すたんどあろん〜幽体少女の眼前に映るもの〜
音の無い真っ白な世界に、私はふわふわと漂う。
雲のように、ただ風にゆられ、ふわふわと。
近くに誰かがいる。
真っ白な世界、空のような、海のような。
そんな世界で私は一人きりだと思っていた。
でも、誰かいる。その顔には見覚えがあった。
「私だ。」
私はそれの目の前まで、風に揺られて運ばれた。
私の目の前のそれは何かを話していた。
声が小さくて、全然聞き取れないけど、口元はかすかに動いていた。
次の瞬間、急に世界が反転して、激しい目眩に襲われた。
目を開けていられず、硬く瞼を閉じた。
*****
しん、と静まり返った空間に、私は放り出された。
人が泣くような声、鼻を啜る音。徐々にボリュームが上がっていくスピーカーのように、耳の中に数十人の声が、嗚咽が流れこむ。
私は恐る恐る瞼を開けると、そこは葬儀場だった。
目の前に私の写真が飾られている。周りに綺麗な花が敷き詰められて、私は笑っていた。
視線を下に落とすとそこには木でできた長い箱があった。
蓋が閉じられているけれど、私には中がどうなっているか、はっきりと見えた。
自分の眼前に、自分の死体が横たわっている。
ああ、そうか、私は死んだのだ。目の前の私は、まるでマネキンみたいで動く気配は全くない。
私はこんな顔していたんだな。毎日、鏡で見ていたけど、なんか少し感じが違うな。
学校に行くのが嫌だったから、もともと生気のある顔ではなかったかもしれない。
お母さんが、泣いている。
大好きなお母さん。
いつも私を支えてくれたお母さん。
「弥生、ごめんね。
母さん、何もしてあげられなかった。」
母は私の遺影を見て小さな声でつぶやいた。消え入りそうな声で。
空間全体が重苦しい空気に包まれている。お葬式だから、当たり前か。
家族以外にも、見知った顔がたくさんある。
「一真くん…、
…来てくれたんだ。」
あの男の子はよく覚えている。
何せ、私が生まれて初めて告白された人だから。
しかも、告白してきた場所が学校の裏庭。
あまりにベタで古典的な展開に、緊張感が吹き飛んだのを覚えている。
私なんかのどこが良かったのかな?
地味だし、近眼だし、スポーツ苦手だし。
でも、助けてくれてありがとう。
何度も何度も、助けてくれてありがとう。
一真くんが学校では唯一、私を気にかけてくれていたのかもしれない。
「何で死んじゃったの…。」
綺麗な肌、整った目鼻立ち、背も高くてモデルみたい。
あの子の顔は、絶対に忘れられない。
悪魔だ、正真正銘の悪魔。
よくもこんな白々しい台詞が言えたものだ。この女生徒こそが、私の学校生活を地獄に変えた張本人。
あの涙は絶対に嘘。その才能を生かして、女優にでもなればいい。
来る日も来る日も、飽きもせず、ルーティーンをこなすかのように、私に嫌がらせを繰り返してきた。
クラスの女生徒は、みんな彼女の味方。私の味方なんて誰もいなかった。
唯一の仲のいい友人は、3ヶ月前に転校して、クラスで完全にひとりぼっちになった。
積極的に周りと関わらなかった私にも非がない訳ではないけれども、その事と虐めてもいいはイコールにはならない。
更に運の悪いことに、新年度になって、クラス替えがされた。その矢先、前学年で同じクラスだった由紀は、親の仕事の関係で他県に引っ越した。私はすでにグループが出来上がってしまっていた所に、飛び込んでいくほどの勇気は持ち合わせてはいなかった。
そんな状況で、完全に浮いた存在になっていた私が、この悪魔みたいな女に目をつけられた。
でも、死んでしまった今となっては、もう、どうでもいいことだ。
名前すら思い出したくない。できる事なら、記憶から完全消去したい。
みんなが悲しんでいる中、ウドの大木のように立っているだけで、うんともすんとも言わない男がいた。
兄だ、引きこもりの兄。私の一歳年上だが、小学生の頃から不登校が始まって、中学校に至っては、一度も登校していない。
