ハルカ 『渡り人・藤崎さん』と『渡り人・由奈さん』
物語の流れ的に「ハルカ 『渡り人・由奈さん』」と一つにまとめました。
今日はレオンハルトやルイスが複写したという『渡り人』の『遺物』の整理を手伝うことにした。見事に復元されたものだけど、実物のような生々しさは流石にない。所持者不明のスマホの映像が復元されている。
多分どこかの領地の森の中に落ちてしまったんだろうか? ライトをつけながらスマホで状況を記録している。音声は雑音混じりで聞き取れない。かろうじて若い男性の声だと判別できた。何かの獣のような唸り声が聞こえたと思ったら画面が反転し、おそらく地面に放り出されたのだろうか、ものすごい絶叫と踏み潰されるような音がしたと思ったらバンという衝撃音とともに無音になった。
………これって、まさか。
「魔物か魔獣の犠牲になられたようですね」
いつもより一オクターブ低い声でクリストフが口を開く。レオンハルトとルイスは複写の時にすでにその映像を見ていたらしい。二人は無言だ。こういうことは少なくないらしい。場所は南大公国の森だそうだ。
あの鬱蒼とした森。『浄化』作業で出入りした記憶に新しい森だ。『浄化』前と後では全く様相が違っていた。
『彼』はあの匂いは平気だったんだろうか? 魔物や魔獣が出るくらい瘴気に汚染されていれば相当臭かったはずなのに。『彼』の『遺物』が奇跡的に発見されたのは『遺骨』の欠片がその周辺一帯を長きにわたって『浄化』し続けていたためだったそうだ。『彼』は犠牲になったけれど、自分を襲った何かを消し去ってしまったのだろう。
これによって『渡り人』の血や肉、骨まで『恩恵』があるとされた。また『彼』だけではなく、案外ここでも『聖地』とされている場所は『渡り人』が渡ってすぐに亡くなった場所だと言われているらしい。
服装は残っていない。手持ちのバッグもリュックタイプだ。かろうじて形を成していると言った感じだ。スマホもよく残っていたな。映像が復元できたのは奇跡に近いかもしれない。
あ、名刺入れがある。中身は見れないかな? って思ったらちゃんと復元されていた。でも長期間雨ざらしだった影響もあるのか文字が見えづらい。有名どころの商社の名刺? 藤崎さん。多分この男性の名前だろう。
お財布も入ってる。ブランド物の黒の長財布。財布の中はかなりの額が入っていた。それも新札だったんだろうか折り目はついていないようだった。そんな中、一枚の写真が入っていた。まだ若く可愛らしい女性と子供との写真だ。奥さんと子供さんかな?
『藤崎さん』は天国で家族と再会できたかな? そうであってほしいと願わずにはいられなかった。まさか『彼』は自分が異世界に飛ばされたなんて思いもしなかっただろう。自分の愛する妻や子と別れてしまうなんて。その上、落ちてきて早々命を奪われるなんて。
あ、免許証も入ってる。うわっ、まだ若い。当時三十歳か。免許証の住所は神奈川だ。まだまだこれからなのに。『藤崎拓海』さん。お名前がわかって良かったけれど。まだまだ若い、若すぎる。本当に残念だ。
ただただご冥福をお祈りすることしかできない。そう、いつかこの無駄な争いのない星で生まれ変わってでもいいからご家族と形は違っても再会してできれば幸福であってほしいと願いながら。
自分はたまたまレオンハルトの馬上の上に落ちたから、運が良かっただけだ。あの瘴気に満ちた森の中に落とされたなら?こうやって無事にいられただろうか?
公式の『渡り人』は二十名。その倍はいると『光様』は収集された遺物から判断をした。でも本当にそれだけだったんだろうか? 落ちる場所は選べない。まだどこかに発見されないで放置されている誰かがいるような気がした。
『渡り人・藤崎拓海さん』の事は名前がわかったことを報告するということになったらしい。おそらく公式の『渡り人』として記録されるだろうとクリストフは話す。どんなに小さなことでもいい。わずかな痕跡かもしれない。でもこうやって誰がここにきたのかってことが判明できることも大事なことだと思った。
それから数日後、
クリストフが一通の封書のようなものを出してきた。黒い染みがついている。
宛名は『愛するあなたへ』 差出人のところには「あなたの由奈」と書かれている。
これは、読んでもいいんだろうか? 封書は未開封だ。
おそらく『光様』も躊躇して読まなかったんじゃないだろうか。
封書の前で思案に暮れていると
「こちらの封書はユナ様のものであってますか?」
クリストフが私の様子を伺いながら質問してきた。
「ええ、そうだと思います。でもこれは開封されていません。これを読むことは……」
躊躇しているとわかるように答える。
「それは遺書だとされています」
「遺書?」
「以前、自らの命を絶たれたという『渡り人』様の話をしたと思います。実はそれがユナ様だと言われています。その封書を残し、自らの命をご自身によって終えてしまったそうです。『光様』も開封をされることはありませんでした。ただ、僕達は貴女にこれを読んでほしいと思います。誰かに向けた私信を読むことへの抵抗はあるかもしれませんが、もしかすると今後渡って来られる『渡り人』様への対策や注意点などが新たにわかるかもしれないからです」
う〜〜ん、クリスの言っていることは理解できるんだけど。遺書だし、私信だし。これは厳しいと思うんだよね。
日記も、そうだけど、手紙も抵抗あるよ。躊躇しっぱなしの私の目の前でクリストフは封書を開封した。
え〜〜、何やってんの? 全く容赦がないクリストフの行動に驚いていると
「これは複写したものなので、開封しても大丈夫です」
いやいや、そういうことじゃないだろう。呆れていると
「ハルカが読んで内容をまとめてください」
全てを記録するということではないらしい。でも、私なら、これはやだな。
歴史的著名人にはプライバシーがないというのは地球もここも同じなのか?
