異世界の夫君達の料理事情と『渡り人の恩恵』
その日は朝食と夕食を兼ねたブランチになった。
「夕食はちゃんとがっつり食べよう。ハルカはもうちょっと体力つけないと!」
いやいや、見た目はともかく、中身五十五歳なんだから…手加減してほしいです。食事の後、ルイスはちょっと手直しするからと昨日外出の時に着ていたフード付きローブを持って出て行った。私は、昨日の疲れで身体が動かないのでベッドの上でゴロリと横になって、いつの間にか寝入っていた。ぐっすり寝ていられたせいか、結構スッキリと目が覚めた。
お肉を焼いた良い香りがしてきた。ベッドから出て、執務室に向かうとルイスがちょうど執務室に入ってきた。
「夕食できたから、ちょうど起こしに行こうと思ってたんだ。今日はテラスで食べよう」
ふんわりとルイスの体からも芳ばしそうな香りがする……
「今日は『和牛?ステーキ』にしたよ。ハルカしっかり食べてね」
テーブルの上にはジュウジュウとたった今料理されたかのような焼きたての厚手の肉が載っている。肉は新鮮、焼き加減はレア。
うわぁ、すご~~~く美味し~~い! かなりの上質。まじか…… こんなものまで……
一昨日の外出時、ルイスは労働という概念はないといった。つまりここに今出されている『和牛』も畜産という概念すらなく生み出されたものだという。つまり肉であって肉ではない。ここで出されたステーキも誰かによってマナによって作り出されたということだ。
もはや体液交換までしてしまっているので、今更感はあるけれど、これらの食事も全てルイスが用意したものだ…… つまり…… ルイスのマナによって出来ている。それにしても色々なメニューを作れるものだなと訊いてみたら、そういうレシピがあって、それを試しているんだとなんでもないように口にする。
そういうレシピ⁇ そういえば三人の作る食事、特に和食は味が随分と違うことに気がつく。それをいうと、ルイスは『気がついた?』みたいな顔をする。
「記録によると日本という国って縦長なんだよね。ハルカがどこから来たのかまではわからなかったから、古地図上で三分割をして、三人でその地域のレシピを出そうっていうことにしたんだ。まあ、この方法は古くから採用されている方法なんだけどね。できれば食べたい味の方がストレスにならないと思うから」
へぇっと思わず感心していると
「ハルカは誰の味が良かった」
「ルイスだね」
「じゃあ、南の国?」
「南の国⁇ ああ、ううん、そうだね…… そういう区分じゃないけど、大まかにいえばそうかな」
「そう、確か『光様』は中の国出身だったらしくって、確か味付けが違うんでしょ? 記録に残ってたよ」
「中の国? 関東、中部圏かな?」
「そうなの? 僕達は 北の国、中の国、南の国と呼んでいるよ。ハルカは?」
「私の生まれたところはここでいう南の国の一部かな? だから、出汁の使い方が違うというか、醤油も味噌も違うから、ルイスの選んでくれたレシピはとても口に合うから美味しくいただいてるよ」
「なるほど、良かったよ、レオンハルトやクリスにも情報共有しておくね」
「ありがとう。食事は確かに大事だもんね」
「そうだよ。ハルカはもっと食べなきゃ。『浄化』ってものすごくエネルギー食われちゃうから」
「それに…… 『恩恵』での供給もハルカの体力がついていけないからね。できるだけ食べ物でマナを吸収した方がいいと思う。僕達はどちらでもハルカが元気でいてくれたらいいんだから」
「食べたいメニューがあったらいつでもリクエストしてね」
そういってウインクするルイスは可愛すぎる。
食べたい物…… ソウルフードがふと頭によぎる…… あれは流石にないだろうなあ…… あ、思い出したら食べたくなってきた。
ルイスを見たらニコニコしてる。なんていうか…… ルイスの仕草は可愛い系だな。
クリスはツン? レオンはちょっと開発しちゃったから…… Mっぽい⁇
いや、違うか…… う~~~ん。かなり不謹慎なことを考えながら、がっつり、美味しくいただいた。
それを見たルイスはかなりご満足? 基本残すことはないけれど、やっぱりせっかく作ったものを美味しく食べてくれるのは嬉しいよね。その気持ちはすごくわかる。自分で作るより、他人が作ってくれると美味しいし。あれって不思議だよね。
食後のデザートはなんとラムレーズンアイスだった。
「これ好きなんだ~~♪」
そういうとルイスはもうニコニコしちゃってくれるから、こっちもさらにニコニコしちゃうよ。
「ご馳走様でした!ありがとう、ルイス。とても美味しかった」
手をあわせてそういうと、「どういたしまして」といって食器を下げていく。
「手伝うよ」
というと
「大丈夫。洗浄魔法使うと一瞬だから気にしなくていいよ」
と言われた。
なんか、皆スマートなんだよね。元王子なのに⁇ 抵抗なくなんでもできるらしい。まあ魔法を使うらしいんだけど。なんでも作れちゃうし。