兄も虐めが原因だったと母に聞いたが、不仲だった兄のことはよくわからないし、知ろうともしなかった。
ただ一つ言えることは、彼は弱虫だ、ということ。
私は兄のようにはなりたくなかったが、結局同じ穴のむじなだったということだ。
私は、不登校にはならなかったものの、いつ不登校になってもおかしくない状況だったからだ。
父親は参列すらしていない。私が死んだこと自体知らないのか、知らされていないのか、知っているけど来ないのか。父は私が小学校の低学年の時に家を出た。きっと遠いどこかで別の女と暮らしているのだろう。顔もあまり覚えていない。写真がほとんど残っていないのも、顔がわからなくなった原因だ。忘れたいという気持ちも相まって、彼は私の記憶の中では、もはや「へのへのもへじ」だ。
女生徒たちの涙の大合唱、とてもわざとらしい。もしかすると、中には真剣に悲しんでくれている子がいるかもしれないから、悪口を言うのはこのぐらいでやめよう。言っている自分がだんだんと惨めになってきた。そういえば、担任の先生も参列していた。担任だから出ないわけにはいかないか。例に漏れず、彼女も頬を伝う涙をハンカチで拭いている。
「私が虐められてたのを知ってたくせに、結局、何もしてくれなかったね、先生。」
大人にとって生徒同士の諍いなど、仕事が増えて、悩みが増えるだけの煩わしいものでしかなかったのだろう。
悩みを打ち明けたことも一度や二度ではなかった。しかし、打ち明けた日も、次の日も、また次の日も、特に変化はなかった。毎日、淡々と授業をこなしていただけだ。
尊敬する部分が一つも見当たらない。気にしなかったのか、どうしていいかわからなかったのか。
上の先生たちに相談したら、自分で何とかしろとでも言われたのか。様子見をしながら、自分の中で有耶無耶にしていったのかもしれない。
大人は尊敬できる人とできない人がいる。私はどういう大人になりたかったのだろう。忘れてしまった。
今となっては、それも叶わなくなってしまった。
*****
周りにはたくさんの人がいるが、誰も私に気付く人などいない。
当たり前だ。幽霊みたいなものなのだから。
自分が今どういった存在なのか、自分自身がわからないのだからどうしようもない。
私は歩こうとしても足は動かない。前に行こうとすると体が前に移動するといった感じだ。
浮いている体がすうっと前に平行移動する感じ、まさに幽霊そのものだ。
ふと周囲を見渡すと、一真と芹那がいない事に気づいた。
芹那はモデルのような体型で背も高く、非常に目立つので、いなくなっている事は気づいていたが、いちいち目で追いたくない女だから気にしなかった。
しかし、一真がいなくなっていることに気づくのに時間がかかった。彼は中性的であり、身長も低い。下手すると女子よりも小さい、小柄な人。例えるなら、リス。リスだと思うと、もうリスにしか見えなくなるぐらい、よく似ている。
建物の外に行きたいと考えたら、一瞬で外に出ることができた。幽霊にしか出来ない動きの速さ。瞬間移動だ。
二人は葬儀場の裏手の砂利が敷かれた駐車場にいた。何やら話しているが、遠すぎて聞こえなかったので、近くに移動した。
「何を言ってるんだ、お前は!?」
一真は声を荒げていた。珍しい。時々怒ることもあったが、ここまでの剣幕は初めて見る。
「だから、弥生はもう死んじゃったの!
死んじゃった人の事をいつまでも引きずってても仕方ないじゃない!?」
間違いなく言い争っていた。芹那はいつになく動揺した様子で、そのまま地面に座り込んでしまった。
「時と場所を考えろよ!
何で、今ここでそんな話をするんだ?」
「私は、ずっと一真のことが好きだったの!
弥生は死んだんだから、もう忘れてよ!」
(は……?芹那の言っていることがよくわからない。私が死んだから何だって?)
