『渡り人・ハルカ』vs『渡り人・アヤノ』?
本日二話目です。
私と三人の夫君の名前が告げられてお披露目会場へ入場する。
クリストフが前に立ち、私が中央でレオンハルトとルイスが両腕は取る形で入場した。扉が開くと物凄い人の数の騒めきがしたのにいざ入場するとピタッと喧騒が静まる。全ての人の視線が自分に集まるのがわかる。
視線が痛いという言葉通りにさまざまな思惑の絡む視線というものは想像以上に圧が強い。中身がおばちゃんでなければびびって泣き出しちゃいそうだ。
最初遠巻きだった人の輪から抜きん出るように一人の熟年の美丈夫が私たちの目の前にやってきた。クリストフが先に挨拶をする
「アレク叔父上、ご無沙汰しております」
アレクって、確か……
「南大公国の領主、アレクサンダー公だ、僕たちの叔父上にあたる」
レオンハルトが小声で私に囁く。
「クリスもレオンもルイスも元気そうで何よりだ。もしかして、そちらのお嬢さんが『ハルカ様』かい? 驚いたな、少女じゃないか。彼女が五十五歳の熟女だって?」
恐らくその場にいた男達の心の声を代弁したかのように明け透けな物言いだ。思わず苦笑いをしてしまった。
「初めまして、アレクサンダー公様。はい、私が『高瀬春香たかせはるか』です。今後ともよろしくお願いします」
頭を下げて挨拶をする。アレク公は興味深そうに私を見る。
「クリストフとあなたのそれは『恩恵』によるものかな?」
「「「叔父上」」」
「恐らくここにいる男達はその真意を知りたいと思っていると思うよ」
「そうですね。クリストフは恐らくその結果だと思います。私の場合は『マナ欠乏症』の症状が進行した結果だそうです」
「『マナ欠乏症』……」
会場全体がざわめき出す。
「つまり君は『マナ欠乏症』が進行すればするほど若返っていくということかね」
「そうらしいです。ただ、これは現在進行中で検証されています。結果は記録庫に納められると思います」
そう私が言い切ると、アレク公は私の目を見据えるように見た。
「なるほど、君は確かに「成熟した女性」らしい。見た目に騙されては痛い目に遭うな。私も立候補すればよかったよ。君との結婚生活は楽しそうだ。どうか考えてみてはくれないか?」
そういうと私の手を取り口付けた。三人の夫達がギョッとアレク公を見る。
アレク公は私にウィンクすると再び人だかりの中へと姿を消した。夫君三人の表情が厳しい。「いや、あれ絶対リップサービスだよ。そんなに警戒しなくたって」そう言って三人にとりなすけれど、なぜか三人の警戒はすぐには解けないらしかった。
そうこうしていると一人の女性が目の前に立った。二十代後半か三十歳か、ああ、彼女が例の……
「高橋彩乃たかはしあやのです。先日ここに来ました。よろしくお願いします」
「高瀬春香たかせはるかです。昨年ここに渡ってきました。こちらこそよろしくお願いします」
「高瀬さんて、本当に五十五歳なんですか? なんていうか十八、九にしか見えないんですけど」
「実年齢は五十五? 今年で六かな。ですよ」
そういった私を興味深そうに彼女は見た。
「どうして、そんなに若返っちゃったんですか」
当然の疑問だろう。事実だけを告げる。
「それは『大規模な浄化』をした結果『マナ欠乏症』を罹わずらったからです」
「それって…… 」
『彩乃さん』は驚いたように私の顔を見る。彼女は何・も・聞・か・さ・れ・て・い・な・い・ん・だ・というのがすぐにわかった。
ふむ、これは良くない傾向だ。情報制限をしているような気がする。でも時間は限られている。
「『渡り人』特有の病気です。『マナ』って地球的には『生命力』のようなもので、それを使って『浄化』をするので使いすぎると欠乏症を引き起こしてしまうんです」
「え? それ怖すぎる」
『浄化』に伴うリスクのことなんか、知らなくていいと判断されているんだろう。死亡フラグが立つとわかっていれば躊躇するからだ。
「そう、怖いよ。びっくりするよね、いきなり死亡フラグ立っちゃったから」
できるだけ多く伝えられる情報を彼女に伝えよう。
「それ、治るんですか?」
「完治しないといわれました。延命しかできないみたいですね」
「延命?」
「そう、夫君から『マナ』を供給してもらうということになります」
「夫君から?」
