殿下も公爵令息も辺境伯令息――お兄様もいたから、てっきり、国内の貴族はみな通うものだと思っていた。
「なるほど……でもなんで、お兄様が留学、なんて話に?」
「あぁ。アイリス嬢がアルヴェルドのティラセル学園に留学するらしくて。彼女の出自的にも、うちに嫁ぐことになることを考えても、留学するのは納得できるしな。だから、俺も一緒にどうだ、と侯爵夫人から提案があったんだが……ディディ? どうした?」
アランセア嬢が留学?
ゲーム曰く悪役令嬢なアイリス・アランセアが? 留学?? ティラセル学園に???
お兄様の言葉に、グルグルと脳みそを回転させる。
ゲームでは攻略を進めて、固定ルートに入ると【アイリス・アランセア】がそのキャラの婚約者として登場する。王子だろうが公爵令息だろうが、お兄様だろうが、それは変わらない。婚約者のいる攻略対象キャラは、固定ルートに入ったキャラのみで、他のキャラに婚約者は居ない。これが、ゲームでの大前提だ。
しかし、ここはゲームではなく現実だ。アランセア侯爵令嬢は一人しかいないので、当然、婚約者も一人だけ。そして、その婚約者はお兄様。つまり、ゲーム主人公はお兄様を攻略しにかかる、と考えられるけれど、留学するなら、略奪女と出会わないで済むのなら?
というか、アイリスが留学とかゲームにはなかったから、アイリスも転生者なのかもしれない?
私だって、アイリスに転生していて、記憶があるのなら、留学を選択する。義務で国内のリフィリア学院に行くものと思っていたけれど、それはそれとして、家の権力をフル活用してでも逃げだそうとしただろう。
主人公と正面からやり合う? この国の貴族社会では、聖女を敵に回すのは得策ではない。聖女のバックには神殿がいて、神殿との全面対決はまずい。神殿は政治的影響力を直接もたないが、信仰心の強い貴族はそこそこいるのだ。
それならば、最初から何がなんでも回避するのが一番だ。
「……ん? アイリス様の、出自?」
「あぁ、ディディは知らなかったか? アランセア侯爵夫人は、隣国アルヴェルドの公爵家出身だ。更に、夫人の御母堂であられる公爵夫人は、アルヴェルドの元王女。アイリス嬢が隣国に縁深いから、あちらに留学するのは不自然ではないだろう」
知らなかったー! っていうか、そんな設定はゲームにはなかった!! 少なくとも、表には出てこなかった!!!
というか、国の名前とか出てこなかった!!
「つまり、アイリス様がご留学されるから、お兄様もついて行かれる、ということです?」
「まだ確定ではないけれど」
「行くべきです!」
私はお兄様の言葉に被せる勢いで、留学を勧めた。
アイリスが転生者であるという可能性があるのも魅力的であるが、そもそもの話として、この世界がお兄様ルートとして進むのであれば、お兄様にはゲームの舞台であるリフィリア学院には行かず、そのまま隣国へと避難してほしい。
兄としては個人的に文句なしだけど、万が一、億が一にでも、婚約者のいる身で略奪女に心を奪われてはたまったものではない。たとえ、その婚約者と一度も会ったことがなかったとしても。
「そもそも、お兄様は人との距離を詰めるのに時間がかかるではありませんか。アイリス様が留学されてしまえば、結婚の半年前に初対面、なんてことになりますよ? お兄様の性格上、結婚までに素を見せれるまでになるとは思えません。一緒に留学して、三年間の間に親密になるべきです」
私の力説に、両親もお兄様本人も、思わず「確かに」と深く頷いていた。
現在、お兄様とアランセア嬢の結婚式は、二人が卒業した半年後の計画となっている。リフィリア学院の入学は十六になってからで、私とお兄様は三歳差。つまり、二人の結婚は四年半後、ということだ。
お兄様とアランセア嬢は、婚約者とはなっているが、辺境伯領と王都は距離があるため、いまだに顔を合わせていない。二人のような地方貴族と中央貴族の婚約者たちは、三年間の学院生活で交流を図り、結婚前の交際期間とすることが多い。
