ハルカ 『営み』再開? 1
第五部開始です。
ゆっくりですが投稿再開します。
短めです。後でまたいくつかのお話、まとめちゃうかもしれません。
「はい、ハルカ」
目の前にラム酒が効いてるフルーツたっぷりのパウンドケーキが厚切りにされたものが蜂蜜たっぷりのホットミルクと一緒に目の前に置かれた。
しっとりめでちょっと重めが好きな私に合わせてクリストフが作ってくれたそれをフォークで切り分けて突き刺し口の中に入れる。ふんだんにラム酒が使われているせいか口の中でフルーツの芳醇さと共にあっという間にとろけていく。
「美味しい」
思わず口にしてしまう。使われている様々なフルーツはクリストフが風魔法等でドライフルーツ化したものをラム酒に漬け込んだものだ。そのためかフルーツ本来の旨みが凝縮されたものでとても美味なのだ。
『始まりの記憶』の件以降、こんな感じで日常がゆるゆる穏やかに過ぎていく。
そうこうしている内に、数ヶ月が経った頃だろうか、なんとなく夫君達がソワソワし初めているのに気がついた。ルイスは映像を記録する魔道具みたいなものを共有しているところにいくつか設置し始めた。
「何しているの? ルイス」
私の問いに対して
「そろそろだからね」
「そろそろ?」
何が? ルイスの答えに首を傾げると、ルイスはふふふっと可愛く笑みを浮かべながら
「それはお楽しみにかな?」
と、ルイスは彼自身の口の前に人差し指を立ててしまった。
これ以上は話してくれないらしい。他の夫君達に視線を向けるとスッと目を逸らしてしまう。
ふう〜ん。気になるけれど、夫君達の様子を見ていると悪いことではないのはわかる。
かといって地上は特に変わることなくさらに一週間が過ぎた頃、夕食後、いつものように夫君達が執務机でそれぞれの領地に関する仕事している姿を眺めながら、共有ラウンジのソファーでまったりしている時、それは突然起こった。
ボン!
私自身の体内で何かが化学反応を起こしたかのように反応すると身体全体から光を放った。
え? 何? 何が起こったの?
自分の身体の変化を目にして混乱している私のそばに瞬く間に夫君達が集まった。
「ようやくですね」
クリストフの言葉にレオンハルトもルイスもアレクサンダーもうんうん頷いている。
「おめでとう、ハルカ」
レオンハルトが破顔する。
「えっと、何がおめでとう?」
「ハルカの体が大人になったということだ」
アレクサンダーも満面の笑みだ。
大人? 確かに身長も若干伸びて十八、九歳くらいにはなっていたけれど……
「僕達の子供の核が成長を始めたんだ」
ルイスもまたにっこり笑って『マナ眼鏡』を私に掛けてくれた。
それで自分の下腹部を見るとそれまで四つの色のマナが一つの塊だったものがまるで分裂したかのように四つの色ごとに分かれてそれぞれが小さな塊になって光を放っていた。
「成長が始まったってこと?」
夫君達四人は笑みを浮かべて肯定する。
「『営み』の再開だ」
アレクサンダーの低いバリトンが耳元で囁かれた。
え? 『営み』? え? そういうこと?
『営み』? ああ、だから…… ここんところ夫君たちがソワソワしていたことになんとなく合点がいった。なんか、可愛らしい、皆。
とはいえ、お約束通り『記録』はされるみたいだ。あの化学反応起こしたようにポンとなったのってなんだろう?
しかも光ってたし。
『浄化』に近いような… 『恩恵』に近いような…… 不思議な感覚だった。
「ハルカ、明日の朝、念の為メディカルチェックするからね」
ルイスにそう声を掛けられる。『営み』解禁はその後らしい。
改めて自分の下腹部に目をやる。『マナ眼鏡』を掛けていなければ妊娠しているなんて信じられないことだ。
『子供』か…… 四十代で『閉経』した時点で自分の人生からそれは完全に除外されていたのに…… いくら見た目が十代後半にしたって実年齢はアラカンなわけで…… 今更『出産』? 『子育て』? う〜ん、それってどうなのよ。
しかも相手は『地球人』じゃない訳で……
見た目は人間、しかも美形集団だ。でも、体の中の作りは『地球人』とは異なる仕組みだし…… どうなっちゃうんだろう。
『都市伝説界隈』のように『GLAY』とか『爬虫類』とか、映画の『異星人』の様にグロかったりとかするんだろうか、なんか、実年齢的には『高齢出産』というのも『子供の遺伝子』に影響与えるんじゃないのか…… あ、『地球人』の肉体的な遺伝子は受け継がれないとか言っていたから、それは大丈夫なのかな?
