ハルカ 『星の始まり』
色々なことにチャレンジすることにした『余生』ライフ。とは言っても魔法が使えないのであくまで夫君達の補助でしかできないけれど。
例えば料理。野菜の皮剥きとか、魔法で時短をしがちなことでも、ピーラーを作ってもらって、わざわざ手間暇かけて手伝うことにした。
魔法は便利だけれど、使うのは彼らの『マナ』なのだ。無尽蔵だとはいえ彼らの生命力である『マナ』を魔力変換をして魔法を使う。簡単そうだけれど、それに頼っていてはダメだなって思うからだ。
それと簡単な料理でも一緒に何かをすることで会話も生まれるものだ。食事担当はルイスがメインだけれどレオンハルトも主に担当しているから、そう言った機会を利用しながらこの星についてのあれこれを教えてもらったりしているし、デザート担当のクリストフのプロ級のお菓子作りも邪魔にならない程度のお手伝いをしたり、和気藹々と異世界ライフを前向きに過ごしている。
一応ノルマであった『浄化』が全て終わったことも大きいのかもしれない。自覚していた以上にプレッシャーも大きかったのが無くなって気持ちの余裕もできてきたのもいい影響なのだろう。
『渡り人』に関する遺物や文書についてはできる範囲でのめり込まずのんびりといったペースだ。負担にならない範囲で一日、二時間程度。残された文書に関しては日本語を音読して彼らの言語に書き起こすといった手順になる。
彼らは地球の言葉を読むことはできないけれど私が音に置き換えると、日常会話をしているように自動通訳されるらしい。そうやって書かれたものを自動翻訳で私が最終チェックする。文書といってもこの星に渡ってきた後の日記や記録、メモ様々だ。一部は『大聖人・光様』が同手法で既に翻訳されているらしい。
私は、ここに来て記録は残していない。もともと日記をつけるという習慣もなかったし、日本語で書いたものはメモ程度だ。
何かを残す、伝えるというのは残していく子供や孫がいれば考えるかもしれないけれど、そういうのがないというのも大きいのかもしれない。
私の日常は夫君達によって記録され公的文書として残されているのだから。
この国の言語を覚えようと試したこともあったけれど、全てが自動通訳や翻訳をされてしまうのでできなかった。
ルイスに一度ここに来た当初の状態に初期化?してもらったけれど、言葉…… 全然わからなかった。発声が違うのだ。雑音にしか聞こえなかった。
文字もこれ文字⁇ ていうくらい記号のような書くのも困難な様式の文字だった。想定外の状況で、結局すぐにルイスに自動通訳・翻訳モードに切り替えてもらった。異世界とかいうと、文字を書いたり読んだりするのも練習すればなんとかなるみたいな話を読んだことがあったけど、それって地球文化の混じった一種のパラレルワールドなんだろうなって気付く。
言語? を聞いて、ああここは異なる星で、彼らは異星人なんだって…… 思い知らされた。まあ、彼らにとっても地球人は異星人なんだろうから、いまさらってことなんだろうけれど。よく『渡り人』がこの星の人達に受け入れられたなあ。とつくづく思う。
その話をレオンハルトにすると一冊の子供向けの絵本が手渡された。それはこの星の起源に関する伝承を簡単にまとめたものだった。
『星の始まり』
自動翻訳されたタイトルにはそう書かれている。地球的に言えば神話のようなものかと思って本を開いてみると…… そういう類のものじゃなかった。
この星が生まれてしばらく経ったある日、大量の星の欠片が降り注いだ。
それは白と青の星の欠片。
それによって海が生まれ、命が生まれた。
不思議なことに五十年に三度青の嵐が星を覆った。
その結果、青と白の星の記憶を持つものが生まれた。
記憶を持つものの手には白と青の聖樹の印が現れ、
それぞれが対をなす者を探し出し契りを交わした。
やがてそれは青と白の星の記憶の核となり、この星の核となった。
といったような内容だった。
………… ん~~~?
つまり、地球的にも言われている、生命起源が地球に降り注いだ隕石由来ということなんだろう、おそらく、多分、きっと。
でもこの青の嵐とか、青と白の星の記憶を持つとか聖樹の印とか。この辺はどうなんだろうか?
聖樹の印って成婚の儀の時に手の甲に刻まれたこの印だよね。対を成す者を探し出しって、最初に相手がいて成婚の儀を経たら印が現れるんじゃないのか? 記憶の核ってことは物理的な物ではないってことなのかな?
それにしても…… 『青の星』ってまさか『地球』のことじゃないよね? 『白い星』ってなんのことだろうか? 二つの星の欠片からこの星に生命が誕生したってことなんだろうか?
いや、でも欠片ってことは粉々になったってこと? まさか、流石にそれはないよね?
『核戦争』は可能性は高いだろうけれど、『地球』がぶっ壊れるなんて……
ありえない。ありえないはず。ありえない、ありえない、ありえない。
全身で自分の考えを否定していたんだろうか…… 背中越しにレオンハルトがギュッと強く抱きしめてくれた。その力強さと温もりにホッとする。色々と質問をしたいのに、恐怖心が先に立って声も出せない。
たかが絵本だ。子供向けの……
『さくら』という少女の隣で幼子を抱いてに映っていた『ルーファス』という青年が身につけていた服装は…… 既に今、私達が身につけているものと違いはなかった。三千年前も今も差異がないってことだ。彼女がここの適応するには、私と同じように意思疎通ができるように魔法が使われたはずだ。そもそも、そんな魔法がそう簡単に生み出せるものなんだろうか?
ルイスは『星の核の記憶』から魔法の根本的なレシピを引き出して使っていると話したことがあった。確か宗教を禁止したのは宗教によって星が壊されたからと。その星が『地球』だったとしたら? 仮にあの時点で『核戦争』が起こったとしたら、文明は滅んだ可能性はある。で、もしどこかの誰かが生き残って再び文明を起こしたとしても、それなりの時間は必要だろうし、『地球』を壊すような文明が生まれるには時間はかかるだろう。
それに惑星を丸ごと壊すような兵器なんて地球人に作れるのか? 無理だろう。流石に。
地球がどうにかなるには太陽がどうにかなるって考える方が理にかなってる。それには数十億年の猶予があるはずだ。
あとは、隕石? 地球が壊れるくらいの規模の? それは…… もし『核戦争』後の地球なら、どうにかできる技術もぶっ飛んでしまっているからもはや対処のしようがないのかもしれないけれど……
その規模の隕石(小惑星)が来るなら、さすがにあの段階でも予測はできただろうに。『核戦争』なんて起こしている時じゃなかったはず。
それがブラックホールだったら? 地球の外にそんなものがあったら、近づいて来ていたら? 地球の前に『月』が砕けるだろうし、各国の人工衛星とかも不具合が出るだろうし。なんらかの前触れはあるはずだろうから。ああ、でも『核戦争後』なら、それもわからなくなっているんだろうから、何もできないのか。
地球の内側? とかはないだろう。そう言えば、硬貨大のブラックホールは人工的に作れるとかいっていたけど。まさか制御できない大きさのものは作らないだろうし…… そもそも大規模な事故でも起こさない限りは…… 地球を飲み込んでしまうようなことはないはずだ。『核戦争』の起こったタイミングで、それを稼働させるとか、そんな愚行を起こすだろうか?
突拍子もない発想すぎて、考えるのをやめる。レオンハルトの方に身体の向きを変えてギュッと抱きしめた。
いくら考えても、もう遅いのだ。
全ては終わってしまったのだろうから……