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悪が止めなきゃ誰が止める(2)

 それは、数時間前の出来事に遡る。


 ジョックス本部・作戦会議室。

 禍々しい柱と黒鋼の天井に囲まれた、闇の円卓会議室。


 闇より重い沈黙が満ちる中、玉座に座る男が、低く呟いた。


「……それでは、会議を始める」


 地獄元帥。

 その一言が放たれた瞬間、空気の温度が変わった。


 円卓を囲むのは、ジョックス幹部たち。

 リザリスが手元の端末を操作し、ホログラム映像を中央に投影した。

 映し出されたのは、崩壊寸前の施設、ゆっくりと歩みを進める黒い巨影。そして、被害が広がる市街の地図。


「状況はご覧の通り。例の“アレ”が地表に出現し、南下を続けています。

 このままいけば、浜松市中心部に到達するのは時間の問題です」


 静寂の中、サディーダが椅子の背にもたれながら、口を開いた。


「で? うちらは何をするの? 見てるだけ?」


「街が潰れるのは、別にジョックスの問題じゃない」


 ジルカメスが顎に手を添えて、涼しげに言った。

 彼の声に芝居がかった抑揚はなく、あくまで理性的な響きを持っていた。


「だが」


 冷静な口調で言葉を挟んだのはダルフィだった。


「このまま対象が進行すれば、当面の作戦予定地にも支障が出る可能性がある。人間たちの統治機構にも、こちらの介入余地が残らなくなるだろう」


「我々が支配しようとしている“舞台”そのものが、消し飛ぶぞということですな」


 ゴラリラが重く言う。


「リザリス、対策を述べよ」


「対処は困難ですが、まずは現地の状況を確認し、対応可能な範囲での阻止行動を行うべきかと。

 "アレ"の力が未知数過ぎます。作戦司令と各隊長を現地に転送し、様子を見つつ、制圧手段があれば適用ではいかがでしょうか」


「作戦名は何とする?」


 誰ともなく投げられた問いに、リザリスは一拍置いて答える。


「“対象鎮圧行動”を仮称とします。正式な命名は首領にお任せいたします」


 空気が落ち着いたかに見えたその時、ミスター・メタルが淡々と口を開いた。


「俺も強化服で現地に向かおう。データ収集と装備補給などを請け負う。必要な戦術構成は、現地の判断に委ねる」


「いい心構えだ、メタルくん」


 マリアが隣から笑うが、彼は無言で端末に視線を戻す。


 会議室の中心に戻る視線。

 地獄元帥は、腕を組んだまま沈黙していた。

 長い間を置いて、ようやくその声が響く。


「そうだな、まずは、”アレ“の能力を主観的に感じてくる必要がある」


 その一言が、全てを決定づけた。


 圧倒的な権威を纏う声でありながら、それは一つの“猶予”でもあった。


「支配は破壊ではない。"アレ"が我らの秩序にとって妨げとなるなら――排除する」


 幹部たちは一斉にうなずいた。


「作戦名を告げる。“魔獣制裁令 《バニシング・ビースト》 通称:対象鎮圧行動"、まずは第一段階とする。出撃せよ!」


 重く、静かに、戦いの幕が上がろうとしていた。



 浜松市街・壊滅域。

 地鳴り。振動。黒煙。

 浜松の街は、すでにラグズグラの通り道となっていた。


 破壊されたビルの谷間――

 瓦礫が風に舞う中、真っ先に動いたのは、他でもないゴラリラだった。


 「巨大生物の接近ルート、把握。遮断行動に入る」


 無線にそう言い残すや否や、彼は倒壊寸前のビルの屋上を駆け、瓦礫を蹴散らすように助走をつける。そして――跳んだ。


 全身の筋肉が軋む音が、空気を裂く。

 彼の巨体が空を描くさまは、まるで砲弾のようだった。

 重力を押し返すようなその跳躍は、戦場の空気すら変える。


 着地。

 爆発にも似た衝撃と共に、広場の地面が陥没し、放射状に瓦礫が跳ね飛ぶ。

 粉塵の中から、ゆっくりとその姿が現れる。


 巨体をゆっくりと起こし、拳を握る。

 軍服の袖が風にたなびき、胸の飾りが微かに鳴る。


「……正面から受け止めてみせる!」


 その言葉は叫びではなかった。

 まるで、自分自身に課すべき義務のように――静かで、重い決意だった。


 その目前に、“それ”は現れる。

 ラグズグラ――

 地を揺るがす神話の巨影。

 その脚部がひとつ動くだけで、地面が崩れ、空気が軋む。


