表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

騎士爵を賜ったからメイドが務まりそうな奴隷を買いに行ったら姫さm「他人の空似の別人ですわ」……が居たんだが、誰か正解の選択肢を教えてくれ

作者: 京 高

あけましておめでとうございます。

迷走中の作品ですが、生存報告を兼ねて投稿です。

1 格子の向こうにお姫様


「……………………」

「……(にこにこ)」


 格子越しに笑顔の女性と目が合った瞬間に硬直してしまったのは仕方がないことだと思う。

 先に言っておくと恋に落ちたとか一目ぼれをしたとかといった色恋沙汰ではないからな。まあ、街中ですれ違ったとしたら九割方の連中が振り返るだろう美人であることは認めるが。


 とにかく、俺が驚いた理由は別にあった。長らく手入れをされていないゴーレムのように、ギギギと耳障りな音を立てそうな調子で無理矢理に首を動かしてみれば、疲労感満載の奴隷商館の主人が立っていた。つい先ほどまで溌溂とした調子で応対してくれていた者と同一人物とは思えないくらいのやつれっぷりだ。

 その様子から格子の向こう側に居る彼女から無理難題を押し付けられたのだろう、ということが理解できてしまったが、それでも俺の立場上一言言わざるを得なかった。


「主人、これは不味いどころの騒ぎではないと思うのだが?もしも先程の話にでていた者がこの御方だとすれば、私と貴殿の首を差し出したとしても収まらないぞ」


 何せあの女性こそ、このメネセラス王国の第一王女であり『至宝』の呼び声高いアリルメイ・レイン・パウム・メネセラス王女殿下その人だったためである。

 それにしても王族が一人だけとはどういうことだ?そのあたりの物陰に近衛騎士や侍女たちが隠れてこちらの様子をうかがっているのだろうか?


「い、いえ、あの……、その……」

「違いますわ。わたくしはそのような高貴な方ではありません。わたくしは……、そう!ただのアリルですの!」


 しどろもどろな主人から強引にバトンを奪い取り、アリルメイ殿下は今思いついたのが丸分かりな口調でそう言い放ったのだった。


「……殿下、偽名を名乗るのであればもう少し本当の名前が分からないようにしてください。それではただの愛称です。それと別人に成りすまそうというのであれば、せめてその御身分の証明となる装飾品の数々くらいは外しておくべきです」

「あら?」


 額飾り(サークレット)を彩っているのはメネセラス王家の紋章にも使用されている藤の蔦を刻み込んだものであるし、首飾りのモチーフとなっている(すみれ)は母方の系譜に当たる今は亡きパウム国の上流階級で好まれていたものだ。

 つまり、見る者が見ればそれだけで彼女が何者であるか分かってしまうのである。そして俺とてこれでも騎士爵を(たまわ)った身だ。見抜く力は持っている。


「珍しくお小言の一つもなしに着飾ってくれたと思えばこのような罠を仕掛けていただなんて。これは侍女たちにしてやられましたわね」


 台詞の割にアリルメイ殿下は随分と楽しそうにしている。やれやれ。困ったことに懲りている様子はまるでなさそうだ。


「それで殿下、国唯一の認定奴隷商まで巻き込んで何をなさっておいでなのですか?」


 メネセラス王国は周辺国家の中では珍しく奴隷の扱いを厳しく取り締まっており、公で商売ができるのはこの認定奴隷商ただ一つとなっていた。


「実はわたくし、王宮での権力争いに敗れて奴隷に堕とされてしまいましたの」

「……は?」


 内政から外敵の武力制圧まで、たった五年で『至宝』と呼ばれるに値する活躍を見せてきた完璧超人が権力争いに敗れただと?一体何の冗談なのだ?

 仮に本当だとしても、騎士爵になったばかりの俺が聞いていい内容だとは思えないのだが!?