「夫君からしか供給されないようになっているみたいです」
「他の人じゃダメなんですか?」
私は大きく頭かぶりを振る。
「登録制になってるみたいでね。謂わゆる夫君を決めると成婚の儀、つまり婚姻を結ぶのですが、地球みたいに紙の上だけではなくて……」
私は自分の左手に刻印された聖樹の印を『彩乃さん』に見せる。
「この紋様と夫君の手にも同じような印が現れていて対になっています。お互いの印を重ねると聖樹の印が浮かび上がってきます。そしてその儀式を行った相手以外の『マナ』は受け付けられないようになっています」
「じゃあ、その人とは死ぬまで夫婦ってことですか? 離婚とかできないの?」
確かクリストフはどちらかが死ぬまでは離れられないと言っていた。
「そうみたいです。地球的なドライさがこの星にはないと思った方がいいですね。だから、あなたの望むように夫のすげ替えはできないし、私はそれを望まないし、夫たちもその申し出を拒否すると言っています。まあ、私を殺せば……」
私が死ぬまで彼らとは結婚できないんだよ…… という彼女に現実を話そうとした時、
「「「ハルカ!」」」
夫君全員が物凄い大きな声で話に割って入ってくる。その声に『彩乃さん』も驚く。
「なんてことを言うんだ、ハルカ。絶対駄目だ。どんなことをされても僕は君以外の人はいらない」
レオンハルトが断言する。それに続くようにルイス、クリストフが言葉を続ける。
「絶対駄目だ。君が消えるなら、僕も一緒だ」
「バカなこと考えないでください。もし誰かがあなたを傷つけるなら、絶対容赦しません。あなたのいない世界など生きていく価値もないんですよ。それに誰にもあなたを渡しません」
お披露目会場の喧騒が水を打ったように静まり返った。
う〜〜ん……… どうしよう。
するとパンパンパンと大きく手を打つ音が聞こえた。音の鳴る方向に目を向けると先ほどのアレク公が愉快そうに笑っている。
「本当に驚かされるな『ハルカ』様には。見たか? お前たち、あのレオンハルトやルイス。極め付けは氷の宰相と呼ばれたクリストフまで。なんという変わりようだ。実に愉快だ」
ここにいる全てがいわゆる兄弟や従兄弟といった親戚だ。おそらくアレク公と同じように思ったのか、三人の夫君に向かって呆れたような揶揄するような笑い声になった。
しまいにはどこかの公国の領主だろう、夫君たちによく似ている、多分兄弟だ。三人の肩を叩きながら私に向かって『兄上たちをよろしくお願いする』と頭を下げる人まで現れた。
彼らの中では「ハルカ」だろうが「アヤノ」だろうが関係がないのだろう。兄弟であるレオンハルトやルイス、クリストフが心から望む女性が彼らの伴侶でいて欲しいということのようだった。
『彩乃さん』は毒気が抜かれたように、夫達をみていた。
「春香さんが羨ましいです。残念だけど彼らの気持ちはあなた以外の誰のものにもならないと思います。キッパリと諦めることにします」
「そう。でも、この星の人たちって皆いい人ばかりだよ。本当に驚いちゃうくらいに。地球では考えられないくらいに。だから、素敵な出会いがあるといいね彩乃さん」
「そうですね。またいろいろ教えてください」
彼女も自分の情報が少ない事に気がついたのかな。だとしたらいい傾向だ。
でも、おそらく「渡り人同士」の接触は難しいだろう。
「それはいいけど…… でもそれって夫君たちの楽しみでもあるみたいだから、その楽しみを奪うのは可哀想かな」
彼女の夫君達に期待するしかできない。
「なんですか? それ」
あ、そうだ。肝心なことを伝え忘れたらダメだよね。
「まあ、夫婦の会話は身体だけではないってことだよ。あ、ここの星の人ものすごく絶倫だよ。十名とか、正直身体が持たないと思うけど。気をつけてね。一応これだけは伝えておかなきゃって思ってたんだ」
「なっ、なんなんですか、それって」
「若くてスタミナがあるから大丈夫かもしれないけど、まずは三名くらいから始めた方がいいと思うよ」
「え〜」
と驚いたように言う彼女の声を聞きながら、時間切れだ。彼女、大丈夫かな? そう思いつつ、ふと目に入ったアレク公に会釈をした後、三人の夫君と共にお披露目会場を後にした。
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