表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪の組織も楽じゃない  作者: 平木直利
プロローグ
1/38

悪になるのに、理由なんていらない(1)

 赤黒い魔術陣が、地下の闇を焦がすように輝いていた。

 重々しい鼓動のように、禍々(まがまが)しい光が波打つ。


 その中心に、男がひとり、静かに立っていた。

 名を――悪野(あくの)獄丸(ごくまる)


 彼は闇の光の奔流を真正面から受け止めていた。

 肉体が軋む音すら、彼の集中を乱すことはない。

 踏み出したその一歩は、常識と(ことわり)の境界を踏み越える意思の表れだった。

 その瞳には、もはや人間としての影はなかった。


 静かに、しかし確かに。

 彼は世界を断ち切るように名乗る。


「我が名は――地獄元帥(じごくげんすい)


 轟く声が、魔術陣を走り、空間全体を震わせた。

 

 

 かつて彼は、ただの大学准教授だった。

 都内某総合大学に籍を置く民俗学の専門家――それが、悪野獄丸の表向きの顔だった。

 白衣姿で講義を行い、研究室で論文を書き、昼は学食、帰りにコンビニ。

 その日常は、地味だが堅実で、誰の記憶にも残らないほど“普通”だった。


 ――ただし、彼の研究対象だけは、異常だった。


 曰く、〈()しき神〉にまつわる古伝。


 曰く、禁じられし異界との交信儀式。


 曰く、世界の(ことわり)すら書き換える超常の力――。


 誰にも相手にされないようなオカルト文献を、彼は何時間でも読み耽った。

 黄ばんだ紙片。筆者不明の手記。異国の密教団(みっきょうだん)が遺したとされる記録。

 まともな研究者なら笑って通り過ぎる“狂気の山”に、彼だけは真摯に向き合っていた。

 嘲笑されようと、構わなかった。

 目指すは“真実”――それだけだった。

 

 そしてある日。

 封筒に挟まれていた一冊の古文書が、彼の運命を変えた。

 紙は湿気で歪み、文字のほとんどは掠れていた。

 だが、その中で、確かにいくつかの単語だけが、彼の目に飛び込んできた。


 「継承」

 「儀式」

 ――そして、「超悪魔力(ちょうあくまりょく)


 息が詰まり、心臓が一度だけ跳ねた。

 そのすぐ下に書かれていた地名は、さらに彼を震え上がらせた。

 その儀式が行われたという場所――それは、彼の故郷の近くだった。

 「呪われた場所」として、地元で噂されていた古びた屋敷。

 彼は即座に決断した。研究室の仕事も、講義も、すべてを放り出し、現地へ向かった。

 確かめなければならない。

 その強烈な直感が、全身を突き動かした。

 

 廃屋は、すでに自然に呑まれていた。

 塀は崩れ、草木が敷地を飲み込み、門は錆びていた。

 数十年前、有力な一族が忽然と姿を消して以来、住む者もなく、誰も近づかない。

 否、“近づけない”と囁かれる屋敷だった。


 悪野はためらわなかった。

 足を踏み入れ、主屋の裏手に目をやる。

 風雨を避けるように建てられた、小さな蔵が目に留まった。

 鍵は壊れていた。

 静かに扉を開き、その暗がりへと身を滑り込ませる。

 

 そして――彼は見つけた。

 “偶然を装った必然”のようにして、地下室への隠し扉を。

 冷たい石段を降りるたび、空気が歪み、視界がぼやけていく。

 異質な何かが、確かにそこにあった。


 瘴気(しょうき)

 空気とも霧ともつかない圧力が、肌にまとわりつく。

 普通の人間であれば、意識を手放していたかもしれない。

 だが悪野にとっては――それは“懐かしい”とさえ感じられた。

 

 地下空間は、外観からは想像もつかないほど広かった。

 石壁には奇怪な文様。

 誰が置いたかも知れぬ書籍や魔具、薬品が所狭しと並び、

 その中央に――祭壇があった。

 まるで誰かが今なおここで儀式を続けているかのような、生きた空気が流れていた。

 

 彼は一冊の書物を手に取った。

 なぜそれを選んだのか、自分でもわからなかった。

 ただ、表紙に記された“その文字”を、彼は読み取ることができた。


 〈超悪魔力〉


 ――それが、すべての始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