「これがその証拠ですわ」


 呆然としていた俺は、格子の間から差し出された巻物を受け取った、受け取ってしまったのだった。だが、この大失敗に気が付くのはもう少し先のことになる。


「王家の紋章の焼き印……。まじか……」

「まじですわ」


 閉じ紐の結び方もまた正式な文書や通達書に使用されるものだった。この時点で偽装は完全にあり得ないものとなった。

 しゅるりと紐を解き、ゆっくりと巻物を開いていく。そこにはこう書かれていた。


『ざい。こっかはんぎゃくのけいかくをねっていたこと。ばつ。ありるめいおねえちゃんをどれいとする。だいいちおうじ、いかるす・れいん・めねせらす』


 一度見ただけでは理解ができず再度見直す。というか文字を覚えたての子どもが書いたもののようですさまじく読み辛い。結局、三度目でようやく内容が頭に入ってきた。

 そして、


「あんた七歳の第一王子まで巻き込んで何やってんだー!!」

「うきゅ!?」

「アリルメイ殿下!?」


 持っていた巻物を思わず王女殿下の顔にぶつけてしまったが、俺はきっと悪くない。


「本当に何やってんの!?イカルス様絶対文書の内容理解していなかったでしょ!?あああ……。今頃陛下や王妃様方からどんなお叱りを受けていることやら……」


 イカルス様、イカルス・レイン・メネセラスはアリルメイ殿下の腹違いの弟にあたる御年七歳の第一王子だ。そして第一王位継承者でもある。彼が下した沙汰となればたとえ姉の王女殿下であっても従わざるを得ない。


「陛下であれば撤回させることも可能だろうが、後々にイカルス様の裁定が間違っていたという(きず)が残ることになる?……幸いというか狙ってなのだろうけどこの文書には王家の籍をはく奪するようなことは書かれていない。妃殿下様方にご懐妊の兆候があるという噂が流れていることを考えると、先々のことを踏まえて内々の極秘事項として処理するという流れが妥当か……」


 奴隷という身分にはなってしまうが、王家でこっそり買い取ってしまえば誰にも知られることはない。


「いや待て、俺がその全貌を知っているじゃないか!?」

「うふふ。それこそ国が転覆しかねないほどの大問題ですわ」

「とんでもないことに巻き込んでくれやがったなー!」

「はぴゅ!?」

「で、殿下ー!?」


 ドヤ顔にムカついて、懐から取り出したハンカチをぶつけてしまった俺は絶対に悪くない。


「うあああ……。王立学園に通うこと苦節五年、貴族どもの嫌がらせや同じ特待生連中からの(ねた)(ひが)みに耐えてようやく騎士爵を賜ったというのに……」


 更に言えばその特待生枠に入り込むために子どもの頃から血のにじむような努力をしてきたというのに……。

 どう考えても口封じのためにサクッと殺されるやつじゃないか……。故郷の父さん母さんすまない。王都出身なのでここが故郷な上に、孤児だから両親の顔なんて知らないけど。


 両手両膝を床につけて最悪な未来を思い浮かべることしかできなくなっていた俺は気が付くことができなかった。すぐそばでこんなにも重要で怪しげな会話が繰り広げられていたことに。


「王立学園在学の頃から殿下が目をかけられていただけあって、頭の回転は速いようですな。しかも身分さに委縮することなく堂々と自身の意見を述べるだけの胆力もある。……まあ、殿下のお顔に物を投げつけるのはやり過ぎかと思いますが」

「学園の卒業からほとんど間がありませんもの。そのくらいは大目に見てあげて欲しいですわ」

「はっ!殿下のお言葉なれば。……しかし、いくら貴族たちに潰されるのがもったいないとはいえ、いささか大仰過ぎたのではありませんか?」

「そんなことありませんわ。殿方が奴隷を、しかも異性の者をお求めになる理由など相場が決まっておりますもの。ふ、ふふふ……。ええ、これは必要な行いなのですわ」




2 奴隷について


 さて、話の途中ではあるがここで少し奴隷についての説明をさせてもらいたい。現実逃避、だと?まあ、否定はしない。状況を理解するというか色々と諦めるための時間が必要なのだよ……。


 メネセラス王国が周辺国家の中では珍しく奴隷の扱いを厳しく取り締まっていることについては先にも述べた通りだ。理由は簡単で、この国が建国されるに至った戦いのきっかけが奴隷を始めとして搾取されていた人々の蜂起によるものだったためである。

