ハルカ 『営み』再開? 4
いつの間にか眠っていたらしい。意識が覚醒したのはより濃厚な熟した果実の香り…… あれ? これって
目を開けると深緑の瞳が少しはにかんだように覗き込んでいた。
「あれ? アレク? なんでいつの間に?」
「ああ、起こしてしまったか。ハルカ」
ふと周囲を見ると寝ている間にアレクサンダーの部屋に移動されていたようだ。ちょっとした混乱を楽しむかのように
「『子供の核』にマナを供給しないといけないからね。本当ならずっと繋がっていないと駄目なのだが…… それだとハルカに負担がかかり過ぎるからと第一夫君からの要請で、小休止を挟みながらと言うことになったからね。ああ、心配しなくても父親の『マナ』がバランスよく供給できていれば『子供の核』は育つから。期間が伸びるか短縮されるか、僅かな違いだけだ」
ずっと? いや、確かに『教本』にはそう書いてあったけど。
「ああ、こうやって…… 『営み』というより『マナの供給』かな」
「アレクも自分の子供の時そうだったの?」
「そうだ。『子供の核』はそうしないと消えてしまうんだ。まさしく夫婦の協働によって『子供』が育つんだ」
「その間の食事とかはどうするの?」
「そもそも我々には外から補う必要がないからな。ただ、ハルカの場合はそういうわけにはいかない。ルイスがいうには『変化』後も『マナ』を自ら作り出せないから、食事という形で内臓を動かさなければいけないらしい」
確かに夫君達は私のために食事を作ってくれるし、それが胃であっという間に吸収されたとしても、空腹を満たすのだ。
「その間の仕事は? アレクサンダーは南大公国の領主だよね、何ヶ月も仕事しないの?」
「それは代理がいるからな」
「代理?」
「ああ、我々王族は領主ではあるが世襲はしない。つまり誰が領主になったとしても大丈夫なように代理がそれを補うんだ。但し彼らはあくまで事務方だ。『ハルカ』が渡ってくるまで領主の主な仕事は瘴気対策だ。瘴気によって汚染された魔物討伐や結界の修繕だ。それは魔力の多い直系王族しかできないからな。とはいえ、代理もその地に根付いた元王族やその流れを汲む者の中から事務能力の高く『魔力の多い』者が領主によって選ばれる。『領主』ほどではないがいざという時は防衛面で対処できなくてはどうにもならないからな」
「『魔力』ね」
「ああ、だからこそ『子供の核』を育てるのが重要なんだ。世襲制ではないが、『魔力』の高いものが防衛にとっては重要だからな。今は『ハルカの浄化や結界』で安心できているが、それだって何百年もは持たないからな。我々の世代のように『魔力』を膨大に持っているものが複数人いること自体が珍しいんだ。我々だって不死ではない。見た目は若く見えるが六十代半ばだ。私の息子も『魔力』はそこそこだが我々地は比較にならない。そういう意味で辺境を任されている我々にとって『子供』の『魔力値』というのは重要なんだ」
「つまり魔力の多い王族が辺境を守っていて、世襲ではないので『領主』には選ばれないけれど、その土地の『防衛』を守るために『魔力値」の高い子供を作るってことなんだね」
「そうだ。そしてそれが我々王族の存在意義だ」
「存在意義ね…… そのために『渡り人』との子供が必要なんだ」
「ハルカには悪いが、そういうことになる。まあ、それは『普通』の場合かな。ハルカのような『大聖女』レベルになると記録上では初代だけだな。子孫を残せれたのは。次代もその次も『行方不明』になってしまったからな。あ、今回はその時代にあたる『アイコ』様が見つかったけれど……」
行方不明の『大聖女』かあ。『次元の間』の『愛子』さんと塑像のようになってしまった『リン』さん。『愛子』さんはともかく『リン』さんは見た目は女性でも遺伝子は男性で、術後だから男性としても子孫は無理だっただろう(子宮がないからどうにもなんなかっただろうし)…… 『成婚の儀』そのものが成り立たなかったって記録されていたと聞いているけど。
と、ついよそ事を考えていたからか
「ハルカ?」
そう耳元で私を呼びながら、私の中を深く抉る。
「あっ」
声が漏れ出てしまう。そう実はこんな会話をしながらもアレクサンダーは私の中にいる。彼らのいう『マナの供給』中なのだ。
「ハルカ、そんな甘い声を出しては駄目だ。いけない子だ。せっかく休ませてあげているのに」
眠っている間にルイスやクリストフによる『マナの供給』はすでに終えていたらしい。アレクサンダーによる『供給』中に目覚めたらしい。
「もう少しだから、じっとしてるんだ。いい子だから」
