ユータリア国王と南大公国の大公
今日二話目の投稿になります。
青の間に三人の男がいる。非公式の謁見の場だ。
一人は国王フリードリッヒ・ユータリア。
それに対面するように一人の男と一つのガラスケース。
ガラスケースの中には東大公国の領主であり『渡り人・ハルカ』様の第一夫君でもある王弟レオンハルト・ユータリア。
南大公国領主アレクサンダー・ユータリア。前王フランツの王弟であり、二人の叔父である。
三人の男達に共通する重要な職務の中に『渡り人』の絶対的な保護と『青と白の星の記憶の記録』の完全な保持がある。
今回の報告内容は『二人の渡り人様』の現状報告だ。
「それでは…… 『渡り人・アヤノ』様は未だに閨での『恩恵』を発動されていないというのですか? すでに夫君を迎えて半年になるではないですか。叔父上、一体どういうことなのですか?」
「原因はわかりません、陛下。夫婦間は問題もなく、互いに慈しんでいると聞き及んでおりますが…… 恐らく……」
「おそらく?」
「あくまで仮定に過ぎませんが『マナ欠乏症』の発症の有無ではないかと…… 今まで渡られてきた『渡り人』様の記録を精査したところ『恩恵』を発動した時期に多少のズレが確認できました。
『ハルカ』様の様に渡られてきて初日に『マナ欠乏症』を発症した記録と同様なものはまだ見つかっておりませんが、大量の『浄化』もしくは『出産』による『マナ欠乏症』発症後に閨での『恩恵』の記録が散見されています。なので『渡り人・ハルカ』様は大規模な『浄化』の後『マナ欠乏症』を発症をして、夫君との閨でマナの大量供給をされている可能性があります。その結果が『恩恵』ではないかと。一方『アヤノ』様はすでに『浄化』をする必要もなかったため『マナ欠乏症』を発症するきっかけもないまま現段階での『恩恵』の発動が遅れていると考えた方がよろしいかと」
フリードリッヒは先頃ガラス越しの謁見をやっと果たした『渡り人・ハルカ』の顔を思い浮かべる。
自分の顔を唖然と見つめる少女。二十歳、否もっと年若い。熟れた熟女とは程遠い、あどけなく清純な少女のような。しかし、その瞳は確固とした意志を持つ。内側とその容貌のあまりにも危ういアンバランスさ。弟達があれほど必死に隠すのがわかり過ぎるくらい、不思議な女性。
あのお披露目会の後、彼女を諦められない男達、弟でもあり甥でもある彼らに一度でいいから彼女の『恩恵』を受けたいと切望させた。そう、自分も息子達でさえも。自分ですら、この玉座を降りて彼女を求めたいと思わせられるほどなのだ。そして、それは同時にこの星にとっての脅威であると再認識させられたのだ。
『マナ欠乏症』を患うと、生きるために本能的に異性を惹きつける『媚薬』を放つとされている。甘い蜜で『マナ』を引き寄せるのだ。
ガラス越しに見た『ハルカ』にこれほど心が揺さぶられるとは。
「それで『ハルカ』様はご健勝か?」
ようやく言葉を捻り出す。ガラスケースの中の彼女の夫の一人が答える。
「…… 最近よく眠られるようになりました。ルイスの診断では『マナ欠乏症』が進行している可能性があるということです」
「すでに『浄化』を終えたではないか、なぜ症状が進行するのだ」
「大規模な『浄化』を行った反動によるものだと」
「『マナ』の供給を十分行っているのか」
「はい」
「足らぬのではないのか? 確か症状の進行と共に夫君の数も増やしたという記録があるではないか」
「陛下、『ハルカ』様はそれを望んでおりません」
「お前達がただ独占したいだけではないのか?」
思わず声を荒げてしまう。ガラスケースの中の男がひゅっと息を呑む。しばしの沈黙の後
「いいえ、私達三人は、夫君に選ばれた当初より『ハルカ』様の命を何よりも優先するということを確認しております。彼女のためなら……」
「他に夫君を迎えてもいいというのか?」
隣にいた南の大公が確認をとるようにレオンハルトを問いただす。
「『ハルカ』様が望まれるなら」
「そうだな『ハルカ』様の意志が全てだ」
フリードリッヒの声に南の大公が反論した。
「『アヤノ』様の力が発動されていない現状で、不測の事態が起こった時は『ハルカ』様のお力が必要になります。ここ最近、陛下もすでにお耳にされていると思いますが、大海に『星の欠片』が多数落下し、その直後瘴気の嵐が多数発生しているという報告がされております」
そこで一度言葉を切って呼吸を整える。
「『ハルカ』様の大浄化の後、魔法士団によって強固な結界を張り巡らせているので、その影響は受けてはいませんが…… いつ不測の事態が生じるか予測できません。つまり『アヤノ』様がその力を発現できるまでは……」
「『ハルカ』様を延命せよということか」
ガラスケースからは何の声も発せられない。
「レオンハルトはどう判断する」
「私は…… 『ハルカ』様に全ての判断を委ねます」
「「レオンハルト」」
「『ハルカ』様は常に冷静に判断されることができる方です。私はこの国の一国民としてこの国の現状を彼女に話します。その結果、延命の為に彼女が選択する全てを受け入れる。それが『渡り人』の夫君の使命です。今回の件、一度持ち帰り彼女に話します」
「そうだな。全ての決定は『渡り人』様がなされるべきものだ」
その後いくつかの案件を協議し、謁見は終わった。ガラスケースのレオンハルトが先に転移陣で移動する。青の間に残されたのは南の大公アレクサンダーと国王フリードリッヒ。
「レオンハルトは甘い。『ハルカ』様がもし『浄化』が終了していなければ大陸全土が大規模な災害に見舞われていたのだ。あれほどの規模の『浄化』を行える『渡り人』は滅多に現れないだろう。一千年に一人と言われるレベルなのだから」
「叔父上。レオンハルトも十分そのことは承知しています。だからといって『ハルカ』様の望まぬ婚姻は彼女の病状をさらに悪化しかねないのです」
「それは…… 承知している。確かに彼女は一筋縄ではいかない女性だ。少女のような見た目とは全く違う、非常に聡く、情の厚い成熟した大人の女性だ。あの三人が骨抜きにされてるのには驚かされた。まるで彼女が夫君であれらを自分の妻のように守る意思の強さと賢さ。有能であればあるほど失うのが勿体無いではないか」
「アレク叔父上にこれほど見込まれるとは…… 『ハルカ』様は驚くべき女性だ」
「もう少し若ければ。いや、あの時陛下の打診を素直に受け入れておけばよかったと…… 申し出を辞退したことを後悔しているところだよ」
そういうと誰もいなくなったガラスケースを見て寂しそうに笑う。
「もし、彼女が追加の夫君を受け入れるならば叔父上が候補に上がりますか?」
「そうだな『ハルカ』様が受け入れてくださるなら」
「そうですか」
「お前も、どうだ?」
そう三歳年上の叔父に問われて、国王フリードリッヒの胸がドクンと鳴った。
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