アランセア嬢が留学するとなるとこの交流期間がなくなってしまう。それに、我が家は辺境伯家。隣接している国と友好関係を結んでいるし、その国のことについて詳しい方が我が家の為、ひいては国益につながるだろう。
そもそもの話、お兄様の性格的に、一目ぼれや意気投合して急接近、なんてことはないはずだ。
お兄様は、ゲームでは「わんこの仮面を被る腹黒枠」だ。そこまで親しくない人には、人懐っこく、人当たりのいい好青年に見える。しかし、実際はわんこの下であれこれと腹積もりをしている貴族らしい貴族である。
辺境伯の継嗣なのだから、それくらいの方がいいんだけど。
半年後、お兄様は何人かの護衛と使用人を連れて、隣国へと旅立った。受け入れ先は先王の妹が嫁いだというオルシニア公爵家。アランセア侯爵夫人の生家である。
友好国とはいえ、他国の辺境伯家継嗣を受け入れるには、連れていく護衛の人数や、行動範囲など、いくつかの制限が設けられた。しかし、王家の血を引くアイリス・アランセアの婚約者であること、当のアイリス・アランセアも留学してくることということで、二人をまとめて公爵家が面倒を見るということで、それらをクリアした。
ティラセル学園に入学前の半年は、環境に慣れるための準備期間である。公爵家で初めて婚約者と対面することに、お兄様は珍しく、年相応に少しそわそわしているようだった。
ゲームのアイリスはとにかく超絶美少女だったが、現実のアランセア侯爵令嬢もとにかく美しいという噂である。お兄様がそわそわするのもやむなし、というものだ。
◇
「セージはうちの国でも評判はいいみたいだな。まだ本性をさらしてはいないようだが」
「エルダン、お兄様に会ったの?」
「あぁ、うちの殿下には定期的に呼び出されるから、ついでにな」
エルダン・サイプレスは、私の婚約者だ。我がアッシュベル領と隣接している、アルヴェルド王国の辺境伯家継嗣である。私より六歳年上ですでに成人しており、サイプレス辺境伯の後継者として色々と仕事を任されている。
私がまだ十四歳と幼いので、エルダンがティラセル学園の卒業後は月に一度、こちらに会いに来てくれている。
国境は越えるが、我が国シルヴァリエ王国と隣国アルヴェルド王国は地続きだし、なんなら、どちらの家もそれぞれの国の王都よりもはるかに近い。
国は違っても、領としてみれば隣同士だしね。今では関所も顔パスらしい。隣国側では自領だし、うちの方では本家の娘の婚約者だしね。
学生時代、アルヴェルドの王太子殿下の学友だった縁で、エルダンは時折呼び出されているらしい。
本来、辺境伯家の継嗣は国防のため、頻繁に家を空けるのは望ましくないのだが、アルヴェルド王国からみたら隣国にあたるうちの国とは友好的な関係だし、そもそも、私と婚約しているのだから問題ないだろう、ということを王太子殿下に言われたらしい。
王太子殿下に家を領地にいなくてもいい、という言質をもぎ取ったエルダンは、月に一度、わざわざ来てくれるようになったのだ。
たぶん、というか、絶対にそういうつもりでの発言ではないと思うけれど、エルダンは分かっていてやっているのだろう。
まぁ、私も、月に一度は会えるの、嬉しいけれど。
「まぁ、お兄様の仮面は強固なので。あのわんこの仮面を引き剥がすには、お兄様の懐に入り込むか、お兄様が強烈に興味を示すかだから」
お兄様たちが隣国に渡って約二年。アランセア嬢は留学先で確実に実績を積んで、魔道具開発をし、お兄様はそのサポートをしているらしい。
定期的に届くお兄様からの手紙を読む限り、やはり彼女は転生者のようだ。直接会ったことがないのでずっとゲームの【アイリス・アランセア】のイメージが強かったけれど、聞く話のイメージがあまりにもゲームとは異なりすぎて、最近では「お兄様の婚約者」「未来の義姉」という認識になってきている。