*****
2人の間には重苦しい空気が漂っていたが、私には喜劇か、コントにしか見えなかった。
どうやら、芹那は私の葬儀中に、意中の相手に告白したようだ。完全に頭がおかしい。
私の葬儀が行われているということは、私の死亡が確認されてから、まだ2日ほどしか経過していない。
このタイミングで告白している事自体がおかしいし、非常識だ。
告白すること自体は、百歩譲って良しとしても、元カノの葬儀中に行う事ではない。やはり頭のネジが吹き飛んでいるとしか思えない。
「いつまでも渡せなかった誕生日プレゼントを持ってウジウジと!
その誕生日プレゼントを葬儀に持ってきてどうするつもり?」
「どうだっていいだろ、お前には関係ない!」
「あいつの棺桶にでも入れて供養でもするつもりなの!?
ホント気持ち悪い。」
「お前が弥生を追い詰めなければ、こんなことにはならなかったんだ!
あいつが何をした!?お前に何かしたのかよ…」
一真もその場にへたり込んでしまう。
そうか、私は誕生日に死んだんだ。
でもどうやって死んだのか全く思い出せない。死んだ記憶が無いのだ。
「そうかあ、誕生日だったんだ。
私は15才の誕生日に死んだんだね…。」
生まれて初めて異性に告白されて、一瞬ドッキリかと思ったけど、告白してきた相手が一真だったから、冗談とは思わなかった。
一真はいつも一人だった私を気遣ってくれて、芹那が嫌がらせしてきた時も何度も助けてくれた。
もともとは転校した由紀の幼馴染だったみたいだけど、前の学年のクラス同じで少し仲良くなった。
三年生になってクラスは変わっちゃったけど、由紀がいなくなってからは、よく会いにきてくれた。
私の中で、彼は特別な存在だったし、彼がふざけた冗談をするような子ではないのはわかっていたから。
何度か二人で登下校したり、休日に出かけたりして楽しかった。一ヶ月ぐらいだけど、楽しい思い出ばかりだ。
それまでの寂しさや悔しさが全部幸せという形になって返ってきた、そう思わずにはいられないほど幸せな時間だった。
「まだ、生きていたかったな。
やりたいことも、まだまだあったのに。」
その時、足にひんやりとした感触が漂う。足元を見ると、足が少しノイズ混じりに見えた。壊れたテレビの画像みたいに、歪んでいる。タイムリミットが近づいている、そう直感的に感じた。
*****
数十分後、二人はまた葬儀場の中に戻っていった。お互いにそれ以上の会話をしている様子はなく、終始無言で、少し距離を取りながら歩いていく。芹那の様子がおかしい事を気にかけた先生が、何かを話しかけていた。他の女生徒も芹那の様子を伺っていたが、話しかける子はいなかった。葬儀も半分ほどの行程が進み、私が収まっている棺に花やら物が次々と収められていく。
私はその様子を近くで呆然と見ていた。自分が死んだということは変えようのない状況だが、自分の中で寂しさや虚しさが広がっていく。いよいよ本当に最後なのだと思わざるを得なかった。
「いよいよ、終わりか。」
実際はすでに私は死んでいて、もう終わっているのだが、再度自分の死を目の前で確認するという異様な状況を体験したからなのか、未練に近い感情が湧き出てくる。
自分の頭上、三メートルほど上に、小さな黒い穴があることに気づく。そこに向かって、足元から順番に体が霧状になり、徐々に吸い込まれていっている。体が少しづつ、崩壊していく様子をただ見つめることしかできなかった。
私はゆっくりと目を閉じる。
頭の中に不思議な光景が浮かぶ。
真っ白な世界。この場に現れる前に自分がいた記憶がある空間が見えた。自分の立ち位置がどこなのかわからなくなる。
今、私は葬儀場の中に存在している幽霊なのか、それとも頭の中の情景が実際の立ち位置なのか。
頭の中の情景と、葬儀場の空間が入り混じって融合していくような、不思議な感覚。
私は夢を見ているような感覚に陥っていく。
数日前の自分が、自宅の部屋の中にいて、何かしている様子が見えた。
ひどく塞ぎ込んでいる。学校で何かあったのだろうか。きっとまた嫌がらせを受けて落ち込んでいるのだろう。
