ハルカ 『マナ暴走』未遂事件? 2
その日以降、レオンハルトとルイス、クリストフは常に誰かが二人、常に私の傍にいる体制をとっていた。これは陛下の指示らしい。
陛下達はこれが偶然の事故なのか否かを慎重に調べているそうだ。
というのも『渡り人』の中でも『大聖女』『大聖人』を特に狙われやすい存在なのだそうだ。
国王のみがアクセスできる星の核の記録によると二千年前の『大聖女?』の行方不明事件には特殊な魔法陣が残されていたそうだ。トップシークレット案件なのでそれを解き明かすこと自体が許可されておらず、その魔法陣が一体どんな働きをするのかは解明できていないらしい。つまり放置だ。臭いものには蓋をしてしまえってことだったらしい。ただ、今回国王フリードリッヒは『渡り人の夫君』の一人である大魔法士ルイスにその魔法陣の解明を命じたとレオンハルトが教えてくれた。
今回も『大聖女』級の『渡り人』が渡ってきたことで、狙われている? 狙われる可能性がある? と判断したためだそうだ。
というのも、今回の件の聞き取り調査で、奇妙な話が南大公国内で流布されていることが明らかになったからだ。それは『マナ欠乏症』を発症し先のない『渡り人』の『恩恵』の力を別の『渡り人』に引き継がせることができるというものだった。
つまり『恩恵』が発動できる『渡り人』を弑せば依り代?(自動翻訳ではこの言葉に翻訳された)になる『渡り人』がいればその力がそこへ移すことができるということらしい。二人目の『渡り人』が『恩恵』を発動できないのはそのためだと。
夫君達も国王もその話に驚愕した。特に私の夫君達は相当激しい怒りを表明した。
南大公国の領主であるアレクサンダーが『マナの暴走』によって『渡り人・ハルカ』を…… という可能性も出てきたというのである。
現時点で国王フリードリッヒは『渡り人・アヤノ』とその夫君三名を監視対象にしたそうだ。
そのぶっ飛んでしまいそうな話を聞いて、私は
「いや、それは、ないと思う」
慌てて否定すると、夫君三人の表情はかなり硬い。相当怒っているようだ。
だって『恩恵』ってそもそも夫婦の営みの問題だと思うんだよね。
表情をこわばらせている夫君達の中でも、怖いくらい冷たい顔をしているクリストフが、おそらく私に向けて感情を押し殺しているんだろうって声で
「自分の求めた夫君ではないのに『恩恵』なんて発動できるはずがない」
え? 怖いよ、クリストフ落ち着こう。刃物持たせたら、誰かを傷つけるんじゃないか、それくらい怒りが表に出ている。それでも言葉を続ける。
「『渡り人・アヤノ』様が今回の聞き取り調査の中でそう発言したそうです」
んっと、えっと、待て待てちょっと落ち着いてほしい。
「それは、間違ってはないと思うけど?」
夫君三人が私を見る。
「いや、だってそうだよね。彼女からすれば最初っから夫君候補を逆指名するくらい私の夫君狙いだったわけだし。それを諦めたから、今の夫君達を受け入れただけだもんね。ここで生き残っていくために。
だけど『恩恵』を周囲が過度に求めるからストレスになってきているんだろうと思う。でも夫君達も彼女も若いのに『恩恵』って今発動する意味があるんだろうか? 大陸も『大浄化』済みで今のところ『恩恵』も必要ないのに。
周囲があまりにも『恩恵』にこだわり過ぎているんじゃないのかな? 『浄化』も必要ないんだから。
『マナ欠乏症』にならないと『恩恵』が発動できないなら、それは自分の寿命と引き換えなのだから。そのことちゃんと彼女に知らせたんだろうか?」
一気に私がそう話すと夫君三人が沈黙する。
「それに彼女は『渡り人(私)』の殺害を命じたわけではないんでしょう?」
どっちなんだろう? 夫君達の表情を探るようにみる。クリストフは
「ハルカは…… 違うと思うんですか」
「それはわからない。直接彼女と話していないから。ただ……」
「ただ?」
「『彩乃さん』とアレクと両方と話をしたい。直接ね」
「それは……」
「ハルカは大丈夫なのか?」
レオンハルトが心配して口を挟む。