月に一度のお茶会の最中、正面に座るエルダンは私の言葉に「それもそうだな」と深く頷いた。
「それにしても、アランセア嬢は凄いな。アッシュベル家は素晴らしい令嬢を迎え入れるのだな」
「アランセア嬢がすごいのはその通りだけど、サイプレス家はー?」
「ディディは……」
「私はー?」
「……まぁ、私は、期待している」
「うーん、まぁ、いいでしょう! 期待しててね」
にんまりと笑えば、エルダンも小さく笑みを浮かべる。
まだ十四歳だしね。二十歳から見たら、まだまだ私は子供だろう。期待していてくれるのならば、その期待を裏切らないように頑張ろう。
「最初に留学してくると聞いたときは驚いたが、彼女の才能があれば、納得の理由だな」
「お兄様からの手紙では具体的なことはわからないけれど、手紙を読む限り、便利そうな魔道具が多いよね」
ゲームの舞台から離れるために留学を決意したのが先なのか、それとも純粋に魔道具制作のために留学を決意したのか。
どちらが先かは私には分からないけれど、どうやらその決定は間違いなく正解のようだ。
留学してすぐの頃、アランセア嬢は、発信機が受信機から設定した以上の距離を離れると、自動で通知が行くとか。発信機側でボタンを押すと受信機(複数設定可)に通知が行くとか。そういったそれとなく「日本にもこんな防犯グッズあったなー」と思うような魔道具を開発されていた。
次に開発されたのが、設定した範囲内で攻撃魔法を感知したら通知する、というもの。やはりこれも、防犯に特化している。
「機能自体はシンプルだが、貴族の誘拐や襲撃が激減したという話だな」
「だよね。通知しかできないけど、その通知の有無で防げる事件や事故は多いわけだし」
エルダンが言うには、すでにアランセア嬢の魔道具はその有用性を認められているらしい。
アランセア嬢はオルシニア公爵家の外孫だし、その身元も確かであることが功を奏し、早々に実用化されたそうだ。
そして、すでに未然に防げた事件事故が多数ある、と。
「うちの国は、魔道具じゃなくて自分で魔法を使えという脳筋気質だけど、みんながみんな、魔法が得意ってわけじゃないから、こういった魔道具なら、シルヴァリエでも受け入れられそう」
「まだ魔法を習得する前の子供でも、使えるものだからな。アランセア嬢の名声は確固たるものになりそうだ」
「まだまだ、作りたい魔道具はあるみたいだけどね」
すでに魔道具の歴史を塗り替えそうなアランセア嬢は、お兄様からの話を要約すると、どうやらドラ〇もんのひみつ道具を再現したいようだった。確かに、あの道具たちは現実に有ったら非常に便利である。
ただし、悪用されたらその被害はえげつないことになりそうなので、実現するのはいろいろと制限を設けられた劣化版になるだろう。
現時点ではおそらくは翻訳〇んにゃくを目指したであろうイヤホンとマウス型の翻訳機のテスト中らしい。すでに翻訳機能自体は正常に機能しているので、あとは最終調整のみなんだとか。
いやー、しかし、ドラ〇もんのひみつ道具かぁ! いいところに目を付けたなぁ。
ぜひとも、どこで〇ドアとか開発に成功してほしいものである。あったら素敵だよね、どこで〇ドア。ドアを開けたらそこはなんと王都のタウンハウス! とか。夢のよう。
そんなこんなで、お兄様は全然帰国しないのだが、手紙からお兄様がどんどんアランセア嬢に惹かれているのが見て取れた。
いずれ「お義姉様」と呼べる日が来ることを指折りに数えて楽しみにしている。
◇
「ディディ、先ほどからため息が止まらないようだが、何かあったのか?」
「少し、頭の痛い問題が国内であって……」
「国内、というと……聖女か」
「そう。入学早々、会ったことのないお兄様を探し回り、なぜかアランセア侯爵令嬢を罵倒するという謎の一年が終わったかと思えば、今度は我が国の王子殿下に付きまとっているんですって」
この一年ほど、シルヴァリエでは、国の上層部が頭を抱える問題が浮上している。