 自分たちを縛り付けて苦しめてきた制度を厳しく取り締まるようになったという訳だな。


 しかし一方で完全な廃止撤廃には至らなかった。こちらの理由は少しばかり複雑だ。主だった要因は二つ、借金奴隷と戦争奴隷だ。

 借金奴隷は読んで字のごとく借金のかたに奴隷になるというものとなる。字面は悪いが社会のセーフティネットの役割という側面があるため、易々とは廃止にすることはできないのだった。


 分かりやすく『食』関連を例に挙げるとするか。まず、農業や畜産などは商品として売り出せるようになるまでに長い時間と手間がかかる。次に狩猟なども危険がつきものだ。前者であれば想定外の出費に対応できないこともあるだろうし、後者なら怪我で休養を余儀なくされることもあるだろう。


 こういう場合、基本的には所属する村や町からの補助や援助、あるいは治めている領主へ嘆願することによって乗り切っていくことになる。が、領地全体や複数の領地にまたがるような大規模な災害などになるとそうはいかない。いかな大貴族であっても領民全てを長期間まかなえるほどの蓄財はない。

 借金奴隷はそんなにっちもさっちもいかなくなってしまった民たちの最後の頼みの綱でもあるのだ。まあ、口減らし的な意味合いがないとは言わないがな。


 それでもメネセラス王国では奴隷契約時にできることとできないことを明確に記録することが定められているし、年少者に対しては初歩的な文字や数字の読み書きできるように教育することを義務付けていたりする。

 そのため奴隷として働く中で新たな技能や知識を会得することも多ければ、そこから飛躍する者も少なくはない。


 借金奴隷がメネセラスの自国の民――中には他国から流れて来た連中もいなくはないが――であることに対して、戦争奴隷は他国の者たちとなる。要は捕虜、または戦利品だ。

 その成り立ちから、周辺国にはメネセラス王国を敵視している国もある。当事者なんて誰一人として残っていないくらい昔の話なのだが、面倒なことに今でも勝手に屈辱に思っては根に持っているやつらが居るのだよなあ……。


 そんな周辺国の連中が難癖を押し入って来ては我が国の軍に返り討ちにされて捕らえられ、更に身代金を支払われることなく引き取られることがなかった者たちが戦争奴隷という訳だ。

 大半は志願したり徴兵されたりした平民なのだが、中には豪商一族出身の兵士やら貴族の将官なども一定数混じっている。箔を付けるために参加した当主や後継ぎならいざ知らず、いくら貴族や豪商といえど予備のそれまた予備に過ぎない三男以下や庶子の身代金を支払うだけの余裕などないのである。

 いなくなってくれた方が良い、などという胸糞の悪いケースもあったりするからな。まあ、それは我が国のお貴族様方でも同様らしいが。


 話を戻そう。箔付のために物見雄山気分で参加した貴族たちは自分たちの身の回りの世話をさせるために、戦場にまで侍従や侍女たちを連れて来ていることが少なくない。

 思わず「バカなのか!?」とツッコみたくなること請け合いだが、こうしたやつらが幅を利かせてくれていることが我が国の安寧に一役買っていることも間違いではないので余りとやかくは言うまい。


 さて、ここからが本題だ。高位貴族の場合世話役に供としているのは下位貴族の子女である。そしてこれまた当然のように彼ら彼女らが捕縛された場合に身代金が支払われて引き取られることはなく戦争奴隷となる。


 何を隠そう俺がこの奴隷商館を訪れた理由こそ彼もしくは彼女たちなのだ。他家のしかも高位貴族に仕えることができるだけの知識と器量と経験を持つ人材となれば、貴族になったばかりで伝手も何もない俺のような輩にとって必要不可欠な存在であると言えるだろう。

 もっとも、他国出身なので思わぬところで常識の違いがあったりするため、用心する必要はあるのだが。なお、奴隷契約によって出し抜かれたり騙されたり寝首をかかれる心配はほぼないので、そういった面でも重宝できると言えるだろう。


「……というはずだったんだけどなあ」


 実際に俺が連れてこられた先に居たのはアリルメイ王女殿下だった。しかも何やらとんでもない大問題を抱えていそうだときている。なお、既に巻き込まれている感がひしひしとしているのだが、その点については今は考えないものとする。


