ハルカ 『大聖女・サクラ』の記録と「レモンタルト」
物語の流れ的に「ハルカ 珈琲とレモンタルト」と一つにまとめました。
ハルカの前方に立っているのはレオンハルト。
ハルカの両脇に立ち両手をそれぞれ繋いでいるのはルイスとクリストフ。
転移陣がレオンハルトの目の前にある。四人それぞれすでに結界魔法がかけられている。万が一の『媚薬フェロモン』の拡散防止のためだ。
レオンハルトが後ろを振り返りながら
「じゃあ、行こうか」
声をかけると転移陣の中へと足を踏み入れた。
全員が入ったことを確認するとルイスが空中をボタンを押すように人差し指で押す。空間が大きく揺らぐと目の前の光景が一瞬で別のものに切り替わる。
大理石? のような白い床に白い壁、高い天井、太い支柱…… 行ったことないけれど現役のギリシャ神殿ってこんな感じなんじゃないのか…… そんな印象を受けた。大きな扉がいくつもある。人の気配が全くない。
「一応、僕達が来ることは周知されているから…… この辺りは現在封鎖されている状態だ」
レオンハルトは私の顔を見ながらそう言う。
今日は一つ目を見てみよう。そう言いながらルイスが一番手前の扉に手をかざす。ガガガッと重い音と共に石造りの扉が開く。パンッと軽い弾ける音と共に一瞬視界が明るく光った。
それに驚いているとクリストフが小声で
「保存魔法の結界を開きましたから……」
収集された遺物は物への個別の保存魔法のほかに部屋ごとに保存と結界魔法がかけられているそうだ。全て個別のガラスケースの中に収められている。
おそらく落ちてきた時に身につけていた物だろうか…… 服やネクタイ、靴、色々なカバン、大小の様々な小物入れ…… 中に入っていたであろう小物のあれこれ、タブレットやスマホ、充電器も様々だ。ゲーム機もある。腕時計も。部屋の鍵をついたままのキーホルダーや財布、名刺入れと名刺、タバコやライター等々。旅行者もいたのか旅行用カバン、外国人もいたのかいくつかの言語の対日辞典もあった…… 夥しい数の遺留品。
その全てが確かに私と同じ時期に存在していたものだ。それらはある程度はひとまとめに分けられているようだ。持ち主が明らかになっているものは渡ってきた年代別に整理され、さらに大きなガラスケースの中に展示されている。
たとえば三千年前に公式としては初めてだと認定された『渡り人』。彼女のものは個別にガラスケースに入れられたものをさらに大きなガラスケースで厳重に保管されている。
その中に納められた彼女の衣類は明らかにどこかの高校の制服だった。鞄も通学途中だったのだろう教科書やノート、辞書も入っている。スマホも………
ああ…… 高校生の女の子だったんだ。
こんな未知の星にたった一人放り込まれてしまっただなんて…… あまりにも残酷だ。それなりに経験を積んだおばちゃんである自分ですらもギリギリなのだ。
もし高校生なら十五~十八歳?
「『大聖女・サクラ』様ですね」
クリストフが耳元で囁く。
「あ…… ここに映像が残されていますね。復元されたものらしいですが」
そう言うとガラスケースの表面の見えないボタンを押す。
ガラスケースが液晶になったかのように復元された動画が再生された。『大聖女・サクラ』様と呼ばれる少女のほんの僅かな時間の映像とメッセージ。そして、おそらくスマホに収められていたであろう地球で撮られた彼女の日常、家族や友人達との大事な記録。そこには『三崎さくら』と名乗る十六歳の少女が確かに存在していた。
一人の男性と共に『大聖女・サクラ』は映像の中にいた。その男性はレオンハルトやルイス、クリストフと非常によく似た風貌の銀色の長い髪の二十代半ばの美しい青年だった。『大魔法士・ルーファス』と名乗るその青年は始終『さくら』という少女を愛でるように慈しむように見ていた。
ほんの数分の映像の中で少女はこの星で生きていくということ。家族に会いたいという悲痛な思い。誰かに残すというよりは自分のためにこの映像を撮ったのだろう。そう思わせられる映像だった。
青年の腕の中にはおそらく彼と『さくら』の子供であろう乳飲子が宝物のように抱かれていた。わずか十六歳。彼女の地球での未来を奪ったのは愚かな大人達だ。食い入るようにその映像を見ていた私の背後にいつの間にかレオンハルトが立つ。
「ごめん、ハルカ。今日はここまでだ」
そういうと後ろから抱きしめられる。
…… ああ、まただ。そう思った瞬間意識が落ちていった。
「…… レオン」
咎めるようなクリストフの声。
「わかっている。でもこれ以上は彼女の身体に良くない」
レオンハルトはクリストフに応える。そんな二人を見つつルイスはクリストフに
「じゃあ、僕は複写の作業に取り掛かる。ハルカはクリスが連れて帰ったほうがいい。レオンでなければ許可が下りないものもあるからね」
そして続けてクリストフに
「それと複写や復元したモノを保管したり記録を収める部屋と検証する作業の部屋を広めに用意しておいてくれ」
と指示を出す。
「了解」
クリストフは意識のなくなったハルカを横抱きにすると転移陣を展開しその中へ消えていった。
芳しい珈琲の香りで目が覚めた。
クリストフの部屋で寝かされていたらしい。
「ハルカ、ちょうど良かった。今、珈琲を淹れますね」
