『希望』は……入ってないかも(2)
ジョックス本部・作戦会議室。
部屋の中央、黒曜石の円卓に三人の幹部が座していた。
リザリス、ダルフィ、ドクター・マリア。
赤黒い紋章を刻んだホログラムパネルには、作戦部隊の最終座標が表示されたまま、数分前から更新が止まっている。
「……まだ回線は回復しないか」
リザリスが、冷静な声音で問う。
「さっきよりノイズが、強まっています。予測以上ですね」
ダルフィが隣で小さく頷きながら応じた。
「ノイズに何かしらのパターンが読み取れます。機械的なものではなく、何か意思があって、コンタクトを試みてるような……」
「意思ねぇ……」
マリアが肘をついて面白がるように笑う。
「思考して、判断して、拒絶する。まるで人間みたいじゃない。ふふ、いいわ、そういう“現象”」
「遊びではない」
リザリスが冷ややかに釘を刺す。
「わかってるわよ。でも、“神の箱”よ? 人間の常識が通用すると思う?」
マリアは唇に指を当てて笑った。
「……あの地で何が起きているのか、もはや我々は把握できん」
「なら、祈るしかないわね。誰にとは言わないけど」
「我々に“神”はいない」
リザリスの一言に、ダルフィが目を閉じて静かに頷いた。
*
再び――揺れた。
それとともに箱の中心から円状に閃光が放たれた。
そして、閃光と衝撃の中で、奇妙な現象が起きた。
これまで全てを呑み込んでいた静寂が、まるで何かが弾けたかのように消え去り、
足音を含む、あらゆる音が、部屋に満ち始めた。
「……音が、戻った?」
サディーダが驚き混じりに呟いた。
“神の箱”の力が、変質したのか。
あるいは、ただ静かに見守っていた“存在”が、目を覚ましたのか。
空間に、戦いの喧騒が満ち始めた。
そして、何かに気づいたクロビットが一言も発さず、影の“予備動作”に反応して跳躍する。
刹那、黒い影が、床を滑るようにしてサディーダへ突進した。
「また来たっ……!」
咄嗟に回避しつつ、彼女はスライディングで横へ抜ける。だが、影の軌道が曲がった。
「え、なにそれ追尾!? 嘘でしょ!?」
確かに、さっきとは違う――明らかに“狙って”動いている。
影が滑るようにして、サディーダに狙いを定めて跳ぶ。
「……っ、やばっ――!」
サディーダは身体を捻りながら無理やり着地し、反転。勢いそのままに後ろ回し蹴りを放つ。
黒い影が受け止めるように動く。だが――わずかに遅れた。
サディーダの踵が、影の“側頭部”らしき部分に食い込む。重く濁った質感に、手応えがあった。
「当たった……!」
影が揺らぎ、距離を取る。だが、それでも形を保ち続けていた。
「……完璧に、あたしの動き、予測してた。跳ぶタイミングまで……!」
その瞳に、ほんのわずかな焦りが浮かぶ。
「なにこいつ……こっちの動き、予想できてるみたいじゃん」
「学習能力が高そうだな」
ゴラリラが警戒しながら短く言い切る。
「やっぱり、そうかー」
サディーダが言いながら、再び構え直す。
その時だった。影の輪郭が一度揺らぎ、もう一体がすぐ脇から生まれた。
「増えた!?」
「分裂? いや……転写だ」
メタルがすぐに補足する。
「戦闘データをコピーした別個体。動きがほぼ同一」
「数が増えて、さらに同時学習とか、どんだけ進化型よ!」
「全部倒す必要はない」
ゴラリラが手刀を水平に振る。
「殲滅より、突破。目的は箱との接触だ。前に出るぞ」
その声と同時に、突進する。
黒い影が一体、ゴラリラに向かって反応した。
だが、ゴラリラはまったく怯まず、拳を振るった。
直撃。
厚く凝縮された黒の塊に、ゴラリラの剛拳が衝突し、空気が圧縮音を立てて弾ける。
だが、影は“崩れない”。ただ――後退する。
「……感触はある。少しずつ、押せる」