封書は開封され、ご丁寧に中身も目の前に広げられた。仕方がない。ごめん由奈さん。封書に向かって合掌する。
数枚の便箋にびっちり文字が埋められている。これは内容が濃そうだ。覚悟を決めて、便箋へと視線を向けた。
手紙の内容は非常に衝撃的だった。
結論から言えば、なんと『渡り人・由奈さん』は、南大公国で見つけられたという『渡り人・藤崎拓海さん』の奥さんだった。
たまたまあの日、ご主人である藤崎さんがオフで、家族で出かけようと親子三人で自家用車に乗って遠出をしている時に巻き込まれたらしい。幼い子も一緒だ。半狂乱になった。それでも当時の夫君候補達は彼女にそれなりに寄り添おうとしたのか大規模な捜索を行って彼女の夫と彼女の子供を見つけようとしてくれたそうだ。
ただ、結果は芳しくなかった。そりゃそうだ、彼は彼女より数百年前にここに渡ってきていたのだから。
藤崎さんの持っていた若い女性と子供の写真が由奈さんとその子供なら、同じ車中にいても同じ時間軸に落ちるとは限らなかったということになる。
子供にしてもあまりにも幼すぎて、ここで、どこかの時代で無事保護を受けることができたのかもわからないだろう。彼女の心の傷が深すぎて、夫君候補達も混乱したらしい。
時間をかけて彼女の心の傷が癒えてからという人もいたんだろうけれど、強引に関係を結ぼうとした人もいたみたいだ。
保護を受けなければ魔力を持たない魔法も使えない若い女性だ。しかも愛する夫と子供の安否もわからず絶望的だった。
結果、彼女は精神的にも追い詰められ、夫君候補にも追い詰められ、絶望の中、愛する夫と子供への切ないくらいの愛の言葉を綴ったまま逝ってしまった。
もしかしたら、いつかどこかで自分の愛する人にこの手紙を読んでもらえるかもしれないと一縷の望みを持ったまま。
愛する人がいるのに、誰かを受け入れることができなかった。愛する人を裏切ることになるから、そうなる前に…… と書き綴った彼女の気持ちはあまりにも重い。
その内容はあまりにも残酷すぎた。クリストフに内容をまとめてできる限り客観的に話す。そうしないと文字に込められた彼女の気持ちに揺さぶられて言葉にできなくなるからだ。クリストフにしても内容を知って愕然としていた。
彼女の手紙の中で彼女が宛てた愛する夫の名前が明記されていた。夫の名前は『藤崎拓海』神奈川在住の三十歳。
同じ会社の同期の彼との出会いからあの瞬間までのこと細やかな思い出も綴られていたのだ。名前や年齢、現住所に会社名まで一致する? 誕生日まで? おそらく彼女の『藤崎拓海』さんはあの『渡り人・藤崎拓海』さんだ。
まるでお互いがお互いを引き寄せあっているかのようだ。誰かに見つけてもらいたかったかのように符合する。
それはほぼ完全に彼らが夫婦だと証明するかのようだ。彼女の『遺物』はほとんどなかったらしい。彼女の遺した手紙だけ。
でも『藤崎さん』はリュックをここに持ち込めてたのはなぜ? あれがあったから勤務もしくは通勤途中だとおもったんだけど…… もしかして後部座席に子供と奥さんが乗っていたのか? 助手席には自分のリュックを置いて。それをなんらかに理由で手にした瞬間に落ちたのか? あくまで憶測だけれど、詳細にあの日のことを聞き綴った由奈さんの方が事実に近いんじゃないか。いずれにしてもあまりにも悲しすぎる。
彼女の手紙を封書にしまい、クリストフへと手渡した。