『おめでたい』ことなのに、かなり不確定要素が多過ぎて不安になってしまった。
いや、勿論喜ばなくてはならないのだろうけれどやっぱり心のどこかで『未知との遭遇』感? は否めないのだ。でもこんなこと考えてしまうこと自体、『親』になる覚悟が足りないと批判されてしまうんだろうか? そんなことを考えながら夜は更けていく。
翌日、予定通りに健康診断を受けにいく。身長は一六一センチ、ほぼここに落ちてきたのと変わりないくらいだ。体重は五十五キロ。これも若干の誤差。地球にいた時とは比べられないくらい軽い。まあ、これがおそらく自分にとって理想的なバランスなのかもしれないなと思った。他に既往症もなく、『マナ欠乏症』も今のところは問題ないとのこと。
『子供の核』の成長はまずまずらしい。四つに分かれた『子供の核』はそれぞれの父親の『マナ』を吸収することで育つのだとか。成長を促進するために大量の『マナ』の吸収が必要になるので、『営み』解禁してくださいと言われた。
私の場合、結構『マナ欠乏症』の影響をうけて、色々と『変化』しているので、従来の『渡り人』とは違って、夫君たちのマナの影響を受けているので、この星の出産に近いものになるだろう。とのことらしい。
お約束通り全て『記録』されることになる。
それにしてもこの星の『出産』方式?
う〜ん…… アレクサンダーに訊けばいいのかな?
共有ラウンジでくつろいでいる夫君達のところへ行く。カウンターでクリストフが『梨』をジューサーを使ってジュースを作ってくれたものを手に取りアレクサンダーの近くに座る。アレクサンダーはちょっとだけ驚き、すぐに笑顔で迎えてくれる。
「どうしたんだい? ハルカ」
「えっとね、今日検診の時に『この星式のお産』になるって言われたんだよね。それで、アレクサンダーは奥方達と子育て経験あるでしょ?だから色々教えてほしいんだけど……」
「分かることなら。たとえばどんなことを知りたい?」
「そうね…… 例えば昨日、身体が光った後、アレクは『大人になった』って言ってたよね? あれってどういう意味?」
『あれは…… ハルカの体が成熟したってことなんだ。ここでは男女とも子供が作れる状態になった時、ハルカの様に身体が光って合図されるんだ」
「地球人的な『精通』とか『初潮』ってこと?」
「ハルカの星だとそういうことになるのかな? ただここでは、君達のような精子も卵子もないからね。どちらかといえば『マナ』が身体の成長に使われていたのが『充分に満たされて』、子作りの準備が整った時を知らせるものなんだ。特に『渡り人』の場合は一見何の変化もない様だけど、ここでの食事やパートナーからの『マナ』の供給で色々と体質が変化していくのだけれど、それが一定基準満たされた時にああやって『お知らせ』があると言われている」
「そういうものなの?」
「ああ、そうだと聞いている。『渡り人』の伴侶になるための『夫君教育』の中でそう説明されたよ」
そういえば…… そう言いながらアレクサンダーは席を立つと自室に戻り一冊の分厚い本を持ってきた。
目の前に差し出されたのは、B2サイズくらいの濃紺の表紙でアンティーク豪華装丁本。表題は『夫君教育』と端的に記されていた。
「あっ」
それを見たレオンハルトから声が発せられた。ルイスやクリストフは興味深そうに見ている。
「僕達のとは若干表紙の色が違うね」
ルイスの言葉にアレクサンダーが応える。
「これは第二王位継承者までの者が受けるものだから、内容が少し違うからね。レオンハルトはこれのはずだ」
「ああ、そうだ。だが、内容は秘せられるもののはずだが」
強い懸念を示すレオンハルトに対して
「ああ、それは十分理解している。勿論、今、ここでハルカに見せる箇所はあくまで『出産』と『子育て』に関する部分だけだ。レオンハルトが危惧するものじゃないから、安心しろ」
ルイスとクリストフもお互い顔をみあわせながらも、二人のやりとりを静観している。少しだけ無言のやり取りの後、レオンハルトが緊張を解く。
そんなレオンハルトを横目にアレクサンダーは私のすぐ横に座ると
「これを見てごらん」
そう言って本を開いて私に見せてきた。
差し出された本を覗き込む。何も書かれていない……
白紙?
アレクサンダーがパラパラと頁を捲る。
全頁白紙? 揶揄われた?
