ハルカ 異世界での『余生』ライフが始まる
王宮『青の間』
そこは非公式での『謁見』として使われる場である。
国王フリードリッヒが座する玉座の前に透明の大きなガラスケースが三つそこに並べられていた。その中にはさらに強固な結界魔法をかけられた状態で人が一人ずつ入っている。
「レオンハルト、ルイス、クリストフ、この度の『渡り人・ハルカ様』との『浄化』にともなう任、誠に大儀であった。全ての報告受け取った」
「「「ありがとうございます」」」
「『ハルカ』様はご健勝か? 今回はお会いできると楽しみにしていたのだが……」
ガラスケースが三個しかないことを残念がるフリードリッヒ。
「残念ながら…… 『マナ欠乏症』のフェロモンは危険だと判断させていただきました。また『ハルカ様』自身もそのことにつきましては同意いただいております」
「危険か…… 相変わらずだなレオンハルト。だがその判断に従わせていただこう。王宮を再び閉鎖するわけにはいかぬからな」
右端のガラスケースの中から発せられる、常に沈着冷静なかつての自分と同じアースブルーサファイヤの瞳をもつ同腹弟の厳しすぎる判断は常に王家を守るためのものだ。
そう彼女が初めて王宮に足を踏み入れた時は大変だった…… あれから半年たらず。その間に全大陸を全て『浄化』と『結界』を張り巡らせたのだ…… それは同時に発症した『マナ欠乏症』にも影響したはずだ。
フリードリッヒは視線を左端のガラスケースに移す。
「ところでお前、あのクリストフか?」
三人の中で一番年若に見える二十歳前半の青年に向かってフリードリッヒは声をかける。
「ご無沙汰しております、陛下。はい、クリストフです」
呼びかけられた左に立つ年若い男がその問いに応える。
「驚いたな…… 本当に、これだけの若返り…… 『恩恵』があるのか……」
近々の記憶に残るグリーンサファイヤの瞳を持つ異腹弟のクリストフは四十代後半の風貌をしていたはずだった。それが目の前に見る男は精々二十代前半にしか見えない……
自分の見ているものが信じられないと目を細める、フリードリッヒ。
「陛下、あくまで見た目だけです。寿命は変わりません」
即座に中央の男が応える。スカイブルーサファイヤを持つ同腹弟の大魔法士ルイスだ。
「うむ。ルイス、わかってはいるが…… これは確かに混乱をきたすな」
寿命は同じでも見た目だけでも若返りたいと思う人間もいる。『恩恵』というものにあやかりたいと望んでしまうからだ。この星に『恩恵』をもたらす『渡り人』という存在は争いの種という認識のもと『保護』という「監視・隔離・存在の秘匿」が絶対であるとされている。
夫君・妻君に選ばれた者しか『渡り人』に接触することはできない。
先に渡られた『大聖人・光』様は時の国王バルト・ユータリアにとって特別な存在だったとされている。
『マナ欠乏症』さえ発症していなければ、『渡り人』は管理下に置かれながらも多少の自由は認められている。
『光様』と国王バルトは晩年『光様』が『マナ欠乏症』を発症するまでは、よく行動を共にする親しい友人関係であったそうだ。それゆえに国王バルトは王宮内に別宮『月の光』を作り『マナの源泉』の湯を作った。
『光様』は後続の『渡り人』様の為に。国王バルトは異世界からの友人の為にそれを用意した。『マナ欠乏症』を発症した友人の為に国王は王太子に譲位をし、自らは異世界からの友人と共に隔離されたその別宮で過ごし、彼の妻君と共に彼の最後を看取ったと伝えられている。
今回の『渡り人・ハルカ』様は渡られた初日から『マナ欠乏症』を発症したため、即「隔離・監視」対象者になってしまった。結果的には映像や音声の中でしか彼女に接することができない。
「それで、今後はどうするのだ」
三人の同異腹弟たちに予定を尋ねる。
「私とルイス、クリストフはそれぞれ所属の団から退きます。すでに聖騎士団並びに魔法士団の後任への引き継ぎは全て終了しております」
「そうか。それで…… どうするのだ」
「『ハルカ』様に『光様』が収集されたかつての『渡り人』様の『遺物』を見ていただこうかと…… そして残された古語で記されてまだ翻訳のできていないものを可能であれば訳していただこうかと考えております」
なるほど先に渡られた『渡り人』様の古語で書かれたものの翻訳は『渡り人』様しかできないことだ……
「承知した。青と白の記録庫からの複写の許可を出そう。但しレオンハルトにその管理を命じる。遺物に関しても同様とする」
「陛下、実は『ハルカ』様より、魔道具の提案がいくつか出されております。その件につきましても先の『渡り人』様達の残された『遺物』を参考にしつつ、実用化に向けて研究、実験、検証、実用化をしていきたいと思っております」
「ずいぶん精力的な方なのだな。『復元』の許可を出す。ルイスは新たな魔道具の開発、レシピの作成の責任者を命じる」
左端にただ静観しているクリストフに視線を移す。いつもながらの感情を見せない曖昧な笑みを浮かべる一件とし若く見えるその男はこの国の宰相だった。
「クリストフ、お前は?」
「私は『ハルカ』様と一緒に楽しく暮らします。『ハルカ」様は私と一緒にお菓子作りを極めたいそうですよ」
は??? お菓子作り??? お前が??? 思わず他の二人を見る。二人とも呆れたようにクリストフを見ている。
「ここでの『余生』を楽しみたいと常々『ハルカ』様は口にされています。私はそのお手伝いをできればと考えています」
ああ、つまりこの星の文化を知っていただくということか…… 制限も多い、管理下に置かれているからこそ、必要なことなのかもしれない。
「確かにそれは必要なことだな。ただ、クリストフ、それは夫君全てが担うことではないのか?
