『始まりの記憶』2
身体中に白い稲妻が駆け抜けていく。握り合わされた両掌から送られたレオンハルトの『魔力』に圧倒されていると、『それ』を同じように送り返すように促される。
体内に流れ込んだレオンハルトの『それ』を送り返すように試してはみるけれどうまくいかない。どこかで流れが堰き止められている。
何度か試しはするが『それ』をうまく制御できないでいるとレオンハルトは両掌を離すと私を包み込むように抱きしめると丁度肩甲骨の下と脊柱の交差したところに自身の両掌を組み込みそこを一点狙うように『魔力』を放つ。ピンポイントで放たれた『魔力』は先ほどとは全く違い、どちらかというと温かな光に包まれるようにじわじわと溶け込むように、まるで何かを溶かしていく。私の中で堰き止められていたレオンハルトの『それ』が脊柱をじんわりと流れていく。時折流れが滞るところを同じように溶かしていく。全身に『それ』が行き渡ると今度は放出する両掌をレオンハルトの両掌で包み込まれるとポンと弾けるように光が放たれた。
レオンハルトは再び姿勢を元に戻し、私の両掌とレオンハルトの両掌が合わせるように再び組み合わされる。私は深く息を吸い呼吸を整え、レオンハルトへ白い光の流れを送り込むイメージする。驚くことに先程はほとんど全く流れなかった『それ』がレオンハルトへと一気に流れていく。
レオンハルトは満足そうに笑みを浮かべる。
「ハルカ。その調子だ。良くなった。これを何回か繰り返すから同じように送り返してくれるかい?」
「わかった。頑張るよ」
レオンハルトは再び合わせた両掌から彼の『浄化魔力』を私の中へと流し込んでいく。今度は衝撃もなく身体中をスムーズに『それ』は流れ込んでいく。レオンハルトが『それ』を止めると今度は私から彼へと『それ』を送り返していく。それを何度か繰り返すと
「今日はこのくらいにしておこう。無理はさせられないから。それから、ルイスの診察を受けて、三人とも微調整しないといけないからね」
「よく頑張ったね」そう言いながら、レオンハルトはそう言いながら私の頭を撫でる。
いつの間にか来ていたのかレオンハルトと入れ替わるようにルイスが私の側に来た。
「レオンも無理させるから…… 大丈夫かい? ハルカ」
「ん、大丈夫だよ。レオンの『浄化魔法』って最初は衝撃的だったけど、流れが整ったらすごく気持ちが良くなったから。体の中ぽかぽかしてる」
「そう、良かった。ちょっと診せて。う〜ん、だいぶ残ってるね。『魔力』の調整しないと。レオンの残っている魔力と同じだけ、送り込むことになるから、一度家に戻ろう」
そう促されて、ルイスと共に家の中へと転移をした。共有ラウンジにはレオンハルトとクリストフとアレクサンダーがいて、レオンハルトが私の状況を報告していた。
「うまくいったみたいですね。今日は最初の日だから、疲れたでしょう」
クリストフが手作りのリキュールたっぷり大人のガトーショコラをレオンハルトの淹れてくれたカフェオレと一緒に出してくれた。
「うん。レオンがうまく流れが作れるようにしてくれたから。かなり体調が良くなったんだよね。ルイスにも話したんだけど全身内側からぽかぽか温かくなってるからすごく気持ちがいいんだ」
「そうですか。でも、調整が必要でしょうね。休憩してから、しましょう」
「その方がいいな。『核』の成長にはバランスが絶対だからな」
クリストフの言葉に同意するようにアレクサンダーが付け加えた。
実は今回の『変化』は思わぬ『恩恵』をもたらした。
なんと『妊娠』をしたのだ。とは言っても『地球』のような妊娠とは全く異なる形態だった。
そう聞かされても本当のところは、未だ私的には信じ難い状況なのだけれど……
実際問題、私はここに落ちてきた時点ですでに『閉経』をして十数年以上経っていたのだ。この星にきて受けた『健康診断』でもそれは公的に記録されている。
ただルイスは「歴代の『渡り人』が妊娠に至る前に『体質』が変化して受け入れられる状態になるという記録」から、完全にそれを否定することはなかった。
最もそれ以前の問題として『マナ欠乏症』が進行している私の状況では難しいという判断をしていたのだ。
夫君達の『マナ』を供給されたとしても『体質』が変化する前に『マナ欠乏症』によって消費されてしまう。その為、『マナ供給』は私の生命維持を最優先にされていた状態だった。
今回はたまたま、奇跡的に『変化』によって『マナ欠乏症』が改善されたことで、夫君達から供給された『マナ』が消費されることなく、私の中へと蓄積されていくことになった。その結果、私の外観だけではなく『体質』そのものを変えてしまったというわけだ。
そのことで私の子宮の中に夫君達の『マナ』によって一つの「子供の『核』」が形成されたのだという。しかもその『核』は一つなのに夫君達全ての『マナ』で構成されているらしく、それが成長を始めるまではバランスよく夫君達の『マナ』をなんらかの形で体内に取り込まなければならないのだとか。
とはいえ今はその「子供の『核』」は成長が止まったまま。その成長には本来は『営み』による『マナの供給』が必要なのだそうだが現時点では私の体の成長が伴っていない状態だ。
今の私は中学生くらいの体格なのでもう少し成長してからいわゆる『夫婦の営み』ができるまでは「子供の『核』の成長」は始まらないのだと説明を受けた。
『核』は成長すると『マナ』の数だけ分裂をして産まれるらしい。
ただし『核』のマナのバランスが崩れると供給の少ない夫君の『マナ』は『核』から淘汰されて無くなってしまうのだとか。
