鉱の魔物と契約を結んだ魔法使いの女の最期
死ネタ、バッドエンドです。
・あらすじ
主人公は魔法使いの女。
本格的な魔法を使うには、魔物との契約が必要。その契約の代償が、主人公は「鉱」だった。
魔物は世話焼き気質だったらしく、代償により動けなくなっていくにつれて、なんだかんだ世話をしてくれるようになり、打ち解けていった。
20年以上、契約を結んだ魔物と共に過ごしてきて、ついに、その時が訪れる。
『魔術の知を求める者よ。汝は、己が全てを賭して、我が知を望むか』
『はい。この身に払えるものなれば、全て捧げましょう』
『魔導の力を求める者よ。汝は、己が全てを賭して、我が力を望むか』
『はい。この命、明日尽き果てようとも、構いません』
『我との契約を望む者よ。汝は、代償を真に理解した上で、我との契約を望むか』
私が書いた魔法陣の中、姿を現した人ならざる姿を持つ魔物が、私を見て目を細め、静かに問いかけてきました。
その時、私は、全ての問いに、ためらうことなく答えました。
*****
魔法使いになってから、どれだけの月日が流れたことでしょう。
魔法使いは人を助ける。けれど、その神髄は秘さねばならない。
その掟を守るため、多くの魔法使いは町を離れて生活しています。
もちろん、私も、その一人です。
小さな村からも離れた、山奥にある私の家には、薬や魔法道具を求める人が、たまにやってくるだけでした。
『人の子だ。門を抜けた』
契約した魔物の声は、側にいなくても隣にいるかのように聞こえます。
彼の報せとほぼ時を同じくして、仕掛けていた鳴子のような魔法が反応していました。
『ええ、報せが震えましたね。ありがとうございます。いつものようにお願いします』
『分かっている』
家の外で作業をしている私の契約相手に、いつものように姿を見せないようお願いすれば、当然だというような声だけが返ってきました。
右手のすぐ側にある紐を握って、目を閉じます。
紐の先、ドアの側に置いている、魔法をかけた小さな人形に意識が入りました。
獣道を歩いてきた幼い男の子が見えます。
ドアの前で悩む様子を見せるその子に、声をかけました。
「ご用件は、こちらでお願いします」
「うわっ!!? しゃべった!?」
男の子には、小さなテーブルに置かれたちっぽけな人形が喋ったように見えたことでしょう。
「魔法使いですからね。ご用はなんですか?」
そう問いかければ、男の子は「あ!」と思い出したようでした。
「まほう使いさま! あらがねの、まほう使いさま! お父さんが、旅に出るんです。お守りを作ってください! おだいも、持ってきました!」
元気な声で、握りしめていた手のひらを開いて、銀貨を見せてくれました。
「わかりました。この、鉱の魔法使いが、引き受けましょう。お代は、私の隣にある箱に入れてください」
「はい!」
人形の隣の木箱から、コトリと音がしました。
「お父さんは、いつ、どんなところへ旅に出るのですか?」
「えっと、三日後に、街に行くって、言ってました!」
「では、明日のお昼ご飯を食べたら、取りに来てください。それまでに作っておきます」
「ありがとうございます!」
「気をつけて帰るのですよ」
「はい!」
男の子の後ろ姿が見えなくなったところで、私は目を開けました。
見えるのは、薄暗い我が家の中です。
ギィと扉の軋む音と共に、私の契約相手が戻ってきました。
『お前、またそんなにあっさり引き受けて! しかも、いつもより随分と安いじゃないか!』
『あんなに一生懸命な依頼ですからね。かわいいじゃないですか。なので、材料集め、お願いしますね』
『…………承知した』
不承不承を絵にかいたような、苦々し気な表情と声で了承の旨を返してきました。
あれとこれとと必要なものを連ねていくと、さらにその表情は歪んでいきます。きっと、すでに採集に行く順番やら、どのくらいで帰って来られるかやら、考えているのでしょう。
『石を選ぶのも、魔法をかけるのも、帰って来てからにしろ! いいな!!』
『はいはい、わかりました』
彼は私を一睨みすると、風のように飛び出していきました。
ドアを開けて外に出る時にだけ見える、日の光を浴びて輝く彼の体表は、眩しいほどに美しい。
ここに来てすぐのころ、そんなことを口にすれば、彼は一度照れた後、咳払いをして当然だと言うようにふんぞり返っていました。
何度見ても、そう思います。