ガラス張りのサンルーフのテーブルの上に淹れたての珈琲とレモンタルトが置かれた。クリストフは最近タルトにハマっている。ルイスの温室で育てたフルーツをふんだんに使ったタルト。これがマジ美味しいのだ。
「また一段と腕を上げたね、クリス。とてもおいしい」
「ハルカにそう言ってもらえると作り甲斐があります」
「いや~、ほんと、ここが地球なら超人気パテシエになれると思う」
「そうですか?」
くすくす可愛らしく笑うクリストフは綺麗可愛い美青年だ。その尊顔を仰ぎみながらレモンタルトをいただいていると
「…… ハルカ、どうしますか? 『渡り人』様達の残された遺物を確認したいというので、同行を許可したのですが…… 貴女の感情の起伏が激しいと貴女にかかる負担が大きくなり『マナ欠乏症』を悪化させる懸念があります。僕達としては貴女の健康状態が最優先です。今回のレオンにしても一見過保護に見えるかもしれませんが、処置としては適切だったと思います」
「マナ欠乏症」か…… 泣くことも怒ることもできなくなるなんて…… まあ、確かにあの部屋にいたら、見えない感情の波に飲み込まれそうになったのは事実だ。
大きくため息を一つつく。
「クリス、お願いがあるんだ。『渡り人』様にはいくつかの伝承が残ってるんだよね。例えば最初にここに渡ってきた『サクラ』様とか。魔道具作りに寄与した『カイト』様や『大聖人・光』様とか…… そのお話教えてくれないかな? 絵本でもいいし。それに関連する本や資料でも良いから」
「ハルカ?」
「おそらくここでの暮らしをどう過ごしたかっていう客観的資料があれば『遺物』を見ても少しは違うと思うんだよね。多分、客観的データーもなければダイレクトすぎるんだろうから」
現物の『遺物』は思いの外心理的ダメージを受けた。感情移入しすぎなのだろう。
「子供向けのお話でも良いんだよ。『サクラ』様と『ルーファス』青年?との恋物語でもいいし……」
「初代国王ルーファス様ですね。わかりました。明日にでも何か持ってきましょう」
「よく似てたね」
「え?」
「クリスやレオンやルイスとよく似てた。ご先祖様に当たるから当たり前かもしれないけれど…… 銀髪の長髪っていうのも美形だとよく似合うよね」
「伸ばしましょうか?」
「クリスが伸ばすとさらに美に拍車がかかりすぎてやばいから、やめて。色気もダダ漏れなんだから」
「そんなに喜んでもらえるなら……」
「魔法士ってイメージ的には病的で長髪が多そうなんだけど。ここの魔法士団の皆さんて結構健康的だよね。クリスも魔法士団所属の時は健康そうだったし。どちらかっていうと、そっちの方が好きなんだ」
「そうですか?」
「うん。 外に気軽に遊びに行けるようになれたら良いのに」
「外ですか?」
「市場とかお祭りとか、普通にみんなの領地を散策したりとか。ここにきてから、そういうのが難しいのはわかるんだけど……」
「お祭りですか…… 皆と相談しましょう」
「ありがとう、クリス」
「ああ、ハルカ、先ほどの『遺物』についてですが…… 複写したものだと大丈夫ですか?」
「複写?」
「複写。復元とも言いますね。つまりレプリカ、再現物です。文書であったり、映像や物質をそのまま複写・復元します」
「現物も複写できるの?」
「はい、復元ですね。今、ルイスとレオンがそれを行っている最中だと思います」
「それをここに持ってくるってこと?」
「はい。その為の部屋も用意しました」
そうなんだ…… まあ、増築も一瞬で自由自在だもんね。でも複写ってコピーだよねえ。3Dコピーとかするのかな。
自分たちのマナで? それはそれで大変だよ。大丈夫かなあ、レオンとルイス。無茶しそうだ。やっぱり私が直接見に行った方がいいんじゃないかな? それとなくクリストフに訊いてみる。
「ああ、大丈夫です。おそらく魔法を使って一気に作業を進めているはずです。本来なら王宮では魔法は使えないのですが、今回は陛下から特別に許可をいただいていますから」
なんでもないような顔して曰うクリストフ。
ああ、そうだ……
「ところで、私の荷物ってどうなってるの?」
そう、今回のことで気がついたのだ。私の荷物や来ていた服装、おそらく回収されているんじゃないかと。スマホも充電器もあったはず。
私の問いに一瞬ぎくっとしたクリストフ。
「保管しています」
やっぱり。レオンハルトの馬上に落ちた時に持っていたバッグとかもどこかに落ちた…… 他の『渡り人』が持ち込めたのだから、私のものも一緒にここに落ちたはずだ。
「荷物の確認したいのだけれど。返してもらえるかな?」
何か問題があるのか…クリストフが黙り込んでしまった。
「ダメなの?」
「そうですね。即答はできません。『ハルカ』の所持していたもの全て記録庫の方に保管されていますから、申請はしますが許可はすぐに降りるかどうか……」
「今日ね『さくら』さんの映像を見た時、私も皆との映像を残したいなとか、地球の写真見てほしいなって思ったんだ。何気ない日常の一コマだけどね」
「ハルカ」
「それにソーラー式の充電器を入れてたはずだから、太陽二つもあるんだからフル充電できるだろうし……」
「わかりました。一応、申請しておきます」
「ありがとう。クリス」
「亡くなった両親の写真も入ってるんだ」と話すと、クリストフにぎゅっと抱きしめられた。