私の二つ年上、お兄様から見たら一つ年下の聖女様――つまり、ゲーム主人公がついにリフィリア学院に入学したのだが、やはり逆転した因果の通り、主人公はお兄様、つまり、【セージ・アッシュベル】狙いだったらしい。
交流のある寄子の令嬢の中で、一足先に入学した年上の友人が手紙で教えてくれたことによると、聖女様は、面識のないはずのお兄様はどこにいるのか、聞き回っていたらしい。
確かに、ゲームではリフィリア学院に通っていたお兄様であるが、現実では婚約者のアランセア嬢と一緒に隣国に留学している。当然、学院には在籍していないので、いくら探してもそこにお兄様は居ない。
探して、探して、探し回って、様々な人に「アッシュベル令息は在籍していない」と教えてもらっているにも関わらず、「そんなわけない!」と、頑なに事実を受け入れることはなかったそうだ。
お兄様を探し回っていた時点で、聖女も転生者であるということが確定したわけだが、それだけなら別に、どうでもいい存在ではあった。
お兄様をゲームの舞台から引き離し、同じく舞台から離れたアランセア嬢と留学させた時点で私の役目は終わったようなものだった。
しかし、何ということでしょう。聖女に覚醒したと言えども元は平民、そんな人間が、まさかの、まさかの! 隣国の王族の血を引く高貴な生まれであるアランセア侯爵令嬢を突如として罵倒し始めるという、頭のおかしい奇行に走ったのである。
もちろん、私にはなぜ聖女がそんな奇行に走ったのかの予想はついている。大方、ゲーム通りにお兄様が学院にいないのは、「悪役令嬢であるアイリス・アランセアが唆したに違いない!」とでも思い込んだのだろう。実際に似たような叫びを聞いた人がいるとかなんとか。
残念、セージ・アッシュベルを舞台から引き離したのは、ゲームには影も形も登場していない妹の私である。
驚くべきことに、その奇行を一年近く続けてようやくお兄様がいないという現実を受け入れたらしい聖女は、今度は第一王子殿下への付きまといを始めたらしい。
次の思考回路は、きっとこう。
――そうだ、アイリスがセージの婚約者なら、他の攻略対象に婚約者はいないはず!
確かに、ゲームならばそうだった。各攻略対象たちの婚約者として登場するのは必ず「アイリス・アランセア」だったし、固定ルートに入らない場合は婚約者など存在していなかった。
しかし、ここは現実である。 政略結婚がバリバリあるこの国で、婚約者のいない高位貴族などほとんどいないのである。
「あぁ……聞いた話によると、神殿の上層部が聖女の扱いに頭を悩ませているとか」
「そうなの。直接私に関係があるわけではないけれど、ほら、お兄様に謎の執着を見せたり、お義姉様になるアイリス様に対する失礼な言動とかもあるから、どうしても聖女の言動が気になって」
聖女を養子に引き取ったという貴族は、貴族の常識を叩き込まなかったのか、教育はしても本人の身に付かなかったのか。
高位貴族に嫁ぐつもりならばそれ相応の教養は必要なのに、それすら理解できないおバカさん、ということかな。
第一王子殿下には、幼い頃から相思相愛の婚約者がいる。しかも、王子殿下の一目惚れで公爵令嬢が婚約者になったという経緯のある婚約者様だ。どうあがいても、聖女の割り込む隙間はない。
辺境伯家と侯爵家の両家を敵に回しただけでなく、今度は王家と公爵家を敵に回すとか、聖女を養子にした家は今頃大慌てなんじゃなかろうか。
「ふむ。確かに、アランセア嬢は未来の義姉になるわけだし、サイプレスからも抗議するか?」
「ううん、だいじょうぶ。お兄様たちの卒業までに、うちとアランセア家で片付ける予定だから」
そうか、と一つ頷いたエルダンは、納得したようにそれ以上、特に言うことはないようだ。
――うん、本当に、何とかしないとなぁ。
