ハルカ 『マナ暴走』未遂事件? 1
ルイスの『魔法』の訓練は少しずつ色々なこと試すようにゆるゆると進んでいく。
レオンハルトの鍛錬も、私に扱いやすい木刀を用意してくれたので、それを使って無理しない程度ストレス解消のつもりで続けている。
『遺物』に関する資料はクリストフとアレクサンダーの二人が付き合ってくれている。
これも途中途中ルイスのマナチェックを受けながら休憩を挟みながらしてる。
アレクサンダーから彼にとっては母方の祖父、レオンハルト達にとっては曽祖父にあたる『光様』の日記を翻訳して欲しいと強い要望が出されていて、実は困っている。
何度も日記は個人的なものだからといえば『渡り人』に関する提案や助言、発見もあるかもしれないじゃないか云々言ってくるけど、今のところ自分以外問題を抱えている『渡り人』がいない以上、私のためだけでは訳せない。
もちろん彼らの肉親である『光様』の残した言葉を知りたいという気持ちも理解できる。
ただ五十冊にも上るノートに書き込まれた日記の中には、おそらくポジティブな内容ばかりではないと思ってしまうんだよね。口には出せない色々な思いが書き込まれているだろう。『光様』を直接は彼らは知らないそうだけど、やっぱりもっと客観性を持てるだけの時間が必要な気がする。ただの資料の一つなんだと。割り切れるくらいの距離感を持てないと難しいと思う。
この星に対して、当時の王族に対して、色々な身近な人に対してもし彼が仮に否定的意見を持っていたとしたら? 冷静に受け止められるのかなあと考えてしまうんだよね。
で、何度も頼まれるから、このことを話すとアレクサンダーが傷ついたような顔をするんだよ、読んでもないのに傷つかないでよっていうことしかできやしない。
いや、そもそもなんで私に頼むのよ。『渡り人』が私だけならともかく『彩乃さん』もいるじゃないか。だから『彩乃さん』と一緒なら訳してあげるよ。といえば拗ねてしまって結果的に頓挫している。私も覚悟が足りないけど、アレクサンダーも覚悟が足りない。お互い様だ。
他の夫君達は私が望まないならという結論に達している。むしろレオンハルトが逆にアレクサンダーに対して牽制をかけるようになってきた。レオンハルトは『光様の日記』に何かが書かれているんじゃないかと考えているようで、それはそれで気にはなるけど自分の中で何かがストップをかけているのだ。
レオンハルトはその件をルイスやクリストフとも共有したみたいでアレクサンダーへの牽制に夫君達が乗った感じになっている。まあ、そういうのは良くないってわかっているんだけれど……
たまたま、アレクサンダーとの『夫婦のふれあい』の夜、行為に入る前に、最近夫君間がギクシャクしながらもあまりにもアレクサンダーがこだわり続けてるのでその理由を聞いてみることにした……
「『青の星の最後の記録』に関する記述があるはずだ。その映像、気にならないか?」
「……」
『青の星の最後の記録』?
つまり『日記』ではなく『青の星の最後の記録』の映像を見ろってこと?
あれか、地球が欠片になる記録?
う〜〜ん。確かに気にはなるけど…… でも、それって『彩乃さん』もだと思うよ。
そうアレクサンダーに話すと、アレクサンダーは黙り込んでしまった。
すごく長い沈黙の後
「『マナ欠乏症』が発症する可能性がある」
と、ポツリとつぶやいた。『光様』はその映像にショックを受けて『マナ欠乏症』を発症してしまったのだそうだ。
いやいやいや、おい、アレク、ちょっと酷くねえ?
流石の私もこれには呆れてしまった。
『彩乃さん』を心配するのはいいとして、なんで私がそれを見ないといけないんだ?
いや、見たくないとは言わないけれど……
扱いがひどすぎるんだけど。私は大丈夫だとか、鉄の心持ってるとか思っているんだろうか?
