ハルカ 『彩乃さん』の夫君決定と『彩乃さんとの文通』
ゆらりとめまいのような感覚の後、目を開けると見慣れたリビング。
あ、帰ってきたと思ったらルイスとクリストフに前後からギュッと抱きしめられた。二人、いや三人とも表情は硬い。
「なんで、あんなこと言ったんですか、ハルカ」
クリストフの声がいつもより低い。
「ああ、あの私が殺されたら。ってこと?」
「「「………」」」
「まあ、言葉は悪かったかもしれないけど、いつかは人は死を迎えるよ。永遠の命などありえないし、私は欲しくないよ」
「「「………」」」
「でもそれって自分ではどうにもできないものでしょ? 自分で自分を殺さない限りは………」
「「「………」」」
「あ、でも誤解しないで欲しいのは、私は自殺はしないよ。それは、能動的にはしない。でもまあ、病気でも寿命でもどんなに頑張っても駄目な時は諦めるかもしれないけど…… それは自殺にはカウントしないで欲しいけどね」
「「「………」」」
「それ以外の要因になると他者からもたらされるしになる。事故だったり、天災だったり、いろいろな要因で起こりうる不運による死もそれに含まれると思うんだよね……
つまりそう言う意味での死だよ。故意に誰かに傷つけられ命を奪われる場合もあれば、そうでないにも関わらず命を奪われることもある。地球なら、そんなこと日常茶飯事で、常に世界のどこかで誰かが命を奪われていたんだよ。
だからこそ、今この瞬間を大事に生きようってみんなが思っていた。それでもどこかの誰かが推したボタンで大量の命が一瞬で奪われた、日常が奪われた。『渡り人』である私たちは、砂が漏れるように命がここに奇跡的に落ちてきただけなんだよ。それでも絶対に安全とは言い切れなかった人もいた。自分だってそうだよ。自分の望んでいないのに『マナ欠乏症』に罹患して、あなたたちが助けてくれていなければ、私はとっくに死んでいたよ」
「「「ハルカ」」」
「貴方達があの時、ああ言ってくれたのは嬉しかったけど、本当は、私が死んでも貴方達には生きてて欲しいと思うんだ。勝手なことを言うようだけどね。でも自分の寿命の尽きるまで生きてて欲しい。私は頑張って自分の寿命まで生きるから」
そう言い切った瞬間に夫達三人に抱きしめられた。
彼女はいい人見つかるといいな。ここで幸せになって欲しい。「高橋彩乃」と言う女性は、そんなに悪い人ではないように思った。恐らく情報が少なすぎるのが原因なんだろう。時間的余裕があるのと無いのとでは選択肢そのものが全く変わってくるからだ。ある意味彼女が夫君達三人に目をつけたのはいい判断だったと思う。そう言い切れるほど彼らは極上の男達だからだ。
レオンハルトはともかくルイスとクリストフは私のフェロモンの影響を受けているのは事実だ。もし、彼らが影響を全く受けていない状態だったとしたら、これほどの愛情を注いでくれる…… 同じ状況になっていただろうか? まあ、それも含めて私には責任があると言うことだ。
「ん、着替えようか? せっかく素敵なドレスを作ってくれたけど、シワになっちゃうよ。それとちょっと胸が苦しい……」
三人の夫達の圧迫感と重みに呼吸困難になりそうになりながら、声をかけた。なかなか離れてくれなかったけど、再度、ちょっと呼吸ができないとだめ押ししたら離れてくれた。
後日『アヤノ』様の最初の三人の夫君が決定したと発表が王宮からなされた。
南大公国のアレク公の二人のご子息と南中公国の領主、一番下の王弟(夫君達にとっても)の三名だそうだ。ちなみに彼は私に『兄上をよろしく』と言ってきた領主でもあった。レオンハルト達とは十六歳年の離れた弟らしい。
あれで四十二歳! 三十歳くらいにしか見えなかった。ちなみに彼は三人の妻と七人の子供の父でもある。今回夫君に選ばれたことで実質別居という形にとるらしい。
アレク公のご子息は年齢が王太子と近い為、嫁争奪戦が繰り広げられたそうだ。マナ・魔力の強い女性は王家が先に上位十人掻っ攫ってしまう。この為自分と釣り合う女性との出会いがなかった。年の離れた若い女性は王太子の弟である第二王子が優先される。マナや魔力も大きすぎても相手が見つからなければ独身生活を余儀なくされるというのはかつてのレオンハルトやルイスを見ても明白な問題だった。
まあ、今回『アヤノ』様の夫君に選ばれてホッとしているというのが本当のところだろうとレオンハルトが話してくれた。
レオンハルトやルイス、クリストフの本音としては、南大公国から二人の夫君が出たことで、アレク公への牽制になったと思っているということは『ハルカ』には秘密にしようと話し合われていたことを私は全く知らなかった。