「ん〜〜、わかんない。でも本当のことを話してくれるかどうかっていうのも定かじゃないけど。ちょっと気になるんだよ。彼らも巻き込まれているだけかもしれないし。そうなら加害者にしてはいけないと思うんだよね」
「それはどういう意味ですか?」
クリスの口調は厳しいままだ。
「だって領主ったって皆世襲制じゃないんでしょ? つまり土地とはそれほど強い結びつきがないってことだよね。王族の一人としてたまたまマナや魔力量によって振り分けられた領地を暫定的に管理している。それなのに南大公国だけが『渡り人』の失踪に関与している。『魔法陣』もだし、今回のこの変な噂も。だから、アレクがとか二人目の渡り人がとかそういう簡単なものじゃないんじゃないかな。まあ、あくまで話の流れを見て感じただけだけど」
「「「………」」」
「それと気になるのが「渡り人」の依り代? になるのも「渡り人」ってところかな」
「どういうことですか?」
「仮に私が死ねば依り代? は『彩乃さん』って思いがちだけど。実はもう一人いたら?」
「「「?」」」
「『彩乃さん』はあくまで経由地に過ぎず、本当は第三者の「渡り人」がいて『恩恵』の力を引き継いだ彼女を…… そうやって『恩恵』を回収しようとしているのだったら? 今回の件と過去の『大聖女』級の『渡り人』の失踪が無関係ではない可能性もあるんじゃないだろうか?」
私の言葉に夫君三人が顔を見合わせる。
「可能性がゼロではないならそれも調べるべきなんじゃないのかな?」
クリストフは席を立つ。
「陛下にハルカの言葉を伝えてくる。レオンとルイスはハルカのことを頼む」
そういうと部屋を出て行った。
王宮 青の間
国王フリードリッヒの目の前に一つのガラスケースが置かれている。
その中からよく通るテノールの声。以前はほぼ毎日耳にした声だ。
「なるほど『ハルカ』様は今回の件が全て過去の『渡り人』の失踪と関係があるのかもしれないと言われるのか。興味深いが…… クリストフ、お前はどう思う」
ガラスケースの中にはクリストフと呼ばれる二十歳そこそこの風貌をした青年が入っていた。
「…… 最初は突拍子もないことだと思いましたが、確かに『渡り人』の『恩恵』を『渡り人』を依り代にして移すという考え方はあまりにも常軌を逸しています。何らかの根拠がなければ噂として流布も難しいかと」
「あの魔法陣についてはその後何かわかったことがあったのか」
「いえ、残念ながら。ですが、今回の『ハルカ』様の考え方を参考にもう一度検証をするとルイスも申しております」
「そうか。いずれにしても今回は絶対に『渡り人』様を守らなければならぬ」
「陛下、『ハルカ』様が叔父上と『アヤノ』様と直接会ってお話をしたいと言われているのですが、許可をいただけないでしょうか」
「『ハルカ』様が直接? しかしなあ…… 」
躊躇する国王フリードリッヒ。
「もちろん夫君である我々も立ち会います」
「うむ、しかしな。『ハルカ』様は大丈夫なのか? 自分を傷つけようとした者に会うことへの怖れはないのか」
「それは…… 」
少し言い淀んだ後ガラスケースから
「『ハルカ』様は『アヤノ』様や叔父上もその得体の知れない噂に翻弄された被害者かも知れないと考えているようです」
「何とも、人が良すぎるのか『ハルカ』様は」
「ことの真偽は推測だけではわからないものもあると。自分の目で確かめたいのでしょう」
「そうか」
国王フリードリッヒは大きくため息をついた。ガラスケースから視線を外し、しばし思案にふける。
「よい。わかった。許可を出そう。ただし、夫君全てが立ち会い、公の記録に収めよ」
「承知しました」
そう返事をするとガラスケースの中の男は姿を消した。
国王フリードリッヒは空になったガラスケースを見つめながら、玉座に肘をつきしばらくの間微動だにしなかった。
「『渡り人』か……」
今回のことで南大公国に対して夫君の領地である東西北大公国はもちろん他の公国からも抗議の声が上がっていた。もし『マナの暴走』が起こり『ハルカ』様に何かが起こっていれば、内戦の可能性もあったのだ。
国王フリードリッヒはもう一度深く息を吐いた。
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