アレクサンダーは私の額に掌を当てると何かを呟く。ふっと意識がなくなった。
目が覚めたら共有スペースにあるどでかいベットに寝かされていた。身じろぐと
「目が覚めましたか、ハルカ?」
クリストフの声。
「食事ができたよ、ハルカ」
ルイスの声で体を起こした。
いつも思うけれど、このベット、デカい。っその中央に寝かされていると、眠りから覚めたばかりの状態でベットの端までいくのも結構大変なのだ。よっこらしょと体を移動させ、歯磨きと洗顔を済ませ、着替えをしてからキッチンへと向かう。テーブルにはすでに食事の用意がされていた。
今朝は和食のようだ。
ほくほくのご飯にお味噌汁。塩サバを焼いたのに、お新香。とルイス特製サラダ。
ほんと、これどうやって再現できてるのってぐらい美味しいのだ。視覚も味覚も臭覚も。これが個人の『マナ』で作り出せるのだ。
しかも『空腹』が満たされる。『胃』の中で『マナ』に戻って吸収されてしまうらしい。
塩サバとお味噌汁のところに『すだち』まで用意されている。この辺の細やかさはルイスならではだ。それぞれに『すだち』をキュッと絞る。これだけで満足度が一気に上がる。
「美味しいよ、ルイス。いつもありがとう」
「どういたしまして」
「今朝は二人だけ?」
「ええ、レオンとアレク叔父上は午前中は領地の巡回ですね」
そうなのか。そういえば順番で抜けて領地の方に直接出向いてるな。でも二人同時とは珍しい。
「アレク叔父上は、やらかしてしまったみたいだね」
ルイスの言葉にすぐに思い当たらない反応を返すと
「いえ、家を出る前に『ハルカに謝っておいてくれ』と伝言をされたので」
クリストフの綺麗な笑顔、え? 怒ってる? 内容知っているみたいだ
「いや、特別怒ってないよ。ん〜、なんていうか、まあ、そうかもねって話をされただけだから」
まあ、確かにああやって直接言われると『渡り人』っていう存在がこの星でどういう扱いなのか改めて思い知らされてしまったけれど……
懐かしい『すだち』の香りと味覚に触発されたのか、それとも図太いと思っていた私自身でも気付かないくらい傷ついていたのか、自分の目からポロポロと厚いものが溢れてしまった。
「ハルカ」
ルイスに名前を呼ばれぎゅっと抱きしめられる。ふわりと甘いルイスの香り。
「ごめんね。でも僕は『ハルカ』にとても感謝しているんだ。あの時渡ってきてくれたのが『ハルカ』で良かったって。『僕』を選んでくれて良かったって」
「ルイス」
「僕たちの世代は魔力の多い王族が他の時代と比べて遥かに多かったんだ。アレク叔父上と長兄である陛下の妃はお魔力やマナの多い女性を十数人『確保』されてしまったからね。そうなるとレオンや僕、クリスのように『魔力やマナ』が多すぎると釣り合う女性はいなくなってしまったんだ。その分、『妃』を得た叔父上や兄上は『魔力』の多い子供を残さなくてはいけなかった。そのチャンスを奪われた僕たちの分までね。
そういう意味では僕たちとは違った意味で王族としての責任があったんだろうね。
僕らは父である前国王から『渡り人』の夫君になると言われて特別に『教育』を受けていたのもあって、時間的な余裕があった。
逆に叔父上や兄上はいつ渡ってくるかもわからない『渡り人』を待つという選択肢は与えられなかった。瘴気で侵されている国を国民を守ること、次世代にそれを繋ぐことが第一だった。何故なら魔力やマナの多い僕たちにはそれに対応できる女性は全て叔父上や兄上の妃となっていたから。自分たちしか『魔力』の多い子孫をのこせない…… そんな中で『ハルカ』が僕たちのもとにやってきた」
ルイスもクリストフも表情が若干硬い。
「でも……」
ルイスは意を決したように言葉を続けた。
「僕とレオンは君がこの星に渡ってきた瞬間に発動された『浄化』の規模があまりにも大きく、その力が強大だったことに驚いてしまった。と同時に実年齢と見た目の乖離や『マナ欠乏症』の発症等々、従来の『渡り人』とは全く違うイレギュラーな存在。『マナ欠乏症』に罹患しながらも短期間で大陸全土を完全『浄化』できるだけの『マナ』。『渡り人』には『魔力』が本来ないとされているけれど、実際の『ハルカ』は『マナの魔力化』を通常とは違うけれど可能だということを証明してしまった。つまりは膨大な『マナ』を持つ『大聖女クラスの渡り人』というのはとんでもないくらいの『魔力』を持っているという仮説を現実化してしまった。
このことがどれほどこの国にとって重要なのかということをアレク叔父上は考えてしまったんだろう。
