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0話 プロローグ~歪んだ希望の入口 ―非モテ童貞、最後の戦場へ―

完全版プロローグ(弟:聖夜サイド)

突然だが、離れて暮らしていた兄貴が死んだ。

ブラック企業勤めの末、深夜のトラックにはねられたらしい。

最初にその連絡を受けたとき、俺は何も感じなかった。ただ、心の奥底で何かが静かに崩れる音がしただけだった。


思い返せば、兄貴は昔から“頼れる存在”だった。

小さい頃はよく二人で近所の公園を探検した。兄貴が「今日はジャングル遠征だ」とか言いながら俺の手を引っ張る。木の上に登って得意げに笑う兄貴の後ろ姿が、幼い俺の憧れだった。

転んで膝をすりむいて泣いたときも、兄貴は「大丈夫だ、傷は男の勲章だ」と笑って、おんぶして帰ってくれた。

その背中は、世界で一番大きくて温かかった。


けれど、兄貴が中学・高校と進むにつれ、俺たちは自然と距離ができていった。

家で顔を合わせる時間も減り、兄貴は塾や部活、バイトと忙しそうだった。

それでも、たまに俺が学校で嫌なことがあったとき、兄貴は何も言わず俺の隣に座って、ただ一緒にゲームをしてくれた。

「俺の弟だからな、強くなれよ」

そんな言葉をぽつりと残して、またすぐに出かけてしまう。寂しかったけど、どこか誇らしかった。


やがて兄貴は高校を卒業し、実家を出て自立した。

家にはほとんど帰らなくなったけど、薄給激務の中でも仕送りを欠かさず、たまの帰省時には俺や親のためにコンビニ飯やお菓子を買ってきてくれた。


――対して俺は、高校を出ても実家でパラサイト生活。

バイトも続かず、家にこもってネットとゲームに没頭していた。

親からは「そろそろ将来のことを考えなさい」とうるさく言われたが、正直、現実を直視する勇気がなかった。


だけど、本当は夢があった。

高校時代、クラスで目立たないタイプだった俺に、ひとりだけ優しく話しかけてくれた女の子がいた。

彼女は音楽が好きで、昼休みにひそかに歌を口ずさんでいることもあった。

文化祭の出し物で勇気を出して歌ってみたとき、彼女が目を丸くして「君の歌、すごく素敵だよ」と笑ってくれた。

その一言が、俺の胸を撃ち抜いた。


あの瞬間から、俺は“自分の声で誰かを元気づけたい”と願うようになった。

家で安物のマイクとパソコンを使い、「歌ってみた」動画を投稿し始めた。

もちろん最初は再生数もコメントもゼロに等しかったけれど、たまに「この声好き」と書き込まれるだけで世界が明るくなった。


親の反対を押し切って音楽サークルのある大学に進学した。

大学生活は、最初こそ新鮮だった。

だけど現実は厳しく、周りは上手いやつばかり。

バイトと学業、配信の両立もうまくいかず、徐々に気力を失っていった。


それでも、「君の声が好きだよ」と言ってくれたあの子の言葉だけが支えだった。

時々SNSで彼女の近況を探すこともあったが、特に連絡は取らなかった。

どこかで自分も、彼女のように夢を叶えたいと思っていた。


——転機は、突然訪れた。

ある日、何気なくネットを眺めていると、怪しげなサムネイルが目に入った。

何気なくタップすると、そこには派手な化粧ときわどい下着姿で、あの彼女が画面いっぱいに映っていた。

タイトルは、いかにもなセクシー女優の出演作。

最初は信じられなかった。

でも、目元も、声も、仕草も、全部知っているあの子だった。


頭が真っ白になった。

「どうして……」

再生を止めることもできず、動画のコメント欄をぼんやり眺め続けた。

“この子最高!”

