ハルカ 『マナ暴走』未遂事件? 3
夫婦共有スペースにいつもとは違う、確かここにきて初めての夜クリストフ達による聞き取り調査の時のような大きめの机と椅子が五つ並べられている。
私とアレクサンダーが机を挟んで真向かいに座る。クリストフは私の横に座り、レオンハルトとルイスが前回のような位置に座る。クリストフが国王フリードリッヒによってこの場が設けられ、映像と公文書として記録されることをアレクサンダーに話す。アレクサンダーはそれを承認する。
レオンハルトもルイスもクリストフもピリついている。
「こんにちはアレク」
「ハルカ、体調はどうだ」
「んん、何とかね。大丈夫かな」
「そうか、よかった」
「「………」」
「えっとね、確認しておきたいことがあるんだ。大事なことだから答えてね」
「アレクは、私に『マナを暴走』させるために『光様の日記』を読まそうとしたの?」
「………」
「とても大事なことなんだ。嘘偽りなく、ちゃんと答えてほしい」
「故意ではない」
アレクサンダーは私の瞳を直視してはっきりと断言する。
「そう。でも『青の星の最後の記憶の記録』映像を見て、私がそれに耐えられると思ったの? ショック受けないと? それに、何でそんなにそれを急いでみなければならなかったの? 何か理由があったの?」
「………」
これにはだんまりだ。質問を角度を変えてする。
「私の『マナが暴走』したらどうなると思う? 」
「………」
「『マナ欠乏症』を患っている『渡り人』の『マナが暴走』すると死に直結するそうだよ。ルイスがいつも私の『マナチェック』をしているのもレオンがすぐ私を眠らせるのもそれを回避しようとしてくれているんだよ。アレクも知ってるよね?」
何のために第四夫君を迎えて延命をしているのか言い出した貴方なら理解しているはずだろう?
「ハルカ」
「今回のことがなぜこれほど問題になっているのか、かつて王位第二継承者であったあなたなら理解できていると思うんだ。だからこそ、あなたが何故この状況を招いたのか、ちゃんと知る権利は私にはあるよね、アレク?」
アレクサンダーは無言だ。
「今南大公国は大変難しい状況になってる」
「?」
寝耳に水といったような表情のアレクサンダー。知らないのか。言ってもいいのか。否、彼は知るべきだろう。彼の一番愛している彼女の危機なのだから。
「アレク、『彩乃さん』がちょっとまずい状況になっている」
息を一つついて言葉を続ける。
「南大公国に流布されている『渡り人』に関する噂をあなたは知っている?」
肩が揺れる。知っていたのか。
「『マナ欠乏症』を患った余命少ない『渡り人』を弑せばその『恩恵』は別の『渡り人』のものになるっていう噂だよ。アレクは知ってた? それを試そうとした?」
アレクサンダーは驚いた顔をしている。慌てて大きく頭を振る。
「絶対にそんな事はしない」
「そう。でもその噂は知ってた?」
「『アヤノ』様から相談が来た」
「相談?」
「そんな噂があるのは事実なのかと」
「それで?」
「そんな事はありえないから、信じるなと」
「彼女はその噂を誰から聞いたと言っていたの?」
「森の長老」
「森の長老?」
「南大公国の森の中に住んでいる」
「アレクはその人にあったことがあるの」
「息子と『アヤノ』様の成婚の儀の祝宴に来ていた。しかし、それ以前に会ったこともないし、ましてやそんな事は話した事はない」
「『アヤノ』様はどうしてその長老という人とコンタクトを取ったの?」
「あちらから『恩恵』に関する秘密があると話が来たそうだ」
「アレク、あなたは私に第四夫君を持つようにと進言をした時に『恩恵』と『マナ欠乏症』について関連性があるのではないかという話をしたそうだけど、それを『アヤノ』様に話した?」
「いいや。それも不確かな情報だから話していない」
だから、私の時は全然そんなことも考えもしないのに、何で情報を制限しようとするんだろう。
「ん? あのね、アレクそれだからダメなんだよ。情報を伝えるなら彼女にも平等に伝えないとダメだよ。あまりにも彼女をコントロール下に置くために情報操作をし過ぎている。ちゃんと『恩恵』には『マナ欠乏症』に罹患する可能性があると伝えればいいだけじゃない。『恩恵』にいいところだけではなくリスクもちゃんと教えないと今回のようなことに引っかかってしまうんだよ」
ああ、まずい、状況的には『彩乃さん』にとってよくない。
「アレク『青の星の最後の記憶』の記録の映像って、何で私に見せようと思ったの?」
「え?」
「いや、いきなりだったから」
「ハルカはレオンから何も聞いていないのか?」
レオン? とレオンハルトの方を見る。
「ううん。彼はそれを見ろとは言った事はないよ。なぜ?」
「「………」」
レオンハルトとアレクサンダーが互いを牽制し合うかのように視線を交わす。
「ん〜〜、今はレオンのことは関係ないと思うよ、アレク。話が逸れてる。私が確認したいのは…… この話を『彼女』は知ってるの?」
