ハルカ 異世界で『浦島太郎』になる
「渡り人・ハルカ」が姿を消してから一年が経ったある日、南大公国の森の中で彼女の三人の夫君達はその日もハルカの位置を示している付近の捜索を続けていた。
彼女の生存を示す結婚指輪と念の為彼女が魔法の指輪と呼んでいる魔道具である指輪に位置情報の付加も加えていた為、『彼女』の身の安全は今のところ確認が取れていた。
彼女の位置も彼女が忽然と消えた場所から十メートルも離れていないところでほぼ固定されている。
見えないだけか。
大魔法士のルイスはこの一年『ハルカ』を見つけるために様々なことを検証し続けていた。
『次元の間』そこに至るための何やらゲートらしきものを発見はしたもののそのゲートは内側からのみ開くことができるのか、外側からは開かないようになっている。古今東西さまざまな文献から引き出されたさまざまな魔法陣を展開していくが未だ全く反応をしていないのだ。
今日も無理か…… 三人が諦めかけた時、大きな光を放ちながら目には見えないゲートが開いた。
「あれ? 迎えにきてくれたんだ」
その光の中から『ハルカ』がまるで一年の時間を感じさせないかのように明るい笑顔を夫君達に向ける。
「じゃあ、またね。今度、持ってくるから」
『ハルカ』はゲートの向こう側を振り返りながらそう告げると、夫君達の所得と一歩足を踏み出した。
信じられない光景に夫君達三人は息をすることも忘れていた。
ハッと気づき動いたレオンハルトが『ハルカ』の手を掴みぐっと引き寄せ抱き込む。それを倣うようにルイスとクリストフも『ハルカ』を閉じ込めるかのように絶対に逃さないようにタッグを組み抱きしめる。
「く、苦しい。息できない」
ハルカのその声に少しは力を緩めるが、誰もその手を離すことはしない。
「ルイス」
クリストフの声に反応するかのように、ルイスが素早く転移魔法を展開すると四人の姿はあっという間に南大公国の森の中から消えた。
『渡り人・ハルカ』が発見されてから、一週間。
三人の夫君達は常に『ハルカ』から絶対に離れないようにと共に行動していた。夜も昼も。
「ねえ? もうそろそろ落ち着こうよ」
まあ、無理もない、そう理解しても流石にちょっと酷すぎるだろう。一八五〜一九〇センチ近い男が三人、ピタッと文字通り離れないのだ。一週間前帰宅してからずっとだ。
私的には僅か一日と思っていたのが、戻ってみると一年行方不明になっていたらしい。
ふむ、いわゆる『浦島太郎』状態らしかった。
一年間ずっと私を戻そうとしていたのか、精神的にも追い詰められていたのか、夫君達三人は六、七際は歳(とはいえそれでも二十代後半かせいぜい三十歳くらいだけど)をとったように見えた。
(とはいえ、彼等も中身年齢六十歳近いのだけど……)
すごく心配させてしまったんだろうっていうのは、そういうことからも理解できたし、悪かったなあって思ったのもあって、圧迫されるような熱く重い彼等の愛情も頑張って受け止めていたのだけれど、一週間が限界だった。
ごめん。薄情だよね。だって私にとってはたった一日。ぎり一晩無断外泊したようなものなんだよ。
戻ってすぐルイスによる健康診断を受けて、三人による聞き取り調査があって、この一年(一日)いったい何があったのか話をさせられて、クリストフは即フリードリッヒ国王にそのことを報告したそうだ。
『渡り人』の行方不明ということで本来なら国を挙げて捜索ということになるのだけれど、三人の夫君達が、一応私の生存が確認されているし、所在も、見えないけれど把握できている事でそれに待ったをかけていたそうだ。
それに私が報告した内容が内容だけにそれはトップシークレット扱いになってしまった。つまり、この一年の私の失踪自体が無かった事になったのだ。
まあ、それも当然だろう。あんな事が公になると、流石に国が揺れ動くだろう。私にとってもだけれど、この星の人にとっても『ありえない』事だろうからだ。
健康診断で私に異常がみられなかったのが彼等にとって唯一安心できた事だったのだろう。三人とも一様に胸をなでおろしたようだった。
ルイスがいうには(彼等にとっては)長期間、マナの供給ができなかったのが、一番恐れていた事態を引き起こすのではないかという最大の不安材料だったらしい。マナの供給不足による『マナ欠乏症』の悪化による死だ。