魔物は醜く汚らしいものだと言う人もいますが、私はそうは思いません。初めて出会った時の鉱石を鱗のようにまとった四足獣の姿も、私の世話をやくために形だけ人型をとっている今も、変わりません。
美しい、ただ、そう思うのです。
対して、明かりの魔法に照らされて光る、私の体の鉱石は、彼ほど美しいとは思えませんでした。
この世界で魔法使いになるには、自らの力で召喚した魔物との契約が必要です。自分だけの力では、使える魔法は極簡単なものに限られています。魔物の知識や魔力の協力を得て、私たち魔法使いは多くの魔法を使うことができるのです。それを、使い魔や使役と呼ぶ人もあれば、友人と協力と呼ぶ人もあります。
召喚する魔法使いの生まれた日により、召喚しやすい魔物と召喚しにくい魔物とあるのだそうです。そして、契約した魔物によって、魔法使いが払うことになる代償も決まります。魔物は数多、代償も様々です。
私が呼び出したのは、私の生まれた日になじみの深い、鉱石をまとう魔物。彼いわく、真ん中よりは上位に位置する力を持っているそうです。
私に見せる姿は、世話焼きな兄貴分といった側面ばかりなので、『戦闘も強いんだからな!』という言葉の真偽を確かめられたことはありません。
私の代償は、鉱。
体から鉱石がはえてきて、やがて体が硬化し、身動きが出来なくなる、というものです。
最初は左足でした。はじめは杖をついたりもしましたが、宙に浮く魔法もあるので、それほど問題はありませんでした。
年月が経つにつれじわじわと鉱石に覆われ、硬化する範囲が広がっていきました。
十代半ばで魔法使いになってから、もう、二十年と少しが経ちました。今では、かろうじて口と右手が少し動かせるくらいです。
ピシィと右手から音がしました。これは、硬化が広がった時の音。
たった今、残っていた右手すら動かなくなりました。いよいよ、最期の時が近づいてきたということです。残された時間は多くありません。あの男の子の依頼が、最後の物になるのでしょう。
ベッドから見えるカーテンの隙間から差し込む光が、夕焼けのものとなったころ、彼が帰ってきました。
『戻ったぞ』
『おかえりなさい』
『ちゃんと、言いつけを守ったみたいだな』
どこか嬉しげな声でしたが、彼の視線が右手に向いたとたん、きゅっと口を引き絞っていました。
『……まさか、もう、』
『はい。右手も、もうだめですね。なので、石選びも、魔法をかけるのも、手伝ってください』
『…………わかった』
お守りの核となる、魔法をかけた石は、私からはえている鉱石を使います。
私の魔法になじみやすいため、より強く、より長く魔法が残るのです。
鉱石の部分は痛覚なども無いので、痛みはありません。
『どれがいい?』
『……そうですね。左足あたりに石英があったと思うのですが、ありますか?』
彼は左足があるあたりの布団をめくり、確認してくれました。
『ああ、あるな』
『では、そこから二センチほど取ってください』
固い、割れる音の後、布団を戻して、彼は私の目の前に欠片を持ってきて見せてくれました。
『ありがとうございます。ついでに、このまま魔法も込めてしまいましょう』
『わかった』
彼は石英の欠片を、私の額に触れさせます。
二人で、同じ長い呪文を唱えると、欠片が一度光を放ちました。
『無事に、完了ですね。次は、』
ここから先は、彼に作業してもらうほかありません。
私は指示を出し続けました。
ある程度まで進むと、あとは一晩月の光に当てて、翌朝の作業になります。
『ありがとうございました。お疲れさまでした』
『おう。ほら、飯にするぞ』
私はベッドから動くことができないので、全てが彼に頼りきりです。
腕を動かすことが出来なくなってからは、食事も食べさせてもらわなくてはなりません。今では液体の物しか受けつけなくなっていました。
私にとって契約した魔物とは、友人であり、協力を願う相手でした。彼は『契約だからな』と言って、謝罪の言葉を受け取ろうとしません。感謝や謝罪などの思いは、私の胸の奥底に、静かに降り積もっていくばかりでした。
けれど、それも、もう少しで終わりです。
彼が食事の片づけをしている音を聞きながら、訪れる睡魔に意識をゆだねました。
翌朝。目を覚ますと、鳥のさえずりが聞こえてきます。朝日は、とっくの昔に上っていたようです。
彼はちゃんと、日の光に当たらないよう、月光を当てていたものを取り込んでくれていました。
『おはよう』
『おはようございます』
