ハルカ 西大公国の『花祭り』1
レオンハルトが目を覚ましたのか、彼の身体が身じろぎながら、それでも私の身体を確認するかのように抱き締めてきた。
頭の上で聞き慣れたバリトンの声がする。
「ハルカ。身体は大丈夫か?」
「うん」
レオンハルトの鍛え上げられた胸に若干押し付けられながら、頷いた。
「今日は西の大公国で花祭りがあるそうだ。久しぶりに皆で行こう」
「え? いいの? 行きたい」
そう言えば『マナ暴走』未遂があってから、『次元の間』とうとう、よく考えたら『遊ぶ』という目的での外出は久しくできていなかった。
頭を少し話して、レオンハルトの顔を見上げると、レオンハルトも私の顔を見下ろしていた。アースブルーサファイヤの瞳が優しく微笑む。嬉しくて微笑み返すと、なんというか、そのまま、ハミングキスの嵐。
えっと怯んでいると、そのまま深くディープなものに変わっていく。
呼吸もできないくらい深い。レオンハルトのマナと共に、甘い熟れた果樹のようなエネルギーに押し流されかていると、不意に唇を離す。熱のこもった瞳で覗き込むように見つめられる。
「続きは今晩、いい?」
えっと…… こんな顔でおねだりされると断れない。頷くと、破壊的な美青年の満面の笑み。
じゃあ、用意しよう。ばっと上掛けをはぐり、ベッドからレオンハルトが出るとすぐにいつの間に用意していたのか、今日のお出かけ用の着替えが一式手渡された。
レオンハルトカラーだ。銀色にアースブルーの差し色のワンピースだ。
それに着替えて、レオンハルトの部屋から一緒に出ると、ラウンジの方でルイス、クリストフ、アレクサンダーが食事の用意をしていた。
「食事が終わったら、花祭りに行きましょう。よく賑わっていると報告を受けていますから」
西大公国の領主であるクリストフが今回は主になって案内してくれるのだとか。
「今日は気分転換しよう、ハルカ」
ルイスがそう言ってウインクをする。
気を使わせちゃってるんだな。と改めて夫君達に感謝する。
「西大公国の花祭りは大陸一だと言われるくらい華やかなんだぞ」
アレクサンダーもご機嫌そうな顔で教えてくれた。
「花だけではなく、大陸中の様々な音楽の祭でもあるんですよ。古の音楽も奏でられます」
クリストフがおすすめマップを手渡してくれた。収穫祭とは少し趣が違うのだそうだ。
音楽の種類によって幾つかのステージが設けられ、そこに年毎のテーマに則した花で彩られるのだそうだ。
この星の夜は短い。つまり花祭りの期間はほぼ全日花と音楽で彩られることになるんだとルイスが付け加える。
大陸中から観光客が訪れ、大陸中の食べ物も食べられる。十日間に渡る大規模なお祭りなのだそうだ。
今日が丁度中日に当たるとのこと。
期待でワクワクしながら、私達はいつもの如く屋敷ごとルイスの転移魔法で西大公国の花祭りに向かった。
屋敷から出る前に、いつもの如くフェロモン拡散防止のための特殊な魔法を全員ルイスによってかけられる。それと拡散防止の為のローブを身につける。
念には念を入れて、観光客が多ければ多いほど被害も大きくなる危険を伴うので強固にルイスが模倣を展開していく。
それと『渡り人』特有の容姿を見られないように認識阻害の魔法もかけられる。今回はクリストフも含めて夫君達全員も同じように認識阻害の魔法をかけていた。
「人が多いですから、ハルカのそばを離れることができません」
西大公国の領主であるクリストフは領内では有名人だ。常に領民から声がかかる為、その度にそばを離れていた。
え? そんなんでいいのか? 領主の仕事してもいいんだけど……
今回は大陸中から人が集まるということで、レオンハルトやルイス、アレクサンダーの領地からもひとがたくさん集まって来る。そうなるとそれぞれ領主である彼らに声がかかるとその都度私の周囲から離れざる得ない。
それはまずいということらしい。
特に先日の『次元の間』の一件以降、夫君達は私のそばを離れようとしなくなった。ちょっと情緒不安定気味になっているのかもしれないな。
夫君達の判断を尊重する。まあ、この国の制度自体、領主は世襲制でなく、一代ごとに新たな領主によって統治される、つまり領主が誰でも回るようになっているのだから。
身長一六〇センチの私を取り囲むようにほぼ一八五センチ越えの夫君四人が前後左右取り囲むように人混みの中を移動していく。
おすすめマップを片手に地球的に言えばアトラクション巡りしている感覚だ。
音楽を奏でる場所へと人々が移動をしている。
とは言えここで暮らしている住民の住居や宿泊施設には防音魔法がかけられているので、眠りを妨げるということはないらしい。
実は街に出る前にルイスから伊達メガネのようなものを手渡された。結構オシャレっぽいそれをつけてみる。おっと例の魔法のゴーグル(マナ可視化)機能が装備されていた。
「街中であれはつけると目立っちゃうからね。あれほど多機能ではないけれど、マナの流れを見るのも楽しいよ」
ルイスが天使のような笑みを浮かべてそう言った。自分用はもちろんレオンハルトやクリストフ、アレクサンダーにも同じようなものを手渡す。「ハルカの見ている世界をみんなで共有しよう」そう言いながら。
ルイスほどではないけれど、この星の人達は多少は『マナ』を見たり、感じたりすることができる。だから、『マナ』を魔力に変え魔法が使えるのだけれど。それぞれが見える『マナ』の世界はそれぞれの魔力の量によって違うのだとか。つまり十人十色なのだそうだ。
それで、今回ルイスは私に基準を合わせて『マナの可視化』メガネを作ったらしい。
夫君達全員でそれを身につける。
「「「おおお」」」
驚嘆の声があがった。
「これはいいですね」とクリストフ。
「面白い」とアレクサンダー。
「これがハルカの見る『マナ』か」とレオンハルト。
「ハルカ用のは基準は私の見ているレベルに合わせているので」とルイス。
「「「ハルカの『マナ』も美しい」」」
先の三人の夫君の声に「当然」とルイスが同意する。
「皆、それぞれの『マナ』を登録して欲しい。えっと右端に小さなボタンがあるので、それぞれの『マナ』をメガネに映しながら一度押すと登録できるよ。これで『迷子』になっても『マナ』の流れで見つけられるようになるから」
ルイスの言葉に従って私は夫君達四人の『マナ』を登録をした。
ルイスの『マナ可視化』メガネをつけてみる世界は妖精やファンタジーの世界に迷い込んだかのように美しかった。
人や植物、そう、花祭りと言われるだけあって所狭しと飾られている花々の『マナ』はまさしく百花繚乱。『マナ』によって生命が輝いているのだ。
そして、音楽にも『マナ』があった。
酔いしれるほど世界が『マナ』で輝いている。
圧倒されている私の両手をレオンハルトとルイスが握りしめる。
「本当に凄いね。これほど世界が美しいなんて。これを知っていたら『地球』を壊すことなんてなかっただろうに」
本当に私達はとんでもないことをしてしまったんだ。目の前に広がる世界が美しすぎるがゆえに、きっと『地球』も同じくらい、いや、もっと美しかっただろうに。
どうしても『地球』に想いが馳せてしまう。やりきれない思いを抱えながら、二人の手を握り返した。
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