その為目覚めてからずっと夫君達は私への『マナ』のバランスに気を配りながら食事等で微調整をしている現状だったのだ。
そんな中での今回の訓練。今の状況はレオンハルトの『魔力』が私の中で過剰に蓄積されているので、他の三人が調整をするということらしい。
『魔力』は『マナ』によって作られるのだけれど、それは必ずしも同量とは限らないらしく、『マナ』には『マナ』で、『魔力』には『魔力』で調整をするのだと夫君達から説明された。
私個人の想像を遥かに超えた変化に驚かされることばかりなのだけれど、まさか実年齢六十歳超えての『妊娠』という現実に半信半疑というか、ついていけないのが正直なところ。
成長が始まると半年くらいで『出産』するのだそうだけれど、それも『地球』とは全然違うのだとか。
まあ、そんなこんなでその日の夕食後、レオンハルトを除く三人の夫君達は方法的にはレオンハルトの訓練と同様に私の両掌を通じて彼らの『魔力』を微調整しながら送り込んでくれた。
そういった訓練を三日ほど続けた後、レオンハルトが次の段階へと進むからと言われた。
レオンハルトはいつものように私に『魔力』を送り込んだ後、私の背後へと移動をした。
頭蓋骨と頚椎の繋ぎ目に両掌を通じて『魔力』がじんわりと流し込まれていく。チカチカっと小さな閃光が頭の中で生じたかと思うと眉間の間がボッと温かくなった。
それを確認したかのようにレオンハルトの手が離れていった。
再び私の正面に彼は立った。
「ハルカ、じゃあ、始めよう」
レオンハルトは胸の前で両掌を合わせる、いわゆる合掌すると
「ハルカ、よくみてるんだよ」
そう言うと、合わせた手をそのまま平行に保ったまま手を離していく。するとその空間に光の面ができた。
「これがキャンバスになる。ここに『絵』を投影するんだ」
そう言いながら、レオンハルトは私をじっと見た。一呼吸おいた後、その光の板が透明になり、スルスルと何かが描き出されていく。
まるでスキャンしたようにそこに描かれたのは、ここ最近できるだけ見ないようにしていた『地球人』でない自分の姿だった。まるで二次元の、ファンタジー漫画に出てくるような少女。これが今の自分だなんていまだに信じられない……
黙ったままそれを見ていると、レオンハルトは出来上がった作品を隣に置くかのようにスライドする。
「これが今のハルカだ。次は……」
レオンハルトは同じように光のキャンバスを作ると、今度は両目を閉じる。彼の眉間がぽっと光ると再び何かが描かれた。
目線が何かを見下ろしている。まるで大きな荷物のようなそれが身につけていたのは、たぶん、あの日の自分。
えっと、これってもしかして、ここに落ちてきた時の『私』を見たレオンハルトの目線?
その一枚を皮切りに十数枚の絵があっという間に描かれた。あの『砦』に着くまでのレオンハルトが見た私だ。光を放つたびに私を見下ろし、確認をしていたんだろうか、最初は大きな荷物のような巨体が、どんどんと縮んでいくのが『彼』の目線からも明らかだった。その時身につけていた衣類もあっという間にだぶついていた。
砦に着いて馬から降ろされた時だろうか、絵に描き出された彼の目線が少し変化する。
私の顔を確認するかのように彼の目線が私の顔へとフォーカスされる。
怯えたように不安な顔をして見上げる私の顔は当時五十五歳のおばちゃんではなく既に見覚えのある二十代半ばの『私』だった。その頃(二十代当時)の私は髪の長さはセミロングだったけれど、彼の視界の中の自分(五十五歳)は自分で毛染めがしやすいように短髪にしていた。彼の見ていた私は短髪で二十代の顔。
顔全体から部分へとさらに目線が動いていくのがわかる。髪、肌、瞳、唇、首、肩、胸……
次に映し出されたのは不満げな私の顔のアップだった。
あ、ここで女性だって認識されたことに気づいたんだっけ。あまりにもぞんざいな扱いされていた理由がわかって、ムッとしたんだっけ。
映し出された自分の顔とその時の記憶が結びついてぷっと吹き出してしまった。そんな私に集中力が途切れたのか、レオンハルトの閉じられていた眼が開いた。
アースブルーサファイヤに瞳が私の顔を見つめていた。
「すごいね。こんなことまでできるなんて」
最初の一枚は除いて、ここに落ちてきて以降の私を第三者目線で初めて認識できたことに驚きの声を隠せなかった。
「ハルカもできるようになるから。まずは『今』を写生してみようか」
「できるかな?」
「訓練すればできるようになるから。まずはキャンバスを作ろう」
レオンハルトは私の背後へと移動した。私はレオンハルトがしていたように自分の胸の位置で合掌をする。
「掌に『魔力』を送って溜めて、循環させてみよう。うん、その調子。よくできている。少しだけ離してみようか。そうそう、離したまま、同じように魔力を双方から送るんだ」
以前ルイスから受けた『マナの魔力化』を思いだす。その時と違うのはレオンハルトのいう『魔力』は私の『マナ』ではなく、最初に私に送り込まれた彼の『魔力』だ。
今回の訓練で言われているのは、私の『マナ』を使うことはないということだった。いくら『変化』をしたとしても根本的なところは変わらない。私は『マナ』を自分で作り出せることはできないのだそうだ。なので『マナ』を『魔力』に変換するのは限界があり、枯渇してしまうらしい。それを踏まえての訓練だ。
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