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悪の組織も楽じゃない  作者: 平木直利
エピローグ
38/38

余韻に浸る暇もない(2)

 場面は変わる。

 永田町合同庁舎第六区画・特別会議室。

 厚い遮音壁に囲まれた無窓の会議室。


 十数名の官僚たちが資料を前に沈黙し、ただ淡々と時間が流れていた。

 そこに立つのは、一人の女性――鳴海優。

 

 震える手で差し出した報告書は、誰の手にも渡らないまま、テーブルの中央に置かれていた。


「……報告します」


 かすれた声が、室内に響く。

 

「怪獣ラグズグラ出現地点において、未確認戦力――悪の組織ジョックスの介入を確認。

 彼らは、単独での戦闘によって、巨大生物を完全に撃破しました」

 

 一瞬の沈黙。


 しかし、会議室の誰も顔を上げない。


 彼女の声は、硬い書類の山に吸い込まれるように消えていく。

 

「……ドローンは一機、爆心地上空で活動停止。

 しかし停止直前の映像記録から、複数の人型戦力の活動が確認されています」

 

 それでも、官僚たちは書類から目を離そうとしなかった。

 まるで“目を逸らす”ことが、既に決定事項であるかのように。

 

 やがて、最上席の老練な官僚が、書類に目を落としたまま言った。


「……その情報は、機密とする。公式記録には残さない」

 

「……なぜですか!」

 

 鳴海が声を上げる。

 無意識に机を叩きそうになった手を、必死で押さえ込む。

 

「通信障害により、現地との連絡は途絶。航空機の接近も不可能だった。

 よって、“確認不能”。――怪獣は自然消滅とする。以上だ」

 

 事務的で、何の感情もこもらない声だった。

 英雄も、犠牲も、すべて“なかったこと”にするには、それで充分というわけだ。

 

 鳴海の拳が、膝の上で震えた。

 

 あの戦場を。あの死線を。

 誰よりも間近で見たのは――自分たちだった。

 

 命を賭けて街を守った者たちがいた。

 悪であるはずの彼らが、確かにこの国を救った。

 

(それでも、“なかったこと”にするのか……?)

 

 背筋が震える。喉が詰まる。目が熱い。

 だが誰も、彼女の問いに答えようとはしなかった。

 

 政府が守ったのは、国ではなかった。

 この国の“秩序”だった。


 会議室の時計が、無慈悲に時を刻む。

 誰もが黙り、誰もが、何もなかったことにする準備を進めていた。

 

 だが――

 

 鳴海優の胸の中には、揺るがぬ記憶があった。

 

 あの巨大な怪物を前に、確かに立っていた黒き影たち。

 己を顧みず、災厄を迎え撃ち、圧倒的な力で打ち砕いた存在。

 

 それは――誰にも称賛されることなく、ただ静かに姿を消した“英雄”だった。

 

(あれが、現実じゃないというなら……この世界のどこに現実があるというのか)


 

 思い返せば、災害の直後から、街の広場に設置された仮設掲示板にはざわめきが走っていた。


《黒いマントの奴らが空から降ってきた!》

《地震かと思ったら、ビルの影から赤い目のロボットみたいなのが……!》

《見た。絶対に見た! あれは人間じゃない!》

 

 SNSにも、断片的な映像が次々と投稿されていた。

 瓦礫の中で跳躍する黒い影。

 燃え上がる空を背に立つ異形の輪郭。

 そして、裂けた夜空の中から現れる、巨大な“何か”――

 

 それらすべては、確たる証拠にはならなかった。

 だが、人々の記憶には、確かに焼きついていた。

 

 “何かがいた”という確信。

 “何かが戦った”という感触。

 

 ヒーローでも、救世主でもない。

 ただ静かに現れ、災厄を打ち倒し、また闇へと消えた存在。

 

 人々は、恐れと憧れ、感謝と畏怖の入り混じった感情で、彼らを語り継いでいくのだろう。

 

 まるで――世界がもう一度壊れたとき、

 彼らがどこからともなく現れてくれると信じるかのように。



 ――再び場面は戻る。

 

 関東某所、地中深くに築かれたジョックス本部。

 黒鋼の壁に魔術的な光が脈打つ、闇の円卓の間。

 

 幹部たちは、重たい身体を押して、再びそこへ集っていた。

 

 サディーダは肩を押さえながらも、静かに姿勢を正して座る。

 ゴラリラは勲章のついた胸元に腕を添え、口を閉ざしたまま目を上げる。

 ダルフィは端末を開きながらも、リザリスのほうを何度も見ている。

 ジルカメスはナイフの刃を鏡代わりにしながら、髪の乱れを整えている。

 ミスター・メタルはスーツの内部構造を調整しつつ、無言のまま視線を前へ向けていた。

 

 その場には――

 

 参謀リザリスの姿もあった。

 静かに目を閉じ、深く息を吐いたあと、円卓の中心を見つめている。

 

 白衣の裾を翻して座るのは、ドクター・マリア。

 唇の端に、にやりと笑みを浮かべ、何も言わずただ楽しそうに場の空気を味わっている。

 

 そして――

 

 円卓の最奥。

 玉座から、地獄元帥がゆっくりと立ち上がった。

 

 その目が、静かにすべてを見渡す。

 

 重く、確かに、堂々と。

 その視線は、力ある者だけが持つ“覚悟”と“意志”を帯びていた。

 

 静まり返った空間で、元帥はひとことだけ、言葉を発した。

 

「――それでは、会議を始める」



























瓦礫の谷間に、ひとつの立方体が、ただ沈黙していた。

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