“まじ天使”

そんな言葉の中に、昔の自分が知っている彼女はもういなかった。


ショックで何もかも嫌になり、大学を中退した。

それからは外に出るのが怖くなった。

家族の目も、近所の目も、すべてが敵に思えた。

部屋にこもり、昼夜逆転、ネットとゲームと“配信”だけが俺の世界になった。


現実の自分には価値がない。

そう思い込むことでしか、心のバランスを保てなかった。

兄貴が仕送りをくれても、罪悪感で素直に受け取れなかった。

それでも、何も変われなかった。


そんな俺を、家族はだんだんと冷たく見下ろすようになった。

母親は「いつまでも子供じゃいられないのよ」とため息混じりに言い、

父親は口数も減り、たまに家に帰ってくる兄貴も、俺とまともに話そうとしなかった。


ある日、兄貴が久しぶりに真面目な顔で切り出した。

「そろそろバイトでもしたらどうだ?」

その声は、優しさと心配が混ざっていた。

だけど俺は、ひねくれてしまった。

「兄貴だって、所詮オタクじゃん。三十過ぎてもアニメだのゲームだの……」

わざときつい言葉をぶつけた。

「リアルで負けてるから、二次元でしか輝けないんだろ?」

兄貴は悲しそうな目をして、何も言わずに部屋を出ていった。

……それが、最後に顔を合わせたときだった。


数日後、兄貴は帰らぬ人となった。

夜遅くまで働いた帰り道、トラックにはねられたと聞いた。

通夜の夜、父親は寡黙に煙草をふかし、母親は声を殺して泣いていた。

俺は布団にくるまって、ひたすら現実から目を背けていた。


兄貴の葬式が終わると、家の中は一気に冷たくなった。

「うちには余裕がないのよ」

母親は現実的だった。

「配信? そんなものが何になるの? お兄ちゃんがいなくなった今、あんたも少しは現実を見なさい」

父親は黙ったまま、俺の荷物をダンボールに詰め始めた。

「悪いな」と一言だけ。

それが合図のように、親戚までが「今後どうするつもり?」と詰め寄ってくる。


俺は「何とかなる」としか答えられなかった。

スマホのバッテリーも、財布の残りも、希望も、どんどん減っていく。


ついに、家を追い出される日が来た。

玄関に並んだ段ボール箱。母親は一瞬だけ俺を見て、すぐに目をそらした。

父親は背中を向けたまま「体だけは壊すな」とぼそりと言った。

もう俺の居場所は、どこにもなかった。


外は雨が降っていた。

重い荷物を抱え、駅前のアーケードを歩く。

ふと、昔兄貴と歩いた歩道橋を思い出した。

駆けっこで転んだ俺を、兄貴が「もう一回だ」と笑って手を引いてくれた。

あの頃の俺には、帰る場所があった。

今の俺には、何もない。


ネットカフェも金が尽きて追い出された。

頼れる友達もいない。

スマホも充電が切れ、通帳の残高はわずか数百円。


裏路地で雨宿りをしながら、ただ時間が過ぎるのを待った。

街の明かりは遠く、通り過ぎる人々は誰一人、俺のことなんか見ようともしない。


「なんで、俺だけ……」

 

誰にも届かない呟きが、雨に消えていく。

心細さと後悔、憤りと諦め――さまざまな感情が交互に胸を満たす。


ふと、街角に貼られた一枚の雨に濡れたチラシが目に入る。


「高額賞金付きVRMMO大会参加者募集」


内容はこうだ。

参加費無料、優勝者には数千万円の賞金、入賞者でも十分な額が出る。

「夢のセミファイヤー(半隠居)生活へ――」


何かの罠だとは思った。

でも、もうどうにでもなれという気持ちが勝っていた。


「……これが俺の逆転の切り札だ」


その瞬間、背後から足音がした。


「運命みたいなもんだな」

黒尽くめの男が、不気味な笑みを浮かべて俺にチラシを差し出す。


「迷ってる暇はねえぞ。ここで一歩踏み出すか、何も変わらず朽ちるか――人生、どっちかしかねえ」


迷う理由なんてなかった。

もはや後がない。

俺はそのまま会場へ向かった。


雑居ビルの一室に、何十台ものVRカプセルが並ぶ。

運営スタッフは誰も喋らない。

ただ無機質にカプセルへと案内される。


カプセルの中は薄暗く、消毒薬の匂いが鼻についた。

扉が閉まり、モニターに「エントリー受付中」の文字が浮かぶ。


「……せめて、最後くらい“主役”になってやる」


俺は深呼吸し、バイザーを装着する。


カウントダウンの音が響く。

脳が一瞬浮遊感に包まれ――


目を開けると、そこは見知らぬ“もう一つの世界”だった。


だが、どこを探しても「ログアウト」のボタンはなかった。


そう、これはただの大会じゃない。

命を賭けたデスゲームの始まりだった。


(文字数:約4300字)

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