ハルカ 『営み』再開? 3
暑いですね……
「ハルカ、怖いですか?」
新緑のようなグリーンサファイヤ、クリストフの瞳が私を覗き込むように目線を合わせる。
ドキッと心臓が脈打つ。自分の中の躊躇や怖れを見抜かれたような気がした。責められているという感じはしないけれど……
「ん〜 怖いね」
一つ息を吐いた後正直に答えた。これも『記録』されている。それを踏まえて、あえて一地球人として赤裸々に答えることにした。夫君達の気持ちを傷つけるかもしれない。それも踏まえてだ。
怖い。『夫君教育』という『教本』を読めば読むほど、心の奥底で、どうなっちゃうんだろうって思ってる。
この『教本』はおそらく『王家』が『渡り人』という『異星人』にどう対処するかを三千年という時間の中で子々孫々に伝えるためのものだ。失敗もあっただろう、その経験も踏まえて『地球人』という『異星人』を言葉は悪いけれど『懐柔』し、取り込むための攻略本だ。
私がおばちゃんだから『攻略』されていないだけかもしれない。諦めはある。だから受け入れてきた。でも自分の身体が大きく『変化』している現状を受け入れづらいのだ。やっぱり。
「うん、怖い。だって私四十歳前半で『閉経』してたんだよ。自分の中で『子供』や『結婚』っていうのも諦めた。『おひとり様人生』送るって腹を括ってた。…… なのにこの星に落ちてきて、あれよあれよという間に『マナ欠乏症』に罹患してて、その上『夫』が四人。自分の体も見た目は若返って体重も激減したし、体質も『変化』して、『浄化』も『魔法』も使えてるし…… 『妊娠』なんてあり得ないのに『妊娠』してるって…… まあ、これは同じ『地球人』同士でもあり得ないことなんだけれど。なんていうか、ここまで『変化』してしまっていいのか? 自分の中の本能的な『警鐘』みたいなものがなっている感覚がずっとあって、ああ、多分怖いんだ、私自身が『地球人』じゃなくなっているっていうことを認めてしまうのが…… 容姿も大きく変化して『鏡』を見ることも怖くなってた。髪の色も瞳の色も肌の色も『変化』し過ぎて、さらに『妊娠』…… 本当は全部受け入れなきゃってわかってる。それしか『できない』ってことも」
本当は……
「本当は喜ばなきゃいけないってことも、わかってるんだ。だって、諦めてた『子供』だもの。愛している『夫君達』の『子供』だし…… でも、この急激な『変化』も含めて、本能的な怖さは拭えないんだ。この星方式の『出産』もだし、そもそも生まれてくる子供が『マナの塊』って…… 余りにも『未知』すぎて…… 正直まだ受け入れきれてない」
覚悟が足りないんだ。そんなことはわかってる。
「ハルカの言うとおり、私たちから見てもこの星に『渡って』きてくれた当初から、目まぐるしく『変化』している貴女をずっとそばで見ていれば、それを受け入れ続けていることは非常に大きなストレスであることは理解できます。身体の変化に心が追いついていないという事も。それを非難することは誰にもできません。ただ、なんていればいいのでしょうか…… 貴女が見せてくれた『始まりの記憶』の中に答えがあると思います」
「『始まりの記憶』?」
「ええ。あれを見た時私達は確信したことがあります。私達は『青い星』と『白い星』のハイブリットなのではないかということです」
「ハイブリット?」
「『白い星』の人達は私達の『マナ』が具現化した状態だったのではないでしょうか」
『白い星』の私の記憶を重ねて、あの時の…… 『白い星』の最後の記憶の中の彼らは確かに『マナ』のようなものが薄い膜で覆われ、一見人型のように見えた。骨格も内臓も皮膚もない。その映像は、ルイスの『マナ眼鏡』で見た夫君達や私と同じだった。
「私達の星の子供も『白い星』の人たちのような状態で産まれてくるのです。だから、どうか、怖れないでほしいのです」
かつての、私の記憶に刻まれた彼らに対しての忌避という感情は湧いてこない。地球のSF映画で見るような異星人のイメージとは全く違う。ただ、あの状態から、夫君達のような人型にどうやって『変化』するんだろう。不思議だ。