アレクサンダーも他の三人も私の言葉に驚いたように私を見る。
「これ、大事なことなんだ。彼女は『青の星の最後の記憶』の記録映像のことを知ってるの?」
「…… ああ」
「あなたか彼女の夫君達が話したの?」
「いや、森の長老から聞いたそうだ」
「「「………」」」
アレクサンダーの言葉に夫君達三人が驚く。
アレクサンダーは言葉を続ける。
「それでそのことを彼女から『相談』されたんだ」
「その映像に関してあなたは彼女にどう説明したの?」
「『マナ欠乏症』を発症するから、見ない方がいいと」
「それで?」
「だったら……… 『ハルカ』様なら見ても大丈夫だろうと……」
大丈夫って…… 『マナの暴走』を引き起こせば最悪の事態になるとは考えなかったのか。
「そうなんだ」
私の明らかに落胆した声に、アレクサンダーの表情に絶望が入り混じる。『彩乃さん』まずいな。利用され過ぎている。
「あのさ、アレク。私、あなたの彼女もおそらくその森の長老に嵌められていると思う」
「え?」
「今の流れだと、あなたも彼女もいいように利用されただけだと思う」
アレクサンダーは私の言葉をすぐに理解できないようだった。それでも言葉を続ける。
「でもね、私はあなたも彼女も加害者にはしたくはないんだ。今の段階だとあくまであれはたまたま起きた事故で、あくまで未遂だから」
「ハルカ」
「ただ、この状況では夫婦として同じ屋敷では暮らせない。あなたを疑うとかではなくて、そうだね、どう言えばいいのかな。私の場合、見た目と違って中身年齢はおばさんだから、寿命もあるだろうし、普通に自然死で死んだとしても、今の状況だとあなた達に疑いがかかる可能性がある。それを防ぎたいんだ」
私の言葉にアレクが息の飲むのがわかった。それでも搾り出すかのように私の名前を呼ぶ。
「ハルカ」
「それと『彩乃さん』にもこの後会うことになっているんだけど、結構厳しく追い詰めちゃうかもしれない。でも、それは許してほしい。彼女に加害者にも被害者にもなって欲しくないから」
「………」
「だから、南大公国に戻ったら、彼女を慰めてあげて。それと、その森の長老と彼女が絶対関わり合いを持たせないようにして欲しい。それがあなたの愛する『彼女』を守ることになるから」
アレクサンダーは私の言葉を聞き逃さないようにじっと私の顔を見つめている。
「こうすることでしかあなたを守れなくてごめん、アレク」
私は席を立ちアレクサンダーに対して深く頭を下げた。
「………」
無言のアレクサンダーに視線を戻す。彼は溢れでそうな涙をグッと堪えていた。レオンハルト、ルイス、クリストフも驚いたように見ている。
ああ、何でこの星の男達はこうなんだ。ずるいな…… そう思いつつ、肩を落とし項垂れて座っているアレクサンダーの前に立ち、彼の肩を抱きしめる。
「ごめん、アレク。今はこれしか方法がないんだ。この問題が片付くまでは彼女を守ってあげてほしい」
アレクサンダーは無言で私の腰に手をのばしグッと抱きしめ、顔を私の胸に埋めて肩を震わしている。
三人の夫君達はそれをじっと見ている。暫くの間その状態が続いた後、落ち着いたのか、思い切れたのかアレクサンダーが席を立つ。
深いグリーンサファイヤの瞳は揺れたままだ。
レオンハルトがアレクサンダーに自室に戻るように促す。彼の部屋の扉が閉まる音が響いた。
「ハルカ」
「ん? クリス」
「この後少し休憩しましょう。『アヤノ』様は一時間後に面談の予定を組んでいます」
「ここじゃないんだよね」
「ええ、例の別宅を南大公国の方に移して、そこでになります」
「そう。アレクは?」
「叔父上も一緒に南大公国に向かっていただきます。そして、そのまま南大公国に戻っていただくことになります」
「そうなんだね。わかったよ。準備をするね」
レオンハルトとルイスが屋敷の敷地内に例の別宅ことログハウスを『収納庫』から引っ張り出したらしい。内部の点検とセキュリティーチェック。ベッドの代わりにたった今アレクサンダーの聞き取り調査で使った机と椅子を置き直したらしい。防音魔法を展開して結界も張っている。
私は自室に戻りさっとシャワーに入ると身支度を整えて部屋を出る。ちょうどアレクサンダーも荷物をまとめたらしい。荷物を転移魔法でログハウスの方に移していた。
アレクサンダーと目が合う。でもお互い無言だ。ちょうど二人の間に割って入るかのようにクリストフが立つ。
「では行きましょう」
そういうと転移ゲートへと進む。一瞬の揺らぎの後、例のログハウスの中だとすぐ気づく。
「準備はいい?」
今度はルイスがログハウス全体に転移魔法を展開する。先ほどより大きく揺らいだと思ったら、景色が一変し、南大公国の城内に移動をした。
アレクサンダーが大きく一つ息を吐くと
「それではこれで失礼する」
そう言ってログハウスから出ていく。
それに入れ替わる様に三人の夫君を連れた『彩乃さん』が入ってきた。
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