「……ご主人、再度確認だが俺に提示できる奴隷は彼女だけという認識で良いのだろうか?」


 無駄だろうなあ、と思いながらも一応尋ねてみる。悪あがきと理解していてもやらずにはいられなかったのだ。


然様(さよう)にございます」


 そしてその答えは予想通り慈悲の一欠片もないものだった。


「もう一つ問う。もしもこの話を断ったらどうなる?」

「えー!買ってくれないんですかー!?」


 格子の向こうから文句が飛んでくるが無視だ。この手の茶々に反応すると面倒事が急加速していくのは学園生時代に嫌というほど思い知らされたからな。あと殿下、あの頃の気安い口調で言うのは止めろ。


「正式な書状があるとはいえ王家の姫、しかも民からは『至宝』とまで呼び尊ばれている御方。その醜聞を隠すことなどはできませぬでしょう。先ほどおっしゃられました通り卿と私めの首で事を収められるのでしたら御の字、と言ったところではないかと」


 悲報。選択肢なんてなかった……。

 そうだよなあ。殿下が城に居ないことなんて(じき)にバレるだろうし、そうなると真相はどうあれ彼女をかどわかしたとして俺と主人の首は――物理的にも――体から離れることになるだろう。


 学園時代に事ある毎にやり込めていた貴族のボンボンどもが、嬉々として弾劾してくるのがありありと想像できてしまう。

 国内唯一の認可奴隷商として主人もまた、後ろ暗いところのある貴族たちからは妬まれていたり疎まれていたりすると聞く。俺と同じかそれ以上の勢いで叩かれることになるだろう。


 ちなみに、最も被害が少なく見積もってこれである。実際に表沙汰になってしまえばもっと多くの人間の首が――これまた物理的に――飛ぶことになるはずだ。

 最悪の場合アリルメイ王女派の貴族たちが暴動を起こして内乱にまで発展する可能性すらあるのだから、一部の官僚文系貴族の粛清で終わるのならマシとすら言えるな。


「……つまり、俺たちが生き延びるためには購入という形で殿下を保護し、極秘裏に城へと話を通すしかないということか」

「さすがは学園卒業と同時に騎士爵を任じられるだけあって、話が早くて助かりますな」

「見え透いた世辞は結構だ。そちらの無理を聞くのだから金額の方はしっかりと勉強してもらうぞ」


 けち臭い?曲がりなりにも王女殿下を迎え入れるのであれば、調度品など金がいくらあっても足りはしないのだ。むしろどう頑張ったところで間違いなく足が出る。逆に城から保護費とか滞在費とか貰えないだろうか?




3 二人の出会い


「もちろんですとも。すぐに契約の準備をしてまいりますので、狭苦しい場所ではありますがしばらくご歓談ください」


 俺の気が変わらないうちに急いたのか、奴隷商館の主人は型にはめたような台詞を残して扉の向こうへと姿を消した。

 彼の気配がなくなったことを確認して、俺は改めてアリルメイ殿下へと向き直る。


「やっと念願の騎士爵になれたばっかりなんですが?ホントもう勘弁してくださいよ、殿下……」

「あらあら?学園生時代にはあれだけ暴れ回っていた方と同一人物とは思えない台詞ですわね」

「それは騎士爵に取り上げてもらうため、頭角を現すというか目立つ必要があったからまでのことですよ」


 そうでなければ有望そうな貴族の子弟に適当に媚びへつらっておこぼれを狙う方に切り替えていた。事実、平民出身の特待生の多くはそうやって貴族家に入り込んでいるのだ。むしろそれが正しい出世の仕方ですらある。

 碌なやつらがいなかったとはいえ、中には比較的なまともな貴族の子弟もゼロではなかったからな。


「トイシェン伯爵家には代々家令や執事を務めている分家筋が複数ありますから、学園の同期を連れ帰っても不和の元になるだけですね。それとスイゼ子爵家のコルゼさんは次男でしたわね。彼の側付きから栄達(えいたつ)を望むのは難しいですわよ。東部はお家騒動や跡目争いが発生しないように次男以下は後継ぎたる長子に仕えるべきという掟を厳格に守り続けている土地ですもの」

