ハルカ 異世界のキスの味と第一夫君との結婚
外で待っていたレオンハルトとルイスが部屋に入ってくる。三人の男性の視線が自分に向けられて、どこを見ればいいのか戸惑っていると
「この状態で公式の記録を録るを許して欲しい。実は確認したいことがある」
クリストフが言葉を発しながら皆を見る。
「まず聖樹の印の記録をしたい」
それを聞いたルイスが何やら魔道具を取り出し、全員の左手の甲に刻まれた聖樹の印を録画する。その後、クリストフが
「そのまま録画を続けて欲しい。誓いのキスのことのことなのだけれど、ズバリどんな味がしたのか答えて欲しい。先ずはハルカ。君はどうだった?」
味⁇ いきなりこっちにふる⁇ どう答えればいいの⁇ 沈黙していると
「あちらの世界、貴女の世界のキスと比較して欲しい」
え⁇ ん~~~と……
色々言葉を探したけれど上手くごまかせる言葉が見つからない。あきらめて正直に告白する。
「比較…… 出来ません。ごめんなさい。この年で恥ずかしいんですが…… 実は遠い昔、初恋をこじらせてから、男性とちゃんとおつきあいしたことなくて…… この年なんですが、あんなディープなキス、今日が初めてです。
なので、正直圧倒されて、怖かったです。これ、記録されるんでしょ…… もう勘弁して」
恥ずかしいやら何やらで涙目になる。
沈黙が続く。ふと視線をあげると三人とも口元に手をやり、私をじっと見ている。その頬が赤い。
「私が…… ハルカにとって初めてということなのかい?」
レオンハルトが私につぶやく。
「うっ…… うん。そうだよ」
私の言葉にレオンハルトはぱっと顔を背ける。
耳まで真っ赤になっている。いや、何三人とも、乙女なの⁇
いやいや、こんなこと曝させられて、恥ずかしいのは私の方なんですけど~~~!
「それなら手加減してあげたのに」
クリストフがクスリと小さく笑いながら、ぽそりと小さくつぶやく。
えっ? 今、何て言った⁇ クリストフを見ると、視線が絡み合う。涼しげな表情とは裏腹に、獲物に狙いを定めた猛禽類のようなクリストフの瞳に思わず視線を外す。
「わかりました。では、この三名の比較でいいのでお答えできますか」
クリストフは私に答えを促す。
三人の視線が私に向けられる。仕方がない。息を一息ついて、レオンハルトの顔を見て答える。
「レオンは、甘い熟れた果実のジュレのような味、私が大好きな梨。夏の果実なんだけど、小さい頃熱を出して寝込んでいた時に母がよく食べさせてくれて。私の一番好きなもの。死に水も梨の果実がいいなって思うくらいの……」
「レオンはどうでしたか?」
クリストフの問いにレオンハルトも私の顔をじっと見つめながら口を開く。
「ハルカのキスもよく熟れた葡萄のような甘く濃厚で飲み干してしまいたい……」
レオンハルトと視線が絡み合う。
「ではルイスはどうでしたか、ハルカ」
クリストフは私に問う。
「ルイスは…… 甘く濃厚なクリームの味……」
ルイスに視線を向けつつ答える。ルイスがにっこり微笑みながら
「僕も、ハルカのキスは濃厚で甘いクリームの味、全部食べ尽くしてしまいたい……」
熱を帯びたルイスの視線を向けられてドキドキする。
「クリスは?」
ルイスが私への視線を外さないまま私に質問する。
「クリスは… 濃密な蜂蜜のような甘い蜜の味…」
視線を一瞬クリストフに向ける。激しく濃厚なキスを思い出し、視線をすぐに逸らす。
「ハルカのキスは普通とは全然違いましたね。ハルカはとても、とても甘い蜜の味。舐め尽くしてしまいたい……」
そう言うと私の方を凝視する。
「…… 楽しみです」
その言葉にゾクッとしつつ
「お、お手柔らかに」
とだけ、応えた。
「それでは今日から二日間は第一夫君のレオンが、次の二日間は第二夫君のルイスが、そして次の二日間は第三夫君の私と過ごすことになります」