 ゴラリラの背丈など、あの“脚”の関節の位置にも届かない。

 まるで小石が山を止めようとするかのような光景だった。

 だが、彼は退かない。


 ラグズグラの脚が、地を叩く。

 雷鳴のような一撃。地層を砕く質量の奔流。


 その瞬間――

 ゴラリラの剛腕が、咆哮と共に閃いた。


「――ッ!!」


 振るわれたのは、殴るためだけに鍛え上げられた拳。

 その拳を覆っていたのは、鋼鉄の手甲――メタルが試作した、打撃特化の兵装だった。

 衝撃を分散し、骨格への反動を軽減するための構造を備えたそれは、まさに“殴る”という行為に全てを注ぎ込んだ一撃装備。

 使い手の気性と同じく、無骨で、無駄がなかった。


 そして彼の拳は、迷いなく、真正面から甲殻を撃ち抜こうとした。


 直撃――

 瞬間、金属と石の中間のような甲殻が重く鳴る。

 拳は通らなかった。

異様な熱が、手甲越しにじわりと伝わる。

 衝撃が、彼の肉体を逆流する。


「ぐっ……!」


 音が、身体を突き抜ける。

 膝が折れる。拳が砕けるわけではない。ただ――あまりにも、硬い。


「……硬すぎる。通らんッ!」


 彼は叫ぶでもなく、呻くでもなく、ただ淡々と、それでも悔しげにそう呟いた。

 だが、膝をつきながらも、その眼は上を向いていた。

 40倍の巨体を相手に、なお戦意を失わないその眼は――

 まさしく“誇り”だった。


 誰にも止められない敵がいるならば、

 まず立ちはだかる者が必要だ。


 その役を、迷いなく引き受ける覚悟。

 たとえ届かなくとも、悪の幹部として、堂々と立ち続ける姿。


 ゴラリラの一撃は、ラグズグラを止めなかった。

 だがその姿は、確かに“雄姿”だった。

 敗れざる意志――それは、どんな超兵器にも代えがたい、“矜持”だった。



 瓦礫の積もる通りの影――

 その静寂を裂くように、サディーダの影がひらりと現れる。

 身を低く構え、猫のようにしなやかに、そして疾風のように素早く駆け抜ける。


「……まわり込んで急所を狙う。正面からなんて、バカみたい」


 誰に聞かせるでもない独白を漏らしながら、彼女は戦場を跳ねる。

 着地のたびに瓦礫が弾け、電柱の先端、車のボンネット、折れた標識――

 あらゆるものが、彼女の“足場”と化す。


 ラグズグラの影の下、その側面へ一気に滑り込むと、

 サディーダは一歩も溜めず、コンクリートの壁を蹴って空中へ舞い上がった。

 放物線を描く跳躍。

 爪を閃かせ、ラグズグラの“外殻”へと――突き立てる。


 だが、次の瞬間。


「っ……なにこれ、熱……っ!」


 その皮膚は、ただ硬いだけではなかった。

 “熱”を帯びていた。

 それも、獣の体温ではない。

 まるで、鉄を溶かす炉の奥から掘り出されたばかりの金属のような、灼熱。


 指先の感覚が焼かれる。

 爪が音を立て、焦げる。


 ほんの一瞬、身体が怯む。

 その隙を、ラグズグラが見逃すはずもなかった。


 巨体が大きくうねる。

 その動きは、振り払うというより、“世界がねじれる”という表現がふさわしい。


 サディーダの体は――

 爆風のような力に吹き飛ばされる。


「くっ……!」


 叫ぶ間もなく、体が宙を舞う。

 視界にビルの屋上が迫り、直後――看板を突き破った。

 金属片とガラスの破片、舞い上がる煙。

 その中へ、サディーダの影が飲み込まれる。


 ――だが、それでも。


 あの一瞬、ラグズグラの防御に触れたのは、サディーダだけだった。

 熱さに怯み、攻撃は通らず、反撃に沈んだ。

 けれど、あの一瞬の接触が、敵の“構造”と“防壁”の正体を暴いた。


 攻めの最前線は、剛力だけでは築けない。

 脆さを見抜く直感と、決断と、命を賭ける勇気――

 その全てを兼ね備えた者だけが、真正面でない戦い方を選べる。


 サディーダはただ俊敏なだけの戦士ではない。

 彼女は、“命を軽やかにかける”者だ。

 その優雅な軌跡は、敗れてもなお――

 戦術として、美しかった。

「……攻撃は、すべて“通った”わけじゃない。けれど――確かに、反応は引き出せた」

 次回、『悪が止めなきゃ誰が止める(3)』



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