「……心を読んだように的確に指摘してくるのは止めてください」


 トイシェンとスイゼはまともな貴族枠の上位に位置していた二人だ。そして俺が仕えても良いと思える数少ない相手だった。


 余談だが、あのような掟が東部で広まっているのは、二百年前ほど昔ある大貴族家で跡目争いが起きたためである。しかも当時の東部貴族たちの取りまとめをしていた中核的な家だったため争いは周囲を巻き込んで拡大の一途をたどってしまい、あわや内乱に発展しそうになるほどだったという。

 幸いにも地位と力がある一部の豪商以外の平民に押し付けることがなかったり、家から出て身を立てることまでは禁止していなかったりするのだが、それでもまあ当事者たちにとっては窮屈な話だろう。


 と、他人のことを心配している余裕などないのだった。身も蓋もない言い方になるがもしかすると二度と直接顔を突き合わせることがないかもしれない彼らのことよりも、目の前にいる疫病神(ひめさま)の方がよほど問題だ。


「何やら失礼なことを考えていませんか?」

「……だから心を読んだようなことを言うのは止めてください」

「ふふふ。素直に答えたので今の不用意で無礼な言葉は不問にしておきますわ」


 くっ、都合よく権力をちらつかせるような台詞を……。やはり単なる侍女に甘んじるつもりはないようだ。とはいえ先ほどは俺も不用心だった。ついつい学園生時代の時のように気安い調子で返してしまったのだから。

 既に国から騎士爵を賜っている身。生徒同士の身分は問わない――無条件にではなく活発な議論を行う上での話である――としていた王立学園にいた頃とは違うのだ。


「そういえば昔から何かと絡まれてきましたけど、俺は何か殿下の気に障るような真似をしましたかね?」

「そこは重用していたとか目をかけていたとか言ってもらいたいのですが……。まあ、いいでしょう。あなたに接触した最初の理由はお礼とお詫びですわ」


 ???……まったくもって意味が分からない。王女殿下から礼をされるようなことも、ましては詫びを受けるようなこともした記憶はないのだが?


「やはり覚えていませんでしたか。最初の軍事教練の授業の時のことです。効率的な戦闘の勝利方法として、あなたが献策したのが大将格同士の一騎打ちでした」

「……あー、そんなこともあったような?」


 担当教官がやたらと身分をひけらかすやつだったので、高位貴族の子弟への腹いせも兼ねて「それじゃあ、お前が先頭に立って戦ってみろよ」と嫌がらせな提案をしたのだった気がする。多分。


「しかし、それと殿下とどう関わりが?おぼろげながらあの策はすぐに却下されたような記憶がありますよ」


 そんな野蛮な策に乗ってくる者などいないだとかなんとか叫んでいた気がする。前線に立つなんて恐ろしい真似ができるか!というのが本音のところだろうがね。

 まあ、当然と言えば当然だな。余程の失態を挽回しようとするのでもなければ、誰が好き好んで命を危険に晒そうなどとするものか。豪華な屋敷の中で大切に育てられてきた高位貴族の子弟ともなればなおさらだ。

 なお、屋敷内での血まみれの後継者争いや血みどろな勢力争いには触れないものとする。


「似ていると思いませんか、わたくしの初陣に」


 問われて記憶をあさってみる。あれは確か王立学園に入学して一カ月程度の頃のことだったか。おっと、説明を忘れていたが学園生には戦争が起きた際には従軍というか参加が義務付けられているぞ。それは王家の姫君であっても変わらない。

 もっともかなり形骸化していて、貴族の場合は従軍というよりは観戦に近いものとなっているが。


 さて、アリルメイ殿下の初陣だが、『至宝』へと至る第一歩として、現在では舞台の人気演目となったり吟遊詩人たちの定番の詩となったりとなかなかに華々しい。

 防戦一方だった戦闘開始早々――具体的には開戦から四日目の朝だったそうだ――侵略者である敵軍総大将へと果敢に一騎討ちを申し込みこれを華麗に撃破してみせたのだ。爆上がりした士気でもって一斉攻撃に転じたメネセラス軍は大勝し、その後の周辺国との関係にまで大きな影響を与えていく。