勝手に予定決められてる? ルイスが少し不満そうに
「二日だけ?」
「ええ、『マナ欠乏症』のフェロモンを大量に浴びることは危険なので、落ち着くまでは時間に上限が必要ですから。ここまで急いだのはハルカへのマナの供給に対処する為です。それから、レオンはすべきことを忘れないで下さい。記録も忘れずに」
記録⁇ もしかして初、初夜まで記録されるの……
ああ、確かそういっていた…… 『保護』を受け入れる条件に記録の話が出ていた。固まって絶句している私をふわりとレオンハルトが抱き上げる。お姫様抱っこされて、驚く私に
「さあ、行こう」
満面の笑みを浮かべるレオンハルトはそのままゲートを開いて私を抱いたままその中に入っていった。
ゲートをくぐり抜けると景色が一変する。
白を基調とした部屋に日の光が射し、部屋全体が明るい。朝から人生のイベントが怒濤のごとく過ぎていったので、まだ日が高いことに少し戸惑う。部屋の家具も白を基調としたオシャレな作りになっている。それに合わせた白いレースをふんだんに使った天蓋つきの大きめのベッドが部屋の中央に置かれている。
おとぎ話にでてきそうな、乙女なお部屋だな。それをソードマスターとか大将軍だとか言われているレオンハルトが用意してくれたということに気恥ずかしさを覚える。
「貴女をイメージして作りました。ここは貴女の為の部屋です。お気に召していただければ嬉しいです」
お姫様抱っこをされた状態のまま、レオンハルトに額にキスをされる。このスチュエーションについていけていない私は戸惑いを隠せられない。
ベッドの際で私を降ろすとレオンハルトはベッドの端に腰掛けるとその隣に座るように私を促した。ふと見るとベッドのすぐそばに移動式の大きめのワゴンの上に食事が用意されていた。すぐ摘めそうなサンドウィッチやデザートが用意されている。
「何か飲みますか?」
「珈琲を」
と言うとレオンハルトが頷く。すぐ淹れられるように用意されているのかレオンハルトは立ち上がりワゴンの上で珈琲を入れる。珈琲のいい香りが部屋に広がる。
「ミルクとシュガーはどうしますか?」
「ミルクとシュガーは一つでお願いします」
そういえば朝から何も食べていなかったな。急に空腹を自覚したせいかお腹がキュルッと鳴った。
…… 恥ずかしい。視線を下に向けていると移動式のテーブルの上に入れられた珈琲のほかサンドウィッチやスコーン。カットされた果物の盛り合わせが置かれている。
「今日は疲れたでしょう。大丈夫ですか」
隣に座ったレオンハルトの低いバリトンボイスが耳元でする。
「ええ、まあ……」
ここに至るまでの経緯にカルチャーショックを受けたことを正直に話す。するとレオンハルトは私の疑問に答えてくれる。
成婚の儀の左手の甲に刻まれた印は何なのかと訊けば、この星で古来からある儀式で、女性に刻まれる幹や枝の文様と男性に刻まれる葉の部分が組み合わさって一本の聖樹の文様になるらしい。一組のペアに一対の文様が刻まれるらしく、ペアごとに文様は違い、男性の文様の丁度幹や枝の空白部分からマナが放出され、女性の幹や枝の文様がそれをロックする役割を担っているとのこと。なので成婚の儀でペアであるという聖樹の認証をし合うことで、マナの供給が可能になるということだった。
私の場合は三人の文様が重ねられていてより鮮明により複雑に刻まれている。レオンハルトが左手の甲を重ねるとレオンハルトの文様にあった部分が白く輝きだす。それと同時に必要なのが直接マナお供給し合う部分のマナの認証。誓いのキスが何故ディープなのはこの為らしい。左手の聖樹の印を認識後、上の口からマナを供給する為にマナを登録認識するために必要なことだと答える。
上の口? 他には? 前と後ろの口とレオンハルトがさらりと口にする。
