『光の逆流』、『宇宙の始まり』と『星の核』
お話の展開上、「『宇宙の始まり』と『星の核』」「ハルカ 再び浦島…」とひとまとめにしました。
例えば溶けたバターに感情というものがあったならばこんなものなのかもしれない。意識が光の中へ溶けていくのを感じながら、そんなことを感じた。
意識がそれに同化しようとする度、『私』の名前を呼ぶ。それを何度も何度も繰り返す。
その声を無視してそこに溶けてしまいたい。『私』という意識を手放してしまいたい。何度も何度もそういう気持ちと『私』を呼び続ける声に揺れ動きながら光の中を溶け込めないまま身を委ねていた。
光の中で目覚めた。
暖かな心地よい光で満たされた空間。
ふと見ると目の前にまるで行き止まりのように道が左右に分かれていた。
少し、ほんの少し迷ったけれど左の道を選ぶ。
意識だけが左の方向へと進んでいく。
人は死の瞬間に走馬灯のように自分の過去を見るという。まさしくそんな感じで、まるで『私の人生』を逆戻りするかのように『記憶』が映像化されて映し出されていく。
この星で『彼等』と出会うまで一気に映像が流れていった。
一瞬真っ暗な空間に引き上げられたかと思った瞬間、強い閃光と共に『私の地球最後の朝』に戻った。
『私』がそこに止まろうと意識するのを分かったかのように、強い光の流れがさらに過去へと押し流していく。
亡くなった両親や兄弟と過ごした日々。懐かしい日々が巻き戻っていく。
どんどん映像の中の『私』が若返り、幼くなり、そして誕生すると同時に母の母体へと吸収され、ドク、ドク、ドク、自分と自分以外の鼓動が重なる。やがて、静寂に包まれる。
ある瞬間光の閃光が起き、再び暗闇の中へと引き上げられ、光の中に溶け込んでいく。それからは巻き戻りも倍速が加速されていく。
瞬間の映像が映り込みながら、時には時代劇に出てくる武士のようだったり、中世ヨーロッパの絵師で、どこかの教会の天井画を描いていたり、平安絵巻のような公家の衣装を身に纏っていた。怒涛の如く映像のみが展開していく。立ち止まることもできず、その映像の流れに身を任せていると突然『誰か』が『私』を捕まえた。
『人であり、人ではない。何者か』
多分、そんなことを言われた。というのも、日本語だろうけれど、聞き慣れた日本語じゃなかったからだ。
昔見た教科書の古墳時代の人のような身なりをした少年が、形のない『私』を捕まえた。
それまで時間が遡り続けていた『私』の時間が一旦停止をして『少年』と共に順行していく。
『彼』は『私』に触れることで未来を見たようだった。
何かにそれを書き記していく。未来に絶望したように、『彼』は『私』をどこかに封印しようとした。
でも、それがなされることは出来なかった。
再び光の逆流に囚われ流されたからだ。
そんなことが何度か繰り返された。時代も言語も異なる人々は『私』をとどめ、『私』を見た人たちは、最後は未来に絶望しながら『私』を封印しようとした。その度に光の逆流は速度を速めながら、時間を遡っていった。
再び光と闇が交錯する。やがて天井絵が映し出された。それを意識だけが見ている。
その絵は天体写真を時計回りに螺旋状に置かれていたものだった。その中心は見ることができないくらい何層もの重なりによって構成されていた。
一番手前が地球? 見知った『青い星』が目に入った。それを起点に絵を時計回りに追っていく。
何だろう? 最初は単なる天体写真がただ並べられているのかと思って見ていたけれど…… それを逆時計回りに見ていくと『答え』が分かった気がした。
天体写真といっても地球にいた時よく目にしたNASAとかでよく見るデーターを画像化したようなものだ。
一つの恒星が超新星爆発でも起こしたんだろう、それっぽい画像とそこに至るまでに飲み込まれたり、引き摺り込まれるかのように砕け散っていく星々(惑星?)が誰の目線かわからない視点で切り取られて並べられている。強烈な閃光とまるで黒い太陽のようなものに掃除機のように吸収されていく様と全く別の真っ暗な空間にくしゃみをするかのように欠片が大量に吐き出されていく。それが、まるでマグネットに引き寄せられていくように星々を作っていく。そう…… あり得ない事に見慣れた星になっていくのだ。
常識が完全に打ち砕かれてしまうような天井絵を何度も何度も見返していた。
そうこうしているうちに超新星爆発を起こした星の影響で砕け散ったであろう星々の一つに心惹かれていると、ふっと画面が切り替わる。
夥しい数の光の大きな球体が飛んでいく光景の中、誰かになった『私』はどうやら自分の家族を宇宙へと逃しているようだった。光の球体は宇宙船だったらしい。
