表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/38

『希望』は……入ってないかも(1)

 メタルの皮肉から、どれほどの時が経ったのか。

 誰もが言葉を発せず、動けずにいた。


 そして――

 ”それ”は、あいかわらずそこに在った。

 漆黒の立方体。“神の箱”。


 どこまでも黒いその表面は、光を反射すらしない。

 無音で、無表情で、ただそこにあるだけで、部屋の重力そのものが偏っているように感じられた。

 視線を向けるだけで、脳の奥に異物が入り込んでくるような、不快感と好奇心と戦慄が混在していた。


「……なんなの、あれ」


 ようやく、サディーダが声を発し、空間に音声が戻ってきた。

 思わず、という感じだった。胸元に手を置きながら、彼女は軽く身震いする。


「ただの立方体……だよね?  形だけ見れば。でも、見てるだけで気持ち悪くなる。なんで?」


「“情報過多”なんだ」


 メタルが低く答える。


「単純な形なのに、反射も、重さも、熱も……データがぐちゃぐちゃすぎる。脳が混乱する」


「それ……もうちょっと、やさしく言ってくれない?」


 サディーダが額を押さえながら半歩引く。


「要するに、“見ただけで酔う”ってことだ」


「それ最悪じゃん」


「だからあまり見るな」


「無理でしょ。めっちゃ気になるんだけど……」


 サディーダがぶつぶつと文句を言いながらも、足は止めない。

 少しずつ、慎重に、箱のある台座へと距離を詰めていく。


「熱源反応、ゼロ。放射線もなし。音響反射もない……ってとこか、現状、機器では観測できないが」


 メタルがまったく意味のない分析結果を小声で説明する。


「なぜか、“在る”って感じは、ものすごく強い」


 そのとき――メタルの強化服の格納部(コンパートメント)で、ラブログがわずかに震えた。

 微細な反応だったため、メタル自身もそれに気づいていなかった。


「……接触?」


 クロビットからその一語だけが、ポツリと漏れる。接触してもいいかの確認だった。


「まだ早い。まずは外観と周辺の分析だ。ゆっくり近づこう」


 メタルの声に、クロビットは軽く顎を引き、再び沈黙に戻る。


「にしても、静かすぎない?」


 サディーダが辺りを見渡す。


 球形の部屋全体は、ほのかに青白い光に満たされていた。

 壁のどこにも照明はないが、すべての面が自発的に発光している。

 天井には星のような微光が漂い、底面には太陽のような暖かい明るさが残っている。

 だが音が、まったくない。


「壁に反響しない。声や音が一瞬で吸い込まれてる感じ……まるで」


「無響室だな」


 メタルが即答した。


「いやだなぁ……音が反響とかしないと、自分がここにいる気がしない」


「逆に、自分の心臓の音だけが大きく聞こえてくる」


「そうそう、それが気味悪いのよ!」


 サディーダがぴょんと飛び跳ねて緊張を解消する。

 だが、その足音もまた、瞬時に吸収され、すぐに沈黙へと戻っていった。


 クロビットは何も言わず、ただ背を丸めるように小さく肩を落とし、箱と台座の“死角”となる位置へと回り込んでいく。


「無駄話はそこまでだ。台座まで、あと五メートル」


 ゴラリラの静かな声が、一行の会話を切り上げる。


「見たところ、周囲に防衛ギミックやトラップは確認できないが、心理干渉が強くなる可能性がある。接近は慎重に」


「了解」


 全員が一歩ずつ、“神の箱”へと歩を進めた。

 呼吸の深さが変わる。心拍数が上がる。重力が傾いていく――ように思える。


「……なんか、やだな。空間が“きれいすぎる”っていうか……。呼吸まで吸い込まれそうな感じ」


 サディーダが眉をひそめ、台座を注視しながらぽつりと呟いた。

 メタルが無言で頷く。彼のバイザーに映る“神の箱”の映像は、相変わらずノイズの嵐だった。


 クロビットが、しゃがみ込むようにして台座の下を覗き込み、わずかに指を差し、首を傾げる。


「……影、違う」


「投光」


 メタルがホログラムの照射ユニットを起動する。淡い光が下から回り込み、台座の影を照らす。

 だが、何も映らない。クロビットは小さく首を振った。


「……錯覚」


「こういう場所では、脳の誤認識が起きやすい。注意しろ」


 メタルの冷静な声が場を引き締めた。


 そして、ついに――

 一行は、“神の箱”の台座を、手の届く距離まで接近した。

 音もなく、空気が変わった。


「……何か、出るぞ」


 ゴラリラが低く呟いた直後、“神の箱”の背後にある空間が、じわりと“濃く”なった。

 空間から黒い――何かが、滲み出るように現れた。

 煙か泥か、重油のような質感。だがどれでもない。輪郭の定まらない、重く濁った存在。高さは約二メートル。形状は人型にも見えるが、不定形。“威圧感”が膨れ上がる。


「防衛システム……!」

「初動、遅い。回避可能」


 メタルとゴラリラが同時に判断を口にする。


 黒い影は、こちらを“見る”ように、ゆっくりと“頭部”らしき部分を巡らせる。

 サディーダ、メタル、ゴラリラ、そして――クロビットの方へ。


「――ッ!」


 影が跳ねた。

 クロビットが反射的に跳ぼうとしたが、動きの起点を読み誤った。黒い塊が空気ごと彼の身体を打ち、弾き飛ばされた。


「クロビット!」


 空中へ舞うその体――その腕を、サディーダが跳躍して掴んだ。


「っとっと……受け取りましたー!」


 体勢を崩す前に、彼女の手がクロビットの腕をしっかり掴み、空中でくるりと体勢をひねってから、二人で着地する。


「大丈夫?」


「接触、軽度。対応可」


 その一言を残して、再び動き始める。

 クロビットは一瞬で、影の背後へと移動していた。


「……回避不可能じゃないけど、あれ、ガチで危なそうなやつ」


 サディーダが再び構え直す。


 再び、影が跳んだ。

 まるで時間が巻き戻されたかのように、今度も標的はクロビット。

 高速で踏み込んだその影は、再び空気ごと彼を弾き飛ばす勢いだった。

 それを見たサディーダが、即座に跳躍する。

 さっきとほぼ同じタイミング、同じ角度。

 だが、その軌道に――黒い鞭のような触手が現れた。


「っ……!?」


 影の一部が、彼女の介入ルートを遮っていた。

 明らかに、前回の“救出行動”を妨害する意図がある。

 しかし、今度は違った。

 クロビット自身が影の軌道を見切り、身を捻るように回避する。

 装甲の表面が掠れ、火花を散らすが、致命打には至らない。


「接近予測、補正完了。損傷軽微」


 冷静な声が、先ほどよりも少しだけ早く響いた。

 サディーダは空中で体勢を立て直し、息をつく。

 回避できたことに安堵しながらも、彼女は言った。


「……完全に見てた。あたしが助けに来るの、知ってた」


「行動パターンを記録されてる。こいつ……“戦場”を学習してやがる」


 ゴラリラの声が重い。


「これ、もしかして知能ある系?」


 サディーダが眉をしかめる。


「可能性はある。……次、来るぞ」


 空間が再び、ねじれ始めた。

「やっぱゴラリラさん、脳筋だけど強ぇわ。……頼りにしてる」

 次回、『『希望』は……入ってないかも(2)』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