手のひらに何かを握っている。
壊れた時計のようだ。文字盤の部分が割れていて、動きを止めていた。
そうか、思い出した。
学校につけて行っていた時計が壊れたのだ。
時計は、一真くんからもらった物だった。学校で芹那たちに壊された。両腕を掴まれて壁に押し付けられた際に時計が割れた。
私はよく誰も見ていないような、死角になる場所に連れて行かれ、軽い暴力を受けることがあった。
トイレの中だったり、屋上だったり、校舎の裏側だったりと、場所はその都度変わる。
水をかけられたり、服を破られたりするような、一目で損傷が分かるようなことはされなかったが、見えない部分には日常的に痣がいくつもできていた。
一真くんと私が、心理的な距離を近づけるきっかけになったのも、彼が偶然いじめの現場を見かけて助けてくれたことが原因だ。
普通の人なら見てみぬふりをするような状況でも、彼は迷うことなく割り込んできて仲裁に入る。芹那たちも彼が私を庇うことが多くなってきて、彼の視界に入らないように段々と陰湿に、狡猾に嫌がらせを行うようになった。彼は別のクラスだったが長い休憩時間には必ず私の様子を見にきてくれていた。
彼とはそういった流れから、会うことが頻繁になり、徐々に私たちの関係は深まっていった。
そして、彼から告白を受け、私たちは付き合い始めたのだ。
でもその日、私が死んだであろうその日。
どうして私は自ら「死ぬ」という選択に踏み切ったのか。
私は知ってしまったからだ。
彼もまた、虐めの加害者側であったという事実に。
芹那と一真はもともと友人同士だったと芹那の口から聞かされた。いつものように数人に囲まれて、連行される犯罪者のように校舎裏まで連れて行かれた。私が彼と付き合い始めてから一ヶ月くらい経過していたが、彼が告白してきた時は彼はまだ芹那たち側の立ち位置にいたらしい。私は信じられなかった。いわゆる、やらせ的な告白だったそうだ。告白された私が上機嫌になっている姿を見て、裏で嘲笑おうとしていたのだろう。実際に初めのうちは彼女たちの笑いのネタであったことは間違いない。
誤算だったのは、彼が本気で私を好きになってしまった、ということだ。
芹那としては面白くない状態だっただろう。ある程度、幸せな時間を過ごさせた後に事実を突きつけ、嘲笑い、私をさらに貶めるというのが、最初のシナリオだっただろうから。更に彼女は彼に好意を抱いていた。彼を私の彼氏役にしようとした事は、おそらく深い考えはなかったのだろう。彼女自身も何か理由をつけて、彼と関わりたかったのか、一つの行動をともにすることで距離を詰めたかったのかもしれない。そうであったとしても私からすればどうでもよく、不愉快極まりないことでしかない。
それで唐突なネタばらしになった。
自分が冗談で作り上げたはずの寸劇が、自分の心を激しく揺さぶってくる事が耐えられなくなったのだろう。実に身勝手な人間だ。
一真が虐めの現場によく遭遇するというのも、よくよく考えてみれば、不自然な事だった。
でも、彼を王子様か何かと勘違いして、都合よく状況を解釈していたのは私自身の落ち度でもある。
彼がなぜ彼女たちの提案を受け入れて、罰ゲームみたいな役をしたのかはわからないが、私に悪意を持って近づいたという事実は変わらない。
だから、私は誕生日だったにも関わらず、彼から会いたいという申し出を断って、自室に引きこもったのだ。
時計が壊されてショックだったわけではない。壊されなくても、自分で叩き割るつもりだった。それぐらい私の精神状態はグチャグチャだった。
そして私は、大量の薬を飲んだ。
もともと精神不安定なことで、精神科を受診していたこともあり、手元に大量の向精神薬があった。
向精神薬を過剰に摂取したのだ。その後、意識が混濁し、昏睡状態になったのだろう。
でも本当は、死にたいわけではなかった。
死にたくなかったのに、なぜ勢いでそんなことをしてしまったのか。
今となっては後悔しかない。
自分の死んだ状況がはっきりと思い出されていくにつれ、
私には死への恐怖心と生への執着心が生まれた。