家族との別れをしているのか、『彼(私)』のコミュニティーはほとんどが既に脱出をしているらしく、『彼(私)』の『家族』が今、まさに別れを告げているようだった。
人間? のような形をしてはいるけれど、地球人のような物質化されていない、集約された光の流動体? まるで『マナの可視化』で見たような不思議な形状をしていた。つまり、みんなそれぞれ少しずつ異なるからだろうか、わずかな違いで他者を見分けているんだろうか、言葉を使うというより思念で会話しているんだろうか。『彼(私)』は『家族』の無事を願いながら別れを告げていた。
『彼(私)』の記憶が流れ込んでくる。『彼(私)』は『星の核』の守護者で、『彼(私)』以外にもその星には二百人近い『守護者』が残って、『家族』が少しでも遠くに避難できるように『星の核』を保たせる事になったらしい。
『家族』の一人が自分も側で残りたいと告げるが『彼(私)』はそれを受け入れず、『彼(私)』は『家族』の乗る宇宙船に強固な守護魔法をかけ、彼らの無事を願いながら送り出していた。
やがて『彼(私)』は定められた地下の宮殿の一つに向かい『星の核』を少しでも長く保たせるために強固な守護と結界の魔法陣を構築し、自らをその封印の鍵になった。
『彼(私)』の意識もそこで途絶える。
その効果がどれほどあったのかは、おそらく誰にもわかることは出来なかっただろう。その星に誰も住むことができなくなり、やがて『彼等』の太陽が寿命を迎え、星を引き寄せながら砕け散り飲み込んでいく。
誰にも止めることができない星の終わり、一連の流れだ。
ただ、そうやって『彼等』によって守護された星の核の一部は不思議な事だが『くしゃみ』によって撒き散らされ、キラキラと煌めきながら『青い星』の核の一部になった。
『核の一部』というより、地球人が考えている『核』の中にそれが内包されていると言った方が正しいのかもしれない。
それはまるで圧縮された『マナ』の塊のようだった。
ふと螺旋の更に奥へと意識がいったと思った瞬間再び光の激流に押し流されていく。
NASAや天文学者、物理学者がこれを見たら彼等の常識が覆るんじゃないかと思ってしまった。残念ながら自分はそういう意味では完全など素人だ。ただ目の前に映し出される『宇宙』はまるでそれ自体が『生物』のように感じた。
様々な星(恒星)が生まれ、死に、いや、脱皮するがの如く新しい星(恒星)を形成していく。
星(恒星)の死と共に掃除機のように残骸が吸い込まれ、全く別の空間へと吐き出され、新しい星(恒星)と付随する惑星が生まれていく。
不思議なことだけれど、形は違えど『生命』が生まれる星には『マナの核』が引き継がれていくようだ。
『地球』由来だけでも数十個の恒星が生まれては死んでいったようだ。おそらく地球由来以外ならもっと多いんじゃないんだろうか。
いや、地球にいた頃、ビックバンて一三七億年とかいっていたけど、そんなもんじゃないな。桁違いに宇宙の始まりは古いんじゃないか。一つの星(恒星)の寿命ってそんなに短いもんじゃないだろうし……
まるで打ち上げ花火のように鮮やかに繰り返される『星の核』の破壊と再生を見せられながら、こうやって宇宙は拡大していっているんじゃないのだろうか、そんなことを思いながら、更に奥へと引き寄せられたと思った途端、真っ黒な、一見オイリーな液体の中へとドボンと落ちた。
これで終わり? そう思おうとしたと同時に真っ黒なオイルのような物質の中へと引き摺り込まれる。
溺れる! ものすごい恐怖が襲ったけれど、結果的にはそういう事にはならなかった。
よく考えてみれば、肉体ではないのだから、溺れるも呼吸困難も何もないのだけれど、その事に気づくのは体感的には二十分近い間、ずっとその真っ黒な物質の中をひたすら落ち続けた後のことだった。
落下速度が落ちたと思ったら、今度は全く別の空間のようなところへと移動していた。
真っ黒なオイルのような『闇』の中から、『光』の中へと。
目の前にある『光』の空間はまるで生き物のように『呼吸』していた。
空間全体が『マナ』だと何故か『わかった』。
まるで『小春日和』のような心地よさだ。つい、いや、本当にこのまま『自分』という『意識』を手放したい。この空間に溶けてしまいたい、本能に近い強い要求に翻弄されながら『マナ』が最も凝縮している部分へと同化していく…… ああ、気持ちがいい…… 溶け始めた『私』をまた誰かが呼んだ。
その瞬間『意識』が飛んだ。
いつの間にか再び真っ暗な闇の中いた。
それまでとは全く違う、まるで数十キロの鉛の板を被せられているかのように重く、苦しい。あまりの重さに目が覚めた。
突然の光に眩しくて目が痛い。
…… 痛い? 重い? 苦しい?