一年後には、お兄様とアランセア嬢が帰ってくる。聖女が接触してきても、今更お兄様とアランセア嬢の間に割り込むことは不可能だとは思うけれど、騒がれても嫌だしね。
◇
前世の記憶を思い出して三年半。これまで、ずっと月に一度、エルダンが我が家に来ていたけれど、最近は交互に互いの家を訪れるようになった。
私が十五歳になり、体力もついて乗馬レベルも上がったため、嫁ぎ先の領内を少しずつ勉強するためだ。
遠乗りを兼ねた領地視察をする機会が増え、私たちの関係は少しだけ変化が現れた。私はまだ十五歳なので、エルダンは私をまだ若干妹扱いしている節はあるが、それでも、要所要所で、私を淑女扱いしてくれるようになってきたのだ。
もちろん、幼い頃から、それこそ十二歳で前世の記憶を思い出す前からの関係なので、異性と見るにはまだ難しいのは仕方ない。
幼い頃は本当に、一歳差ですら大きいのだ。十五歳と二十一歳ではまだ、対等な関係というのも難しい。
その辺りは、時間をかけてじっくりと進めていこうと思う。
エルダンも隠しキャラというゲームの攻略対象キャラである、ということを思い出したのは、つい最近だ。
聖女が王子殿下だけではなく、公爵令息を始めとした他の攻略対象にまで声をかけ始めたと聞いた瞬間、自分の婚約者が、「ゲームでは婚約者のいない唯一のキャラ」という存在だったことを思い出してしまったのだ。
とても生真面目な人なので、私という婚約者がいる以上、聖女と関係を持つ、ということはないだろう。
頭ではそう理解しても、心は完全には安心できないので、きっと、結婚するまで人には理解できない不安を抱えていくことになりそうだ。
「シルヴァリエの聖女は、相変わらずのようだな」
「もしかして、アルヴェルドにまで恥が知れ渡ってるの?」
なにそれ恥ずかしすぎる。
エルダンは表情から言いたいことを完璧に読み取るのは至難の業であるが、いまは、なんとなく言いたいことは分かる。肯定だ。
お兄様をようやく諦めて第一王子殿下に付きまといを始めた聖女は、同じ言語を使用しているはずなのに言葉が通じない彼女は、くじけずに殿下にアプローチを続けているらしい。
本命は王子殿下のようではあるが、そろそろくじけてほしい。
王子殿下としては早々に聖女を排除したいらしいのだが、王族という立場上、なかなかうまくことは進んでいないようだ。
何せ相手は聖女云々の前に、一人の国民。王族としては、守るべき対象の一人なのだ。
何かしらの決定的なやらかし――質の悪い嫌がらせだとか、それこそ犯罪がらみだとか。あくまでも、周辺をうろちょろするだけでは強制排除は無理らしい。
「聖女って、なんだろうね」
「魔力ではなく聖力を持つ女性、あるいは魔力を持ちつつも聖力に目覚めた稀有な女性」
「うん、定義を聞いてるんじゃなくてね」
不思議なことに、概ね一世代に一人は必ず、聖力を持つ女性が生まれるらしい。今は、ゲームの主人公である聖女しかいないようだ。男性にも聖力持ちはいるが、何故か女性に比べて数は少ない。
「婚約者のいる男性に言い寄る聖女とか、聖女と呼びたくないー」
「あくまで聖力を持つ存在なだけだから、崇高な精神を宿していなくても問題ないのだろう」
「なんだかなぁ」
聖力持ちは神殿に帰属するので、奉仕活動とか義務付けられているのだが、聖女はとにかく評判が悪い。
おそらく、聖女が目を覚ますとしたら、今が最後のチャンスなんだと思う。王家と公爵家、侯爵家と辺境伯家にと、国の上層部を敵に回しすぎなので、これ以上刺激すると、いかに聖女と言えども、神殿はかばいきれないのではなかろうか。
なんて思っていたのだが、半年後、ついに聖女は越えてはならない一線を越えたらしい。詳細は知らないが、聞いた話によると、卒業式で王太子殿下最愛の公爵令嬢に対して牙をむき、大暴れをしたらしい。
結果、卒業を待たずして大神殿預かりとなり、強制退学となったようだ。