地球人とは内臓も機能も違うけれど、彼らだって『物質化』しているのだ。
でも……
「あの状態なら、受け入れられるかな。謎も多いけれど。クリス、ありがとうね。なんとかなりそうな気がする」
私は自分の下腹に手をやり、撫でた。四つの小さな光がポワッと光った。
「ハルカ」
私を呼ぶ耳慣れた心地よいバリトン。声の主に目を向ける。ブルーサファイヤのアースブルーがほんの少し揺れている。まるで大型犬が意気消沈しているかのようだ。
「レオン」
彼の名を呼び私は彼に両手を伸ばす。その瞬間、ぱあっと彼の笑顔が満開になった。
ぎゅっと抱きしめられもう一度名前を呼ばれた。
「ハルカ、ありがとう」
レオンハルトはいつも私の覚悟が決まるまで待ってくれてる。いや、まあ、レオンハルトに拘らず、夫君達みんなそうなんだけど、それぞれアプローチの仕方が違うだけなんだけれど。
そういう意味で彼らは遥かに大人の男なんだろう。おそらく見た目年齢まんま、二十代半ばとか三十代半ばとかだとこんな風に待てるだろうか? 自分を振り返ってみても、ここにきてからの私はぐだぐだだ。見た目年齢にかなり引っ張られているかのように子供じみている気がする。
まあ、でもこうやってぎゅっと抱きしめられるとすごくホッとする。ふわっと甘い果樹の香りがする。
「レオン、致そうか」
私がそういうとさらに抱きしめられる力が加えられ、頷くとそのまま体勢を整えるとスッとお姫様抱っこされてレオンハルトの部屋へと向かった。
彼のベットへ優しく下された。ベットの上でレオンハルトと向き合うと、彼の手が私の頬を優しく撫でる。
「ハルカ、おそらく身体の変化もあって、本当は初めての時のように『媚薬』を使ったほうがいいんだけれど、それは母体には良くないんだ。だから…… 優しくするから」
「ん、いいよ、レオン」
私はレオンハルトの唇に口付けた。甘い果実の味によってしまいそうになる。
レオンハルトは私の聖樹の刻印と彼の聖樹の刻印を重ねると、聖樹の刻印がぽうっと光る。
それを確認するかのように、今度はレオンハルトの方から口付けてきた。最初は軽く。徐々に深くなていく。大量の『マナ』が送り込まれて、気持ち良すぎてクラクラする。
そんな私を見てレオンハルトはすごく嬉しそうだ。
「ハルカ、本当によく戻ってきてくれた。ありがとう。 …… 愛してる、ハルカ」
耳元で彼のバリトンボイスで囁かれる。
「私も」
私もレオンハルトの耳元でそう囁くと、レオンハルトによる再び深い濃厚すぎる口付けに翻弄されて、三年数ヶ月振りの『営み』を始めた。
…… そう、三年数ヶ月振りの、その内三年間は意識不明状態で、しかも子供にまで戻っていたせいか、レオンハルトが警告したように、かなり大変だった。まあ、手を抜かず、物凄く大事にことをすすめてくれたおかげで、なんとか最後は気持ち良く終えることができたけれど…… 事が終わって、マナの源泉入りの湯に二人で浸かりながら…… 今日はこれでお休みだけれど、明日からは休憩を入れながら『子供の核』の成長を促すために夫君達との『営み』が再開されるという。何か気になることがあればすぐに相談してほしい、と言われた。
ん、わかってる。バランスを欠くと『子供の核』消えてしまうって言ってたし。まあ、頑張るよ。
「でも、無視をしないで、ハルカ。難しいようなら、相談してほしい」
そう言うと後ろからぎゅっと抱きしめられた。
いつの間にか眠っていたらしい。意識が覚醒したのはより濃厚な熟した果実の香り…… あれ? これって
目を開けると深緑の瞳が少しはにかんだように覗き込んでいた。
「あれ? アレク? なんでいつの間に?」
「ああ、起こしてしまったか。ハルカ」
ふと周囲を見ると寝ている間にアレクサンダーの部屋に移動されていたようだ。ちょっとした混乱を楽しむかのように
「『子供の核』にマナを供給しないといけないからね。本当ならずっと繋がっていないと駄目なのだが…… それだとハルカに負担がかかり過ぎるからと第一夫君からの要請で、小休止を挟みながらと言うことになったからね。ああ、心配しなくても父親の『マナ』がバランスよく供給できていれば『子供の核』は育つから。期間が伸びるか短縮されるか、僅かな違いだけだ」
