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『希望』は……入ってないかも(2)

 ジョックス本部・作戦会議室。


 部屋の中央、黒曜石の円卓に三人の幹部が座していた。

 リザリス、ダルフィ、ドクター・マリア。


 赤黒い紋章を刻んだホログラムパネルには、作戦部隊の最終座標が表示されたまま、数分前から更新が止まっている。


「……まだ回線は回復しないか」


 リザリスが、冷静な声音で問う。


「さっきよりノイズが、強まっています。予測以上ですね」


 ダルフィが隣で小さく頷きながら応じた。


「ノイズに何かしらのパターンが読み取れます。機械的なものではなく、何か意思があって、コンタクトを試みてるような……」


「意思ねぇ……」


 マリアが肘をついて面白がるように笑う。


「思考して、判断して、拒絶する。まるで人間みたいじゃない。ふふ、いいわ、そういう“現象”」


「遊びではない」


 リザリスが冷ややかに釘を刺す。


「わかってるわよ。でも、“神の箱”よ? 人間の常識が通用すると思う?」


 マリアは唇に指を当てて笑った。


「……あの地で何が起きているのか、もはや我々は把握できん」


「なら、祈るしかないわね。誰にとは言わないけど」


「我々に“神”はいない」


 リザリスの一言に、ダルフィが目を閉じて静かに頷いた。



 再び――揺れた。

 それとともに箱の中心から円状に閃光が放たれた。


 そして、閃光と衝撃の中で、奇妙な現象が起きた。

 これまで全てを呑み込んでいた静寂が、まるで何かが弾けたかのように消え去り、

 足音を含む、あらゆる音が、部屋に満ち始めた。


「……音が、戻った?」


 サディーダが驚き混じりに呟いた。


 “神の箱”の力が、変質したのか。

 あるいは、ただ静かに見守っていた“存在”が、目を覚ましたのか。

 空間に、戦いの喧騒が満ち始めた。


 そして、何かに気づいたクロビットが一言も発さず、影の“予備動作”に反応して跳躍する。

 刹那、黒い影が、床を滑るようにしてサディーダへ突進した。


「また来たっ……!」


 咄嗟に回避しつつ、彼女はスライディングで横へ抜ける。だが、影の軌道が曲がった。


「え、なにそれ追尾!? 嘘でしょ!?」


 確かに、さっきとは違う――明らかに“狙って”動いている。


 影が滑るようにして、サディーダに狙いを定めて跳ぶ。


「……っ、やばっ――!」


 サディーダは身体を捻りながら無理やり着地し、反転。勢いそのままに後ろ回し蹴りを放つ。


 黒い影が受け止めるように動く。だが――わずかに遅れた。


 サディーダの踵が、影の“側頭部”らしき部分に食い込む。重く濁った質感に、手応えがあった。


「当たった……!」


 影が揺らぎ、距離を取る。だが、それでも形を保ち続けていた。


「……完璧に、あたしの動き、予測してた。跳ぶタイミングまで……!」


 その瞳に、ほんのわずかな焦りが浮かぶ。


「なにこいつ……こっちの動き、予想できてるみたいじゃん」


「学習能力が高そうだな」


 ゴラリラが警戒しながら短く言い切る。


「やっぱり、そうかー」


 サディーダが言いながら、再び構え直す。


 その時だった。影の輪郭が一度揺らぎ、もう一体がすぐ脇から生まれた。


「増えた!?」


「分裂? いや……転写(コピー)だ」


 メタルがすぐに補足する。


「戦闘データをコピーした別個体。動きがほぼ同一」


「数が増えて、さらに同時学習とか、どんだけ進化型よ!」


「全部倒す必要はない」


 ゴラリラが手刀を水平に振る。


「殲滅より、突破。目的は箱との接触だ。前に出るぞ」


 その声と同時に、突進する。


 黒い影が一体、ゴラリラに向かって反応した。

 だが、ゴラリラはまったく怯まず、拳を振るった。


 直撃。


 厚く凝縮された黒の塊に、ゴラリラの剛拳が衝突し、空気が圧縮音を立てて弾ける。

 だが、影は“崩れない”。ただ――後退する。