つい非難するような目をアレクサンダーに向ける。
アレクサンダーはイタズラが成功したかの様に私を見ながら、くすくす笑みを浮かべる。
「これは登録者の固有の『魔力』を流し込むことで読むことができるんだ。それも認証レベルに合わせて開示制限が設けられている。つまり私やレオンハルトとルイスやクリストフとは同じ『本』でも異なるものになる。勿論陛下と我々とでも全く開示される情報そのものが違うというわけだ。『夫君教育』自体、レベルが色々あるということは聞いていると思うんだが、ハルカ覚えているか?」
確かクリストフが「『夫君教育』は二段階に分けられていて、一段階目は『渡り人』様が渡られた時に対応すべき共通認識となる基礎的なもの。二段階目は『夫君』に選ばれた後『渡り人』と人生を共にする為のあらゆる知識で、衣食住に関する事はもとより夫婦生活についても多岐にわたって対処できる知識を学ぶ」と教えてくれていたのを思い出し、アレクサンダーにそのことを話すと彼は肯定する様に頷いた。
それに関する『教本』らしい。白紙なのに?
アレクサンダーは一旦本を閉じる。そして右掌を本の上に置く。『魔力』を流し込んだのか『本』がほのかに光った。
「こうやって『魔力』を流すことで登録者の『マナ』が承認されて情報開示の鍵が開く。すると……」
アレクサンダーが再び本を開いて見せてきた。文字がぎっしりと箇条書きに表示されている。文字に目をやると書かれた文字が自動翻訳される。アレクサンダーが開いたのは『目次』らしい。まるで百科事典の様に項目が詳細に分かれているのがわかる。
「このうちの『第一章』は第一段階。つまり王族や準王族が『渡り人』が渡られた時に対応すべき共通認識とその対処法といった基礎的なものになっている」
つまり『渡り人』という『異物』に対してどう対応すべきかっていうマニュアルが書かれているということかな?
私がここに落ちてきた時のレオンハルトやルイス、クリストフの対応を思い出した。
発見時、出来るだけ早く周囲との『隔離』とおそらく国への報告、尋問か。あの時クリストフはこう言ってた…
「『渡り人』様を保護する為の『渡り人法』を定められたのも『大聖人・光様』によるものです。この法に則って『渡り人』様を保護させていただきます。又『渡り人』様に関する記録は全て公的に保管される事になります」
私の場合は、尋問のその日のうちに『マナ欠乏症』で即『隔離』されたけど、確か『彩乃さん』の時はアレクサンダーの領地である南大公国で発見後、保護されて、そのまま『お披露目会』があって『夫君選定』がされたんだっけ。
「第二章は、二段階目について。その章を読むことができるのは『渡り人』の『夫君』に選ばれた者だけが読むことが出来る。つまり私達のように『渡り人』であるハルカに選ばれた夫君達のみ。
今回はあらかじめ『大聖女』もしくは『大聖人』が渡られる可能性が高かった為に、前国王の指示によって事前に『魔力やマナ』が多い『夫君候補』が先んじて教育を受けることになっていた。
私は前国王の王弟で第二王位継承者だった事もあって全ての段階の『夫君教育』を修了していた。通常の場合は第二王位継承者までの者が『第二段階以降の夫君教育』を受けることになる。
第二段階は『渡り人』と人生を共にする為のあらゆる知識だ。衣食住に関する事はもとより夫婦生活についても多岐にわたって対処できる知識を学ぶことになる。例えば、そうだな『ハルカ』と『アヤノ』は同じ国から来ていても『好みの味覚』は違うだろ? 『ハルカ』の味覚を探すという、出来るだけ『渡り人』の好む物を見つけることで『渡り人』のストレスを軽減する事もその中で学ぶんだ。衣類にしても同様だし。好みはそれぞれだ。
そのことで私はかなり大きな失敗をしてハルカを傷つけてしまった。あの時は本当にすまなかった… 」
「アレク…… もういいよ。そうか、なんか懐かしいね。色々なことがあったけど。そうやって皆が試行錯誤で『私』に合わせてくれて、本当にありがたいね」
そういえば『営み』も、緊急時(その時は私の意識はない)以外は、私のこだわりに合わせてくれているし…… あ、そうだ、『出産』と『子育て』だよ……
「えっと、『出産』と『子育て』については? それも『夫君教育』で学ぶの?」
「ああ、それはこの項目だ」
アレクサンダーは『目次』の一行を軽く指でなぞった。なぞられた文字がぽっと光を放つと『本』が自動的に捲られて開かれた。
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