第7話『募る思いの果てに』
修平とのわだかまりが解消し、いつもの日常に戻る4人。
修平のキャシーへの態度も変化し、雰囲気も柔らかになった。
終業式後の大掃除で、太陽に感謝すると共に、瑠奈への片想いについて問い詰める修平。
言葉を詰まらせる太陽に、修平は『ある一言』を放つのだった…。
どうなる第7話!
夏休み前の最後の週末が明けた。
「タイヨー、ルナ!グッモーニーン!」
「おはようキャシー…ってうぉい!!」
「…おはよ、キャシー」
いつもの調子を取り戻したキャシーが、俺達の教室に来るなり抱きつこうとしてきた。
危うく横へ飛び退くと、キャシーはそのまま瑠奈に抱きつく。いつもの構図だった。
「ルナ、今日もso cute!」
「キャシーも元気いっぱいね」
「ホントだよ…毎回コレじゃ、腰がもたねーよ」
痛めそうになった腰をさすりながら、俺は呟いた。
「こらこらキャシー。またここに来てたのか?」
やれやれ、と肩をすくめながら現れたのは、朝練を終えた修平だった。
晴れてキャシーと両想いになれた修平は、以前と比べかなり寛大になっていた。
心なしか、表情も柔らかだった。
「おはよう、2人とも」
「おはよ、修平」
「おはよ」
瑠奈の声だけ、キャシーに抱かれたままなのでくぐもっていた。
「いつも大変じゃないか?」
「別に。もう慣れたし、むしろ毎朝キャシーのコレがあると落ち着く」
「瑠奈がいいならいいけど…」
「What?ダーリンもしてほしいノ?」
すかさずキャシーが、獲物を狩る目で修平を捉えた。
「しまった。太陽、身代わりに─」
「わかった。よし来いキャシー」
俺はそう言うと、修平の背後に周りしがみついた。
「いや、分かってない!身代わりになるんじゃないのか太陽!」
「バーカ。彼氏はお前なんだから存分に抱かれとけ」
「ダーリン、行っくヨー」
「構えなくていいからキャシー!」
教室の後ろでクラウチングスタートをキメたキャシーが、修平の数歩手前で跳び上がった。
「うわっ!」
「ぐえっ!」
「ダーリィィィィィン!」
キャシーが抱きついた勢いで、俺は2人諸共床に倒され下敷きになった。
「こらキャシー!当たってる!当たってるから!」
「ナニが当たってるノ?何だと思ウ?」
「あの…お前らせめて俺から離れてくんね?」
クラスメイトが囃し立てる中、俺はキャシーと修平の下でもみくちゃにされていた。
「なーんで三連休明けに終業式なんだか、ウチの中学」
一学期最後の授業が終わり、俺と修平は剣道場で大掃除をしていた。
「仕方ないだろう?それがこの学校の方針なんだし。ま、結果的には毎朝の光景を拝めたんだ。それで良しとしようじゃないか」
「そーだな」
自在箒で隅っこを掃きながら、俺はため息をついた。
「修平」
「なんだ?」
「…変わったな。いい意味で」
「…そうだね」
修平はフッと口元を緩めた。
「太陽達のお陰だよ。3人が気づかせてくれなければ、僕は独りぼっちになっていたかもしれない。あの時は本当にありがとう」
「お、おお…なんだかんだ気になってたからさ、お前の事が」
「そっか。それなら僕も1つ、気になる事があるんだが」
「?」
修平が微笑んだまま、俺に近寄ってきた。
「君は瑠奈にいつ告白するのかな?」
自在箒の柄尻を向けて言う修平は、よく見たら目が笑っていなかった。
「あれだけ『キャシーを信じてやれ』と僕に言って聞かせた君が、瑠奈を信じないでどうする?思い返せば、とんだブーメラン発言じゃないか?どうなんだ?」
「ちょっ、怖ぇ!!笑いながら箒構えんな!!怖ぇよ!!」