聞くところによるといつでも『渡り人』様が渡られて、夫君に選ばれても大丈夫なように『夫君教育』のようなものが義務付けられているらしい。
それはすごい。いつでも受け入れ体制を整えるというのはなかなかできることじゃない。感心しながら、ルイスの話を聞いていた。ルイスが戻ってくるまでテラスに置かれたソファーに身を沈めて、先日のマナの可視化で見た温室の植物のマナのことを思い出していた。
あれは綺麗だったなあ。植物っていろんな色のマナでできてた。ゆらゆらダンスを踊るように蠢いていて…… 太陽光を浴びて金色になっている部分もあったし。生きてるって感じがモロしてたな。もし、地球がこの星のように全てのものを自分のマナで作り出せたとするなら、どうなっていたんだろう。飢える事もない。戦争なんか起こらなかったんじゃないかな。ここの領地を見ても、領主の館はほぼ平地にあって、とてもじゃないけれど、戦争とかになったら全然無理だろうっていうくらい無防備だった。ルイスにそれとなくそういう部分も質問してみると
「う~~ん…… 『渡り人』様の『恩恵』を巡ってはあったみたいだけれど、それ以外はないからね。『渡り人』様…… 昔はね、魔力やマナが強いものが優先的だったりしていたらしいし。『渡り人』様の意向というものが優先されなかった事もあったのも事実なんだ。せっかく渡ってきていただいても、自ら命を絶たれてしまうと次に渡られるまで時間を要するからね」
確かに『恩恵』を奪い合って『恩恵』を得られる機会をそのまま失うっていう方が大損だろう、この星にとっては……
「そういうことを防止するために自然と『渡り人』様に対する取り決めとかも出来てきて、そんな中『光様』が来られて初めて法として形になったとされたんだ。それに領地全体に特殊な『結界』を張れば外部からは侵入できないから、ハルカは心配しなくて大丈夫だよ。安心してていいからね」
領地全体に『結界』を張る…… それはそれですごいな。
この星の考え方には驚かさせられる。戦わずして国を治めようとしている?
「『渡り人』様が…… ハルカのように夫君とはしては無理だけれど『浄化』は行うといってくれたから、他の領地も納得してくれたんだよ…… 先の『光様』、今回のハルカが大きな指針になってくれた。皆心から感謝しているんだ」
ルイスにとって、夫君達にとって、私がこの星にとって『無害』であって欲しいという『希い』のようなものを感じた。たぶん、今までの『渡り人』は実年齢も若く、この星にとって脅威にはならなかったんだろう。それに比べ『実年齢五十五歳』の私はそんなに簡単には取り込めない、御すことのできないがっつり(地球)色の付いた『渡り人』といったところか……
三千年前以降この星に現れた『渡り人』という存在は『恩恵』であり、同時にこの世界に『厄災』をもたらす存在なのかも。『それはこの星にとっても甘く危険な要素なのかもしれない……
例え『渡り人』と婚姻をし、子を成したとしても子や孫にあたる彼らには特別なんの『恩恵』も引き継がれないのだそうだ。ただ不思議なことに魔力を持たない『渡り人』から魔力の多い子孫が生まれるだけ。
それを一世代もしくは二世代後に直径王族との婚姻で王家の血筋に取り込まれ魔力強化がなされているらしい。
先代の『大聖人・光様』は当時の国王バルトの姉妹を妻とした。そこに産まれた娘や孫娘が国王バルトの息子や孫と婚姻をした。
その結果が今の国王フリードリッヒとその兄弟姉妹ということになる。その中にはレオンハルトやルイス、クリストフも王弟なので当然入っている。
『渡り人』と王族直系とは直接の関与は起こらない。特に今回のように「マナ欠乏症」が発症してしまえば、特有の媚薬フェロモンによって精神干渉されかれないからだ。それはこの星にとって脅威になる。だからこそ王族の管理下に置かれているのか……
まあ…… あれこれ考えても仕方がない。『浄化』によって見た目年齢が若返ったとしても寿命は変わらないそうだから、そう長生きもできないだろうし…… むしろ『渡り人』の若返りは寿命がさらに削られているからの現象らしいし…… それに既に死亡フラグも立ってるから。
マナの供給が絶たれたら…… 生きていけないだろう、この星では。
無理せず、異世界で余生を楽しもう。できることしかできないや。心が真面目に病みそうだ。自分のメンタルの強さに改めて驚くわ。それに…… もうどこにも帰る場所は存在しないかもしれないのだから……
おばちゃんは開き直るしかできないや。
前日の濃厚な夜とは違ってその夜のルイスは優しかった。
朝目覚めると、ルイスが自分の方を見ている。誰かに、しかも見目麗しい男に、そんな風に優しく見つめられるなんて…… ドキドキする。心臓に悪い。
事後はきれいにされていて、すっきりしている。『洗浄魔法』かな?