「俺が出した案との類似性はともかく、改めて考えると王女殿下が戦場に出てしかも敵総大将と一騎討ちとか、正気の沙汰じゃないですね」

「献策したあなたがそれを言いますか?」

「言うのとやるのでは大違いですよ。で、どうしてそんな無茶な真似をしたのですか?殿下であればいくらでも活躍の機会などあったでしょうに」


 それこそ軍部の連中がもっと安全に上手くお膳立てを整えてくれたことだろう。


「わたくしの名と価値というものを早急に国の内外に知らしめる必要があった、とだけ言っておきますわ」

「はあ、さよですか」


 詳しく知りたい気持ちもあったが、それ以上にドヤ顔にイラっときたのでさらりと流すことにする。不満そうな顔をされてもこれ以上は聞き出さないのであしからず。




4 二人の初陣(アリルメイ視点)


 王立学園で初めて出会った時の彼の印象は「尖っている」だった。もっとも、平民出身の特待生の中には目立つことで貴族子弟の関心を得ようとする者もいると聞いていたので、彼もまたその類だろうと特に気に留めることはなかったのだけれど。


 関心へと変わったのはあの軍事教練の授業の時だ。将として戦場に出る貴族位であることをひけらかす教師に辟易(へきえき)としていたところに、「それならお前が先頭に立って戦って見せろ」と言わんばかりのあの献策は衝撃的であり笑撃的でもだった。

 大将格による一騎打ち。失敗した時のリスクなどを考えると決して良策とは言えないものではあったものの、状況によっては一気に大逆転の目もある面白い方法だ。

 一月後の初陣の際、咄嗟に思い出し実行してしまうくらいには記憶に残ることになる。


 ところで、あの時のことは「我が身を犠牲にして強大な敵に立ち向かった」と描かれることが多いのだが、実は全くの間違いだ。

 確かに我が国の軍は侵略者の敵軍に苦戦を強いられていた。しかしその一方で、あの一騎打ちには勝利を確信して挑んでいた。


 それというのも、敵軍の総大将は碌な戦働きなどしたことがない高位貴族が箔を付けるためだけに出張って来ていると知っていたためだ。

 そしてそこで己の身分と年齢が役に立った。勝利の幻想に溺れたり臆病者と罵られることを恐れたりと理由は様々なれど、王女の、しかも十代半ばの小娘に戦いを挑まれて拒否できる者はまずいないという訳。


 実際、彼の人物は見事に乗ってきた。結果のほどは自分で言うのもなんだが、まさに鎧袖一触(がいしゅういっしょく)という言葉がぴったりな圧勝となった。

 そしてこれに勢いづいた我が国の騎士や兵士たちが、それまでの苦戦から一転して猛反撃に出る。敵軍の方もお飾りとはいえ総大将が呆気なく敗北したことに動揺していたらしく、前日までとは打って変わって精彩を欠いた動きとなり、ほとんどなす術もなく次々に敗走していったのだった。


 そんな歴史的大勝とまで言われているあの戦いだが、学園生に限定すると活躍した者はほとんどいない。誰が手を回したのやら、騎士団への入団が確定している卒業間近の人や極一部を除いて、わたくしを含めて全員が比較的安全な本陣後方へと集められていた。

 そのため敵軍の猛攻に晒されることもなかったが、反撃にも参加することができずに終わってしまったのだ。


 一人だけ戦果を挙げてしまったこと、また彼の策を無断で使用した結果であったことから、せめて目をかけることで報いようとしたのだけれど……。

 論功行賞のふたを開けてみれば、彼が所属していた部隊は後方の輜重隊へと繰り返し襲撃を仕掛けては食料その他の物資を強奪したり焼き払ったりしていたというのだ。それも相手国の領土にまで入り込んでいたというのだから、驚く以上に呆れてしまう。

 これによって見習いの学園生ではあれど、所属していた彼もまた一応の戦果を挙げたという扱いとなった。


 ところが、だ。話はこれだけでは終わらなかった。後日その部隊の者たちと直接会う機会があったのだが、そこで驚くべき事実を知らされることになる。


 なんと彼こそが敵輜重隊襲撃の計画を立案した張本人だと言うではないか!


