そろそろ笑えない静けさです(2)
ジョックス本部・作戦会議室。
冷たい黒曜石で造られた円卓に、幹部たちが静かに集う。
そして、会議室の赤黒い紋章が輝き、豪奢な椅子の上にホログラムが現れる。
ホログラム映像に現れたのは、漆黒の外套を翻した男。燃えるような眼光と、威厳に満ちた佇まい。
地獄元帥。悪の頂点に立つ男である。
「……それでは会議を始める」
その一言で、空気が変わった。
円卓には、リザリス、ダルフィ、ゴラリラ、ジルカメス、サディーダ、ミスター・メタル、ドクター・マリア、全幹部が揃っていた。
戦闘員たちも何名かいるが、壁際に整列し、微動だにせず待機している。
「本日、諸君らに通達するのは――新たな作戦である。神喰計画 《プロジェクト・デウスヴォア》”通称:神の箱接触事例収集任務”」
ホログラム越しでも、その声には凄まじい圧があった。
そして、”神の箱”という言葉にふたりの科学者が微細な反応を示した。
「神の力を封じたとされる“箱”の調査、そして接触を目的とする」
“神”という語を、地獄元帥は唾棄するように言った。
「詳細はダルフィより説明せよ」
「了解しました」
作戦司令・ダルフィが、円卓の中央にホログラムを展開する。
映し出されたのは、山間部に存在する施設跡――外見はただの崩壊した研究施設の廃墟にみえる。
「静岡県某所。かつて日本政府が秘密裏に使用していたとされる地下研究施設跡。”特殊高エネルギー観測所”と呼ばれていた。記録はすでに抹消され、現在は“存在しない土地”として扱われている」
「……あー……もう、その説明だけでイヤな予感しかしないんだけど」
サディーダが椅子の背にもたれ、わざとらしくため息をつく。
「“観測所”とか“抹消された記録”とか、絶対ロクな目にあわないやつでしょ。前にも似たようなのあったじゃん」
「今回はそれより厄介かもしれん」
ダルフィの声が重くなる。
ホログラムに映し出される、“それ”は箱のような形状をしていた。
「政府のデータの奥深くで確認された調査や実験の記録、または都市伝説に近い外典資料には、類似の記述が存在している。“神の力を封じた箱”、“空間を曲げて在る器”――そう表現されていた」
「……それで、“神の箱”ってわけね。噂には聞いたことがあったけど実在していたのね」
マリアが目を細め、薄く笑う。
「父の遺した資料にも記述があった。“世界の仕組みを欺く黒い塊”――それがこの箱だ」
メタルが補足するように口を開く。
その声に熱はなく、ただ確認事項を述べるだけのようにも聞こえた。
「ええ。正式な名称は不明。“神の箱”は、あくまで記録における俗称です」
「だが、我々にとって“神”とは食らうべき対象である。
今回の作戦は、神喰計画 《プロジェクト・デウスヴォア》。この名称に恥じぬ成果を持ち帰れ」
ゴラリラが立ち上がり、任務について疑問を呈す。
「目的は対象の捕獲、もしくは回収でしょうか?」
「あわよくば……とは思うが……」
ダルフィが歯切れ悪く回答する。
「目的は“接触”を最優先の任務とする。“箱”に接近し、存在そのものの動向を記録することが最優先であり、成果とする」
「ま、記念撮影は得意だよ」
サディーダが手をひらひらと振る。
「でもさ、ちょっと気になる。“接触”が目的って……“それ”、触れるの?」
「通常の物体のような反応はないが、周囲の空間を確かに歪められているらしい。そもそも、触れるという行為自体が成立しないかもしれない。」
メタルが不確かながら回答する。
「そんなの、“行ってみなきゃわからない”ってやつ?」
「その通りだ」
リザリスが淡々と断言した。
「ゆえに、現地対応能力に優れた部隊を投入する。指揮は第1作戦隊長・ゴラリラ。随行は第3作戦隊長・サディーダ、ミスター・メタル、一般怪人1名、補助として戦闘員1名」
「……まあ、分析には興味あるし? データはちゃんと回してちょうだいな」
マリアが笑う。
「今回、私はお休みですね……ふむ」
ジルカメスが何か含んだような言葉を漏らした。
「一般怪人は、誰を連れて行くんだ? 選出は完了しているのか?」
「怪人は“クロビット”。フェレット素体の俊敏型。高速索敵と奇襲に優れている」
リザリスの言葉に、マリアが小さく頷く。
「あの子ね。無口だけど、動きは悪くない。まあ“狂気指数”がギリギリで合格って感じだけど」
「必要な任務には忠実だ。それで十分だろう」
ゴラリラが無表情で返す。その言葉に、
マリアはにやりと笑うだけで何も言わなかった。
地獄元帥が一同を見回した。
ホログラムであっても、その眼光は生身よりもなお鋭かった。
「ジョックスはこの世界の秩序を破壊し、再構築する存在だ。神ですら我らの敵ならば、それを喰らって進め。以上――あとの作戦指示はリザリス、ダルフィに任せる」
ホログラムが消える。
だが、残された空間には、なお“地獄元帥の気配”が重く残っていた。
リザリスが資料を閉じ、宣言する。
「作戦決行は明後日の夜。夜間潜入に最も適した気象条件が揃います。気温、風速、電磁干渉ノイズ、全てが潜入向き。各々、作戦司令書に基づき準備せよ」
幹部たちは立ち上がる。席を離れる者たちの中に、雑談も笑い声もない。
だが、ひとつだけ――廊下を歩きながら、サディーダがぽつりと呟いた。
「ゴラリラさんって、こういう時、やけに静かだよね」
「任務前は常に同じだ。感情の波を表に出さないだけで、緊張はしているだろう」
「ふーん……そっか。じゃあ、あれは“静かにビビってる”ってことだね」
「……解釈は任せる」
メタルの返答に、サディーダはくすっと笑いながら先を歩いた。
一方のゴラリラは――早い足取りで、武器庫に向かい、装備のチェックに入っていた。
軍人としての習慣が身体に染みついている彼は、任務前に私語を交わすことは多くない。
次なる舞台は、地図にない土地。
そして、存在してはいけない“箱”が待つ場所だった。
「装着完了。ミッションスタートだ」
次回、『そろそろ笑えない静けさです(3)』