「そうか、アレクは私がそれを見ても平気だと思っているんだね?」
「ハルカ?」
「…… んなわけないでしょ? 『光様』がショックを受けたってことはほぼ確実にそれは私達の星のことだってことなのに…… 」
ああ。感情が大きく揺らぐ…… 駄目なことは分かっているのに止められない。
どこかで誤魔化し見ないようにし、否定し続けていた不安や恐怖、怒りや悲しみ様々な感情が爆発してしまう。
アレクサンダーはそんな私の変化に大きく動揺をしていた。が、すぐレオンハルトを大きな声で呼ぶ。レオンハルトやルイスやクリスが慌てて私のところに来ると三人で私の身体をギュッと抱きしめる。
レオンハルトの地球色の瞳が目に入る。次の瞬間、意識が暗転をした。
泣きながら寝たのか、寝ながら泣いていたのか…… 酷く身体が気だるい。
目覚めた時レオンハルトとルイスにサンドウィッチ状態で抱きしめられていた。
前にもこんなことがあったっけ。
そんなことを思いつつ、レオンハルトのバッサバッサの銀色の睫毛を見ているとその瞼が開かれアースブルーサファイヤの瞳と目が合う。
「そんなに見つめられると、食べちゃうぞ。ハルカ」
レオンハルトは私の唇に軽く口付ける。食事の用意をするからといって離れていく彼の服の端をギュッと掴む。レオンハルトは一瞬驚いた表情を見せるが、私の頭を優しく撫でると
「大丈夫。すぐに戻ってくるから。それにルイスもそばにいるから」
安心させるように優しくそう言うとそれに呼応するかのようにルイスが背中からギュッと抱きしめてきた。
「三日間も意識がなかったんだよ、ハルカ。ちゃんと食べて元気にならないと」
「三日間も?」
「『マナの暴走』寸前だったんだ。本当にびっくりしたよ。気分はどう?」
「アレクは?」
「叔父上は謹慎中」
「何があったのかは叔父上から話は聞いたし、それの真偽はクリスが陛下に「星の核の記録」との照合をしている状態なんだ」
「そうなんだ……」
「今は無理かもしれないけど…… 落ち着いてからでいいからハルカからも話を聞かせてもらえるかな?」
「それはいいけど……」
『マナの暴走』…… それが死に直結するってことを以前からルイスに教えられていた分ゾッとした。レオンハルトが私の意識を落とすことでそれを強制終了させたのだそうだ。
ルイスからレオンハルトも自分とよく似た力を持っていて、私の『マナ』の動きだけを見ることができるということは以前聞いていた。というのもあまりにもレオンハルトが何か感知したかのように私をすぐに眠らせるからだ。レオンハルトは何故か私の感情の揺れが可視化できるらしい。そう私限定だ。だから私の感情の揺れ幅が大きくなると『マナ欠乏症』を悪化させないために眠らせるようにしていたらしい。今回も同様のケースだったとルイスが抱きしめる腕の力を強めながら私に教えてくれた。
今回のことが単なる偶発的なものなのか、それとも故意に『マナの暴走』をさせようとしたのかという事を含めた調査がクリストフが主体となって行われているそうだ。
故意? う〜ん、そんなことはないと思う。
あの時は私が話題を振ったんだし……
彼は私が『マナを暴走』させるほど感情的な人間だと思っていなかったんじゃないかな。彼にとって私は彼の『アヤノ』様のような柔軟さを持っていない。感情なんて持ってないんじゃないかレベルの認識のような気がする。おそらく自分よりも強い夫? 男? のように思ってた気がする。いや、今でも思ってるかも。
謹慎中か。多分これは私がどうとかではできないんだろう。
ルイスの声や表情でかなり深刻な問題になっているのは明白だった。
レオンハルトやルイスが傍にいなければあの時『マナの暴走』は確実に起こってそれが私の生死に関わっていたはずだからだ。私が『渡り人』でなければこれほど問題にはならなかっただろうけれど、私が『渡り人』ゆえにことが大きくなっているんだ、きっと。
レオンハルトから以前聞いた二人の行方不明の『渡り人』の話を思い出した。
過去の『渡り人』の中で、私の『浄化』と同じくらいの『浄化』活動をした『渡り人』が一千年前と二千年前にいたらしいのだけれど、記録がない。というより抹消されているらしい。浄化活動が終了するまではなんとか記録が残されているけれど、いわゆる現状の私のような『余生ライフ』を送っていたのではないかと考えられていたそうだが、ある日、突然行方不明になった。その後、記録は曖昧になり、正確な記録は抹消され、『一千年に一度現れるという大聖女がいたらしい』と言う伝承に変わっていったそうだ。その時の星の核の記録にアクセスできるのは国王のみとされているトップシークレット扱いになっているそうだ。つまり曖昧にされ『行方不明』扱いにされているのは何らかの不都合なことがあったということなのだろう。
それと安易に結びつけてはいけないけれど、アレクサンダーが意図的にしたことではないだろうけれど、それらが全く無関係なのかとも言い切れない気もした。
彼女? 達が私のように『マナ欠乏症』を発症していたなら? 何かのきっかけで『マナの暴走』を起こして死んでいたなら? その死が隠蔽されたってことはないんだろうか?
『渡り人』の血や肉や骨まで『恩恵』がある。そう考えれば、大規模な『浄化』ができた『渡り人』であればあるほどその価値高かったのではないのか?
そんな暗い思考を感じ取ったのかルイスが
「ハルカ」
少し強い口調でその思考を断ち切るかのように名前を呼んだ。そして、再び後ろからギュッと抱きしめてきた。私を安心させるかのように。
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