ハルカ 『営み』再開? 2
パッと開かれた頁に目をやると人体図の比較されたようなイラストと説明が書かれている。それは以前受けた講義の内容に則したものだ。
地球人とは明らかに内臓の作りも違う。呼吸器も全く違う。地球人は肺が二つだが、彼らは一つ。それもかなり小さい。ルイスの魔法陣でこの星の言葉も自動翻訳されているけれど、それがなければ彼らの声は雑音のように聞こえるのだ。
肺は中央にあり、その下に心臓がある。その形は丸い球のようだ。消化器官は胃だけ。彼らはあくまで食べ物の形状の『マナ』を取り込みそれを即体内に『マナ』として吸収する。その為排泄物が存在しない。つまり胃のような器官だけ。地球人のような五臓六腑が『無い』。地球人のような排尿も排便もしないのでその器官もない。
子宮は地球人の倍ぐらいの大きさだけれど、排卵する器官もない。そもそも『卵子』と『精子』による『受精』というシステムで『妊娠』しない。男性も精巣は体内と体外にあって体内の部分は女性の子宮と同じくらい大きい。但し子宮も精巣もマナで満たされている。というよりこの部分で生きるための『マナ』を生成しているのだ。つまり『マナ』を自ら作り出し、地球人のように他者の命に依存することなく自給自足しているのだという。そして『マナ』や魔力の量が多いとそれに比例して子宮や精巣も大きくなるということらしい。
それにしても『子宮』や『精巣』という器官の機能も地球人とは随分違うんだな。『卵子』や『精子』そのものが『無い』状態で『子供』を妊娠したり、出産できるというのも理解し辛い。
地球人でいう『初潮』や『精通』といった『妊娠可能』な目安の代わりが、先日のボンと全身が光るということらしい。
つまり身体の成長が十分に満たされ、本来生存に必要な『マナ』の生成量が『新しい生命』を作り出す量が『余分』に作り出すことが可能になった時、それを知らせるために体の中で一種の化学変化が起こるのだとか。これがこの星における『成人』にあたり、そこから地球人でいう『婚活開始』が始まるそうだ。
ふむ、興味深い。
地球人の人体解説は非常に詳細だった。『家庭の医学』云々よりも詳しい。ああ、なるほど、これを書いた内の一人は『大聖人・光様』こと『佐山光』さんか。確か地球では現役の医師だったとか…… 専門家だからというのもあったのかもしれない。
次の頁に目を向けると『渡り人』が『妊娠可能』になる条件という項目があった。
それを読み進めることにした。
そこにはおそらく佐山氏が過去の『渡り人』の医学的な記録や『渡り人』が残した個人の記録をまとめたものと自らの体質の変化も含めての考察された部分もあった。
最初は私も経験した『排泄』をしなくなった事。次は私は既に『閉経』をしていたので自覚そのものはなかったから気づかなかったけれど、年若くここに渡ってきた人たちにとってはかなり衝撃的だったらしい。女性であれば『月経』が止まる。男性で言えば体質が変化するまで『ED』状態になる。つまりは地球人としての『生殖機能不全』になると記述されていた。
『生殖機能不全』って怖い。自分は『閉経』してて関係ないって思ってたけど……
こうやって文字で起こされるとこの星の環境が地球人に及ぼす影響はかなり大きい。
そういえば、こちらの食べ物を食べるようになって『胃酸』って意識した事なかったけど、それも『変化』しているらしい。『経口』から『マナ』を直接吸収するようになるそうだ。それによって他の消化器官も使われなくなって『排泄』そのものがなくなったという事だとか。
実際は『後ろの口』から『マナ』を吸収できるように直腸とかも微妙に『変化』しているし、『子宮』も同様で、まさしく彼らが表現する『三つの口』は『マナ』を吸収するために『変化』することで、『渡り人』が『マナ』の自己生成ができなくても体内の環境が整った時『この星』の人と『子作り』ができるようになるのだそうだ。これは男性も同じで『子宮』はないけれど『経口』による『マナ』の摂取で大体二年ほどでこの星の男性と同じような性質の『マナ』による『営み』が可能になるらしい。
男性の場合は『後ろの口』から『マナ』を吸収することで『生殖機能不全』が改善される期間がグッと短くなるそうだ。
つまり体質変化した後の『営み』の時は地球人の『精子』じゃないという事なのか。だから『渡り人』の遺伝子は『受け継がれない』といっているのか……