「……感触はある。少しずつ、押せる」


「じゃあ、押すしかないってことね!」


 サディーダがもう一体を攻撃する。跳び上がり、踵落としを影の“頭部”らしき箇所に一閃する。

 振動が走る。影が一瞬硬直した。


 その隙にクロビットが滑り込む。黒い体の内側を裂くように、強化された爪で突き刺す。内部から何かが“悲鳴”のように震えた。


「反応、あり。中、違う」


「注意しろ。物理攻撃が意味のある“損傷”とは限らない」


 メタルが言いながら、背部のユニットを展開する。


「支援攻撃、開始」


 ユニットから放たれたのは、極細の振動波。

 空気を伝って対象の“構造”そのものを撹乱するように設計された非破壊波形だ。


「物理攻撃以外も試してみる。これで、どれだけ“崩れる”か……」


 影の輪郭が一瞬だけ揺らいだ。波形の干渉によって反応が生じたかに見えたが、その輪郭はすぐに安定を取り戻す。


「反応あり。だが、回復が速い。干渉波形の効果は薄いかもしれない」


 影がさらに一体、天井から滑り降りてくる。

 合計三体。周囲を囲むように配置し、それぞれがわずかに間合いを調整していた。


「……囲みに来てる。動きを制限しながら、弱点を探ってるな」


 メタルが警戒の声を低く発する。


「群体戦術。互いの死角をカバーしてる。……いやな動きだ」


 ゴラリラも短く同意する。


 サディーダが小さく舌打ちし、間合いを詰めようとした瞬間――

 影の一体がそれに反応するように、すぐさま位置をずらす。


「こっちのやりたいこと、また読まれてる……!」


 彼女は即座に跳躍し、影の背後を狙うが――


 もう一体が割り込む。予測された動きへの、正確すぎる対応。


 空中で軌道を変え、辛うじて壁を蹴って着地するサディーダ。


「はぁ……もはや反応ってレベルじゃない……先読みされてる感じ」


 拳を握り直し、睨み据える。


「少しでも油断したらやられるな、こりゃ」


 サディーダが短く吐き捨て、全員の意識が影の動きに集中する。


 その中で、ゴラリラだけは別の判断をしていた。


(うだうだ考えてもしょうがあるまい。敵の行動は理詰めで来ているが……ならば)


 ぐっと地を踏みしめ、両拳を構える。


「こちらは――理屈抜きのパワーでいくッ!」


 吠えるように叫びながら、正面から突撃。真正面、真正直な力任せの拳を叩き込む。


 ドガァッ!


 拳が影の“胸部”らしき場所に炸裂する。そのまま二発、三発と連打。理屈も計算もない、ただの豪打だった。


 影が後退する。それが隊列の崩れを生み、周囲にあった連携の網が一瞬だけ緩む。


「――ッ、通った!」


 メタルが目を細めた。


「力押しが……効果を与えている? まさか、あの思考パターンに“予測不能”が含まれている……」


「いや、あいつらが一番苦手なの、ゴラリラさんみたいなタイプってことだよ」


 サディーダが笑いながら言う。


「単純で、予測の意味がないってね!」


 ゴラリラは聞いているのかいないのか、さらに咆哮を上げて突進する。


「計算などいらん! 拳で黙らせるッ!」


 左拳で影の胴体を殴りつけ、その反動で右肘を上段から振り下ろす。止まることのないラッシュ。

 重低音が室内に響く。影の輪郭が波打ち、広がる。


「いける! 今、押し切れば――!」


 だが、そのときだった。


「待て――動きが、変わるぞ!」


 メタルの警告。ゴラリラが圧していた影とは別の個体――

 戦場の一角で、まるで"相手されていないこと"を見計らっていたかのように、別の影が沈み込むように身を低くした。


 そこから黒い糸のような繊維が空間を這い、隣の影へと触れる。そして――


 “吸収”が始まった。


「ひえ! 合体!?」


 サディーダが半ば本気の悲鳴をあげた。

「黙ってやられるかよ……これが、俺たちの反撃だッ」

 次回、『『希望』は……入ってないかも(3)』

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