レオンハルトによると南大公国には元第二継承者であるアレク公がいるから『渡り人』様に関する全てのことは心配しなくていいそうだ。
そういえば、レオンハルトは他の王弟とは違う夫君教育を受けたと言っていた。そして、王太子の息子達が立太子する頃には、あと五年後? 現在の第二王位継承者である第二王子が『アヤノ』様の夫君になるだろうと。
だから『ハルカ』は彼女のことを心配する必要はないんだよ。
閨での睦如での会話だ。
あ、バレてたんだな。彼女のこと気がかりになってたこと。
本当は、私がどうにかなった時に、この世界で一人で生きていかなきゃいけなくなる彼女の後ろ盾になって欲しいって思っていたことを。なんか、負けたって思ってしまった。なんでこんなに聡いんだろう。
そうか、アレク公は彼女の後ろ盾になったんだ。あの人凄いな。あの場を一気にさらって纏めてしまったし。
「僕の腕の中で、他の男の人のこと考えるなんて…… 」
うっかりレオンハルトの地雷を踏んでしまったらしい。その夜は散々啼かされ、抱き潰された。
あの発言以来、レオンハルトもルイスもクリストフも以前とは比べ物にならないくらいベッタリになった。夜も一切の容赦なく激しい。
時々王宮を通じて『彩乃さん』からお手紙が来るようになった。お互いの住まいは常に移動しているのでなかなか直のやり取りは難しい。寧ろそういう風な流れになっているのかもしれない。いわゆる、外国で暮らすとついつい同じ国の人と連んでしまって、その国に馴染めなくなるというのを防ぐみたいな感じかな。
アレク公と夫達が話し合った結果、王宮を通じてのやり取りなら、いいのではないかということになったらしい。
『渡り人』の所在は基本秘密になっている。それはセキュリティーの意味合いが大きい。あそこで、アレク公がうまく纏めてくれたから、不満は下火になったけれど、全く全て沈下できたのかといえばそうでもなかったらしい。
『マナ欠乏症』という病状が理解できない人もいたみたいで、それをフリードリッヒ国王が納得できるまで説明をした。『渡り人』が望まないこと(例えば望まぬ相手との結婚)を強要すれば症状が悪化して死に至る。そこまで話してようやく折り合いがついたらしい。
それから、やはり子供が望めるかどうかというのも大きな要因だったそうだ。この辺の話は『彩乃さん』が不満たらたら書いていた。いやいや貴女も言ってたよね。手紙に突っ込みそうになった。
彼女も慣れない異世界ライフの戸惑いながらも夫達と仲良くしているらしい。私の助言に感謝してくれた。ああ、そうだろうね。しかもご子息達はまだ若いし…… 手紙を読みながら遠い目になってしまった。
彼女の仕事はここでの生活に慣れることと夫婦仲良く子作りすることだそうだ。食べ物や夫君からのマナの供給を受けることで体が自然にこの星に馴染んでくる。そうすると一、二年で子供を妊娠できる身体になるそうだ。
自分とは無縁の知識だったので、読んでいて、驚いた。そうなんだ。細胞が変化してからということなんだ。へえ、面白い。
ルイスにそのことを話したら、納得したように「ハルカももしかしたら子供が持てるかもしれませんよ」と不思議な笑みを浮かべながらそんなことを言うので、まさか〜と一笑してその背中を軽く叩いてしまった。
「彩乃さん」との文通が始まった当初、私は自分なりに知った『渡り人』に関する情報を伝える前に、おそらくお互いの手紙にやり取りは全て公的記録として残されると言う話を彼女に伝えた。
そうすることで彼女なりに判断した内容の手紙のやり取りになるからだ。『渡り人』に関する全てのことが記録として残されると言うことを文通当初彼女は知らされていなかったようだ。
夫君達との「初夜」について記録されたかと言う私の問いに関しては公的な記録は残されなかったそうだ。それは私自身の記録を残した事で私以降の『渡り人』の閨での記録は残さないと言う要望を通してくれたことを意味した。そのことを話すと、彼女はかなり気持ち的に引いたらしい。そりゃそうだ、動物園での動物の交尾を公開されるのに等しいのだから。
でもそうやって、『渡り人』の環境を整えるということの積み重ねで今後やってくるかもしれない『渡り人』の境遇が作用されるからね。
彼女の場合は私とは違って妊娠、出産、子育て全般が記録対象になるんだろう。一連のそれらのことで『渡り人』への影響が検証される。
可哀想だけれど、こればっかりは変わってあげることはできない。私には不可能なことだからだ。
だけど、彼女には彼女の夫君達がそばで守ってくれるだろう。そう願うしかできないのだから。
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