夫君達の場合は身体を司るものは全て『マナ』で構成されているといっていた。体液。血液も含めてだ。
だから『マナ』が作れない地球人にとって『食事』や『営み』に関すること全て『マナの供給』なのだ。
ということは男性の『渡り人』の場合もそれに近い状態でなければ『営み』も『子供』も無理だろうし。
現王家が佐山氏の子孫ということは彼らのいう『遺伝子』ではないけれど『マナ』が引き継がれているということだろう。
う〜ん、かなり難しいな。この辺の医学的検証はされていない。もしかしたら、されていても非公開情報なのかもしれない。というのも佐山氏は年若い青年だった(おばちゃんの私に比べれば、息子世代)為、ED状態がかなりショックだったらしい。なのでこの辺の検証というか、過去の男性の『渡り人』資料をかき集めたようだ。
そしてそれに当時の王家、当時の国王も協力していたらしい。
というのもこの星の人には『後ろの口』がない(私もそれを確認している)為か、かなり色々研究されていたのか、『後ろの口』開発の一種の指南書みたいに書かれていた。
読んでいて、いや、これってどうよ。というか、これうちの夫君達も学んだよね。
そう言えば、クリストフもあの時やばかった、拒否したけど。
そんなことを回想しながら敢えて夫君達とは視線を合わせないように読み進めていく。
地球の『大人のおもちゃ』コレクションの挿絵付きの説明てんこ盛りだ。
誰だよ、こんなもん残すなよ! 思わず心の中で『ムンクの叫び』状態だ。
ものすごく既視感を感じているとやっぱりこの部分は例の『大人のおもちゃ』研究家こと『渡り人・アーノルド』様のコレクションとその研究資料からの抜粋と敢えて佐山氏が明記していた。
多分、自分(佐山氏)の考察とは完全別物だと強調したかったのかなとふと思った。
確か『渡り人』が男性の場合も妻君のほかに夫君がつく。この場合は王位継承第二位以上、『夫君教育最終段階』を修了した人になるそうだ。『大聖人・光様』こと佐山氏には当時の国王が晩年その役に就いたのは記録に残されている。国王を譲位した後夫君になったそうだ。何故なら佐山氏は晩年『マナ欠乏症』を発症した為、妻君達では間に合わずその延命措置としてということらしい。(私で言えばアレクサンダーがそれに当たる)
同様に『渡り人』が女性の場合も必ず一人は『夫君教育最終段階』を終えた人が夫君の一人に選ばれることになるそうだ。つまりレオンハルトやアレクサンダーがこれに当てはまる。『彩乃さん』には現国王の第二王子が夫君の一人としてすでに迎えられている。
いずれにしても『渡り人』がこの星の環境に馴染、体質を変化させることでこの星の伴侶との『営み』により『妊娠』、『出産』も可能になるということなのだろう。
『妊娠』について、この星では『卵子』と『精子』というものがそもそも存在していない。ということはどうやって『子供』が生まれるのか?
ほんと、この星は私の想定のはるか斜め上行ってる。どうしても地球人的考えとか価値観が抜けきれないからだろうか。
見た目はほぼ地球人と変わらない夫君達。でもこうやって『地球人』を受け入れる為だとは言え詳細に『研究』している。『夫君教育』に使われる資料にしてもおそらく三千年近く『渡り人』と共に過ごした彼らの祖先の『経験値』だろう。それの一部を佐山氏が担っている。
彼は『聖樹の刻印』にも注目していた。何故なら彼は妻君と夫君の両方を得ていたからだ。
最も同性同士の場合は『成婚の儀』は成り立たず『聖樹の刻印』は得ることはない。なので『マナの供給』自体は従来の異性間のものよりはるかに少なかったようだ。それを補うという意味で私もお世話になった別宮『月の光』の『マナ源泉』を作り出したのだ。
佐山氏が提供した『夫君教育』に関する資料は『渡り人』が男性の場合はかなり有用に思えた。というのも『マナ欠乏症』を発症した場合、女性より男性の方がリスクが大きいからだ。
因みにこの星でも『聖樹の刻印』がなければ『マナの共有』ができないので『子供』を成すことはできない。『成婚の儀』を終えなければ子供を持つことはできないそうだ。
双方の合意? いやいや、ほとんど強制だったじゃないか……
え? 『マナ欠乏症』を発症してたから? 夫君十人とか言ってたし。
何? 『渡り人』だけは重婚できるから? どういうこと?
この星の女性は夫君一人しか持てない? 『聖樹の刻印』が成立しない?
