『希望』は……入ってないかも(3)
取り込まれた影が、ぐにゃりと形を変えていく。
どちらかと言えば人型に近かった輪郭は、獣のように、あるいは巨大な昆虫のように、“殲滅”そのものを形にしたような存在へと変貌していく。
「質量、倍加……形状不安定。これはもう、防衛機構の範囲を逸脱している。本気で殺しにきている」
メタルの声がわずかに震えていた。
「学習から“適応”へ。これはもはや、ただの再現じゃない……独自判断に入っている」
変化を終えた黒い影が、沈黙のまま立ち上がる。
その動きには、機械のような冷徹さも、獣のような衝動もなかった。
「……我々は何か試されているのか。単純に“箱”を守ってるようにも見えない」
ゴラリラが低く呟く。
「じゃあ、何のために……」
その言葉に、影がまるで“聞いていた”かのように、反応した。
わずかに身を沈め、次の瞬間――音を置き去りにして、加速する。
“拳”のような黒の塊が、真っ直ぐに叩きつけられた。
怒りも警告もない。ただ、徹底した“行動”だった。
ゴラリラが前に出て、腕を交差させて受け止める。
「――くッ!」
凄まじい衝撃が骨にまで響く。空気が爆ぜ、床が割れる。
その一撃は、ただひたすらに強かった。
「攻撃力が段違いだ! 本気だ。容赦がねぇ……」
唇を噛みしめながら、ゴラリラは押し返す。
腕が、軋む。
重い。先ほどまでの影とは“重さ”が違う。
「援護する!」
サディーダが側面から飛び込み、鋭い飛び蹴りを叩き込む。
影はそれを受けるかと思いきや、ねじれた体の一部を変形させて衝撃を逸らすように受け止め――その脚を掴んだ。
「――ッ!?」
捻れた“腕”のような突起が巻き付き、反対側からうねる尾が反射的に跳ね返ってくる。
サディーダは咄嗟に身体を捻って空中へ抜ける。
「いや、そりゃ、変形くらいするよね」
「構造が……いや、もう構造って言えるのかこれは……。“戦闘向け”に特化されているのは、確かだ」
メタルが冷静に言いながらも、声のトーンはわずかに上がっていた。
「いや、でも逆に、再構成の過程で均衡が崩れてる可能性がある……一時的に、防御が薄くなっているかもしれん……!」
「それって、今すぐ攻撃をしといたほうがいいって解釈でいい!?」
「正解だ。今、壊すしかない」
「言われなくてもッ!」
クロビットが一瞬で影の死角に滑り込む。
サディーダがその肩を足場にして跳躍。空中で鋭く回転し、踵が放物線を描いて、揺らめく”頭部”らしき部分に炸裂する。
直後、クロビットの鋭い爪が“腹部”に見えた曲線を、斜めにえぐるように引き裂いた。
「今の……合体前より全然、手応えがある!」
サディーダが目を見開いたそのとき、背後からメタルの声が飛ぶ。
「やはり、防御の密度が低下している!」
「つまり……今ならダメージが通りやすいってこと!」
その確信に背を押され、サディーダとクロビットが同時に動いた。
言葉はいらない。互いの呼吸だけで足りる。
左右から影を挟むように展開し、サディーダが壁を蹴って再度跳躍。
空中でひねった身体を旋回させながら、今度は一瞬だけ“肩”のように浮かび上がった部分へ回し蹴りを叩き込む。
黒い影がたじろぐ。形が乱れる。
すかさず着地し、地面を蹴って滑り込むように再接近。
低い姿勢から勢いを乗せた膝蹴りが、“胴体”の中心に集まる“核”めいたうねりへと突き刺さる。
影が仰け反る――そこへ、背後に回っていたクロビットの爪が横薙ぎに走る。
“背”と呼べるかも定かでない場所に、深く裂け目が刻まれ、黒い粘性が飛び散った。
「いくぞォッ!!」
その瞬間、天井すれすれの空間から声が降る。
ゴラリラの巨体が、渦を巻くように空中を旋回しながら降下してくる。
身体を捻り、拳を前に突き出したその姿は、まるで巨大な弾丸。否、炎の鳥のようだった。
火の如く赤いオーラを纏いながら、回転と質量と勢いを一点に集約する――
打ち下ろしの一撃。
拳が、影の“上部中枢”にあたる部位を撃ち抜いた。
床がめり込み、衝撃波が吹き荒れ、破片が放射状に弾け飛ぶ。
鈍く重たい音とともに、影の身体がぐにゃりと沈んだ。
波紋のように広がった黒が、やがて床に吸い込まれるように――静かに、消える。
サディーダが息を整え、そっと影の消えた場所に歩み寄る。
慎重に一歩を踏み出して、立ち止まった。
「……終わった、のかな」
小さな声だった。
誰も即答はしない。
クロビットが無言のまま周囲を見渡した。
メタルが、まったく役に立たない解析装置群をちらと見やり、静かに言う。
「反応も音もない。だが……記録も取れていない。 “何が起きたか”を、証明する手段がないというのは……厄介だな」
それ以上は、誰も言葉を継がなかった。
影の存在も、戦いも、終わったという手応えがどうにも薄い。
まるで何も残らない夢のような感覚だけが、じわじわと胸に残っていた。
「……なんか、気持ち悪いな」
思わず声が出た。
そのときだった。
――キィィィィィィィィン!
空間そのものを引き裂くような、高く鋭い金属音が、部屋全体に響き渡った。
音源は、”神の箱”――その中心部から、まるで悲鳴のように放たれた。
「見ちゃった。……あれだけは、見たらダメなやつだった」
次回、『『希望』は……入ってないかも(4)』