僕ら、いや、僕は君を…… 『ハルカ』と初めて出会った時から、『恋』をした。僕の特別な存在だと分かったんだ。本当なら叔父上や兄上のように『渡り人』として対処すべきなのかもしれないけれど…… 僕にとっては『ハルカ』が最優先なんだ。誰でもいいわけじゃない。特に今回のように複数の『渡り人』が存在していれば尚のこと。僕にとっては誰よりも『ハルカ』、君が大事なんだ」
「私もですよ『ハルカ』」
ルイスの言葉にクリストフが同意し、頷く。
「私も『ハルカ』以外考えられません。貴女が『大聖女』だからではなく、貴女の為人そのものに強く惹かれ、愛さずにはいられないのです」
「クリス……」
「私は、妻を…… 『魔力量』の違いで失ってしまいました。それ以降それが戒めのようにずっと心の中にありました。彼女を受け入れなければ彼女は今でも元気に生きていたのではないかと。そして、そのまま私はその後の人生を送ると思っていました。
そんな時に貴女がここに渡って来てくれた。最初は見た目だけで私には『若すぎる』、そう考えていました。でも貴女の年齢を聞いて、その後のやり取りを通していくうちに貴女に興味を持ちました。貴女が私を『夫君』として選んでくれたと知った時、湧き上がってくる喜びに、貴女にすでに『恋』をしていたことを自覚しました。他の誰でもなく『私』を選んでくれた。その事がとても嬉しかった……」
ああ、あの時…… 『腕飾り』の時のことを思い出した。そういえば、あの時、自分のためではないと思って選ばなかったものもあったな。不思議なことだけど財布の見事さより、自分の為に作ってくれた『クリストフ』のものに心惹かれたんだよね。
「だって、あの『腕飾り』は『私』の為にクリスが作ってくれたんでしょ?」
クリストフが破顔する。
「ええ。ああ本当に貴女という人は……」
なんともいえないはにかんだクリストフはとても可愛らしい。そう思っているとクリストフにぎゅっと抱きしめられた。
「私は…… 貴女を失う事が怖い。本当は『子供』よりも貴女のことが大事です。せっかく改善した『マナ欠乏症』が再発する危険性があるからです…… 確かにアレク叔父上の考えも理解はできる。これが『ハルカ』でなければ、自分の妻でなければ、私も元宰相として同じような判断を下していたでしょう。なので一概にアレク叔父上を非難することもできないのです」
うん、大丈夫。理性では分かってるんだけどね。気持ちがね、なんていうか、ついていかないっていうか、う〜ん。自分の人生で『子供』っていう選択肢は完全に諦めていたからというのもある。それに同じ地球人じゃないというのも自分の中では未知数すぎて怖かったというのもあって。覚悟が決められなかったっていうか……
覚悟を決めるには頭の中の固定観念がガチガチっていうのもあるのかも。もっと若ければ、それこそ『彩乃さん』のように『子供』を持つことが可能だと考えられる世代の方が『覚悟』も持てたかもしれない。
いや、むしろ彼女の方が『夫』を持つことに積極的だったから、この星の人にとってはそちらの方が好都合だったかもしれない。少なくともアレクサンダーは自分の妻達や『彩乃』さんに比べて甘ちゃんだと思ってるのかな。私の『夫君』になったことで彼の家族や『彼女』から引き離されてしまった……
「私の夫君になってアレクは後悔してるのかも」
溜め息と共に吐き出された心の声は『言葉』になっていたらしい。ルイスとクリストフが驚いたように反応した。
「「いや、それは……」」
二人は否定も肯定もできない。何故ならアレクサンダーの気持ちは彼以外は推し量れないから。
私からの『逆指名』を受けたのも『渡り人』の『延命』という義務感によるものの大きかっただろう。だからこそ私にも『渡り人』としての自覚と覚悟を促しているように思う。
「うひゃ。る、るいひゅ、なにゅするの」
ルイスがほっぺをふにゅりと引っ張る。
「あれこれ考えすぎちゃ、ダメだ。叔父上は…… 叔父上も『ハルカ』のことを大事に思ってる」
「そうかな?」
「ええ、私達は三年間『ハルカ』を見守って来ました。貴女の些細な変化も見逃さないように。貴女が目覚めてくれると信じながら…… なのでどうかアレク叔父上の気持ちも信じてあげて下さい」
真剣な二人の瞳。
「わかった」
と首を縦に振った。
その後は食後のコーヒーとフルーツシャーベットで気持ちを落ち着かせた。
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