残念ながらというべきか、幸いなことにというべきか、うちのアランセア侯爵家も、色々準備していたが、結果的には何もしないで勝手に自滅した、ということだ。
あーあ。
◇
卒業があれば、とうぜん入学もある。
お兄様とアイリス様がティラセル学園を卒業して帰ってきたが、今度は私がリフィリア学院に入学する番だ。
シルヴァリエもアルヴェルドも、どちらも春に入学、春の頭に卒業だ。日本の企業だからか、この辺はやはり日本と同じような文化らしい。
そしてお兄様とアイリス様は、帰国してわずか一週間で籍を入れた。
お兄様は事前に根回しをしていたので、うちの両親も、アランセア侯爵夫妻も承知のこととはいえ、なんともスピード結婚である。
いや、婚約は十年以上前からしてるけど。
ただ、残念ながらアイリスお義姉様がうちに来る前に、私は王都に向かわなければならない。はたして、初めましてはいつになるのか。
入学のために王都に向かう前日、いつもと同じようにエルダンがきて、二人でのんびりとお茶を飲んだり散歩したりとしながら、やはり特別なことはなく、普段と変わりない時間を過ごした。
ただ、明日には王都に向かい、来月の今頃にエルダンに会えないんだな、と思うと、急に寂しくなる。
「エルダン、浮気しないでね?」
聖女にエルダンを奪われる不安は解消したけれど、それはそれとして、エルダンは普通に美丈夫で好条件なので、エルダンの学生時代は非常にモテたらしい。
そのころにはすでに私と婚約していたけれど、六歳年下のおこちゃま、ということでサイプレス辺境伯夫人の座を狙う女が多かったとかなんとか。
まぁ、さすがにエルダンと同年代の貴族女性は、ほとんど結婚しているか結婚秒読みのはずではあるけれど。
彼の性格上、絶対にそんなことはないだろうとわかってはいても、つい、エルダンの服を掴んで、私よりもはるか上にある顔を見つめて弱音を吐く。
「私が妻にするのは、ディディだけだが?」
しかし、当のエルダン本人は、そんな私の心配をよそに、何を言ってんだこいつ、みたいな目で私を見下ろした。
この朴念仁め。
でもまぁ、エルダンは本当に、私に何かない限りは、このまま私が成人するのを待っていてくれるだろう。
貴族にとっては特におかしいとは思われない六歳差が、今はどうしても、もどかしい。
「長期休暇には必ず帰ってくるから、会いに来てね」
「夏の長期休暇の時期は、シルヴァリエの建国祭の時期で社交シーズンじゃないのか?」
「後継者としてお兄様たちが来るだろうから、私は帰ってくるよ。卒業したらアルヴェルドの人間になるから、シルヴァリエの建国祭も関係なくなるし」
シルヴァリエは建国記念日の前後に国中の貴族が集まり、約一ヵ月の間、非常に社交が活発になるが、アッシュベル家の社交活動は新婚の後継者夫婦に任せます。
なので、帰ってくるからね、と告げると「そうか」と少しだけエルダンの口角が上がった。
◇
入学一年目。
中央貴族との交流もあるけれど、積極的に仲良くなっているのは、アランセア侯爵家のように、アルヴェルドに縁のある人たちだ。
アッシュベル辺境伯家のものとしても、リフィリア学院卒業後にアルヴェルドに嫁ぐものとしても、ここは外せない。
特筆すべきこととしては、初めての長期休暇が始まる少し前にお兄様夫妻とエルダンが来て、王都でアランセア侯爵家がアイリスお義姉様の門出だからと全力を出した盛大な結婚式を挙げた。なお、密かに、この時ようやくアイリスお義姉様とお会いできた。
生【アイリス・アランセア】はやっぱり超絶美少女だった。すでに少女という年代ではないし、もうアイリス・アッシュベルだけど。
王都での結婚式は、辺境伯領まで来れない侯爵夫妻がメインのゲストで、辺境伯領から出られないアッシュベル家の代表で私と、婚約者のエルダンが出席した。
その後、私とエルダンは一足先に愛馬でアッシュベル領へと戻り、のんびりと休暇を満喫した後、王都に戻る前にお兄様夫妻が戻ってきて、今度はアッシュベル家が総力を挙げて盛大な結婚式を挙げた。