…… まあいいだろう。許可しよう。クリストフ、この星について『ハルカ』様に知っていただくことは重要だからな。夫君達が協力しあって最後まで『ハルカ』様の平安と安寧であられるように御守りするように」
年の差はあれども魔力やマナが突出していた為か他の兄弟と比べてもとりわけ仲の良かった弟達。要職について自分を支えてくれた頼もしい存在だった。
この地に『渡り人』様が渡られて以降、同じ席で話すことも酒を酌み交わすこともできなくなった……
おそらく…… なんらかの経過報告で会うことはあっても四人の兄弟が一堂に集まることは今後はない。
「ああ、そうだ…… レオンハルト…… あれはどうするのだ?」
元王位継承第一位、第二位の自分とレオンハルトしか共有が許されていない件について口にする。弾かれたように顔を上げ自分を見るレオンハルトの瞳が迷いで揺れているのがわかる。
「…… まずは『光様』の残された記録を『ハルカ』様に目を通していただいてから…… 『ハルカ』様が望まれるならいつでも対応が可能なように許可をいただきたいと……」
ああ、おそらく常に冷静沈着であれと特別な教育を受けたこの弟でさえ、躊躇させてしまう存在なのだろう。
失いたくはない…… そういう存在を手に入れたが故の迷いか…… まあ、それもいいだろう……
「その時は一報入れてくれ」
それを手放す覚悟ができた時でいい。
「畏まりました」
言葉とは裏腹に子供の頃自分の後をひっついてきた頃のような笑みを浮かべる弟。
「…… 寂しくなるな。これで、しばらく会うことは叶わぬのだな。…… 達者で暮らせ」
「「「兄上こそ、どうかご健勝で在られますように」」」
三人の弟達は臣下の礼をとりつつ、弟としての挨拶を告げる。
転移魔法陣が発動して、ガラスケースの中には誰もいなくなった。
「相変わらずだな……」
そう呟きながら三人の弟達の行く末を兄として国王フリードリッヒは心から案じていた。
夫君と『渡り人』様との関係が深ければ深いほどその生は連動すると言われている。つまり寿命に作用を及ぼすのだ。今回それに関する検証も行われることになっている。レオンハルトがいるから大丈夫だとは思うが…… 最後に見せたレオンハルトのあの迷いが、フリードリッヒは気になった。
…… いずれにせよ大規模な大陸全体を『浄化』ができる『渡り人』は千年に一人と言われている。
僅か半年で『ハルカ』様はそれを行うことができた。
この星はそれ以上を彼女に課すことはないのだから……
それにしても…… あの三人の弟達に御されることなくそれをやってのけた『ハルカ』という女性は大したものだと国王フリードリッヒは最後の報告書から再び空になった三つのガラスケースへと再び視線を戻したままそう思った。
※※※※
「「「ハルカ、戻ったよ」」」
「お疲れ様。行かなくても大丈夫だった? 最後くらいはご挨拶した方が良かったんじゃないのかな……」
「ん~~~、僕達でさえガラスケースに入れられて結界魔法をかけられての謁見なんだから…… ハルカが無理なのは陛下も承知されているからね、気にしなくてもいいよ」
スカイブルーサファイヤの瞳を持つ夫が応える。
「それより、いろいろ今後のことで許可も下りたから」
アースブルーサファイヤの瞳の夫が言葉を続ける。
「そうなの? それは楽しみだね」
「そう、それで明日にでも『青と白の記録庫』に行ってみましょう。『光様』が集められた『渡り人』様の『遺物』を見る許可が得られましたし、一応四人分の入室許可証出してもらえましたから」
グリーンサファイヤの瞳の夫は愛おしげに妻を見ながらそう告げる。
「それ、すごく楽しみ」
三人の夫君達の顔を嬉しそうに見上げながらハルカは子供のような無邪気な顔を向けそう言った。
ハルカと夫君達との異世界での『余生』ライフは今から始まる。