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恋という任務は初めてです(4)

 街コンが始まってから、しばらく経った頃。

 談笑スペースでは、女性たちが数人集まり、テーブルを囲んで軽食をつまみながら会話に花を咲かせていた。


「こういう軽食って侮れないよね。春巻、めっちゃ当たりじゃん」


「ねー! こういうのって見た目だけかと思ったら、ちゃんと美味しいってすごくない?」


「意外と本気出してるよね、このイベント。こういうとこ、好感持てるかも」


 そこに加わっていたのは、栗色のボブヘアに白のブラウスとピンクのスカートをまとった女性――名札には《エミ》の名前。 そして、明るめの茶髪を後ろで束ねた気さくな雰囲気の《サチコ》、クール系メイクと黒のワンピースが印象的な《レナ》の3人。


「さっきのピンクのシャツの人、軽そうだけどノリは良さげじゃない?」


「うん、あの人ね。『オレも初めてで〜す!』とか言ってたけど、わりと慣れてそうだったよ?」


「たぶんナンパ常習犯っぽいけど、悪い感じはしなかったかも」


 そこへ加わったのは、ピンクのシャツにラフなジャケットを羽織った青年――名札には《ユウタ》と書かれていた。ラブーサが今回使っている人間名である。


「え〜っ、マジっすか? オレ、ほんと初参加なんすよ!」


 女子たちが笑う。


「なーんだ、聞いてたのかー!」


「でもそのノリ、わりと好感度高いよ。ギャグで押すタイプだね、ユウタくん」


「ちょ、名前まで覚えてくれてるとか……なんか嬉しいっス!」


「そりゃ覚えるよ〜、インパクトあったし」


 サチコも微笑を浮かべて頷く。


「私も二回目だけど、今日の雰囲気、けっこういいかも。皆さん明るくて」


「レナさんは落ち着いてて、ちょっと大人な感じしますよね。なんか余裕あるっていうか」


「え、そう? そんなことないと思うけど〜」


 和気あいあいとした空気が、会場の片隅に流れていた。

 誰も、この輪の中に“正体不明の存在”が紛れているとは、想像もしていなかった――。

 


 ――それから十数分後。


 ラブーサが女性の参加客と笑顔で会話を交わしていたその瞬間。

 何かが、少しずつ狂い始めた。

 ラブーサの様子に異変が出始めていた。


 頬が紅潮し、視線が宙を泳ぐ。額には薄い汗。


「あ、あれ?……ちょっ……ごめん、ちょっとトイレ行ってくるっス……!」


 女子たちの輪を抜け、ラブーサは会場の隅へと逃げるように移動した。


「ラブーサ、どうした?」とゴラリラが小声で問う。


「ちょ、無理……もたないっス……!」


 ラブーサは控室に向かう途中で足をもつれさせ、手すりにしがみついた。

 すでに変身時間の限界が近づいていた。髪の隙間からピンクの体毛が覗き、耳の形状が微妙に丸くなってきている。視線はうつろ、頬は熱く上気し、心拍数は上昇し続けていた。


「……来るな、変わるな……頼む、恋って難しいな……!」


 悲鳴にも似た叫びが、静まりかけた会場に届いた。


「え?」「なに今の……?」


 参加者たちの視線が集まるなか、ついに――

 変身が、解けた。


 ぴちぴちと音を立てながら、衣服が膨張し、耳がピンと立つ。目の前に現れたのは、ピンクの毛並みをまとい、ハート型の耳を揺らす――ウサギの怪人だった。


「……うわっ!?」「怪物!?」「キャー!!」


 パニックは、瞬時に拡大した。

 悲鳴が上がり、椅子が倒れ、参加者たちは一斉に出口へと殺到した。


「だ、誰か通報を──!」


 スタッフの声が響いた。



 会場の外では、待機していた戦闘員たちが無線を受信し、静かに動き出していた。


「退避ルート確保。対象、回収準備完了」


「ラブログβ、全台起動。映像漏洩の可能性、大」


 ──遅かった。

 SNS上には既に動画が拡散され始めていた。

 

 《やばい、なんか怪人いたんだけど》《#ジョックス?》《実在するのかよ……》

 タグは瞬く間に広がり、投稿とともに記憶も蘇る。

 “あの怪人集団”の名が、あらためて世間に刻まれようとしていた。


 一方、会場の非常口近く。

 

「……ラブーサ、早く、こっち来て!」

 

 颯爽と現れたのは、サチコ。さっき、“ユウタ=ラブーサ”と楽しくトークしてた女だった。

 “サチコ”と名乗り、途中から潜入していたサディーダが、混乱の中心に身を投じるように現れた。


 ラブーサの手を掴み、騒ぎの波を縫うようにして、裏手の出口へと誘導する。

 “サチコ=サディーダ”は素早く現場を駆け抜け、ラブーサの腕を掴んだ。


「サ……サチコさん……!」


「バカ、今は“サディーダ様”って呼びなさい。いいから!」


 小声でそう言いながらも、彼女の目は鋭かった。

 背後で照明がチラつくのを横目に、混乱の中心からラブーサを引っ張り出す。


「たぶん、こうなると思ってたし!」


 その背中は、完全に“作戦隊長”のものだった。

 ギャル風の口調とは裏腹に、その声には鉄のような覚悟と責任が宿っていた。


 その隙に、ゴラリラが戦闘員へ目配せし、非常時対応を指示。会場は、かろうじて壊滅的混乱を免れた。



 ――そして、翌日。

 テレビ、ネットニュース、SNS、まとめサイト。

「マジで怪人じゃん」「耳ハートだったな」「ジョックスって本当にいたの?」

 真相は不明。だが、“ジョックス”の名は、世間の話題に小さく火をつけた。



 アジト・作戦会議室。


「……作戦はおおむね成功だ。データ回収も完了している。」


 リザリスの冷静な総括に、円卓の幹部たちは黙してうなずいた。

 背後では、ミスター・メタルが黙々とラブログβからデータをコピーしていた。データを丁寧に分析し、解析結果を記録していく。


「……思った以上に、脳を流れる感情パターンが面白かったわね……」


 マリアがエスプレッソを啜りながら言う。


「どうせなら、恋人たちの脳をリアルタイムでスキャンしたいわ。愛が壊れる瞬間、見たいと思わない?」


「……”倫理”という単語は、あなたの辞書にあるのかな?」


 メタルの冷たい一言に、マリアは肩をすくめて笑った。


「そうね、そんなものはアジトの外にしかないかもね」


 そう言って、彼女は空になったビーカーを指で回し始めた。


「ラブーサの件、処分は?」


 サディーダの問いに、リザリスが一瞥をくれる。


「再訓練。反省の意志あり。失敗もまた、データの一部」


「ふーん……ま、あの子なりに頑張ってたしね」


 その後ろでは、ゴラリラが静かに拳を握っていた。


「次こそ……完遂する」


 その声は誰にも聞かれなかったが、彼の拳は、次なる戦場へと向けて――すでに構えられていた。

 

 こうして――〈ジョックス〉の都市恋愛解析計画 《フェロモグラフ・ゼロ》は、混乱と拡散を残しつつ、幕を閉じた。


 目的は果たされた。だが、その代償として得たものは、予想を超えた“注目”。

 それでも、彼らは変わらない。

 ただ、次なる戦いに向けて――静かに歩みを進めていく。

「奴らは狂ってはいない。……正気で、あれをやっている」

 次回、『そろそろ笑えない静けさです(1)』

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