アッシュベル領での結婚式にはもちろんエルダンも来てくれたし、休みの間は小まめに会いに来てくれた。地元なので領内視察に似たようなものだったけれど、それでもデートもできたので満足できる休暇だった。
冬の長期休暇は、長期と言いつつもそれほど長くはないし、お互いに家のことで忙しくて会えなかったけれど、仕方がない。
こんなにも長い間エルダンと会えないのは、エルダンがティラセル学園卒業以来は初めてだったけれど、交友関係は増えたことにより、色々興味や知識の幅が増えた。その結果、エルダンとの会話はこれまで以上に色々と弾むようになった。
入学二年目。
夏の長期休暇はサイプレス辺境伯領で過ごした。エルダンの領内視察についていき、私なりに気になったことを質問したり、逆に意見を聞いたりしてくれるようになった。
身長はもう伸びないけれど、自分でもわかるくらいに体つきは女性になってきているので、エルダンの隣に並んでも、以前ほどの妹感はない。と思う。エスコートされる腕に自分の腕を絡めても、子供がぶら下がっているようにはもう見えない。
以前、エルダンも結婚するのは私だけだと言ってくれたし、私も結婚するのはエルダンだけだと思っている。
ただ、お互いに恋情を抱いているかどうかは分からない。
エルダンのことは好きだ。ただ、これが恋心か、と自問自答すると、つい、首をかしげるのだ。
エルダンは……どうなんだろう? あまり感情を表に出さない人なので、今ひとつわからないが、嫌われてはいないだろう。
仲はいいが、結局は政略結婚だ。結婚後に愛情が芽生えるという話も聞くし、私たちもそうなるのだろうか。
入学三年目。
卒業に向けて最後の一年は、思った以上にあっという間だった。冬の長期休暇では、アルヴェルドの社交界に顔を出した。
サイプレス辺境伯令息にエスコートされるアッシュベル辺境伯令嬢、ということでエルダン・サイプレスの婚約者としても、セージ・アッシュベルの妹として注目されてしまった。
お兄様、留学中にどれだけ顔を売ったのですか。
来年の今頃は、デイジー・サイプレスとして参加することになるのかなー、なんて考えながら、ダンスを踊る。
幼い頃は、手を繋ぐどころかおんぶも抱っこもしてもらった記憶があるけれど、成長してからはここまで正面から密着したことはなかった。
心臓が思いのほか、ドキドキと早鐘を撞くように高鳴っている。
「ディディ? どうかしたのか?」
「な、なんか、その、緊張して」
「ふぅん」
ふぅん、って。ふぅんって、なに!? こちらは素直に緊張してるよ、と告白したのに!!
不満げにエルダンを睨み上げると、私とは反対に、とても楽しそうに笑った。
とても珍しいエルダンの満面の笑みに、夜会会場の一部ではざわついた空気が流れている。
「少し、風に当たるか?」
「うん、そうする」
場の空気にも当てられ、なんだか顔が熱い。少し冷たい風に当たりたかった。
踊り終え、エルダンに連れられてバルコニーへと出る。冷たい空気で肺を満たすと、先ほどのドキドキが少しずつ落ち着いていく。
途中、エルダンが給仕から受け取っていたグラスを手渡され、一口飲むと、思ったよりも喉が渇いていたことに気がついた。
「卒業まで、あと少しか」
「そうだね、なんか、思ったよりあっという間だった」
まじまじと私を見下ろすエルダンの視線から逃げるように、外へと視線を向ける。しかし、すぐに「ディディ」と名を呼ばれて視線を戻す。
「ディディが卒業後、すぐに式を挙げる予定だが、そのままで問題ないか?」
「え、うん」
卒業したばかりの貴族が結婚する場合、高位貴族から順に、という風習があるが、エルダンは六年も前に卒業している。なので、私が卒業後すぐに結婚することになっている。
それはもう何年も決まっていることだし、準備も私はあまり関われていないが進んでいる。
なんで今更、確認するんだろうか?
