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そろそろ笑えない静けさです(3)

 翌々日、作戦部隊の面々はそれぞれの装備を整え、アジト内の転送区画へと向かった。


 ジョックス本部に設置された転送ゲートは、直接の長距離転送には向かないが、日本各地に隠された“中継ゲート”を経由すれば、静岡の山中にもほぼノンストップで到達できる。

 中距離であれば、ゲートの出口なしに目的地に到着することも可能である。


 最初の転送先は、山梨の山奥にある廃寺跡に設置された無人ゲート。次いで長野南部の地下水路網、最後に富士山麓の旧トンネル跡に設置された転送陣を経由し――静岡山間部、目標の“特殊高エネルギー観測所”へ。


 転送中、各々は空間の歪みにまったく動じることなく、無言で作戦内容を噛みしめていた。


「異常なし。次の座標へ転送開始」


 ミスター・メタルの声が、装置の制御装置付近から機械的に響く。


 そして、最終転送とともに、ジョックスの精鋭たちは闇の山中へと姿を現した。


 ジョックスの作戦部隊は、斜面を伝って目標施設の目前までたどり着いた。

 目的地は“特殊高エネルギー観測所”と呼ばれる施設。


 その外見は無骨なコンクリート建築で、山肌に直接埋め込むように構築されている。表面は風雨と苔に覆われ、遠目には廃墟と見紛う姿だが、そこには“現役”の気配が漂っていた。


「……視覚的には朽ちているが、空気が違う。中はまだ生きている」


 ゴラリラが低くつぶやいた。


 その言葉に呼応するように、ミスター・メタルが手首のロックを弾いた。

 次の瞬間、空間に微細な粒子が炸裂する。黒い閃光――否、“装甲”が光の帯となって逆巻き、彼の全身を一瞬で覆った。


 耳をつんざくような音はない。ただ、空気が一拍遅れて押し返すような圧力。

 黒光りする複合装甲が、まるで転送されたかのように瞬時に形成される。腕、脚、胴体、そして頭部。全身が数秒にも満たない間に機械と融合した。


 背部には飛行ユニット、腰部には格納式の武装モジュールが自動展開される。

 各関節の駆動装置(アクチュエーター)は、肉体の動きと完全に同期し、まるで意思を持つように応答する。


 その姿は、過剰な装飾を排した純粋な戦闘装備──だが、整いすぎたシルエットと黒光りする装甲は、どこか“戦うための美しさ”すら感じさせた。

 悪の組織ジョックスの装備とは思えない意匠は、皮肉にも“希望”を象徴するような輝きを放っていた。


 サディーダが彼をちらりと横目で見て、軽口を飛ばす。


「……あいかわらず、見た目だけは正義の味方って感じだよね、メタルさんの強化服」


 メタルの強化服は、どう見ても“悪”より“正義”に寄っていた。まるで、“ヒーローのなり損ない”が、敵の中に紛れているように。


「装備は効率性を重視する。意匠に意味はない」


 冷静な応答。それを聞いて、サディーダは小さく笑った。

 会話はそれだけだった。だが、戦闘の前に交わされたそのやりとりは、妙な安心感を部隊にもたらしていた。


 施設の正面ゲートは頑強な鋼鉄製。だが、今回の進入口はそこではない。

 斜面の下、木々の影に隠された旧保守点検ルートが、最も警戒が薄く、かつ内部への接続率が高いとメタルが事前に分析していた。


「距離、六十メートル。監視塔にカメラ一基。

センサー四箇所──光学・熱源、ダミー含む」


 メタルのARゴーグルが情報を展開するたび、サディーダが小さく眉をひそめる。


「廃墟にしては、やけに防衛意識高くない? 本当にただの“観測所”だったの?」


「ある種の“封印施設”だった可能性もあるな。あるいは……“監禁用”か」


「うわ、なおさら嫌な感じ……」


 ゴラリラは静かに腕を上げ、隣のフェレット型怪人に目をやる。


「クロビット、右斜面より展開。上空から排気ルートの接近確認。気配は消せ。発見された場合は即時離脱、交戦は避けろ」


 クロビットが無言で頷き、身をひるがえすようにして木の幹へと駆けた。

 フェレットの機動性に加え、改造によって強化された爪が木肌に張りつき、あらゆるセンサーをくぐり抜け、完全な無音で移動していく姿は、まるで山の精霊そのもののようだった。


 数十秒後、彼が立ち止まった先には、斜面に偽装された排気口があった。

 偽装とはいえ、その網目の奥からは微かに空調の唸りが聞こえる。完全な停止状態ではない。


 クロビットが指で小さく合図を送る。合図は、点検ルートが“開いている”こと、そして“敵の反応なし”を示していた。


「……優秀だな、あのクロビット」


 サディーダが低く呟く。


「だが、命令には忠実すぎる。生存優先を忘れてはならない」


 ゴラリラが少し寂しそうに返答した。

 数多の部下を見送ってきた者だけが知る、忠誠と死は表裏一体だという真実。


「メタル、センサー遮断準備」


「了解。遮断杭を配置する」


 メタルが腰の装置から特殊なステルス性の金属杭を取り出すと、地面に順番に射出していく。

 杭の周囲にうっすらと青い電磁波が広がり、センサー類の検知を局所的に無効化する“死角”が形成される。


「制限時間十五秒。外からの波長を誤認させ、センサー類を無効化する。これが限界だ」


「十分だ。全員、遮断領域に入れ」


 戦闘員が滑らかな動きで移動し、仮面の無表情な顔をこちらに向けることもなく、遮断域に静かに身を沈めた。


「私たちの動き、ぜったい映ってないよね?」


「今は大丈夫。だが、空調復帰信号やパルスの変化で、死角領域は徐々に崩壊する。素早く動け」


 クロビットが合図を変える。

 排気ダクトから内部に忍び込み、非常口のロックを物理的に破壊したことを示していた。


「合図確認。突入を開始する」


 ミスター・メタルが短く告げた瞬間、一行は斜面を一気に駆け下り、解除された非常口の前に集結した。


 サディーダが小声で囁いた。


「……なんか、出迎えがないのも怖いね」


「迎撃がないのは、“想定外”ではない。だが、誘導されている可能性がある」


「うわ、それもっと怖いヤツじゃん」


 鋼鉄製の扉を慎重に開け、彼らは内部へと足を踏み入れた。

 その瞬間、空気の質が変わった。

 湿気を含んだ金属臭、かすかにオゾンの匂い。

 誰かがつい先ほどまで作業していたような、妙に“生きた”気配が通路に残っていた。


「時間経過による錆びの酸化度が低すぎる。定期的に誰かが内部清掃をしている可能性すらある」


「……いよいよ、普通の“廃墟”じゃないってことだね」


 サディーダが不安そうに前を見つめながらも、足を止めることなく進み続ける。


 彼女たちが侵入したのは、かつての点検通路。

 そこからメインの監視廊下へと通じるシャッターを越えれば、いよいよ本格的な施設内行動が始まる。

 そして、闇の奥には――この世の理を捩じ曲げる、“神の箱”が待っている。

「走る、跳ぶ、裂く、逃がさない」

 次回、『そろそろ笑えない静けさです(4)』

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