前の口ねえ…… 後ろってあっちのことだよねえ…… 多分中身おばちゃんなのでそれなりに対応できてるけど…… 正直ヘビーすぎて初心者にはついていけないんだけど……
少し冷めかけた珈琲を一口飲む。すると一口大にサンドウィッチをちぎって、私の口元にレオンハルトが持ってくる。パクッと口に入れる。すっかりレオンハルトに餌付けされている。まるでこれも決められた約束事のように二人にとって当たり前のことになっている。口の中が空くと再び口元に食べ物が運ばれる。
自分だけだと気が引けるので私もレオンハルトの口元に食べ物を持っていくとぽっと頬を赤らめながらパクッとそれを口にする。超美形のお兄さんが餌付けされる光景というのは破壊的だなあって思いつつ、そのあまりの可愛さにときめきつつお互いにもぐもぐし合う。空腹が満たされる。
ここの食事は見た目よりも体内に吸収されやすいのか、それほど食べなくても満足感が得られるらしい。地球だったら、絶対これくらいで足りないだろうっていうくらいの量のはずなのに……
おかわりの珈琲をゆっくりと飲んでいると
「ハルカにとって私が初めてで、大好きな味だといわれてとても嬉しかった」
いきなり話を振られて珈琲を噴き出しそうになったけれど、レオンハルトは真剣に少し恥ずかしそうにそう言った。
何言っちゃってるんだ、この男は! 内心驚きながらもまるでそこに自分以上に乙女な美青年がいる。
「レオンは初めてだったの?」
そう問い返すと
「ああ、そうなんだ。恥ずかしいけれど…… 誰かをこんなに求めてしまうなんて、自分のものにしたいだなんて思ってことなくて、戸惑っている。私達は魔力やマナが多すぎることと王族だから迂闊なこともできないということもあって中々縁遠かったんだ。魔力やマナの差が大きいと相手に負担がかかるから……」
そ、そうなんだ。王族も大変なんだ。まあ、私も初めてだったし。いきなりのディープで驚いたけど。
確かに味が…… 経験がないので比べられないけど、あの味は地球的ではないのは理解できる。
だって濃密な果実のジュレとか濃密な甘いクリームとか、濃密な蜜の味とか…… それを食べているのと同じ状態なんだから。そんなキスは地球では存在しないだろう。きっと、多分、絶対。したことないからわかんないけど。
「魔力やマナの差が大きいと相手に負担がかかるから」かぁ…… あれも魔力や、マナと関係があるってことなんだ。
クリスの奥さんの話がふと思い出された。
魔力はないけどマナが多くて浄化力が強いから、私は大丈夫ってことなんだろうか。
私が、自分以外の誰かを考えていたのがわかったのか、レオンは私の手を握りしめる。
その瞳に強さに躊躇してしまう。
「正直、ハルカがルイスやクリスと成婚の儀をしている時、全然平気じゃなかった。それが必要だと判っていても嫉妬したし、誰にも触れさせたくないと思った」
三人でいる時は全くそんなことおくびにも出さなかったレオンハルトの言葉。
ああ、そうだろうな。でもそれが許される立場じゃないのだ。彼らも私も。何かがこみ上げてポロポロ涙がこぼれてしまう。レオンハルトは少し困ったように私をみて
「いつも泣かせてしまうな」
そう言うと私の頬に手をやり唇にキスをする。
始めは軽く啄むように何度も繰り返す。レオンハルトの蒼い瞳が私をじっと見つめる。
「優しくするから。ハルカ」
天蓋の四隅にあるリボンが解かれベッドがレースのカーテンで覆われる。
二夜の地球人生含めて初めての男女の、夫婦の営みは想像以上に濃密でハードなものになった。
ピッチャン…… 水音に目覚める。
「これには『月の光』の源泉が入っているから、まだ浸かっていた方がいい。」
ああ、別宮の…… どおりで身体に力が満ちていく感じがするわけだ。レオンハルトはただ後ろから身体を支えてくれているだけのようだ。ん? 一緒に湯船に浸かってる? ふとそんなことに気づきながらもすっぽりと彼の体に収まったまま、すぐに意識が微睡出す。
