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悪が止めなきゃ誰が止める(4)

 崩れかけたビルの屋上に、漆黒のドレスを揺らす人影が静かに立った。

 その姿はまるで、瓦礫に咲く毒花のよう。


 通信に乗った声は、飾り気ひとつない、冷たい指令だった。


「各人、状況と成果を報告せよ」


「ゴラリラ。軽傷。脚部への打撃は通らず。外皮、打撃耐性極めて高い」


「ジルカメス。異常なし。左肩部に切り込み成功。だが深度不足。皮膚層は厚く、応力で閉じる」


「サディーダ。動ける。接触時、外皮から高熱。熱による防御反応ありと判断」


「ダルフィ。行動可能。関節部は他より外皮が薄く、内部への到達を確認。ただし再生が速い。傷口は数秒で修復される」


「メタル。頭部内部に球状構造を検出。熱源集中。構造上の中枢と推定」


「……よろしい。全員、そのまま中空を見上げよ」


 リザリスが手を振るうと、濁った空に幾何学的な光の線が走る。

 投影されたホログラムは、風向、粒子分布、地形断層、敵の進行軌道――

 情報のすべてが天空に刻まれた戦場図に描き変わる。


 その全てが、すでに彼女の掌中にあった。


 リザリスは必要最低限の説明で作戦を指示した。


「各人、把握したか」


「了解」


全員が声を揃えて答える。


「……よろしい。作戦開始は三十分後。全員、それまでに準備を整えよ」


 それだけを告げて、リザリスは通信を閉じた。


 戦場には、再び静寂が訪れた。

 だが、それは“凪”ではなかった。

 嵐の目の中心にだけ許された、奇妙な静けさだった。



 ラグズグラは歩き続けていた。


 ただ、それだけだった。

 だが、それだけで十分だった。


 踏み潰された商店街。吹き飛んだ交差点。

 崩れた高速道路の橋桁に、折れたビルの残骸。

 何の意志も感情もなく、それでも破壊だけは確実に進行していた。


 人のいない都市。だが、痕跡は生々しく残る。


 有名アイドルを起用した企業の看板は元の顔がわからないほどひしゃげていた。


 空から見下ろすように、怪獣はただ無言で歩き、通過し、壊す。


 止めなければならない。


 止められるのは、ジョックスだけだった。



 爆音が鳴った。


 最初に動いたのは、ゴラリラだった。


 ビルの中層。まだ崩れ落ちていない、鉄骨を抱いた壁の中腹に巨体を潜ませていた彼は、通信の終わりと同時に、両足で壁を蹴り――跳んだ。


 真横へ。


 空を滑るように、全身を弾丸と化す。


 腕を交差し、重心を軸に捻り込みながら、クロスチョップの構えで一直線に突進する。

 標的は、ラグズグラの左脚裏――膝関節。


 接触の瞬間、空気がねじれた。


 ――ドガァンッ!!


 硬質な外皮が唸りを上げ、膝の一点がわずかに沈む。

 ゴラリラの拳では破れなかったが、今の一撃は破るためではない。

 全体重をぶつけるように打ち込まれたその衝撃は、僅かに怪獣の体軸を狂わせた。


 その隙を、ダルフィが見逃さない。


 瓦礫の尾根を滑るように移動し、怪獣の左脚下へ踏み込む。

 手にした槍を逆手に持ち替えると、無言で地面に片膝をついた。


 指先が、地に触れる。


 瞬間――地盤が鳴った。


 複雑に積層した瓦礫と舗装の下層が、彼の放った震動で揺らぎ、

 ラグズグラの左脚を支えていた地盤が崩落する。

 足元を掬われた怪獣の脚がぐらりと揺れる。


 今、ラグズグラの下半身は、確実に“固定”されていなかった。


 風を裂いて、サディーダが駆けた。


 地を蹴る音は軽く、鉄骨を踏み抜くたびに身体が跳ねる。

 崩れたガードレール、倒れかけた支柱、斜めに崩落したビルの斜面。

 あらゆる足場を活かして加速をつけ、彼女は一気に高度を稼いでいく。


 そして、跳んだ。


 目指すは、ラグズグラの左後脚――

 関節付近、やや背面に傾いた外皮の曲面。

 そこは、登るには角度も傾斜も最適だった。


 踏み込んだ瞬間、熱が襲う。


 外皮から立ち上る灼熱が、手足の接触面を焼く。

 だが、燃えない。


 掌と足裏に装着された耐熱ガードが、熱を封じていた。


 ふと、脳裏に記憶がよぎる。


 作戦通達の直後。

 歩道橋の陰、残骸の影に立つメタルが、無言で一式の装備を差し出してきた。


 薄く、黒い耐熱素材――

 手足の甲、掌、足裏を覆うように成形された接触防護用の装備。


「外皮温度、推定220度。接触限界、十秒。足裏・掌は特に重ねて強化してある。しがみつきには対応可」


「さすが。わかってるじゃん」


 サディーダは軽く笑いながら、それを装着した。


 