ずっと? いや、確かに『教本』にはそう書いてあったけど。
「ああ、こうやって…… 『営み』というより『マナの供給』かな」
「アレクも自分の子供の時そうだったの?」
「そうだ。『子供の核』はそうしないと消えてしまうんだ。まさしく夫婦の協働によって『子供』が育つんだ」
「その間の食事とかはどうするの?」
「そもそも我々には外から補う必要がないからな。ただ、ハルカの場合はそういうわけにはいかない。ルイスがいうには『変化』後も『マナ』を自ら作り出せないから、食事という形で内臓を動かさなければいけないらしい」
確かに夫君達は私のために食事を作ってくれるし、それが胃であっという間に吸収されたとしても、空腹を満たすのだ。
「その間の仕事は? アレクサンダーは南大公国の領主だよね、何ヶ月も仕事しないの?」
「それは代理がいるからな」
「代理?」
「ああ、我々王族は領主ではあるが世襲はしない。つまり誰が領主になったとしても大丈夫なように代理がそれを補うんだ。但し彼らはあくまで事務方だ。『ハルカ』が渡ってくるまで領主の主な仕事は瘴気対策だ。瘴気によって汚染された魔物討伐や結界の修繕だ。それは魔力の多い直系王族しかできないからな。とはいえ、代理もその地に根付いた元王族やその流れを汲む者の中から事務能力の高く『魔力の多い』者が領主によって選ばれる。『領主』ほどではないがいざという時は防衛面で対処できなくてはどうにもならないからな」
「『魔力』ね」
「ああ、だからこそ『子供の核』を育てるのが重要なんだ。世襲制ではないが、『魔力』の高いものが防衛にとっては重要だからな。今は『ハルカの浄化や結界』で安心できているが、それだって何百年もは持たないからな。我々の世代のように『魔力』を膨大に持っているものが複数人いること自体が珍しいんだ。我々だって不死ではない。見た目は若く見えるが六十代半ばだ。私の息子も『魔力』はそこそこだが我々地は比較にならない。そういう意味で辺境を任されている我々にとって『子供』の『魔力値』というのは重要なんだ」
「つまり魔力の多い王族が辺境を守っていて、世襲ではないので『領主』には選ばれないけれど、その土地の『防衛』を守るために『魔力値」の高い子供を作るってことなんだね」
「そうだ。そしてそれが我々王族の存在意義だ」
「存在意義ね…… そのために『渡り人』との子供が必要なんだ」
「ハルカには悪いが、そういうことになる。まあ、それは『普通』の場合かな。ハルカのような『大聖女』レベルになると記録上では初代だけだな。子孫を残せれたのは。次代もその次も『行方不明』になってしまったからな。あ、今回はその時代にあたる『アイコ』様が見つかったけれど……」
行方不明の『大聖女』かあ。『次元の間』の『愛子』さんと塑像のようになってしまった『リン』さん。『愛子』さんはともかく『リン』さんは見た目は女性でも遺伝子は男性で、術後だから男性としても子孫は無理だっただろう(子宮がないからどうにもなんなかっただろうし)…… 『成婚の儀』そのものが成り立たなかったって記録されていたと聞いているけど。
と、ついよそ事を考えていたからか
「ハルカ?」
そう耳元で私を呼びながら、私の中を深く抉る。
「あっ」
声が漏れ出てしまう。そう実はこんな会話をしながらもアレクサンダーは私の中にいる。彼らのいう『マナの供給』中なのだ。
「ハルカ、そんな甘い声を出しては駄目だ。いけない子だ。せっかく休ませてあげているのに」
眠っている間にルイスやクリストフによる『マナの供給』はすでに終えていたらしい。アレクサンダーによる『供給』中に目覚めたらしい。
「もう少しだから、じっとしてるんだ。いい子だから」
アレクサンダーは私の額に掌を当てると何かを呟く。ふっと意識がなくなった。
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