そんなことを思いながらエルダンを見上げると、エルダンはゆっくりと口を開いた。
「本当に、問題ないか? 私と結婚することに」
「もちろん。え、逆にエルダン、嫌なの?」
「違う、逆だ。ディディが私に想いがないのは分かっている。だからこそ、本当にいいのか、という確認だ。申し訳ないが、婚約をなかったことにはできないが、結婚を延期することはできる。今更一年や二年、変わらない。だから、ディディの心を私に預けられると思えるまで待つつもりだ」
「……ん?」
なんかいま、凄いこと言われたような?
「……結婚延期しちゃ、だめでしょ。エルダン、もう二十五でしょ?」
「問題ない。ディディが己の心を偽って結婚するより、ずっといい」
「……いや、別に偽ってないけど。普通に、卒業したらエルダンと結婚する気満々だけど」
「本当に?」
「本当に。え、というか、その、なんか、エルダンは私のことが好きみたいに聞こえるけど……」
「知らなかったのか?」
「知らないよ!?」
驚いてエルダンを凝視すると、エルダンはエルダンで、驚いて目を見開いている。
「そうか、言ったことはなかったか。昔からずっと、私の心に住んでいるのはディディただ一人だ。愛している」
「あ、えっと……」
「大丈夫だ、急ぎ答えをだす必要はない。ただ、さっきも言ったが、結婚しない、という選択肢だけは与えられない」
エルダンからの突然の告白の後、気が付いたらサイプレス邸の、私が借りている部屋にいた。私の優秀な侍女は、主人が上の空であろうとも、問題なく身の回りの世話を終わらせていた。
エルダンは、私のことを好きだったらしい。しかも、昔から。
そんな風に感じたことはなかったけれど、そもそもエルダンは自分を律することに長けているので、あえて見せないようにしていたのだろうか。
エルダンが気にしているのは、結婚の時期。私がエルダンを好きじゃないうちに結婚するくらいなら、少しでもエルダンのことを好きになるまで待つ、らしい、けれど。
「…………あれ、そもそも、なんで好きじゃないと思われてる? 確かに、ちょっと恋心かどうかわからない、とは思ったけれど! でもちゃんと好きだし! ……エルダンは、親愛で夫婦になるのはいやだ、ってこと?」
私もちゃんと言ったことはなかったけれど、エルダンだって、何も言ってないんだから、お互い様じゃない?
六歳も年上だからもっと大人だと勝手に思い込んでいたけれど、まぁ、エスパーではないので言われないと分からないか。
一度気分を変えよう、と窓を開けると、大きな満月が私を見下ろしていた。
――月が綺麗ですね。
前世での文豪が訳したという、愛の言葉。原文をそのまま訳した言葉は、「あなたを愛しています」。
あぁ、私、エルダンの事が恋愛的に好きなのか。唐突に、心が納得した。
明日、ちゃんと話をしなくちゃ。
◇
「私、エルダンのこと好きだよ」
「ディディ?」
翌日、朝一でエルダンの元を訪れた私は、開口一番、少し寝不足で赤い目のまま、きちんと言わなければ、と決意していた言葉を口にした。
「一緒にいると落ち着くけどドキドキもするし、話していると楽しいし、ずっと一緒にいたいと思うし、できればぎゅってしてほしいと思うし、私以外の人とダンスはしてほしくないし! これって、好きってことでしょう?」
「それは……そうだな?」
「そうなの! だから、このまま予定通り卒業直後に結婚します! デイジー・サイプレスになるから!!」
ふんす、と鼻息荒く断言する。
私のことを考えて結婚の延期を申し出てくれたのはありがたいけれど、そんなことを考える前にエルダンだってもう少しわかりやすく感情をみせてくれたらよかったのに。
ぽかん、と私の言葉を聞いていたエルダンは、じわじわと理解したのか、仄かに顔を赤く染めた。
「……デイジー・アッシュベル嬢。愛しています。私の妻になってもらえますか?」
「もちろん!」
そうして、ようやく動き出したエルダンの改まったプロポーズに即答し、私はもうじき旦那様の胸に飛び込んだ。