「自殺するぐらい勇気があるなら、何だってできたかもしれないのに…。」
*****
目を開けると、私の体はもうすでに半分以上が粒子のような状態になっていた。
絶望的な気持ちになった。取り返しのつかないことになってしまった。
今更ジタバタしようにも、体はどんどん消えていくばかりでどうすることもできなかった。
その時、ふと視線を感じた。自分の眼前にある私の亡骸がこちらを見つめていた。
亡骸は私に微笑んで、こうつぶやいた。
「もう一度聞くね。
あなたはどうしたい?」
涙が溢れた。私は縋るように視線を送り、答えた。
「生きていたい」
自然と手が、自分の亡骸に向かっていた。
*****
会場が騒がしい。悲鳴のような声も聞こえた。私の目の前に白い壁のようなものが映っていた。
天井だ、葬儀場の天井。
花を手向けた人達は、私の目が開いたことに恐怖したのか、棺の近くには誰もいなかった。
私は自分の上に重なっている花や物たちを払いのけて、むくりと起き上がる。
その時、手首らへんに何かが乗っていたことに気づく。起き上がった反動で棺の中の下の方へと落ちてしまったそれを拾い上げた。
「時計だ…。」
時計を手に掴んで、私はおもむろに立ち上がった。更に悲鳴は大きくなった。
会場の奥の方にみんな集まっている。集まっているというよりも、出口から逃げようとしているのかもしれない。
意識を失って倒れている人、腰を抜かしてしまったのか立ち上がれない人もいた。よく見ると衣服が濡れていて、失禁してしまった人もいたようだ。
死んだはずの人間が立ち上がって、呆然とした表情で周りを見渡している。そんな状況、確かにホラー以外何物でもない。
お母さんが座り込んでいる。こっちをじっと見つめているが、状況が把握できないのか、身動きしない。
兄はすでにいなかった。逃げたのだろう。どこまでも薄情なやつだ。でも、その心境も分からなくはない。
芹那は完全に腰を抜かしていて、ガタガタと震えていた。
私が呆然としていると、正面からいきなり抱きつかれた。
一真だった。
「弥生!何が、どうなっているの!?」
誰よりも先に私に駆け寄ってきたのは、意外なことにこの人だった。私には彼が自分を裏切っていたという記憶が戻っていたので、正直どう反応するか戸惑った。
でも体が勝手に彼を抱き返した。体が自然に動いた、という感じだ。
彼の問いかけに対しての返事はしなかった。
私自身もよくわからなかったから返しようがない。
しばらく軽く抱擁しあっている状態が続いたのだが、私の方から離れた。
手に持った時計を彼に渡した。彼が棺に入れた品であることはわかっていたが、彼に返した。彼は少し暗い顔になったが、拒否せずにそのまま受け取った。
私は芹那に向かって歩き出す。彼女は青ざめた表情で、瞬きするのを忘れているのかと思うぐらいに私を凝視していた。
パンっという音が場内に響く。
私が座り込んでいた彼女の頬を平手打ちしたのだ。
彼女は俯いたまま身動き一つ取らなかった。顔からは完全に生気が失われていた。
「信じられないよ、葬儀中に告白とか。意味がわかんない。」
立て続けに汚い言葉が溢れそうになったが、勢いに任せて罵倒するのも馬鹿馬鹿しくなったのでやめた。
「私ね、思ったの。
絶対に、あなたみたいな人間にだけはなりたくないって。」
そう小さく言い捨てて、私は母の元へ向かう。母は一筋の涙を流すと、震えていた。この震えは恐怖からのものではないことはすぐにわかった。母を抱きしめると、私は耳元で囁いた。
「お母さん、ごめんね。びっくりさせて。
何も言わずに勝手に死のうとしてごめん。
もう、遠くには行かないから、これからも一緒にいようね。」
母は私を強く抱きしめ、涙を流していた。
私はこの出来事が本当にあったことなのか、最初から夢だったのか未だにわからないでいる。
本当にしても、幻にしても、神様が私に与えてくれた最高のギフトに感謝したい。
「ありがとう、もう一度機会を与えてくれて。
私は、ただ、生きていたい。
それだけでもう、十分幸せだよ。」
読んでいただきありがとうございました。