やっぱり修平は修平だった。
説教や試合ともなれば、一切の容赦が無い。
「僕は君のお陰で覚悟を決めたんだ。ならば今度は、君が覚悟を決める番じゃないかな?僕にあれだけ言ったのなら、君もそれなりの行動で示すべきではないのか?」
うぐっ。
返す言葉も無かった。
たしかに、あれだけ自分の事を棚に上げて、修平を説得したのだ。
俺自身も覚悟は決めるべきだった。
瑠奈にハッキリ気持ちを伝えられない俺が、今思えばよくも修平に偉そうな事を言えたものだ。
「君の後押しには、僕も救われた。だからキャシーにも想いを伝えられた。そこは本当に感謝している。
でもそれはそれ、これはこれ。今度は僕が、君を後押しする番だ。僕としても、君への恩返しのつもりで瑠奈に告白する勇気を与えたい。もっとも、君が『余計なお世話だ』と言っても、僕は身を引かないつもりだが」
どうだ?と修平は睨みを聞かせた。
数日ぶりに拝んだ、刀の切っ先のごとき鋭い視線が、再び俺に向けられていた。
本調子を取り戻したばかりか、一皮剥けた修平には、これ以上何を言っても無駄なようだ。
ましてや、下手にグチグチ言い訳を並べようとしたところで、あの視線で一刀両断されるだろう。
…というか、それよりもだ。
今の俺の気持ちとしてはどうなのか、だ。
瑠奈の事はもちろん好きだ。
お互いを知り尽くした仲だからこそ、俺は瑠奈の事が魅力的に思えた。
多分、瑠奈は俺の気持ちに気づいているハズだ。
昔からよく言われていた。「太陽は分かりやすすぎる」と。
知った上でいざ俺が告白した時、俺に何て返してくるだろうか。
「もう1つ、君に訊こうか」
修平は声のトーンを数オクターブ下げて言った。
「君は今、告白した時に何て返されるかを恐れているだろう。でも、あの日君は挫けそうだった僕に何と言った?その答えは、もうさっき僕の口から出たぞ?」
とんだ大ヒントだった。
なんだかんだで修平は、頼りになるヤツだ。
「修平、お前…最っ高かよ」
「なに。他人事みたいに言ってくれた、君のお陰だよ」
「褒めてんのか?ソレ」
とつっこみつつも、俺もようやく決心がついた。
「決めたよ、俺。瑠奈に告白する」
「そう来なくてはな。それでこそ、僕の親友だ」
「ああ!なら、行動あるのみ!」
俺は箒を放り出し、出口へ駆け出そうとした。
直後、修平が俺の襟を掴んだ。
「掃除をサボる言い訳にはならないよな?まずは終わらせようか」
「…ちっ、やっぱダメか」
「当たり前だろ」
…この展開、ついこないだもあったっけ。
その夜、俺は瑠奈の家を訪れた。
「こんな時間に何の用?」
水色の寝巻き姿をした瑠奈が、不機嫌そうに言った。
「悪ぃ。でも話したかったんだ、2人きりで」
「まったく…ちょっと待ってて。着替えてくる」
そう言って瑠奈は一度、自室に戻った。
数分後、Tシャツとホットパンツに着替えた瑠奈が現れた。
「公園で話そ」
瑠奈に案内されて着いたのは、小さい頃から瑠奈とよく遊んでいた、いくつかの遊具と砂場が設けられた小さな公園だった。
肩を並べてベンチに座ると、瑠奈は口を開いた。
「で?あたしに話したい事って何?」
「あっ…えっと…」
ダメだ。
うまく言葉が出てこない。
なんでこうも意気地無しなんだ俺は。
悔しくて俺は、膝を何度も殴った。
言えよ。
もう既に気づかれてんだろ?
今更恥ずかしがる必要ねーだろ?
なんで怖気付いてんだよ。
さっさと言えよ。
必死で言葉を絞り出そうとするが、喉に何かがつっかえていて、うまく言えない。
だーチクショ!!
