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恋という任務は初めてです(3)

 目黒区、恋人の森ホール。

 春先のやわらかな陽光が差し込むその会場に、二人の男が現れた。


 一人は、スーツ姿の大柄な男。人間形態に変身したゴラリラである。完璧に整えられたネクタイ、背筋の伸びた姿勢。まるで警察官か自衛官のような出で立ちは、通行人の目を引いた。


 もう一人は、茶髪にピンクのシャツを羽織った、いかにも“ノリが軽そう”な青年。こちらはラブーサ。変身能力を用いて、街コン用に“人間形態”に切り替えた状態である。


 ドクター・マリアによって生み出される怪人は全員が変身能力を持っているわけではない。

 稀に変身能力を持つものが生まれることがある。変身能力を持つラブーサは今回の任務に適役だった。

 元の姿はピンクの体毛にハート型の耳を持つ可愛げなウサギ怪人である。


「……現場到着。装置搬入完了。視界、音声、電波ともに正常。

 都市恋愛解析計画 《フェロモグラフ・ゼロ》、出る」


 ゴラリラが低く呟くと、ラブーサも軽く敬礼するようにピースサインを出した。


「ラブログβ、会場の観葉植物の中とスピーカー裏に設置完了っス!」


 彼が設置したのは、ジョックスの誇る秘密兵器――ラブログβ。

 ドクター・マリアとミスター・メタルが共同開発した、恋愛感情のリアルタイム記録装置だ。温度、音声、視線、フェロモン反応などから“恋の気配”を数値化する、センサーユニットである。


「貴様、今回の都市恋愛解析計画 《フェロモグラフ・ゼロ》の任務内容と立ち位置はちゃんと把握しているな?」


「バッチリっスよ! 恋バナ、スキンシップ、あと運命の出会い的なやつっスね!見た目はアレなんで、ハートとノリでカバーっス!」


 ゴラリラは数秒間、無言でその答えを咀嚼した。


「……心意気は買おう。ただし、状況によっては即時撤退もあり得る。判断を誤るな。そして、正体を悟られるな。“普通の人間”を貫け」


「了解っス、隊長!」


「……では、開始だ」


 ゴラリラは深く息を吐き、歩を進めた。

 まるで敵地に突入するかのような重々しい雰囲気だったが、本人にとってはその通りだった。


 二人は受付を通過し、それぞれの参加カードとネームタグを受け取る。


 ゴラリラのタグには「タカシ(レスキュー隊勤務)」と記されていた。彼が真面目に用意した偽装プロフィールである。

 スタッフは笑顔で彼を迎えた。内心では「ちょっと堅そう……でも頼れそうかも」と早くも好印象を抱かれていた。


「……入場完了。会場全体を視認、不審反応なし。今のところ、任務は順調」


 ゴラリラは真顔でそう呟いた。だが次の瞬間、彼は立ち止まった。


 会場の奥から、華やかなBGMとともに、軽快に談笑する男女の声が聞こえてくる。その一つひとつが、彼の鼓膜を殴るようだった。


(……“会話を楽しめ”? “相手の趣味を褒める”? これは戦術ではない。儀式か……?)


 周囲の参加者が談笑しながら通り過ぎていくなか、ゴラリラは“微笑み”という行動の実行方法が脳内マニュアルに記載されていないことに気づく。


(笑うとは、どうすれば……? 歯を見せるか? いや、威嚇になる……)


 やや口角を上げてみたつもりだったが、近くの女性がびくりと肩をすくめたのを見て、即座に表情を戻した。


 そのころ、ラブーサは――


「やっほー☆ 初参加っスか? オレもで〜す!」


 テンション高めの声で会話を切り出して場に溶け込んでいた。

 ラフで親しみやすい雰囲気が功を奏し、彼は早くも数人の女性たちと輪になって談笑していた。


「見た目チャラいけど、けっこう優しいかも〜」「ね、話しやすいよね」


 そんな声が飛び交うなか、ラブーサは内心で冷静にデータを観察していた。


(……順調。ここまでは……感情の揺れも、視線の動きも、収集できてる)


 ゴラリラはというと――


 一人、壁際のポスター前で硬直していた。


「趣味を話しましょう!」「笑顔が第一!」と書かれた恋愛指南ポスターを前に、彼は眉間に深くしわを寄せたまま、動けずにいた。


(趣味……趣味とは……勲章の収集は話題にしてよいのか?)


 スタッフが「お飲み物、いかがですか?」と声をかけると、ゴラリラはわずかに肩を跳ねさせた。


「水で……いや、待て。あえて紅茶……否、なぜ紅茶だ? いまの反応は不審だったのでは……?」


 何度も同じ場所を往復し、他の参加者に「無駄に威圧感のあるレスキューの人」として目撃されていた。



 そのころ、ジョックスのアジト――通信監視室。


「……ゴラリラさん、真顔すぎない?」


 モニターを見下ろしながら、長い脚を組んでぼやいたのはサディーダだった。


「ドクター・マリア、あの顔で恋愛感情って……検出されるの?」


「無表情でも、心拍は乱れるわ。むしろそのギャップが、良いデータになるかもね」


「なるほど……萌えってやつね」


「違う」


 メタルの冷たい一言に、二人とも一瞬黙った。


「……ま、嫌な予感もしてたし。仕方ないよね。あたしも現場に行けばよかったな~」

 

 そう呟くサディーダの唇が、いたずらを思いついた子どものようにわずかに吊り上がった。

「恋愛って、可愛いだけじゃ戦えないんだよね」

 次回、『恋という任務は初めてです(4)』

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