「ハルカ、明日から『浄化』の作業に入るんだ。だから、その前にもう一度外で確認したいことがある」
「いいよ」
「体調、大丈夫⁇ 大丈夫なら、食事の後、散歩がてらに外に行ってみよう」
朝食を食べた後、再び先日の装いで改良版のローブを身につけた。ルイスと手を繋いで(恋人繋ぎ!)転移ゲートで飛んだ。着地したのは先日の丘。
………… ‼︎
「うわっ、これはすごいよ、ハルカ」
目の前に見える風景が一変している。三日前…… ここにきた時、ここはどこか懐かしい田舎の何にもない丘だった。丘といっても草もまばらな……
それがどうだろう、青々とした草原に色とりどりの花。蝶まで飛んでる。殆ど葉も落ちていた木々、林や森も息を吹き返したかのように青々と茂っている。果実をつけているものも少し離れた箇所からですら確認できるくらい実っている。空気も、張られた結界越しだけれども、澄み切っている。空の色もどちらかといえば少しくすんだような色合いだったのに…… 澄みきったスカイブルーの天空。見下ろす街並みも、色鮮やかで全く別の街のようになっている。
「これがハルカの『恩恵』なんだね。ありがとう。ハルカ」
そういって私の両手を取りルイスが感謝の言葉を言ってくれる。
ああ、これは…… 確かに素晴らしい。これがこの世界に落ちた結果のものであったとしても…… 素直にこれはすごいことだと認識できる。レオンハルトやクリストフの領地も同じことが起こっていたはずだ。『浄化』というのは思っていた以上に大きな力を持っている。
…… これは明日以降気を引き締めてしないといけないなと思った。
ルイスは『浄化』を意識的に発動できるようにする方法を教えてくれた。最初は(空気が既に澄み切っているので)全く発動できなかったけれど、いろいろなことを教えてくれて、規模もコントロールできるようになった。ルイスは私が『浄化』を発動する度に私に張られた『結界』の状態をチェックしていた。
フェロモンが流出しないためのものなので、念には念を入れてということらしい。訓練は途中昼食を挟んで、夕方近くまで続いた。マナ源泉の入ったお風呂に入った後、夕食(なんと今日はチーズインハンバーグ)の後、明日の『浄化』作業の説明を受ける。
浄化の訓練も日中に行ったのは、日が暮れると『浄化』の光が目立つからという理由だそうだ。『瘴気』の影響を受けていると空気自体もくすんでいるし汚れているので、発動すると日中であっても目立つらしいけれど、今日のルイスの領地のように『恩恵』により『浄化』は強く発動された後だと、『浄化』を重ねてもそれほど目立たないらしい。なので訓練には日中が適するということと『浄化』も規模をコントロールするのは『マナ欠乏症』の悪化を防ぐための自衛だと説明された。
『浄化』の作業はまず既に『浄化』を終えている『王宮ドーム』(陛下による公式命名だそうなので、ダサいとはいえない)以外の王都を中心に既に魔法士団によって築かれた『結界』壁内を浄化していくそうだ。
説明に使用される地図を見ると大陸の中心に『王宮ドーム』を含めた王都があり、そこを中心に臣籍に下った旧王族が統治する十の公国がある。今回の『浄化』作業をするためにその地図の上に『浄化』されていない王都を中心に同心円が三百、否それ以上多く描かれている。それはまるで『バウムクーヘン』のようだ。
先に聖騎士団があらかた『浄化』作業を行なってくれていて、それを強化する形で『浄化』の重ね掛けをするとのこと。今日、ルイスから教えてもらった方式が役立ちそうだと思った。
明日からはレオンハルトのいる聖騎士団と共に行動をともにするそうで、明日、レオンハルトが迎えにきてくれると説明を受けた。
翌日、『浄化』作業場へと迎えにきてくれたレオンハルトと共に飛んだ。