アレクサンダーの横を陣取り、両手に『夫君教育』という本を持ち読み進めながら、気がつく私の質問にアレクサンダーを始めとする夫君四人が応えていく。
「ハルカ休憩しましょう」
クリストフがいつの間にか目の前のテーブルの上にカフェオレとカスタードアップルパイを置いてくれた。
小休止ということでせっかく用意してくれたカフェオレとカスタードアップルパイを啄む。
「腕あげたね、クリス。リキュールも効いて、めっちゃ美味しい。アイスを上から乗せても美味しいよ」
「そういうと思って用意したよ、ほら、お皿、こっちに向けて」
ルイスが食べかけのカスタードアップルパイにバニラアイスをスプーンで大きめに掬い置いた。え? 妊婦にアルコールはダメって? 実は全部『マナ』として『胃』で吸収されるので問題ない。というか、食べた気分になるだけなのだという。
まあ、でも目の前で普通の食感と味で美味しいのだ。美味しさは無敵。開き直り再びそれを食す。
「美味い。これ、これこれ。あ、本当に美味しい。予は満足じゃ」
「ぷっ、何んだ、それ可愛いな、ハルカは」
くっと笑いを噛み締めるようにレオンハルトが笑う。
そんなこんなでちょっと和やかムードな休憩時間を挟んで、再び『夫君教育』に向き直った。
「ハルカが疑問に思っているのは女性の『渡り人』とこの星の女性との違いだと思うんだけど、これは女性に限らず男性も同様なんだ。これには『マナと魔力量』が関係している。
『渡り人』は大規模な『浄化』ができるだけの『マナ』を持っている。この為『聖樹の刻印』も複数作ることができる。『聖樹の刻印』というのはそこから『マナと魔力』が放出されるんだ。つまり重なる刻印が増えて聖樹の文様が複雑になればなるほど危険を伴うことになる。『マナ欠乏症』を発症しやすくなるんだよ。
王家も王家に準ずるものも同様に『マナや魔力量』が多いからこそ複数の伴侶を持つことができるんだ。
『マナや魔力の少ない』人達はそれはできない。『成婚の儀』は伴侶は一人だけ、『聖樹の刻印』は一つだけ。それ以上は制限がかかるんだ。
アレクサンダー叔父上やクリスが複数の伴侶を持てるのも『マナや魔力量』が膨大だからだ」
レオンハルトの言葉にふ〜んと頷きながら、自分の手の甲に刻印された『聖樹』を見る。確かに四人の夫君達と『成婚の儀』を終えた後の『聖樹の刻印』は細密で複雑な紋様だ。
でも…… 『成婚の儀』の『制限』ってどんな風に判別するの?
「それは『同性』との『成婚の儀』と同じで『聖樹』の刻印はできないんだ」
え? 『同性』と同じ扱いになるのは驚きだ。
何かのロックが掛かっちゃうのかな。
そもそも手の甲にあるこの『聖樹の刻印』も謎だ。
夫君達との『営み』の始めに彼らは必ず『成婚の儀』の時のように私と手の甲を重ねて『聖樹の刻印』を浮かび上がらせる。まるで他の夫君達の上書きをするかのように。
「この『教本』の中だと『渡り人』の出産は地球式に近くなるって書いていたけれど、私はこの星式だって今回言われたけど、これの違いは?」
「ん〜、そうだね。確かハルカの星では妊婦になると『営み』は自粛というか、胎児の影響を受けないように配慮するんだよね。それに倣う感じかな。大体が経口のみの『マナの摂取』になって、出産までに八ヶ月くらい要するんだ。出産はハルカの星と同じで、そして子供は最初から人型として出産される。
この星の場合は、妊娠がわかって『営み』によって集中的に『マナの供給』がされる。大体三ヶ月。ハルカの場合はそれよりも長くなると思うけれど、だいたい半年くらいになると考えてる。その後、上手く説明できないんだけれど…… 『マナ』の塊として出産するんだ。とはいえ、ハルカの星とは違うんだよね。そして父親が自分の子供の『マナ』に魔力を注ぎ込むんだ。それが二週間くらいかな。まあ、これは経験してみないとわからないと思うよ」
ルイスが私の質問に答えてくれた。
「ちょっと理解できない」
「そうだよね。でもね、ハルカ。今日から三ヶ月間は集中的に『マナの供給』をしないと子供が育たないんだ。最悪消えてしまう。だから今日から『営み』再開だ。まずは子供を一番に考えてほしい」
そういうとルイスは私から『夫君教育』という教本を取り上げた。
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