「じゃあ、押すしかないってことね!」
サディーダがもう一体を攻撃する。跳び上がり、踵落としを影の“頭部”らしき箇所に一閃する。
振動が走る。影が一瞬硬直した。
その隙にクロビットが滑り込む。黒い体の内側を裂くように、強化された爪で突き刺す。内部から何かが“悲鳴”のように震えた。
「反応、あり。中、違う」
「注意しろ。物理攻撃が意味のある“損傷”とは限らない」
メタルが言いながら、背部のユニットを展開する。
「支援攻撃、開始」
ユニットから放たれたのは、極細の振動波。
空気を伝って対象の“構造”そのものを撹乱するように設計された非破壊波形だ。
「物理攻撃以外も試してみる。これで、どれだけ“崩れる”か……」
影の輪郭が一瞬だけ揺らいだ。波形の干渉によって反応が生じたかに見えたが、その輪郭はすぐに安定を取り戻す。
「反応あり。だが、回復が速い。干渉波形の効果は薄いかもしれない」
影がさらに一体、天井から滑り降りてくる。
合計三体。周囲を囲むように配置し、それぞれがわずかに間合いを調整していた。
「……囲みに来てる。動きを制限しながら、弱点を探ってるな」
メタルが警戒の声を低く発する。
「群体戦術。互いの死角をカバーしてる。……いやな動きだ」
ゴラリラも短く同意する。
サディーダが小さく舌打ちし、間合いを詰めようとした瞬間――
影の一体がそれに反応するように、すぐさま位置をずらす。
「こっちのやりたいこと、また読まれてる……!」
彼女は即座に跳躍し、影の背後を狙うが――
もう一体が割り込む。予測された動きへの、正確すぎる対応。
空中で軌道を変え、辛うじて壁を蹴って着地するサディーダ。
「はぁ……もはや反応ってレベルじゃない……先読みされてる感じ」
拳を握り直し、睨み据える。
「少しでも油断したらやられるな、こりゃ」
サディーダが短く吐き捨て、全員の意識が影の動きに集中する。
その中で、ゴラリラだけは別の判断をしていた。
(うだうだ考えてもしょうがあるまい。敵の行動は理詰めで来ているが……ならば)
ぐっと地を踏みしめ、両拳を構える。
「こちらは――理屈抜きのパワーでいくッ!」
吠えるように叫びながら、正面から突撃。真正面、真正直な力任せの拳を叩き込む。
ドガァッ!
拳が影の“胸部”らしき場所に炸裂する。そのまま二発、三発と連打。理屈も計算もない、ただの豪打だった。
影が後退する。それが隊列の崩れを生み、周囲にあった連携の網が一瞬だけ緩む。
「――ッ、通った!」
メタルが目を細めた。
「力押しが……効果を与えている? まさか、あの思考パターンに“予測不能”が含まれている……」
「いや、あいつらが一番苦手なの、ゴラリラさんみたいなタイプってことだよ」
サディーダが笑いながら言う。
「単純で、予測の意味がないってね!」
ゴラリラは聞いているのかいないのか、さらに咆哮を上げて突進する。
「計算などいらん! 拳で黙らせるッ!」
左拳で影の胴体を殴りつけ、その反動で右肘を上段から振り下ろす。止まることのないラッシュ。
重低音が室内に響く。影の輪郭が波打ち、広がる。
「いける! 今、押し切れば――!」
だが、そのときだった。
「待て――動きが、変わるぞ!」
メタルの警告。ゴラリラが圧していた影とは別の個体――
戦場の一角で、まるで"相手されていないこと"を見計らっていたかのように、別の影が沈み込むように身を低くした。
そこから黒い糸のような繊維が空間を這い、隣の影へと触れる。そして――
“吸収”が始まった。
「ひえ! 合体!?」
サディーダが半ば本気の悲鳴をあげた。
「黙ってやられるかよ……これが、俺たちの反撃だッ」
次回、『『希望』は……入ってないかも(3)』