 灼熱の皮膚を蹴る。爪で掴む。

 一歩ごとに熱気が逆巻き、風が唸る。


 まるで巨大な山を登るように、彼女は怪獣の身体を駆け上がる。


 胸部から、さらに傾いた頸部へ。

 そして、目前には頭部の側面があった。


 駆け上がること、およそ五秒。

 耐熱限界までは、まだ残されている。


 彼女は両手両足で姿勢を固定し、最後の一歩を踏み込んだ。


 そして、左手を解放する。


 熱は伝わる。爪はむき出しだ。


 ――でも、関係ない。


 サディーダは、突き出した。


 焼ける感触が走った瞬間、蒸気のような熱が散る。

 粘性を帯びた液体が、弧を描いて噴き出した。


 爪が確かに――“中”へと入ったのだ。


「よし、開いた!」


 引き抜き、即座に反動を利用して後退。

 電線を飛び移りながら、バランスを崩さず着地する。


 滞在時間、八秒。


 焼けた爪先を見て、彼女はふっと息をついた。


「ったく……爪のメンテ代、高くつきそうだよ」


 だが、その直後。

 ラグズグラの頭部から、湯気のような蒸気が上がり始めた。


 裂けた傷口の周囲が、わずかに蠢く。

 ――再生している。


 皮膚の縁が、まるで“呼吸するように”脈打ち、

 先ほど刻まれたはずの裂傷が、じわじわと縮みかけていた。


 夕闇が滲み始めた空を、ふたつの影が横切った。


 黒い装甲を纏った飛行体が、地上の喧騒を滑るように見下ろしていく。

 その両腕に抱えられるようにして身を預けているのは、マントをなびかせた細身の怪人。

 整えられた銀髪が、風に一筋、ゆるやかに流れていた。


 ミスター・メタル。

 そして、ジルカメス。


 二人の影は、ラグズグラの頭部めがけて、迷いなく降下を開始していた。

 