ビビってんじゃねーよ俺!!
瑠奈を信じると決めたんだろ!?
何て返されようが、言ってしまえよ!!
修平に掛けた言葉は、全部嘘だったのか!?
修平の気遣いを、ここで無駄にするつもりか!?
覚悟を決めろよ、俺!!
俺が大きく息を吸い込んだ時だった。
「落ち着いて」
瑠奈が、膝を殴り続ける俺の拳を両手でそっと包んだ。
「ほんっと世話が焼ける。ホラ、おいで」
「………」
俺は瑠奈の方へ体を寄せた。
瑠奈は手を離すと、それを俺の背中へ回した。
いつぶりだろうか、久しぶりに瑠奈とハグした気がした。
「あたしがキャシーのハグが落ち着くの、なんでか知ってる?」
俺は首を横に振った。
「太陽がいつの間にかしてくれなくなったから。その頃には、もしかして意識してた?」
俺は頷いた。
「瑠奈だって女の子だし…いつまでも平気でハグする訳にいかねーから…」
「そうね、恥ずかしいもんね。思春期迎えちゃうと」
「…うん」
瑠奈が俺の背中を優しくさすった。
「太陽とのハグ、嫌いじゃなかったよ。嬉しかった時や辛かった時、昔はいつもしてたけど、それで落ち着いたもんね。気心知れた仲だからこそ、そういうの共有したかった。それが無くなっちゃうのが、あたしは寂しいの。だから答えて。今の太陽の気持ちを、あたしは聞いてみたいの」
涙が出た。
抱き締めてくれる瑠奈の温もりが、言えないでいて苦しむ俺を包み込んでくれる瑠奈の優しさが、とても嬉しかった。
やっぱり最後は、瑠奈が俺に勇気をくれるんだよなぁ。告白する相手なのに。
俺は震える口を開き、言った。
「瑠奈が…瑠奈の事が好きだ」
「うん」
瑠奈の声が嬉しそうに、どこか安心したように響くのが聞こえた。
ずっと待っていたのが、ひしひしと伝わった。
今なら言える。
俺が小5の頃から押し殺していた、思いの丈を。
「俺、怖かった…もし告白した時、フラれたらどうしようってビビってた…長い事一緒にいたからこそ、俺の悪い所も知ってるからこそ、『そういう仲になりたくない』って言われたらどうしようって恐れてた…俺が告白してお互い気まずくなって、距離が開いちまったらどうしようって、瑠奈への想いが強くなる度に余計怖くなって…」
瑠奈が再び俺の背中を撫でた。
「バカね。そんなに怖がらなくていいのに」
「ああ…ホントバカだったよ、俺…」
「知ってる」
瑠奈は笑いながら言った。
「あたしは知ってるよ。太陽がバカなのも、単純なのも、ヘタレなのも、向こう見ずに見えて繊細なのも、底抜けのお人好しなのも、あたしに恋してたのも、全部あたしは気づいてた。
太陽は特にあたしに優しくしてくれた。大切に思ってくれてるのが、嬉しかった。だからあたしに告白してきたら、その時はちゃんと受け止めてあげようって思った」
瑠奈が、俺を抱き締める手の力を少し強めた。
「太陽があたしを好きなように、あたしだって太陽の事が好きだよ。だから、もう怖がらなくていい。これからも太陽の全部、受け止めてあげるから」
俺は瑠奈の背中に腕を回し、感情のままに抱き締め返した。
「瑠奈…ありがとう」
「うん。太陽も、告白してくれてありがと」
ようやく、3年間募っていた想いが通じた。
そして瑠奈は、俺を受け入れてくれた。
本当に嬉しかった。
最後の最後で瑠奈を信じてよかった。
ありがとう、キャシー。
ありがとう、修平。
そしてありがとう、瑠奈。これからもよろしくな。
俺はただ泣き続けた。
今まで押し殺して凍っていた想いが溶けだすように。
瑠奈は俺が落ち着くまで、ずっと抱き締めてくれていた。
続く