 しかし論功行賞の際にはそのような事実は公表されなかった。もしや気に入った学園生をわたしに取り立ててもらおうという魂胆なのでは?といぶかしんでいると、さらなる驚愕に襲われた。

 このことを彼自身が隠して欲しいと懇願してきたのだという。余りにも大きな戦果となったので素直に公表してはやっかみから身の危険を呼び寄せることになる、というのがその理由だった。


 確かに、輜重隊の弱体化により敗走した敵軍は再起を図ることができなくなっていた。これにより彼のいた部隊は最前線で戦った者たちに続き、第二の戦果を挙げたとされていた。そして残念なことながら、それを面白くないと思う者たちは少なからず存在していた。真実を公表していれば、彼の読み通り命すら危うかったかもしれない。


 思い返してみれば、彼に単なる興味以上の感情が湧いたのはこの時だったように思う。その中には思いもつかないような作戦を発案して、さらには実行に移してしまえるその才能と行動力に対する暗い感情も含まれていた。……あまり認めたくはないのだけれど。

 学園に戻って以降、絡むように彼に構うようになったのはその反動だったかもしれない。


 加えて一点、気になることがある。彼のいた部隊なのだが、その行動の全てが記録されている訳ではないらしいのだ。戦場での武勇を競うようなものばかりが戦争ではないので、それ自体はままあることではある。まあ、あまり褒められたことではないのだけれど。

 しかしこの件に関してはどうやらそういった類のものでもなさそうなのだ。彼にもこれまで何度もそれとなく尋ねているのだけれど、はぐらかされるばかりだった。一体何を隠しているのやら。




5 初陣の裏側


 初陣の時の配属先は正直幸運だったとしか言えない。何せいざ通達書に書かれていたのは、怪我やら失敗やらで後がなくなった者たちを寄せ集めた補欠的な独立部隊だったのだから。


 まあ、華やかな主戦場に出ることは決してない落ちこぼれ部隊という扱いだったから、小生意気な平民出身の特待生を懲らしめてやろうという嫌がらせだったのだろう。だがしかし、俺が最悪の展開と予想していたのは、どこぞの貴族が率いる一段の雑兵(ぞうひょう)として放り込まれて、ひたすら下働きに従事させられることだった。

 それに比べればはるかにマシな配属先だと言えた。 


 実はこの部隊、後がないのは本当のことだったのだが、その理由は額面通りのものではなかった。確かに怪我もしているし失敗もあったのだが、それらは全て押し付けられたものだったのだ。

 例えば部隊長は一年ほど前に発生した隣国との小競り合いで、無謀な突撃をして多数の兵士を消耗させたとされていたのだが、その命令を下したのは彼の上役に当たる貴族出身の騎士だった。

 他にも、副隊長はそれと似たような状況で仲間を逃がすために殿(しんがり)を務めて大怪我を負っているし、中には無茶な命令を出す上役に逆らってこの隊に配属されたという者もいた。


 俺にとってさらに幸運だったのは、彼らが反骨精神だけでなく上昇志向も持ち合わせていたことだ。自分たちを見下したりスケープゴートにした連中を見返してやりたいという気持ちを抱いており、そのためであればどんなことでもやってやるという気概を持っていたのだ。


 そんな彼らに俺が提案したのが、敵軍の輜重隊を襲撃するという作戦だった。左遷されたとはいえ歴戦の兵士たちだ。戦場での食事がどれほど重要かを熟知していたこともあって、一も二もなく賛同してくれた。


 作戦は面白いように成功した。独立部隊の特性を活かして相手国へと潜り込んだ俺たちは、主戦場が国境ということで安全だと油断しきっていた輜重隊を次々に撃破していったのだ。

 その際に戦利品として奪った品々の一部は、人手と食料を徴収された付近の貧しい村々へと還元してやった。もちろんこれも策の一つで、襲撃者を義憤に駆られた義賊にでっちあげるためである。こちらも見事に功を奏し、アリルメイ殿下の活躍で短期決戦となったこともあり、最後まで俺たちの存在が相手国に露呈することはなかったのだった。