ただ、私の肉体的には僅か一日、供給ができなかっただけなので、それほど影響は出なかったはずなのだけれど…… そこから一週間、とにかく濃厚で、濃厚すぎる夫婦の営みに、一週間ベッドから出られないままの状態が続いていたのだ。
あまりにも圧倒的すぎて、それでも後ろの口は死守しながらも、夫君達がとにかく不安だからと例の巨大ベッドの上で致す事になった。拒否権発動もできないくらい、彼等が病みかけていたのも気になって、おそらく軽い? 分離不安症に近い状態になっていたんじゃないんだろうか。
私にとっては一日でも彼等にとっては一年だ。時間の感覚の違いがもたらす弊害はかなり大きいようだった。
そう…… ずっと誰かと繋がっているのだ。食事の時もお風呂タイムもずっとだ。正直身体が持たない。
私の『落ち着こうよ』という言葉に三人が無言の拒否で応える。
実のところ彼等の瞳がずっと琥珀色が混じりっぱなしなのだ。あのレオンハルトでさえも、ずっとだ。
いわゆるストッパーが誰もいない。ほぼほぼ皆が暴走中なのだ。これはかなり困るし。正直怖い。
それを口にするのを彼等の気持ちを考えれば正直躊躇ったけれど、でも心を鬼にして正直に彼等に告げる。
「皆、怖い。めっちゃ怖い。どこにも行かないから。もう大丈夫だから。本当にちょっと落ち着こう」
「怖い」という私の言葉に三人が反応する。私が「琥珀がずっと混じっている」とそう教えると、まずレオンハルトが「はっ」と気づいた。何やら呪文?みたいに呟くとポンと三人の体が光った。
ふと見ると三人の瞳から琥珀色が消えている。
「良かった」
正気に戻ったのか、三人が少し罰の悪そうな笑みを浮かべていた。
それから二日ほど経って、私は夫君達に『光様の日記』についてアレクサンダーとも直接話が必要だと相談すると、これまた三人が三人ともなんともいえない微妙な表情になった。
何かあった?
少しの沈黙後、意を決したようにルイスが私に対して衝撃的な事実を告げた。
「え? なんでアレクが蟄居? させられているの?」
私の行方がわからなくなってアレクサンダーのところがちょっとした騒ぎになった。探しに行く、行かないがことの発端らしい。ただ、この時すでに国王フリードリッヒによって所謂箝口令に近い状況下になっていたこともあり、夫君以外が『ハルカ』の捜索に関わることは禁止されていた。
つまり、夫君であるアレクサンダーも本来ならこの捜索に加わることができるはずなのだが…… この時アレクサンダーは『渡り人保護法』に抵触したとして国の監視下に置かれていた為、今回の『ハルカ』の件についての関与も疑われていた為、国王フリードリッヒから『蟄居』(自動翻訳でこの言葉が出てきたけど、おそらくは謹慎のことなんだろう)の命令が出されたそうだ。
捜索状況の報告は受けられていたらしいのだけれど、全く進展がなかったことで夫君達から見ても彼はかなり精神的に追い詰められていたみたいだ。
なので、夫君達として直接私が会いに行くと問題行動に出てしまう可能性がある…… 自分達が一度話して様子を見て判断してから、アレクと会う事になった。
翌日、レオンハルトがアレクサンダーのいる南大公国へと転移ゲートを使って向かった。
私の周囲にはルイスとクリストフが残った。
なんで二人も? と私の質問に当然のごとく「「心配だから」」と即答される。
私がまたどこかへと引き摺り込まれてしまうのではないかと心配しているらしい。
「大丈夫」といくら私が言っても時間的ラグがかなりの影響を与えてしまったらしく、絶対に一人にはさせない。と、必ず誰かと手を繋ぐなり接触をしている状態になってしまっているのだ。
まあ、そのうち落ち着くでしょ。それにしても、そんな彼等ですら心配しているアレクって、大丈夫なのか? いったい何があったんだろう?
そんなことを考えていると空間が揺らぐ。
来たのかな? とふと視線をあげるとレオンハルトと一緒に来たであろうアレクサンダーと目が合った瞬間、彼にぎゅっと抱きしめられた。
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