次に意識を取り戻した時にはすっかり髪も身体も乾かされ、新しい夜着に着替え、清潔なシーツに取り替えられたベッドの上に寝かされていた。
部屋の中はまだ明るく日は落ちていないようだ。寝室にレオンハルトの姿はない。マナを大量に含んだ『月の光』の源泉のおかげか、マナ供給によるものなのか、あれだけ酷使された身体なのに、随分と楽に身体が動かせる。身体を起こし、ベッドから出る。薄いレースのカーテンだけになっている窓の方に近づく。眼下には見事に手入れがされた庭園が広がっている。その規模の大きさから、この建物の規模の大きさが窺われる。
かなり大きいな。この寝室も…… 二十畳くらいは軽くあるんじゃないかな。見た目だけはかつて旅行した欧州の古城のようなイメージなんだけど……
窓を開けようとしたけれど、全く開かない。
「開かないように結界が張られているんだ、ごめんね。『マナ欠乏症』を発症したハルカをそのまま外の世界には出せないんだ。今、ルイスが色々準備しているから。準備ができれば出られるようになるから、少しだけ辛抱して欲しい」
食事を用意して寝室に入ってきたレオンハルトが申し訳なさそうにそう言う。
『マナ欠乏症』か、忘れてたな。媚薬フェロモンだっけ、歩く生物兵器みたいなものか。このまま軟禁されたままなんだろうか。
呼吸ができるってことは地球と変わらないのか? いや、そもそも他の星に対応できているってことは…… 排泄もしないし…… 情報過多でうまく処理しきれないな……
食事も…… 見た目も味も食感も地球のものと変わらない。今日はがっつり肉食で、おそらく極上の和牛のステーキ。主食ももちもちの美味しいご飯。野菜も新鮮なサラダ。スープも時間をかけて作り込んだものだと口にすればすぐにわかる。これらがレシピを選べば、あっという間に出来上がるという。
マナって…… 一体なんだろう…… レオンハルトと食事をしながらそれとなく訊いてみる。
基本、彼等は食事を摂るのはマナを多めに消費して足りなくなったエネルギーの補充をしたり、誰かと団欒してコミュニケーションをとるためのものだったり、単純に娯楽として楽しむためのものらしい。自分たちの体内で必要なマナは生成されるので外部からの摂取自体はそれほど必要じゃないらしい。
なるほど…… じゃあ、私のために今は付き合って食事をとってくれているのか。といえば、『マナ欠乏症』になると食事や性行為等である程度まで外部からのマナを供給し続けないと生死に直結するので、そのマナ供給する方も食事等でマナを多めに摂取する必要があるらしい。
レオンハルト達のようにマナや魔力が膨大ににあれば普通は影響を受けないが、マナを生成できない『渡り人』である私の場合、数十回と繰り返される大規模な浄化のためにマナの消費がとんでもないレベルでされているのでレオンハルトだけでは賄いきれず、同程度マナや魔力を保持したルイスやクリストフも必要だと言われる。
通常だと『マナの自己生成』でどうにかできるけれど、私のために消費過多で食事で補っているということなのか。それにしてもこれだけ体格にいい三人の男性の『マナ』が必要なのか、ここで生きていくために。
食事をとっても全てがエネルギーになって老廃物として排泄もされなくなる。未だそれが受け入れられずにいる。自分の身体が別のものに作りかえられていく。
そういえば黄泉の国の食べ物は口にしてはいけないと言われているのと同じなのかな……
もう戻れないのか…… いや戻る場所(地球)もどうなっているのかもわからないのに…… 感情のブレ幅が大き過ぎてそれに飲み込まれてしまう。止めることも出来ない嗚咽。向かい合って食事をしていたレオンハルトがそばに立ち、彼にぎゅっと抱きしめられる。
背中をポンポンとあやすように軽く叩かれるとすぐに意識が落ちていく。