重すぎて体が全然動かせない。かろうじて瞼の開閉だけができた。物理的な感覚に戸惑っていると、深いアースブルーサファイヤの瞳が私を覗き込んだ、その瞳には信じられないものを見るかのように驚愕と同時に湧き出るようにその瞳を潤ませた。
「***」
『私』を呼んでいるのか雑音のような奇妙な音。私の反応に今度はスカイブルーサファイヤの瞳が私の額を確認する。すると納得したように、私の額に指で何かを描くと額がぱっと光った。一瞬強いめまいが起こる。
「ハルカ、おかえり」
今度はグリーンサファイヤの瞳が『私』に呼びかけた。
「ただいま」
なんとか、声を絞り出すようにして、声にならない声でやっとそれを言葉にできた。
三年…… レオンハルトからそう聞かされた時、ただ驚いたというより、その間ずっと夫君達が私の目覚めを待ち続けたという事実に胸が締め付けられた。
少年の歌声に共鳴をした瞬間『マナの暴走』が起きたのだそうだ。
後一瞬、遅ければ……
アレクサンダーがそう呟きながら、私の頬にそっと手をやる。
レオンハルトが特殊な結界を展開し、ルイスが転移陣で屋敷に戻り、『マナの暴走』を食い止めるための魔法陣の中で四人が交代に『マナの供給』をしたらしい。
何度も何度も『マナの暴走』を引き起こし、ずっと生死の境を彷徨っていたのだそうだ。
最後の『暴走』の時は一度呼吸が止まった。
クリストフがそう呟きながら、その時のことを思い出したのか、声を震わせた。
それが最初の『マナの暴走』から半年経った頃だったらしい。
その時の『変化』から二年半、ずっと眠っていたそうだ。
そう、私の身体は大きく変化していた。鏡に映る自分の容姿はとてもじゃないけど『地球人』ではない。否、ヒューマノイドだけれど、どちらかというと夫君達に近い。
毛髪は乳虹色、瞳はレオンハルトとルイスの中間の様な蒼色に、クリストフやアレクサンダーの様なグリーンサファイヤのような虹彩が混じっている。
まるで四人のマナの色が凝縮されている。
皮膚も東洋人のものでない。どちらかというと欧米人より白く透明度がある、夫君達のような……
見慣れぬ自分の容姿に戸惑っているとルイスが
「僕たちの『マナ』の色だよ、ハルカ」
呼吸が止まった時、なんらかの変化が起こり、供給者の『マナ』を吸収することで再生したのだそうだ。
そんなことあるのか?
意識はそのまま六十歳超えの日本人のおばちゃんだ。『次元の間』で一年。今回で三年。あっという間に六十歳超えてるよ。なんていうか、その事実が結構ショックだったりする。
実は外見だけではなく、見た目年齢も一気に若返った。
見た目は十二、三歳だ。え? 小中学生?