朝食を口にして、その後は、昨日の続きです。
小さな袋に詰め込んで、きつく口を縛ります。
『ほら、仕上げだろ』
『はい』
彼は、その袋を手のひらに乗せて、私の顔の前に持ってきてくれました。
仕上げは、呪文を唱えた後、息を吹きかける。それだけです。
息を吸い込んで、ふぅーと吹きます。
「ふー…………げほっ、げほっ」
突然胸が苦しくなって、せき込んでいました。
体が動けば、身を丸めていたことでしょう。
硬化しきった体では、それすらできませんでした。
『おい、しっかりしろ!』
『げほっげほっ、……だい……じょうぶ、です……よ……』
浅い息を繰り返せば、少しずつ収まっていきました。
『その、お守りを、ドアの側の棚に。もうすぐ、あの子が来るはずです』
『……ああ、わかってる』
『人形の紐を、手に巻き付けておいてください。私が、対応します』
『…………わかった』
彼は、私の頼みを聞き入れて、表の人形に繋がる紐を、何重にも巻き付けてくれました。
そして、とうとつに、玄関の方を見ました。
時を同じくして、鳴子のような魔法が音を立てたのが、私にも聞こえました。
『来たな』
『みたいですね』
目を閉じると、意識は人形の中へ。
森の中から歩いてやってくる男の子の姿が見えました。
「まほう使いさま! こんにちは!」
「はい、こんにちは。約束の物は、そこに置いています。お父さんに、肌身離さず持つよう伝えてください」
「わかりました! まほう使いさま、ありがとう!!」
男の子はお守りをぎゅっと抱きしめると、元気よくお礼の言葉を言ってお辞儀をしました。
「私からも、一つ、村の人たちに言伝をお願いしていいですか?」
「ことづて……?」
「伝えて欲しいことがあるのです」
「いいよ!」
「ありがとうございます。私も、近々旅に出ます。ここに帰ってくることはないでしょう。なので、いままでお世話になりましたと、みなさんに伝えてください」
「……まほう使いさまも、旅に行くの?」
「はい」
「わかった。ぜったいに言う! まほう使いさまも、気をつけてね!」
男の子は私の入っている人形を見て、力強く頷いてくれました。
「ありがとうございます。あなたも、お家まで、気をつけて帰るのですよ」
「うん! ほんとうに、ありがとう!!」
男の子の背中を見送って、私は目を開けました。
まだ動く自分の口が、少しだけ微笑んでいることが分かりました。
側にいてくれる彼は、私とは別の方向を向き俯いていて、表情は見えませんでした。
*****
それから数日後の夜。
飲み込むことすらできなくなって、瞼も閉じたまま開かなくなっていました。
本当に、いよいよだと悟ります。
せめて言葉を話せるうちに、伝えておきたいことがありました。
『貴方を呼んだこと、貴方と契約を結んだこと、何一つ、後悔などしていません。この身が全て鉱石と化したら、契約通り、心の臓だったそれを食べて、貴方の糧と、してくださいね』
『……当然、だろう。我ら魔物は、そのために契約を結び、魔法使いの言いなりになるのだから』
『はい。だから、お願いしますね』
「貴方の力となって、貴方の中で生きられるなら、私は、それだけで幸せなのです」
そう、魔物には分からない、人の言葉で呟きました。
『なんて言った?』
『ただの、独り言、ですよ』
翌日、鼓膜も硬化してしまったのか、音も聞こえなくなりました。
光も、音もない、真っ暗で何も聞こえない、触れる感覚も無い、世界。
これもあと少しで終わりだと思うと、狂わずにいられました。
あと少しで、ここから開放される。
私と契約してくれたあの魔物が、連れ出してくれることでしょう。その時私の意識はなく、もはや私ではなくなっているのでしょうが、彼と共にあれるなら、それでもかまわない。
そんなふうに、随分と前から思うようになっていました。
よき、隣人として、友人として、共に二十余年を過ごしたものとして、愛情、たしかに、そう言っていいものを抱いていたのかもしれません。
人ならざるモノとはいえ、それだけの時を過ごせば、情もわくというものでしょう。
いままで、私に尽くしてくれた分、それをお返しできるなら、それでいい。
魔法使いの最期は、ろくでもないものが多いと耳にしていましたが、これはきっと、かなり幸福なものになるはずです。
私は精一杯、好きに生き、好きなことをして、過ごしました。
後悔など、何もないのです。
次の話とセットになります。