 ラグズグラの頭部に刻まれた裂け目は、再生を始めていた。

 皮膚の縁がぬるりと蠢き、粘性を帯びた蒸気をまといながら、自動修復のためか、内部の傷を飲み込もうとしている。


 ミスター・メタルの両腕に抱えられたジルカメスは、無言のままその様子を見下ろしていた。

 意識はすでに一点に収束している。

 高度、距離、風向、着地角――必要なすべての情報を静かに整理し、己が放たれるべき“その時”を、ただ正確に待っていた。


 やがて、視線が動く。

 それだけで十分だった。


 メタルが腕を解く。

 ジルカメスの身体が滑るように宙へ放たれ、風を切って滑空する。


 姿勢を乱さず、斜めに下る軌道のまま、

 ラグズグラの頭部側面、再生しかけた裂傷のすぐ脇へ――吸い付くように張りついた。


 足裏に熱。掌に蒸気。

 それでも、焼けなかった。


 戦闘前、メタルから託された耐熱ガードが、

 その十秒だけの接触を許していた。


 尻尾で重心を取り、無音で静止。


 ジルカメスは、レイピアを引き抜いた。

 薄紫に光る銀の刃が、裂け目に吸い込まれるように滑り込む。


 ただ突くのではない。

 刃を内壁に沿わせ、手首の操作だけで横に滑らせる――

 皮膚を内側から斬り裂くようにして、傷口を拡張していく。


 粘性を帯びた蒸気が噴き出し、内部の圧が逆流する。


「押すより、引く。突くより、断つ。……整ったな」


 刃を引き抜くと同時に跳躍。

 姿勢を崩さぬまま、頭部から離脱し、近くの鉄骨の陰へと滑り込んだ。


 その一瞬前。


 高層ビルの屋上。

 そこに据え付けられていたのは、蒼白い磁場を帯びた重火器――MZ-09。


 この作戦開始の30分の間に、メタルがこの地点に設置・調整を済ませていた大型砲だ。

 その破壊力ゆえ、通常戦闘での使用は避けられてきたが、今は――それを使う時だった。


 標高、仰角、風圧、視界。

 どのタイミングでも即座に撃てるよう、すべては最適条件で固定されている。


 メタルはすでに砲の後部に立ち、端末を操作していた。

 照準は不要。調整もいらない。


「制御完了。射線クリア。偏差ゼロ」


 砲口が脈動する。磁場が唸る。


「――撃つ」


 ジルカメスが跳ねた瞬間、砲弾が放たれた。


 閃光をまとった蒼い弾体が、一直線に裂傷へと滑り込む。


 次の瞬間、内部で炸裂した。


 肉が裂け、骨が砕け、黒煙が吹き上がる。


 ラグズグラの頭部が揺れ、巨体がわずかによろめく。

 次いで、苦悶の咆哮が空気を裂いた。

 それは、明確に“効いた”という証だった。


 焼け焦げた空気が揺らぎ、蒸気がゆるやかに立ち昇る。

 

 その中で、杖がひとつ、静かに持ち上がる。

 リザリスだった。


 すでに魔力は構築されていた。

 砲撃が命中したその瞬間には、足元に淡く光を帯びた魔法陣が浮かび上がっている。


 その中心で、彼女は目を閉じ、低く、明瞭に言葉を紡ぐ。


「竜闘魔操――破滅掌ドラゴニック・ディセント


 呪文の終わりとともに、杖の先端に蒼黒い光が凝縮される。


 空が、鳴った。


 魔力の奔流が上空を走り抜け、圧縮された竜の幻影が形成される。

 その姿は蒼の線で構成された巨大な竜。

 咆哮もなく、ただ静かに――落ちてくる。


 標的は、ラグズグラの頭部。

 裂け目の中心。


 それは精密で、容赦のない一撃だった。


 蒼い竜が疾走するように降下し、杖の導きに従って標的へと一直線に突き刺さる。


 直後――


 衝撃。

 魔力の塊が頭部を貫き、爆風が全方向に広がった。

 ラグズグラの頭部が沈む。

 肉が焼け、骨が砕け、熱と圧力と魔力が一点に収束して弾けた。


 振動。

 光。

 そして、遅れて響く破砕音。


 地が軋み、空気が震える。

 リザリスの外套が、爆風でひるがえる。


 だが、彼女は動かない。

 杖を下ろし、わずかに息を吐いた。


 ラグズグラの巨体が、膝をつくように沈んでいた。

 頭部は垂れ下がり、左側は爛れ、そこから蒸気と血が噴き出している。

 咆哮はなく、微動だにしない。

 その姿は、誰の目にも“終わったように”見えた。


 煙が晴れかけた、まさにその刹那だった。


 ラグズグラの頭部から、音もなく蒸気が噴き出す。

 巨体がわずかに痙攣し、再生すら通り越す“異常な膨張”を起こした。


 次の瞬間――


 世界が爆ぜた。


 熱波、衝撃波、音圧、振動。

 それらが同時に、全方位へと放たれた。


 まるで「見えているものすべてを焼き払う」ような、無差別の破壊。

 災厄の本性が、牙を剥いた。


 サディーダは跳ねるように反応したが、一拍遅れた。

 壁面に叩きつけられ、瓦礫の下に半身を埋める。


 ゴラリラは足場を踏みしめて正面から迎え撃った。

 腕を交差して耐えようとしたが、衝撃に抗しきれず、岩塊に激突して昏倒。


 ダルフィは爆風の余波が彼の背を打ち、地面に叩きつけられる。

 崩れた路面に足を取られ、反応の間もなく意識を落とした。


 ジルカメスは反射的に跳躍し、建物の陰に身を投げたが、爆風が背を叩く。

 衝撃で壁に叩きつけられ、姿勢を崩して倒れ込む。


 メタルは砲の機体を庇うように立ち塞がった。

 直撃こそ避けたが、バリアの反動で吹き飛ばされ、装甲にヒビが走る。

 ヘルメットが割れ、呼気が乱れる。


 リザリスは杖を前に出し、魔術障壁を展開するも――

 圧に押されて吹き飛ばされ、外套が裂ける。

 地面を滑り、膝をついたまま動けなくなる。


 風が止む。

 視界を覆っていた爆煙が、ゆっくりと晴れていく。


 瓦礫の山、捲れた地面、砕けた壁。

 そのどこにも、立ち上がる影はなかった。


 誰一人、立っていなかった。

「壊れるか、進化するか……その境界でしか見えない世界があるのよ。

 さあ、見せてちょうだい。あなたたちの“本当の値打ち”を」

 次回、『知られざる者たち(1)』

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