呼吸が止まった時は九歳か十歳くらいまで若返ったらしい。
これは単純に喜べないのは、私の場合は若返ることは寿命が尽きることだからだ。
それにしてもどうやって『マナ』を供給したのか、怖すぎて聞けない。
躊躇していたのを見透かすかのようにルイスがガラス瓶から不思議な色をした飴を取り出した。
以前食べさせてくれた『マナの飴』に似ている。
それを口の中にぽいと入れられた。
あっという間に口の中で溶けて吸収される。
驚いているとその『飴』は夫君達四人の『マナ』によって作られているのだとか。ルイスが改良を加えてより効率的に『マナ』を凝縮して作ったもので、それを食べることで『マナの供給』がされたのだと説明を受けた。
思わずホッと胸を撫で下ろす。流石に小中学生相手に、成人男性とほにゃららはまずいだろう。ちょろっとそのことを仄めかすと夫君達四人とも呆れたように口を噤んでしまった。
三年、寝たきりだったので、リハビリも大変かと思っていたのだけれど、状態が安定した二年半前から、『マナの源泉』の湯船に浸かり、夫君達が交代でリハビリをしてくれていたそうだ。絵面的にはやばい気がすると思いつつ、万が一のことを常に留意しつつ、四人が見守ってくれていたのは、すごいことだし、改めて感謝だなと思った。
そのおかげで一月も経たないうちに日常生活に復帰できた。
最初は無重力から重力での生活を強いられているかのように、一つ一つの動作にかかる負荷はとても大きかったのだけれど、さすが身体は若返ったおかげか。回復も重力への慣れも早かったようだ。
食事も『マナの飴』以外にも夫君達がたっぷり手の込んだ食事を用意してくれているおかげか、心なしか成長も早くなっている気がする。目覚めから半年後、鏡に映る私は十三、四歳に見えた。
夫君達の愛情は深い。重いっていうのとは違う、なんていうか、とんでもなく深い。男女の執着というより、私の生への執着だ。当の本人(私)的には、人は、生物はいつかはその一生を終えるものと受け入れている。もしかしたら、星のように壊れてはどこかで再生するもの。
だけど、確かに彼らのいうように再び出会うことはないかもしれない。だからこその『今生』への執着なのかもしれないけれど……
『次元の間』から戻って来た時には夫君二人だったけれど、今回は基本全員が常にそばにいる。
いつの間にか、共有スペースが拡張されて夫君達の執務がそれぞれ行われるようになっていたし、身体が動かせれるようになってからも個室に戻らせてもらえないままだ。目の届かないところでどうにかなってしまうんじゃないかと、トラウマになってしまっている。
陛下からの呼び出しや領地の公務等で離れる時もあるけれど、それも別室に設けられた遠隔通信でやりとりしているだけだ。
私が目覚めるまでのこの三年、ずっとそうだったらしい。それで全てを回し切っている夫君達は相当能力が高いのだろう。いや、領民達もある意味割り切っているのか。
世襲制ではない領主への依存がないのかもしれない。彼らにとって領主とは瘴気や魔物、魔獣といった領民への脅威を排除する存在なのだろう。
『大浄化』の後はそういった脅威は今のところ無くなったからこそ、夫君達のような『働き方』も許されているのかもしれない。
ところで、今回の『変化』は見た目だけではなく、体質も『変化』したようだ。
『成長』のために『マナの供給』をしているのだとルイスから説明を受けた。
『マナ欠乏症』が完治ではないけれど、ほぼほぼそれに近い状態にまで改善しているそうだ。とはいえ『マナの暴走』が起これば一気に状態は悪化する。そのため、それに起因するような外因はできるだけ排除するということになっているらしい。
つまりは『渡り人(地球人)』同士の接触だ。私が接触をした少年は即王国の保護下に置かれたそうだ。
『マナ欠乏症』を発症していないため、王宮で制限なく普通に生活をしているのだとか。既に当時未婚だった王女三名が配偶者に選ばれ一緒に暮らしているのだそうだ。当の本人は市井での生活を希望していたらしいのだけれど、それは叶うことなく、言い方は悪いけれど、うまく言いくるめられたんだろう。おばちゃん程の経験値を持ってすら、ままならないのだから。
本当なら少年に会って色々話を聞いてあげられれば良いのだけれど、夫君達は頑なにそれを拒否する。
怖いのだと。もう二度と生き絶えた私を見たくはないのだと四人の夫君に懇願されてしまうと無理強いもできない。
しばらくは大人しくしないと夫君達の心が壊れてしまいそうだ。まあその代わり少年に関する情報を共有してくれることになった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
未だ体調が整わないのですが、休み休みやってます。投稿は不定期になってしまうかもしれません。
当面はこちらの作品のみになりそうです。他作を読んでくださっている皆さん、ごめんなさい。
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