 と、ここまでは報告書に記載した内容だ。

 まあ、俺の発案だということは秘密にしてもらったがね。自分たちも同様の経験をしていたことためか、下手に目立って貴族連中に目を付けられるのは下策だと理解してくれていたので説得は容易だった。

 俺としては彼らのような優秀で有能な人たちとの繋がりを持てたことで、十分以上の利を得たと言えたからな。なにを隠そう王立学園を卒業と同時に騎士爵を賜ることができたのも、彼らがこの後に順当に戦果を挙げ、地位を上げてきたからに他ならないのだ。


 おっと、話がそれたな。敵軍の敗走が大々的に聞こえてきた頃のことだ。当時俺たちは未だに相手国の領地に潜んでいた。そして敵国の上層部や民衆に決定的な敗北を見せつけるため、とある策を実行することにしたのだ。


 その方法が少々刺激的かつえげつないものであったため、部隊の皆と協議した結果、成果は下がるが報告書には記載しないことにしたのだった。

 何をしたのか?……今さらのことだし話すのは構わないが、気分が悪くなっても知らないからな。


 俺たちがやったのは、敵軍の糧食に下剤として使用されている代物を混入させることだった。それだけなのか?と思われるかもしれないが、これがなかなかに効果的だった。

 ただでさえ敗戦で気落ちがしているところに腹を下すのだ。しかも戦場帰りの何千何百という兵たちが、である。トイレなんてまともに用意もされていなかったから、あっという間に陣のいたるところが汚物まみれになっていた。

 しまいには疫病だの呪いだのといった流言まで飛び出す始末で、相当離れた場所で様子を伺っていたのだが、本当に酷い有様だったな。


 そしてこちらはさすがに直接見聞きできていないのであくまで噂によるものだが、都の方でも大騒ぎになったらしい。

 戦帰りだから血や泥で汚れているのはよくあることだが、憔悴しきった上に全員が汚物まみれというのは予想もしていなかっただろうからなあ。しかも自国の領内での出来事だ。俺たちのような存在の暗躍の可能性も考えていたようだが、証拠を見つけることができなかったのか、抗議をするのは断念したそうだ。


 まあ、単純に恥の上塗りになることを恐れただけかもしれないがな。難癖をつけて戦争を吹っかけておいて大敗、その上汚物まみれで兵士たちが帰ってきたとなれば国内からは批判され、諸外国からは間違いなく侮られることになる。火消しを優先したとしても不思議ではない。


 もっとも、俺のような敵国の人間にまで噂が流れてきている時点で成果はお察しといったところなのだが。

 あと、部隊長以下所属していたメンバーたちはしばらくの間それとなく見張りが付けられていたそうなので、我が国の諜報部には筒抜けになっていた可能性はある。


「何か隠していることがありますね!」


 あれ以降、やたらと絡まれるようになったアリルメイ殿下からことある毎に問いただされるようになったことだけは想定外だった。


「二度と戦争を起こそうなんて気にならないように、兵士たちをクソまみれにしてやりました!」


 ……なんて姫様相手に言えるものかよ。


 なお、この国は性懲りもなくそれから二年後に諸外国からの援助を受けて、再び我が国に戦争を仕掛けてくるのだが、またもやアリルメイ殿下に阻まれるどころか逆に都付近にまで攻め入られることになり、多額の賠償金を支払うこととなった。

 その額はまさに国を傾かせるほどのもので、その責任を巡って国が割れて今では内乱一歩手前まで荒れている状態だ。


「支度が整いました」


 奴隷商の主人が戻ってくる。昔のことを思い出している間に手続きの準備ができたようだ。震える手つきで殿下の居る格子戸の鍵を開けている姿に、この人も災難だなと同情の気持ちが湧いてくるのだった。

 まあ、俺の方が現在進行形でよほど大変な目に合っているのだが。自国の王女を、しかも何の瑕疵(かし)もないどころか栄誉しか持ち合わせていないお人を奴隷にするとか、どんな巡り合わせだよ……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